虐待 第弐拾壱話

私は他の自衛隊員と同様に銃を構えながら走り続けた。
慣れない体に重く食い込む装備。だからといって降ろすわけにも行かない。
幸い、私の進路は既に戦いを終えて生きている者の姿がない。そう、幸いに。

が、遂に現れてしまった。
フラフラとよろめきながら倒れかかったNERV職員が私と鉢合わせになったのだ。
(チッ……)
流石に自分の同僚を殺せない。しかし、今は私も自衛隊員なのだ。
仕方がない。私は思いっきり蹴っ飛ばし、それでこの場を済ませようとした。しかし、
「おい貴様!誰も生かしておくな!命令を聞いていないのか?」
近くに居た隊員が見ていたのだ。
そして職員に近づき有無を言わさず銃口を咥えさせ、ドンッと頭を吹き飛ばす。
私はかろうじて動揺を隠し、気を付ける、といってその場を誤魔化すしか無かった。

ミサト、今更ためらうな。
結局、さっきの職員は別の隊員に殺された。
ならば自分の手で引導を渡してやれ。少しでも楽に死ねるように。

しかし、私の中の何かがギリギリと私自身を締め付ける。
鈴原君とて所詮は一人の人間。そのために多くの犠牲を出してよいものか。
所詮は自分の葛藤を晴らすためであって、人の命を大切に、などという良識に従った行動ではない。



目指す先はNERV内の病室のフロア。
このところ、鈴原君は特別に入院された妹とそこで過ごしている。
使徒との戦いを経て疲弊しきった心を癒すために。
そして階段を駆け上がろうとしたその時、少年らしいかん高い雄叫びを聞いてビクリとなった。

「ウワアアアアアアッ!!」
それと同時にマシンガンの銃声が耳を突き刺す。
間違いない、鈴原君だ。
よかった。まだ生きている。
しかも自衛隊員と必死で戦っているのだ。
私はそのまま階段を駆け上がり、ジャージ姿で銃を構える彼の姿を見いだした。

恐らく、彼は機会をうかがって部屋を飛び出し、隊員めがけて乱射したのだろう。
虚を突かれた連中は次々と鈴原君に倒される。よし、あと一人。
私はその隊員の更に背後にいて、流れ弾を喰わぬように物陰に隠れた。
しかし……まずいわね。この格好では、間違いなく鈴原君に撃たれてしまう。
と、考えていると、

カチッ……カチカチッ……
「クッ!!」
無茶苦茶に乱射したためだろう。もはや彼の銃は弾切れしたのだ。



そうと見て余裕の構えで銃を抜く自衛隊員。
「悪く思うな。フォースチルドレン。」
私は後ろからすかさず駆けつけ、手榴弾のピンを抜いて相手の口に押し込んだ。
「グッ……ガ……」
「悪く思わないでね。」
そういって手近の窓から投げ落とす。そして、

……ドォォォォン

「あ、あんた……あんたは……」
この有様を見てうろたえる鈴原君。ああ、そうか。
気が付いて顔を隠していたゴーグルを外す。
「ミサトはん!!」
「よく生きながらえていたわね。流石だわ。」
そう言って軽く褒めてあげたのだが、しかし彼はがっくりと肩を落として嗚咽までして泣き出したのだ。
「あいつら、あ、あいつら……」
ふと、彼が出てきた病室を覗くと、銃弾を撃ち込まれて血が染み出ていたベッドが見える。
遅すぎたのだ。こんなことならリツコの話などのんびり聞いていなければ。
しかし、後悔などしている暇はない。
「なんでや……ミサトはん……なんでや……」




もう、何と言って鈴原君を慰めて良いのか判らない。
しかし、そんな暇もない。慰めている時間があったら逃げる算段を考えなければ。
気が遠くなるほど前途多難だ。彼は世界中でも最重要人物となるであろうから。
とりあえず彼の腕を取ろうとしたとき、本部内にサイレンが鳴り響いて私はビクリと体を震わせた。

「このサイレン、まさか使徒!?」
そして、私の携帯電話がブルブルと作動した。
『ああ、よかった。ご無事なんですね!』
マヤだ。恐らく、このサイレンの意味だろう。
『使徒です!東の上空から使徒が現れたんです!しかも、12体!』
12?そんな、死海文書に記された数は全て倒しているはず。しかも12体もの使徒が同時、とは。
が、ためらっている場合ではない。これで道が開けた。
「いいこと?私が言うように館内に放送して。いや、この電話をスピーカーに繋いで!」
そして、キョトンとしている鈴原君に指示をする。
「さ、私といらっしゃい。妹さんもお連れして。」

『使徒が出現した。もうバカ騒ぎは止めなさい。東の空を見れば肉眼で確認できるはず。
 あんたたちの事情は知らない。しかし、あれらを倒さなければサードインパクトは必ず起こる。
 互いに殺し合いを止めなさい。これ以上、互いの死傷者を増やせば決して使徒には勝てないわよ。』

そんな私のでたらめな放送がNERV本部に鳴り響いた。よし、これで休戦となるだろう。



ようやく、元の司令部に到着。
すでに自衛隊員の死体が、そしてスタッフ達のものも含めて散乱している。
だがかなり健闘したようだ。使徒を迎え撃つための人員は辛うじて残っているだろう……

そこで私はハッとなって気付いた。
そうだ。私達はこれからあの使徒を迎え撃たなければならないのだ。
私は何を考えているのだろう。私はこの自衛隊の襲来から逃れることばかりを考えていた。
こんな馬鹿馬鹿しいほど簡単なことに盲目だったなんて。

「葛城さん!ご無事で何よりです!」
もはや涙ながらに私にすがりつくマヤ。
「そ、そうね。私が簡単に死にはしないわよ……」
急速にグルグルと回り始める頭をかかえて、マヤの出迎えを受けた。
残っているスタッフ達は頭を寄せて話し合う。
「各部署に連絡しても返事が来ない。エヴァを稼働できるものかどうか。」
「いや、ほとんどオートメーションで可能なはず。大丈夫だ。」
「なんなら自衛隊員に手伝わせてもいい。よし、俺が連中に交渉しよう。」
スタッフ達は夢中だ。
彼らは明敏に動いているようで、何かを無視しているような気がして仕方がない。

12体もの使徒を相手に、まだまだ慣れていない鈴原君に勝てる訳が無いではないか。



「そこの姉さん、妹を頼むわ。」
隣にいた鈴原君が、マヤに血まみれの遺体を預けた。
マヤは新たな涙を流して、血で汚れるのも構わず幼い体を抱きしめる。
「ワシはやるで。見とれや、ワシがあいつらをぶちのめしたるからな。」
そうして立ち上がる彼の目、これまで虚ろだった彼の目が光り輝いている。
しかし、それは暗い輝きであった。何かを思い詰めたような暗い瞳の輝き。
「そうや。ケンスケや妹が死んだのも、あいつらのせいや。そして、ふぬけとったワシのせいや。」
歪んだ彼の思い。全ての成り行きが鈴原君の責任である筈がない。
しかし、その彼の暗い思いが、彼の闘志を奮い立たせている。

また、新たな「業」がここに生まれる。
鈴原君は死を賭して使徒と戦い続けるだろう。
いったいどこまで続くのか。この戦いの因果はどこまで繰り返されるのか。

碇司令の妻への想い。その想いに寄り添うリツコ。
アスカを失っても、初号機に取り込まれても、尚も戦い続けるシンジ君。
そしてまた、友人を失い、妹を失った鈴原君が新たな戦いへと奮い立つ。

「もう、止めて……」
思わず口に出してしまい、隣にいたマヤがビクリと驚く。




「もう、止めて……いい加減にしてよ……いったい、何なのよ、これ……」
「か、葛城さん!?いったい、どうしたんですか?」
心配顔で私の腕に手を触れるマヤ。しかし私はその手を払いのけ、思わずその場にうずくまる。
「お願い……許して……シンジ君……アスカ……私を許して……」
もはや、私自身が精神汚染をきたし始めたのか。
そんなことを呟き続ける私を様子を心配して、マヤと他の数名が集まる。
そうだ……これが私への因果応報。
これが、幼いパイロット達を苦しめ戦いに送り込んできた私自身への因果応報ではないだろうか。

その時である。突然に新たなサイレンが辺りに鳴り響いたのだ。
「……何?」
「これは……そんな、初号機のパターンが青へと変化!」
「え!?」
「初号機が稼働を開始しました!パイロット無し、暴走状態です!」


「シンジ君ッ!!」
最終更新:2007年03月19日 14:17
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