特急 第弐話

NERV本部。
それこそが、使徒襲来に備えて世界規模の人力、財力が注がれて設立された最大規模の特務機関である。
そして遂に使徒が現れた今、本部内ではこれ以上ないほどの混乱が巻き起こっている。
使徒が同時に2体出現。その状況は想定されていないはずもない。
しかし実のところは、それに対して抗しうるだけの準備が整っていなかったのが現状のようだ。

「使徒サキエル、あと五分でここに襲来します!」
「零号機パイロットの血圧、脈拍数さらに低下!シンクロ率が徐々に下降しています!このままでは!」
「零号機のライフル、残弾ゼロ!予備の射出を急がせよ!」

飛び交うアナウンスと罵声と怒号。
そんな本部内で、平静を保っているのはこの二人だけだろう。
NERV副司令の冬月。そして碇シンジの実父にして総司令、碇ゲンドウである。

ゲンドウは淡々と命ずる。
「初号機パイロットの到着と同時に零号機と収容。可能な限りの修復をさせろ。その準備をしておけ」
「はッ!!」
そんな彼をたしなめるかのように冬月は口を開く。
「修復だけか?パイロットの治療はどうした」
そんな冬月をジロリとにらみ返すゲンドウ。
「言い方の問題だけだ。どちらでも変わらん」
「人間は機械じゃないぞ。修理して動くほど簡単なものではない」


「しかし冬月。我々はどんなことをしてでも生き残らなければならん。それが、人間というものだ」
「そうだな。しかし、ワシが使徒なら……」
「なんだ?」
「現れた二体に加えて更にもう一体、ここに送り込む。それが確実とは思わんか?」
「……」
その冬月の言葉で無言となるゲンドウ。さしずめ、認めざるを得ない、というところか。
そして、振り向いて部下に命ずる。
「ドイツ支部に連絡、弐号機とパイロットの空輸を急がせよ」
「はッ!!」

使徒と向き合う零号機。
必死で攻撃をかわしながらライフルを撃ち続けるが、しかしなんら効果を得ていないようだ。
巨大な虫か蛇のような姿の使徒シャムシエル、ムチのような両腕で執拗に零号機を攻め続ける。
その使徒に足下をすくわれ転倒する零号機。
ようやく立ち上がるものの、その足取りはふらつき今にも再び倒れてしまいそうだ。
『ポイントB-3の地点に予備のライフルを射出します!』
そんな指示がパイロットに伝えられられるが、果たして聞こえているのかどうか。
エヴァンゲリオンはパイロットとの神経接続によって操縦が行われる。
つまり、パイロットの状態がモロに影響を受けるのだ。
その零号機の様子からして、戦い続けられる状態とは言えるものではない。

その上空に数機のヘリが現れる。それこそが碇シンジの強制連行を果たした自衛隊のものだ。


「パイロットは負傷しているの。ついこの間に手術を受けたばかり」
少しでも碇シンジのやる気を煽ることが出来れば、とミサトはシンジに語る。
「あなたと同じ14歳の子供。そんな子供達でしかエヴァの操縦は出来ない」
「そ、そんな……でも、僕には無理です。見たことも聞いたこともない……」
うろたえるシンジ。しかしミサトは何が何でもシンジをエヴァに乗せなければならないのだ。
「お父さんから何も聞いていないのね。あの使徒を倒さなければ全ての人類が滅びてしまう」
そう言いながら部下に命ずると、ヘリの床が開いて何やら操縦席のようなものが姿を現す。
「乗りなさい。これが本体に挿入されるエヴァの操縦席」
「え……あの……」
尚も戸惑うシンジであったが、そんな彼の両肩を自衛隊員が押さえようとする。
しかし、今度はミサトがそれを止めた。
「待ちなさい。自分の意志で操縦席に乗りなさい……ん?レイ!」
ミサトは急に振り向いてヘリの窓から下を見下ろす。

見れば零号機はふらつきながらも立ち上がり、そしてナイフらしきものを取り出している。
指示されたはずのライフルを取りに行こうともしないで。
効果の得られない銃撃を諦め、近接戦闘に持ち込もうとしているのだ。
「む、無茶よ!レイ、戻ってライフルを使って!」
通信モニタに向かって怒鳴るミサト。その画面に映るパイロットの姿をシンジは見た。

何か液体の中に漬けられているのか、ゴポゴポと泡立つのが見える。
しかし顔がよく見えない。パイロットの出血でモニタ全体が赤く染まっているのだ。


(あ、ああ……)
シンジはその過酷な有様に身を震わせた。
怖い。恐ろしい。逃げたい。帰りたい。
しかし、なんとか出来ないのか、助けてあげられないのか、という思いもまた込み上げてくる。

「レイッ!!」
それがパイロットの名前だろうか。再びミサトが絶叫する。
ふらふらした足取りながらもナイフを構える零号機。
そして使徒に向かって突進する。そして!

ドガッ……!!

「日向君!やったの!?」
尋ねるミサト。今度の相手は本部らしい。
『はい!零号機のプログナイフがコアを砕き、使徒は完全に停止。しかし、零号機大破!』
「状態は?」
『使徒シャムシエルの最後の抵抗で左足を切断され……来ました!使徒サキエルです』

倒れる使徒シャムシエル。そして同様に地面に倒れ伏した零号機。
その両者の背後に立つ影。それは禍々しい巨人の姿をした使徒サキエルであった。




「……シンジ君」

ミサトはシンジに呼びかける。
しかし名を呼んだだけで後は何も言わない。それ以上、語る言葉など無い、というかのように。
シンジは震えながらもうなずき、そして操縦席に向かう。

「よし、初号機を射出。このままヘリでエントリープラグを挿入するわ……出来るわね?」
ヘリのパイロットに問いかけるミサト。
「ハッ!お任せください!」
それは相当な操縦技術を要するだろう。正に総力戦だ。
人力、財力、科学力、そして技術力も、人類の全てを賭けた戦いはもう既に始まっているのだ。

「頼むわよシンジ君。あなたが、初号機との適正がもっとも優れたあなただけが頼りなのよ」

本当のところ、まだまだシンジには状況を理解しているとは言い難かった。
しかし、やらねばならない。戦わなければ生きてはいけない。
やれるのは僕だ。僕しかいないのだ。
その思いだけが彼を突き動かし、ついにパイロットとなることを同意させた。

そして、シンジを乗せたエントリープラグの扉が今、とじられる。
果たして彼は生きてそこから出ることができるのだろうか。その保証はどこにも無い。
最終更新:2007年06月25日 21:00
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