虐待 第拾四話

母さん!?

僕はハッとなって上を見上げると、一人の女性が立っていました。
その優しくも悲しい表情からして、そう思ってしまったのです。
僕が下半身をむき出しにしてる姿をジッと見下ろしていたのは、ミサトさんでした。
もしかしたら自分の行為に夢中で、僕はノックや呼ぶ声に気が付かなかったのでしょう。

呆れているのでしょうか。
ミサトさんはしばらく何も言わずに僕をジッと見ています。
そしてある瞬間、急に何を思ったのか僕の股間に顔をうずめたのです。

僕はビックリして逃げようとしました。
しかし、僕に伝わるあまりに衝撃的な感触に身動きが取れません。
僕はあっという間に達してしまい、ミサトさんに全て吸い取られてしまいました。

なんだか、ミサトさんに淫らなことをしてもらったように感じません。
変ですね、母さん。いや、母さんに尋ねても困るでしょうね
それほどにミサトさんの感触がとても優しかったのです。
そして彼女はそれ以上の行為に及ぼうとはせず、寝ている僕の側に座って言いました。
「あなたはお払い箱になったわ。ここから出る支度をして。」




「あの時のことを覚えていないの?無理もないわね。」
本部の出口へ向かいながら、ミサトさんは僕に語ります。
「あの後。あなたは参号機を破壊しただけでは止まらず、試験場にある施設という施設を破壊したの。」
……覚えているような、覚えていないような。
「心配しないで、死者は出ていないの。少数の怪我人と、試験場一つが使い物にならなくなっただけ。」
それだけでも大変な損害です。
「それが幸いと言えなくもない……わね。私はあなたのパイロットの資格剥奪を申請したの。」
……。
「あっさりと司令に認められたわ。もう、ここの苦しい生活はこれで終わりよ。」
そして、もうエヴァに乗ることもなくなった、と言うわけです。
「あなたの心情を察して、なんの罪にも問われないわ。もう何も苦しむ必要は無くなったのよ。」

その時、一人の同年代の少年が僕とすれ違いました。
見覚えのあるジャージ姿。あれは、確か鈴原とか言う奴だったか。
忘れもしません。学校に行った初日に僕をボコッた連中の筆頭です。
「彼が新しいパイロットよ。知り合い?」
僕は何も言いませんでした。
そして、これから彼が受ける境遇を考え、何とも言えない気分になりました。

そして僕はミサトさんの運転する車で駅へと送ってもらいました。




やっと二人きりになった車の中で、ミサトさんは僕に尋ねました。
「……お父さんのこと、恨んでいる?」
……。
「正直、アスカを破棄せよ、とシンジ君に命じたのはあまりに非道いと思う。でもね。」
……はい。
「あの英断を下せるのは碇司令だけよ。時として、あなたを捨てる決断でも私達は下さなければならない。」
そんな、でもミサトさん。
「確かに、人ひとり救えなくて何がって思う。けどね?シンジ君。それでも……」
それでも?
「私達は生きる手段を選ばなくてはならないの。それが私の、あなたのお父さんの仕事よ。」
……はい。
「ああ、これは何の慰めにもならないけれど。」
……?
「あの時、既にアスカは使徒に取り込まれていたらしいの。あなた達が到着したときには既に。」
本当なんだろうか、それ。
「それは間違いないの。あなたが聞いたアスカとしてのアスカの言葉は、恐らく脳に残存していた記憶。」
でも、僕は、
「あなたは自分の知っているアスカが完全に犯されたのを見て、それを消し去りたくなった。全てを否定したくなった。」
……。
「あなたの行動を説明するとしたら、そう考えるしかないわね……え?ああ……さっき私がしたこと?」
はい。



「深い意味を込めてしたんじゃないわ。単にあなたに欲情しただけ。そう思ってくれていいわ。そうね……」
駅に到着して車を止めたまま、ミサトさんは僕に向いて言いました。
「寄っていく?あなたが望むなら。」
……いえ。
「そうね。ごめんなさい。」
そんなミサトさんを僕は悪く思いません。
ミサトさんがああしてくれたお陰で、なんだか僕は正気に返ったような気がするのです。
でなければ、僕は何をしていたか判らない。逆にミサトさんが望むなら、と言い出したくなるぐらいです。
まだ僕の中のアスカのことが消えないままでは、あるのですが。

彼女は自分の財布から一万円札を数枚とり出して、僕に手渡しました。
「これはあなたに支払われる必要経費としての交通費。他にも、これまでの報酬を後日おくらせるから。」
そんなものがあるんですか。
「あなたの先生には連絡済み。何も言う必要はないし、もう何も考えずに帰りなさい。」
……。
「全てが終わったらまた会いましょうね。それじゃ。」
そう言ってミサトさんは車に乗り込み、去っていきました。

僕はここから去ることも、そしてエヴァに乗れなくなることにも何の後悔も未練もありません。
しかし、そういえばミサトさんの笑顔って、ほとんど見たことがないな、と。
そればかりが心残りです。再び会うときには見ることが出来るのでしょうか。



駅のプラットフォームに立ち、ぼんやりと考えていました。
アスカのこと、ミサトさんのこと、エヴァのこと、NERVのこと。そして、父さんのこと。

父さん。何故、僕に会おうとしないんですか。
何故、父さんは僕が去ることをあっさり認めたんですか。使徒との戦いが終わった訳でもないのに。
父さん。父さんは僕から……ん?

使徒!?

遙か彼方の空から飛来する黒い影。
間違いありません。あんな鳥や飛行機はありません。
間違いなく、使徒です。

カシャカシャと駅の案内板が切り替わり、避難の指示が表示されます。
僕はすぐに階段を駆け下り、そして向かいました。
避難所?そんな筈はありません。決まっているでしょう?僕が向かっているのはNERV本部です。
やはりまだ、僕はエヴァのパイロットなんです。
後悔も未練もなかったはずなのに。でも、どうしようもないくらい僕はエヴァのパイロットなんです。

息絶え絶えに本部へと走る中、既に戦闘が始まっていました。




飛来してきたのは、禍々しい顔を胸部に持つ巨人型の使徒。
その目と思われる部分から閃光が放たれるたびに、次々と破壊される街。
遠巻きに迎撃する自衛隊。しかし、使徒は蚊に刺されたほどに感じた様子もなく一点を目指して突き進む。
再び使徒から放たれる強烈な閃光。そして街の中心に巨大な穴が開けられる。
その地下、そこはNERV本部のある地下空洞のジオ・フロント。

僕は急いで本部を目指しました。
が、まだまだ距離はあるし、何より地下へと降りていかなければなりません。
何も考えずに駆け通したため、もはや息が切れてその場にうずくまってしまいました。
緊急事態の折です。左右を見渡してもタクシーなんて走っているはずがありません。
その時です。

「乗れ!」
そう言って車を止めて僕に叫んだのは、初めてこの街に来た時に僕を出迎えた黒服の連中でした。
僕は天の助けとばかりに乗り込みます。
以前はあれほど恐ろしかった連中が、これほど頼もしく感じるようになるとは思いも寄りませんでした。
使徒によって崩れゆく街の中をすさまじい勢いで危険な運転を続ける車の中で、
僕は恐怖も忘れて、気持ちはすでに使徒との戦いに向かっていました。

待っていてください、ミサトさん。
アスカ、僕が皆を必ず守るから!



「エラー?レイでも初号機を動かせないというの!?」
「ダメです!まったく神経接続を受け付けません!」
到着した本部は混乱の極みに陥っていました。
リツコさんの、そしてスタッフ達の絶叫が飛び交い、ひっきりなしに走り回る整備士達。
「零号機で出るわ。N2爆雷を用意して。」
初号機から顔を出した綾波が言います。いったい何をするつもりなのか。
その彼女に向かって怒鳴り返すリツコさん。
「使徒と共に自爆する気?無茶を言わないで!」
両腕が失われている筈なのに、確かに無茶もいいところです。
つまるところ、エヴァは一台も動かせる状態では無いということです。

ふと傍らを見ると、来たばかりの筈の鈴原が壁にもたれてへたり込んでいます。
恐らく、初号機も弐号機も動かすことが出来なかったのでしょう。
「だから司令に言ったのに……初号機の適正があるのはシンジ君しか……あ。」
そう言いながら、やっとリツコさんは僕に気が付いたようです。
「パーソナルデータをシンジ君に戻して!早く!」

僕は、その場で着ているものを引き千切って捨て去り初号機のエントリープラグへと向かいました。
スタッフ達が慌ててプラグスーツを持ち寄り、僕の着用を手伝います。
もう全裸でも良いのに、とじれったく考えながら身につけていると、一人の男が近づいてきました。
「待て。何故ここにいる。」



父さんでした。
「何故ここにいるのかと聞いている。」

僕は答える代わりに父さんに言いました。
「父さん、僕から逃げないでください。」
「……何だと。」
「アスカを殺せと命じた父さんが、なぜ僕を戦いから遠ざけようとするんですか。」
「シンジ、お前は何を言っている。」
「僕を呼びつけ、僕を戦わせておきながら、なぜ今更、僕を遠ざけようとするんですか。」
「シンジ、お前は……」
「僕は……僕は……」
僕はグッと自分の拳を握りしめ、そして叫びました。
「僕は……僕こそがエヴァンゲリオン初号機の専属パイロット、碇シンジです!」

父さんは唇を噛み、僕をジッと睨んでいました。しばらくそうしていた後、
「……いいだろう!乗れ!」
その時、凄まじい衝撃音がすぐ近くで聞こえてきました。
既にプラグスーツの着用を済まていた僕は、すぐにエントリープラグに乗り込みます。
そして注がれる純度100%のLCL。なんだか、いっそのこと水道水でもぶち込めと言いたい気分です。
たとえ僕がおぼれ死んでも、初号機の暴走を誘発させて使徒に勝つことができるなら。




「既に使徒が本部に侵入している!構わん、あそこの壁を実力でブチ破れ!」
父さんに言われなくても!

「初号機……まさか……」
全身が総毛立つほどに敏感になっている僕には、ミサトさんのつぶやきが通信を介さず直に聞こえてきました。
「シンジ君ッ!!」

僕が本部の壁を破り、使徒を目指して突き進んだ先は本部の司令塔。
そこに立っていたミサトさん達めがけて、もう少しで恐るべき閃光を放とうという瞬間でした。
僕は使徒を殴りつけて蹴り倒し、無理矢理にその場から引きはがします。
が、使徒も黙っては居ません。カミソリのような腕を繰り出して、僕の腕を切り落としてしまいました。
そこから走る全身を打ちのめすほどの苦痛。しかし、その痛みが更に僕を狂わせます。
残っている右腕で使徒の顔を押さえつけ、そのまま使徒の体ごと突進した先。エヴァ射出用のエレベーター。
「ミサトさんッ!」
「5番射出、急いで!」
割り符を合わせたように思い通りの指示を下すミサトさん、流石です。
そして、地上に降り立った使徒と僕との戦闘はまだまだこれから。

その時、僕はガクンと腰を落としてしまいました。
……ん?あ、あれ?僕の意識が消えかかっている?




そうか……バッテリーが切れかかっているんだ……
……いや、まだだ!それがなんだっていうんだ!

僕は残っている力を振り絞り、牙をむいて使徒に喰らいつきました。
悲鳴を上げてもがく使徒。そして、僕の口中にドクドクと流れ込む使徒の鮮血。
するとどうでしょう。先程、切り落とされた左腕の痛みが消えていくのです。
それだけではありません。ブクブクと僕の肉体が増殖するかのように左腕が復活していくのです。
尽きかけていた僕の力もみるみる蘇ってきます。
僕はもう夢中で使徒を喰い散らかし始めました。

「使徒を……喰ってる……」
顔面蒼白で僕の有様を見ているミサトさん。
隣で思わず吐くオペレーターの女の子。
悪いですね。この醜態、見たくないならあっちを向いててくださいね。
もう止められないのです。こんな美味い物を喰ったことなんて生まれて初めてなんです。

もはや完全に絶命した使徒。僕はすっかりその食事に満足して、思わず天を仰いで雄叫びを上げました。
まるで、太古からある原始の肉食獣そのままに。
そして、僕は……

あれ……僕?……僕が!?
最終更新:2007年03月19日 14:10
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