「緊急事態!緊急事態!」
「全ての防壁を閉鎖!総員、直ちに装備を確認して備えよ!」
先程のなごやかなお茶会はどこへやら、戻ってきた司令部は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。
「どこの国からだ!いったい、自衛隊は何やってんだ!」
「兵隊だけじゃない!戦車にヘリ、そして航空隊までこちらに向かっている!」
そんなことを口々に言いながら、銃やライフルを取り出すスタッフ達。
そして一人の者が言う。
「いきなり戦車が来ているなら、答えは簡単だ。」
「何?」
「自衛隊だよ。俺達は自分の国から消されようとしているんだ。」
「なんだって?それじゃ……あ、葛城さん!実は大変なことに……」
初めから軍が押し寄せていることを聞いていたので、
連中が押し寄せてきた理由はだいたい推察が完成しつつある。
これが、いうならば国際社会の浄化作用。
核兵器の廃絶が実現して以来、各国は互いの軍備にやたら敏感になった。
そして今、エヴァという強大な兵器を持つに至ったNERVが使命を果たした後にどうなるか。
現在の世界各国が持ちうる軍備では決してエヴァには勝てない。
核を廃絶に至らしめた思想が、あのエヴァに恐怖を感じたとしても仕方がない。
そして、我々は一人残らず消される。間違いなく。
もしかしたらって、以前から私も考えていた。まさかそこまではしないだろう、とも思いつつ。
所詮、私の考えは甘かったようだ。
もし技術者が生き残ったとしたら、どれほどに高値が付くか判らない。
我々は決して純真無垢な天使様じゃない。必ず悪意を抱くと疑われる。
この私の話を聞いたスタッフ達は顔を青くする。
それをなんとか押し切って一人が言う。
「まさか、そんな。そんなことを国際社会が許すわけが……」
「あら、世論操作なんてウチの広報部でもお手の物だったじゃない。
抹消されるわよ。これまでにも幾つもあった、知られることのない人類の黒い歴史の一つとしてね。」
今度こそ、重い沈黙がスタッフ達を襲う。
そしてただ、MAGIの端末がチカチカと明滅するばかり。
その内容、それがNERVにとってどんな状勢だかを明確に物語っている。
各国にあるNERV支部とのネット接続が次々と消えつつあるのだ。
アメリカ、ドイツ、中国……
こうしていても仕方がない。
同じ死ぬならやるべきことを、やりたいことをやってから死にたい。
しばらく目を閉じて考え、スタッフ達に向けて言った。
「ここにいる者の中に軍の経験者はいるわね?まずは敵を出来るだけ多く殺しなさい。」
え?と驚愕するスタッフ達。しかし、私も躊躇なんてしていられない。
「そして、本部の下層部を特殊ベークライトで埋め尽くす。
連中を孤立させ、そしてある程度の進撃は防げるはず。
そして倒した敵の装備をはぎ取り、連中に紛れて脱出する。」
「ベークライトって、そんなことをしたら大半の職員を見捨てることに……」
「相手は戦闘のプロです。ましてや、連中を殺したらますます我々は……」
私の過激な作戦にスタッフ達は動揺するが、しかしこう言わざるを得ないのだ。
「だから降伏する?無駄だわ。
いい?この使徒との戦いには、世界規模の超法規的な力が動いている。
もともと、そういう世界に私達は居るのよ。
みんな覚悟して。もう私達は人間社会から圧殺されようとしている。
生きているなら生き続けるために戦いなさい。たとえ、仲間の血をすすってでも。」
しかし、私は確信している。もう私達は助からない。
DNAパターンまで社会に登録されている我々がどこに逃げるというのか。ジャングル?無人島?
そうでもしなければ、逃げ切るのは無理だろう。そこまで逃げられる職員がどれほど居るだろうか。
既に銃声が聞こえてきた。この近くだ。
訓練を受けてきたらしい職員が机の下に潜り込んで銃を構える。
が、震えているものもいる。当然だろう、人間相手の戦闘経験なんて持ってる方が珍しい。
そうだ……彼だけでも。
「み、葛城さん!もう、包囲されていますよ?どこへ?」
「ごめんね、みんな。さっきの手を実行して。まあ、あんた達に任せるけど。」
そう言いながら、自分の銃を手に立ち上がった。
「あの子、鈴原君だけでも助けなくては。あの子をここに引っ張り込んだ責任がある。」
そうして戦火の中に忍び込もうとした時、誰かが私の服の端を掴んだ。
マヤだ。顔面蒼白の悲痛な面持ちで私を見上げている。
無理もない。もともとは単なるコンピュータ技師だった子だ。
「マヤ、ゴメンね。あなた達と一緒に戦いたいとも思うけど。」
「……違うんです。あの、葛城さん。センパイを悪く思わないでください。」
「え?」
「センパイはあえて、エヴァのパイロットに関わる稼働試験に私を参加させようとはしなかったんです。
とても人間の仕事とは思えないからって。」
「……。」
「それに、こうなることも予見しておられました。そしてNERVから去れ、と私に言ってくれました。」
「そう……」
「センパイを悪く思わないでください。あの……そりゃ、センパイにはいろいろ悪いところはあります。
私もそうです。でも、いいところだってあるんです。だから……」
「判ったわ。そんなこと、私にはもう判っているのよ。さあ、今こそみんなと力を合わせるのよ。」
もはや、NERV本部は血と炎の海と化していた。
散開して次々と職員達を屠る自衛隊員達。もはや単なる虐殺である。
この敵味方ともに混沌とした状態。この状態なら実にやりやすい。
手近に倒れていた自衛隊員から装備を剥がす。
ナイフ、自動小銃、その他一式……ん?服のサイズが合わないわね。
仕方がない。ナイフ片手に値踏みを始める。よし、あいつがいい。
そうして心に決めた相手の後ろに忍び寄り、口をふさいでナイフで剥きだしの喉を掻き切った後、
またしてもアーミー服を拝借して着衣。ま、なんとかいけそう。
つまり、司令部のスタッフ達に提示した案を自ら実行した訳だ。
今、自分が人殺しをしたとは思えないほどに冷静な私……リツコを笑えないわね。
でも、私をここまで突き動かしているもの。それはリツコが語っていた習慣性からくる残虐さとは少し違う。
リツコから後から聞いた話こそ、私とリツコの合意点。
それは、どうしようもない罪悪感。そのつもりがなく、自分のために相手を陥らせた罪の意識。
私は手に入れた無線機を傍受しながら、彼ら自衛隊に混じって行動を開始した。
『フォースチルドレンは確実に抹殺せよ。並びにファーストチルドレンは必ず生かして……』
やれやれ。私達の殲滅もまた表向きの理由だった訳ね。
つまり、碇司令の計画を横取りしようというわけだ。
私は司令部の戻る前、リツコから全ての話を聞き出した。
「むかーし、むかし。そのむかし。」
そんなのんびりした口調で語り始めたリツコ。
いらだって私はリツコをせかす。
「そんな演出なんてまっぴらよ!早く結論から言いなさい!」
「あら?だから後で話すと言ってるのよ。早く司令部に戻ったら?」
「まだ時間があるわ。軍が近づいているなら、慌てて応戦したってどうしようもない。」
「余裕ね、葛城三佐。ならいいじゃない、ゆっくりお話ししましょうよ。一本どう?」
煙草を勧めるリツコ。私はめったに吸わないんだけど、こういう場合なら欲しくなる。
「いいわ、好きに話しなさい。」
「むかしむかしね。天界に住んでいた人間達は知恵の実を盗んで……」
「そんなところから始めるの?」
「知恵の実を盗んで知性を得たが、神様の怒りを買って地上へと追いやられてしまった。
そして神様は生命の樹になっている生命の実をも人間達にとられることを恐れ、
生命の実を喰らう17人の天使様を配置して生命の樹を守らせた。
人間が生命の実をも手に入れれば、神と等しい力を手に入れることになるのだから。」
「……。」
仕方がない。リツコの好きに語らせてみよう。
「何故そうなったかはわからないけど、一人目の天使アダムは滅びて地上において死を遂げた。
自らの遺体を残して。
知恵の実を食べた人間達は、その知性をもって文明を築き科学技術は発展し続けた。
だが、天界の生命の樹の力には至らない。
さて、あるところに一人の男が居ました。」
「その男はアダムの遺体を発見し、研究を続けました。
そして、その遺体を研究すれば、もっと大きな力を手に入れられる。
そして、天界まで通用する力が得られる。
それを信じて疑わず、その遺体の研究を続けました。
だが、それは実に大変な作業でした。」
「しかし、男の研究が実を結んでアダムの遺体を複写し、
人間が操れる仕組みを取り付けたロボットを作りました。
それを、その男はこう名付けました。『エヴァンゲリオン』と。
折角作っては見たものの、それに乗って操るパイロットが見つかりません。」
「その折りに、一人の女性が名乗りを上げました。
その女性は男と共に研究を積み重ね、エヴァンゲリオンが立派に働けるよう研究を続けました。
やがて、その女性と男は愛し合うようになり、結婚して子供をもうけるまでに至りました。」
「そして研究中に、事故が起こりました。地震が起きて、ある娘の上に機材が落ちてきたのです。
その娘。彼女は男の研究を手伝っていた女科学者の一人娘でした。
ちょっとだけ賢かったので、娘もまた手伝わされていたのです。
しかし、その娘は危ないところで助けられました。
稼働中のエヴァが落ちてきた機材を払いのけ、娘の命を助けたのです。」
「みんなは私の無事を喜びました。そしてエヴァがここまで動けるようになったことに喝采しました。
しかし、悲劇は既に起きていました。
その男の女性がエヴァから消えてしまったのです。
運転席を見渡しても、影も形もありません。」
「その男は、もっともっと大勢の人を集めて研究しました。
そして、必死で原因を究明しようとしました。
そして、自分の娘を助けてもらった女科学者も、そして娘自身も男を手伝いました。
彼らは確信していたのです。その男の妻はエヴァの中に居る。
娘を助けた時に、あまりの力を発揮したためエヴァと完全に融合してしまったのだ、と。
そして男は決意しました。必ずや自分の妻を助け出すことを誓いました。
そして、娘もまた決意しました。助けてくれた男の妻を必ずや助け出してみせる、と。」
リツコは物語を語るかのような口調で、しかも皮肉げな口調で話し続ける。
いいわ。その方が話しやすいなら続けなさい。
「様々な研究と実験が繰り返されました。
しかし、どんな方法を持ってしても、男の妻を助け出すことが出来ません。
時には実験に失敗して、世界の人口が半分に減るほどの大爆発が起きました。
それは予期していて、遠く離れていた男と女科学者の娘は無事でした。
しかし、その実験を行った女科学者は犠牲となりましたが。」
思わず私は口を挟んだ。
「ちょっと待って。まさかそれはセカンドインパクトの……」
しかし、リツコは構わずに話し続けた。
「そしてある時、男は一人の少女を連れて来ました。そして私にいいました。
この子だ。この子の力を持ってすれば、自分の妻を助けられる、と。」
……レイのこと?
「その子にみんなは驚かされました。その子が一人目の天使アダムと大変よく似ていたのです。
そのことを尋ねると男は隠さずにあっけらかんといいました。あの子は二人目の天使リリスだ、と。
そして、この子以外に存在する15人の天使を倒し、最後にこの子を殺した者が生命の樹に到達できる、と。
そして、生命の樹の力を手にすれば必ずや妻を助けることが出来る。
その力を手にした者は神に等しい存在となるのだから。」
私はいい加減じれったくなってしまい、リツコにせっついた。
「話はだいたい判ったわ。そこから先は具体的に判るように話して。
どうやって使徒をおびき出して倒すことに、成功したというの?」
リツコは苦笑いしながら、フッと煙草の煙を吐いた。
「天使様がいるのならば、神様は当然ながら自分たちを許さないだろう。
この様に天使達を弄んでいる自分たちを。
現に捕らえた天使リリスを追い求め、別の使徒が現れたのだから。
男はリリスの力を封じることで、使徒の危機から逃れることに成功。
使徒は何処にリリスが判らなくなってしまい、天界へと帰ってしまった。」
「つまり、リリスを餌に他の使徒をおびき出していた訳ね。なら、ダミープラグは?」
「エヴァがアダムのコピーならば、ダミープラグはリリスのコピー。
地下に眠る古いエヴァに埋め込み、それを時折めざめさせることで使徒をおびき寄せたわけ。
そして……」
「そして?」
「最後にリリスをも殺せばいい。つまり、キングを手中に収めながら他のナイト達を狩り続けた訳。」
「……。」
リツコは、何か思い切ったかのようにタバコの火をもみ消した。
「使徒を倒すにはね。使徒と同じ力が必要なの。
だからこそリリスたる綾波レイにパイロットをさせることを思いついた。
流石に天使様、アダムのコピーとも相性が良い。すぐにエヴァを乗りこなして見せたわ。
そして私達は多くの噛ませ犬を与えて、戦いに勝つことをレイに仕込んでいったの。
そう、多くのパイロットの犠牲を積み上げて。」
だんだん抑えが効かなくなり、荒くなっていく自分の口調が止められない。
「そして、天使同士に殺し合いをさせて居たわけ?
それじゃ、何故シンジ君達まで戦いに巻き込む必要があったのよ!」
「レイが負けては元も子もない。だからこそレイには長距離射撃に専念させて、彼女の前に盾を置いた。
人間達の中ではシンジ君が一番の適任者だったわね。流石、母親の血を引いてるだけのことはある。」
「そんな……司令の実の息子じゃない……」
「さあ?娘なら恋する父親もいるけれど、息子だと妻を取り合うライバルにもなり得るし。」
「……。」
「さ、行きなさい。これで私の話はみんな終わり。みんながあなたの指示を待っているわよ?」
この時、私はリツコに向かって銃を抜いた。
リツコは何も言わない。さあ撃ちなさい、と言うように私に微笑んでいる。
私は銃弾よりも先に穴を開けるほどに彼女を睨んだが、しかし止めた。
もはや、彼女を撃ってもどうしようもない。これから先、一発の弾でも無駄にはできないだろう。
「さよなら、リツコ。もう私は生きてあなたに会えないだろうから。」
そう言って振り向き、エレベーターのボタンを押した。
そして、扉が開いて乗ろうとする私の背中に向かってリツコは言う。
「私は碇ゲンドウを愛していた。そして彼を愛する妻のユイさんが好きだった。
暗い研究室の中で、私に科学者の飽くなき夢を語ってくれた二人の笑顔は輝いていた。
そして、その二人をもう一度見たかった。
私は二人の笑顔を見ることが出来るなら。私の全てを捧げても助け出すことが出来るなら。」
最終更新:2007年03月19日 14:16