虐待 第拾五話

気が付くと、僕は直立の状態で固定されていました。

体が何故か動きません。
いや、例え体が動いても、様々な器具で僕の体が拘束されているのです。
しかし、この場所。何だか見覚えがあります。
見覚えどころではありません。僕が苦しい思いをして毎日を過ごした場所。
紛れもなく、ここはエヴァの格納庫なんです。

僕の胸元辺りにあるブリッジの上を小さな人が歩いてきます。
もしや、この小さいのがリツコさん?
そして、その彼女を追いかけてくる人。
ああ、あっちの小さい人がミサトさんでは……

「リツコ!聞いてよ、お願いだから話を聞いて!」
「何よ。トウジ君の起動試験の準備で忙しいのよ。」
「起動試験!?まさか初号機を使って?」
「その通りよ。わずかだけど弐号機よりも適正値が高いから。」
「そんな、シンジ君が取り込まれたままなのよ?お願い、過去にサルベージ計画というのが……」
「言われなくても知ってるわ。成功例が無いことを一ヶ月も準備に時間をかけて実行しろと言うの?」
「人一人の運命がかかっているのよ?あなた、誰のお陰で助かったと思ってるの!」
「なら、そう司令に言いなさい。明日にも使徒が来るかも知れない、この情況でね。」



そして、リツコさんは整備士達に命じました。
「エントリープラグをイジェクト。もう、そんな古いLCLなんて捨ててしまって。」
悲鳴を上げて止めようとするミサトさん。
が、整備士達は手早く指示に従い、ハッチが開けられてLCLがこぼれ落ちます。
その中から流れ出てきた白い物。それは僕が着ていたはずのプラグスーツでした。

そして、リツコさんはこの場を去り、ミサトさんは僕の目の前で立ち止まっています。
そして僕の方を向いて言います。もはや涙を流しながら。
「ゴメンね……シンジ君……ゴメンね……」
そして僕の胸元に頭をすりつけて謝り続ける小さなミサトさん。
僕の体の、頑丈な装甲が取り付けられた胸元で。

ある時、父さんが僕の目の前にやってきました。
僕を見上げて、そして僕に、初号機に向かって言いました。
「私は逃げたのではない。こうなることを恐れていたからだ。」
こうなることを……知っていた?
「シンクロ率がある一点を超えると、パイロットは完全にエヴァンゲリオンに同化する。」
……そんな、馬鹿な。
「何故そうなるかはまだ判っていない。松代でお前が示したシンクロ率は既に危険域に達していた。」
……。
「お前に去れと命じた理由はそれだ。すまなかったな、シンジ。」



母さん、こんなことってあるのでしょうか。僕は……
僕は、初号機と完全にシンクロしてしまった。つまり、僕が初号機になってしまったのです。

母さん、なんだかおかしな感じですね。まるでガリバーになった気分です。
僕の周りを整備士達の人がチョコマカと動き回って、僕の体を整備している有様が。
でも、装甲を付け替える時には閉口しました。
僕の体に直接ボルトを打ち込むんですよ。痛いったらありゃしません。
ずっと初号機はこんな苦痛を味わってきたんでしょうか。
そして、僕の指示通りに使徒と戦ってきた、という訳なんでしょうか。

そんな整備を受けている最中にも、平行して鈴原トウジとの稼働試験が始まりました。
「では、右腕を動かしてみて。」
エントリープラグの中でうめきながら試行錯誤しているトウジ。
あ、やっぱり水道水なんだ。これは慣習なのかな。
ほらトウジ?呼吸用のホースを上手く咥えないと溺れるぞ。
「イメージするのよ。自分の右腕を動かすイメージを。」
いや少し違うよ、リツコさん。
自分の右腕ではなく、自分に取り付けられた新しい右腕を動かす、そんなイメージをしないと動かないんだよ。
自分の右腕は紛れもなく自分自身についているそれであって、初号機の腕はまた別でしょ?
やれやれ、教えてあげればよかったな。初号機に取り込まれる前に。
でもリツコさん、プライド高くて取り付く島なんてなかったし。



時々、僕の右腕がピクピク動くことがあったけど、しかし今回の成果はそれだけ。
でも、僕以外には無理だなんてリツコさんが言ってた割には大したもんです。
まあそんなとこかな。トウジ、お疲れ様……なんだか僕って偉そうだな。

ん?トウジ、ここまでの仕打ちで頭に来たようです。
リツコさんに突っかかっていくつもりかな。僕より強気ですね。
「あぁ?こら、何をするつもりだ小僧。」
周囲にいた整備士達に取り囲まれ、有無を言わさず痛めつけられるトウジ。
そんなトウジを咥えタバコで冷たく見おろすリツコさん。
あはは、なんだかスケバンっぽい。

なんだか、初号機になった、人間でなくなった今だからでしょうか。
物凄くここで行われていることを冷めた目で見ている自分が居ます。
トウジのことを同情する気にはなれません。しかし、いい気味だ、とも思いません。

そしてまた時間が経ち、辺りが静まりかえった夜のこと。
「えーと……ポチっ」
あいたたたたたっ!
え?ああ、どうやらミサトさんが拘束しているクレーンを操作して、
僕の左腕を無理矢理に動かしているらしいんです。




左腕は使徒に一旦は切り落とされて再生した方。
まだ、装甲が取り付けられていないから余計に痛い。
そして、地面と水平に手のひらを開かされ、そこにトンッとミサトさんは座り込みました。
むき出しの手のひらに、ミサトさんの柔らかい感触が伝わってくるかのよう。
「よし。シンジ君、飲もう!」
そう言って、缶ビールをプシュッ
ようやく視界に入ってきたので見てみれば、6本入りパックを片手のミサトさんが左手に乗っています。
つまみ無しですか。空きっ腹にビールじゃ体に悪いですよ?

「ねぇ……シンちゃん……」
あーあ、ずいぶん酔っぱらってきましたね。
「なーんで、私とご休憩してくれなかったのよぉ……童貞のまんま、こぉーんな体になっちゃって……ヒック」
こんなにくだけたミサトさんは初めてです。それだけに何だか悲しく見えます。
それでも……それでも笑わないんですね、ミサトさんは。

「全部の使徒に勝っちゃってさ……そいでね?みんなで打ち上げやってさ……」
そう言いながら、6本目を飲み干すミサトさん。
「そいでね?その場でアスカちゃんと婚約発表とか……ああ、シンちゃんのことだし、出来ちゃった婚かな?」

僕はなんだか笑えませんよ、ミサトさん。
それは、もはや絶対に叶わぬ夢、見果てぬ妄想なんです。



「でも、アスカに内緒で一回ぐらいしようね……あんなに一緒に苦労したんだもんね……シンちゃん……」
「こら、葛城。こんなところで寝たら風邪ひくぞ。」

そう言ってミサトさんを抱き起こそうとしたのは、久方ぶりの加持さんでした。
「うっさいわねぇ……気安く触らないでよ、あんたとはもう……」
「こんなに酔っぱらっちまって。ほら、行くぞ。」
「うん……あ、待って。」
フラつきながらも加持さんの手を払いのけて、ポケットから紙幣らしき物を取り出しています。
「これでまた、あの子達に何か買ってきてやってよ。そろそろ、うんざりしている頃だし。」
「あのさ、あの子達って」
「判っているわよ、シンジ君達じゃなくて鈴原君に相田君。そこまで酔っちゃいないわ。」
「……そうか、判った。それじゃ、送っていこう。」
「いらない。今日はシンちゃんのベッドで寝るんだから。」
「ははは。十分、酔ってるじゃないか。」
「フン……それじゃね。」

以前の僕なら、数々のミサトさんの言葉に顔も股間も赤面しているところなんですけど、
こんな体になっちゃったからでしょうか、何も感じないのです。
それがとても悲しくて仕方がありません。

母さんには……母さんは女ですからね。きっと判らないでしょうね。



それにしても、相田とか言ってたかな。
またエヴァパイロットが集められ、そして繰り返すんですね。

悲劇を。
最終更新:2007年03月19日 14:11
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