虐待 第拾七話

「やあ。」
どこかから聞こえてくる声。
えーと、タブリスだったかな。渚カヲルって名前もあるんだったか。

「カヲルで良いよ。シンジ君。」
(……どこにいるの?)
「君の肩に座っているんだ。見えないのかい?」
(無理だよ。首が動かない。)
「もう目を使わなきゃ見れない体じゃないんだよ。形骸とはいえ、アダムの力は偉大だ。」

(え?ああ、本当だ。)
なんだか、初めて目を開いたような気分。
自分自身の爪先から脳天まで、前後左右が同時に見えるのは不思議な物で、
色の知らない生物が、初めて色彩豊かな世界を目の当たりにした……少し違うか。

「おめでとう、君は僕達の仲間入りをしたんだよ。これがその第一歩だ。」
(判らないよカヲル君。君が何を言っているのか。)
「自分の体の点検が終わったら、もう少し広い範囲で見てみようか。君の知っている人達はどこにいる?」
(ん……?)

そう言われた瞬間、周囲の何もかもが透明となり脳裏にいくつもの映像が浮かび上がる。



咥えタバコで書類を片手に眉をしかめるリツコさん。
缶コーヒー片手にノートパソコンにかじり付くミサトさん。
なんだか虚ろな表情を浮かべているトウジ。
そんな彼の手を握り、なぐさめる妹。
司令塔では数名のスタッフが各種センサーを眺めてあくびをする。
そして、広大な執務室でただ一人すわっている僕の父、碇ゲンドウ。
ん?父さん、何を言ってるんだろう。見ることが出来るなら声も聞くことが出来るのかな。

「もうすぐ、お前に会える。もうすぐだよ、ユイ。」

母さんに会える?どういうことなの、父さん。

その時、渚カヲルが僕に言う。
「では、いいかな。説明しながら行こう。」
(どこへ?)

その時、すぅっと体を浮かべる渚カヲル。
その瞬間、本部内をけたたましいサイレンが鳴り響いた。
「なんだ!使徒か!」
「はい、パターン青!間違いありません!」
「馬鹿な!NERV内部だと?」



その司令部の様子に驚いていると、カヲルは僕の方を見てクスッと笑う。
そうか、本性を現したという訳か。
わざわざNERVの内部に侵入したからには、何かもくろみがあるはず。
こんな早々に正体をばらしてどうするつもりなのか。

「いや、ここに入れたらそれでいいんだよ。あんまり、じらしてもしょうがない。」
(待って。どこに行くの。)
「君もおいで。ほら、手伝ってあげる。」
(あ……)

カヲルと同様に浮かび上がる僕の巨体。
そして体を宙に浮かせたまま移動し、向かった先は地下を幾層にも守っている防御壁。
そこまでして地下に守られているもの。
僕達が命がけで、幾人ものパイロットを犠牲にして守ってきたもの。
いったい何があるというのだろう。

「上手く隠してあるね。僕にもハッキリとは見えないんだ。」
(何があるの?)
「第2使徒リリスがあそこにいる……はずなんだけどね。」
(使徒がここにいる!?)




「いいかい?君達が倒してきた第3から16までの使徒は全て天界の園の、いわば守護天使。」
(守護……)
「そう、生命の樹を守るために生命の実を与えられ配置された獣。それが使徒の正体。」
(それじゃ、僕達が使徒を倒してきたのは……)
「そうだ。君達は生命の樹に近づくために、それを守っている僕らを排除してきたんだ。」
(でも、僕達は襲来する使徒を迎撃していた。ただ、それだけなんだ。)
「君にはそう見えていたかも知れないね。僕達はこの地下に居るリリスに誘われて来ているのだから。」

(いや、判らないよ。僕らはひたすら、ここを守ってただけなんだ。
 決して、どこかを目指して攻め入った訳じゃないんだ。)
「いいかい?僕らの世界には時間や広さ、距離などという物は存在しない。
 いや存在しないというか、君達の知っているそれとは少し違うんだ。」
(……判らない。どういうこと?)
「ん?君はレリエルを倒した時に、そのことを理解していたと思ったのに。
 意識によって遠くにも近くにもあり、遠ざけることも近づけることも思いのまま。
 難しいね、君達の言葉で説明をするのは。」
(レリエル?ああ、あの丸い……)

「僕達が居る限り君達が生命の樹に到達することは叶わず、
 僕達が全て倒れれば、倒した者は既に生命の樹のもとにいる。」




(それじゃ、何故リリスを目指すの?近づかなければ君達は倒される筈が無いのに。)
「アハハ、何も生命の樹のことばかりじゃないんだよ。僕達が守らなければならないものはね。
 まさかアダムの遺体を使って、我々の世界の力に踏み込んでくるとはね。
 流石は知恵の果実を手にしたリリン、というところかな。」

(このエヴァの存在が許せない、と?)
「そうだ。ましてやリリスまで君達の手中にある。
 だからこそ我々は手を下さなければならず、それこそが全て君達リリンの誘いの手だったとは、ね。」
(誘いの手……あっ!!)

思わず体をねじり、ギリギリの所で僕を襲った閃光を避けた。
もう、ほとんど皮一枚の所で。
僕の装甲が数枚はがされ、浮遊している僕らの下へと落ちていく。
そして見上げると急降下してくるエヴァが一体。
それは綾波の零号機。今の閃光は零号機のライフルによる狙撃だったのだ。

しかし、驚いた。これまでどうやっても自分で動かせなかった体が動いたのだから。

「よけた!?」
伝わってくる綾波の驚愕。司令部も又、騒然とした様子が伝わってくる。




「あのレイの一撃を回避したなんて、シンジ君もやるわね。あなたの仕込み?」
薄く笑ってミサトさんの方を見るリツコさん。
ですが、ミサトさんには笑い事ではない様子。
「うっさいわね!この手で……この手で、シンジ君の抹殺を命じなくてはならないなんて……」
「泣き言なんて聞きたくないわ。もう既に初号機にはシンジ君は居ないのかもしれないし。」
「……。」
「ミサト、私達の使命は?」
「判っているわよ!セカンドインパクトの二の舞は御免だわ!」

しかし、僕には自分の体が動いたことに驚くばかり。
「僕は手を貸していないよ。君の本能がその巨体を突き動かしたんだよ。
 流石、これまで鍛えられて戦い続けてきた甲斐があったね?シンジ君。」

そういうカヲルだが、僕は何も言えなかった。
いや、襲いかかる綾波を目の前にして、無駄口なんて叩いている暇などある訳がない。
零号機は足場を確保し、距離を置いてから再び狙撃する。
続けて2発。先程のように、身をよじって一発目はかわせても、二発目からは逃げられない。

僕はカヲルが浮遊させていた力を引きちぎり、大きく避けて壁に張り付いた。
そして隔壁の一つに降り立ち、そのまま横転して又してもギリギリで狙撃をかわす。
そして、ようやく立ち上がったときに追いついてきた零号機。



そこで、僕はプログナイフを引き抜き、零号機に掴みかかった。
しかし、

パキーンッ!!

弾かれるナイフ。
零号機から、これまでにないほどの強力なATフィールドが展開されていた。
これでは、どうにも手が出ず零号機に触れることすら叶わない。

「いくよ。とりあえず、三人でこのまま下まで行こうか。」

そうカヲルが言ったかと思うと、恐らく彼が操作したのだろうか。
僕達の足下にある隔壁がゆっくりと開かれる。
僕は、フィールドに阻まれて零号機とにらみ合いながら最下層へと落下した。

ザザーン……

その地下。
そこは湖と呼んでも良いほどに、どこまでもどこまでも巨大な水槽。
いや、本当の地下の湖をそのまま流用したのかもしれない。




その時、渚カヲルが何かに驚いていた。
「これは……馬鹿な、これはリリスでは無い。」

ええ?何を言ってるんだろう。
(リリスがあるからここに来たんじゃないの?カヲル君)
「いや、確かにここにリリスがある。いや、居る。」

僕はそんなやりとりをカヲル君と交わしながらも、ジリジリとした零号機とのにらみ合いを続けていた。
カヲルの言うことが気になって辺りを見渡すと、壁にもたれかかるようにして倒れている巨体が一体。

(あれは……エヴァ?)
「そうだね。あれも今の君と同じアダムの形骸……そうか、あの子がリリスか。
 どんな手を使ったんだろう。ここまで僕達の目を欺くなんて。」
(え……?)
その瞬間、フッと消える零号機のATフィールド。
(あっ!)

バキッ!!

(クッ……)
今までの零号機の様子が一変して、強烈な蹴りを僕に繰り出してきたのだ。



僕は弾き飛ばされ、その隙に距離を取りつつライフルを構える零号機。
数発、僕に向けてライフルが放たれるが、今度はこちらがATフィールドを展開してはじき返す。
もはや決着をつけるには近接戦闘しかない。
用済みのライフルを捨ててプログナイフを抜く零号機。

「シンジ君、彼女を押さえられるかい?彼女が目覚める前に。」
(無茶いわないでよ!綾波は強いんだ!)

これまで長距離射撃しか目にすることの無かった綾波の戦闘。
しかし、近接戦闘が不得意という訳ではないだろう。ただ、僕が見ていないだけなのだ。
使徒と化した参号機にしてやられたことはあったけど、
こうして面と向かえば、綾波はどんな力を発揮するのか。

「彼女が目覚めたら、恐らく君では手に負えなくなるよ。
 いや、大丈夫だ。今や君は使徒と同じ力を手にしている。」
(そ、そんなことを言われたって……)

プログナイフを片手に構えを取る零号機。その構えからして自信に満ちている様子が伺える。
恐らく僕よりもNERVに長く居ただけに、かなり鍛えられているのかもしれない。
僕は、この綾波を相手に勝たなければならない……でも、何故?
最終更新:2007年03月19日 14:13
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