特急 第参話

ズシッ……ズシッ……ズシッ……

巨大な足音を立てて零号機へと近づく使徒サキエル。
既に倒された使徒シャムシエルのための仇討ちか、そうでなくても使徒にとって攻撃目標なのは間違いない。
もう零号機は戦えない。左足を切断され、立ち上がることは不可能だ。
何とか手近なビルに手をかけ、あるいは地面をはいずり逃れようとする零号機。
しかし使徒サキエルはすぐそこまで来ている。零号機の命運は風前の灯火だ。

地上に射出された初号機に接続されたエントリープラグ。
そこに搭乗した碇シンジは戸惑うばかりだ。
「ど、どうすればいいんですか、うわっ……」
更に謎の液体LCLが操縦席に注がれてパニック状態に陥るシンジ。
『落ち着いて。このエヴァの操縦はあなたとの神経接続によって行われるの』
突然、目の前の中空に画像が現れる。その人物はNERVの技術開発部、赤木リツコ博士である。
「え……その、どうすれば……」
『つまり自分の体だと思えばいい。イメージするのよ、初号機が自分の思い通りに動くと信じるの』
「信じろっていったって、あの」
無理な話といっても間違いではない。とはいえ、尚も愚図るシンジにしびれを切らした葛城ミサトが怒鳴り散らす。
『動くかどうかなんて言っている場合じゃないわ!動きなさいッ!』
「そんな……」
『人類が滅ぶだの、零号機が危ないだの、そんなことは問題じゃない!次の餌食はあなたよ!』
そしてモニタに映し出された映像を見れば、すでに使徒は零号機に掴みかかって居るではないか。


零号機の頭を片手で掴み、高々と持ち上げる使徒サキエル。
もうダメだ。あの零号機はやられてしまう。
今、動かなければパイロットもろとも倒されてしまう。そして、次は初号機という訳だ。

「う、動け……動け……」
どうしていいか判らず、操縦桿とも見えるものを掴んでブツブツと唱えるシンジ。
動かせと言われても、イメージしろと言われても、やはりどうすればいいのか判るはずもない。
「動けよ……なんだよこれ、どうすりゃいいんだよ…………動いてよ、お願いだから……」

そのシンジの声。本部の司令室でも通信を通して響き渡っている。
「やはりダメか……」
落胆するスタッフ。もはや手を組み合わせて神に祈るものも居る。
「やはり奇跡は起きない……か?所詮は、オーナインシステムと呼ばれた初号機では……」
そういうのは先程の赤木リツコ。その側にはヘリから降りてようやく到着した葛城ミサトの姿がある。
「……」
もう彼女も何も言わない。言ってもしょうがない。
もはや賽は投げられたのだから。

ガシッ……ガシッ……ガシッ……
凄まじい轟音が辺りに鳴り響く。それは使徒が零号機の頭を砕こうとしている音だった。
「……動けっ!動けっ!動けっ!動けっ!」
焦り、叫び続けるシンジ。もう、無茶苦茶に操縦桿をいじくり廻して藻掻き続ける。


その時、司令部に絶望的な報告が入る。
「使徒ガギエル上陸!こちらに来ます!」
どよめく司令部。そして使徒の姿が、巨大な魚の姿をした恐るべきガギエルの姿がモニタに映し出される。
無茶苦茶な勢いで地上に這い上がり、街を踏み荒らし、這いずりながらこちらに迫っているではないか。
それを見て指示を下すNERV総司令、碇ゲンドウ。使徒に対して通常兵器では役に立たないと判ってはいても。
「戦自に通達。少しでも良い。どんな手を使ってでも足止めせよ、と。」
「ハッ!」

当然、その有様はシンジの耳に届いていた。サーッと血の気が引いていくのが自分でも判る。
「おい、動けよ……このままお前が動かなかったら……」
もはや泣きそうになりながら呻き声を上げだしたシンジ。それでも初号機は動かない。
そして、遂にシンジは怒り、そして絶叫する。
「いい加減にしてよ!このまま終わっていいのかよ!動いてよ!動けよ!動けってばッ!!」


ドクンッ……      ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……


「え……?」
これまでにない感触がシンジの全身を包む。
それこそが初号機の鼓動であった。
初号機が遂に動き出したのだ。


「来たッ!」

その誰かの叫び声を聞いて、ハッとなって顔を見上げるNERV本部。
「シンクロ率が40を超えました!初号機、活動開始します!」
オペレーターのアナウンスが改めて報告され、スタッフ達が思わず歓声を上げる。
そして、ミサトはシンジに指示を出す。
「動けるわね、シンジ君。いい?何でもいい、とにかく零号機から使徒を引きはがして!」
それに答えるシンジ。
『は、はい……』
「何をしても良いわ。今、使徒が零号機の頭を掴んでいるけど、頭ぐらいなら大破しても構わない」
『……はい!』
「ただし急いで。新たな使徒がこちらに向かっているわ」
『はいッ!』

一歩、二歩、三歩……
ようやく歩き始める初号機。
動く。動ける。動いている。
その感触を肌身に感じ始めるシンジ。
(いける。なんだかよく判らないけど、操縦できている)
どうやら、シンジの心に自信と希望と、そして早くもプライドまでが目覚め始めたらしい。
(やれる。みんなを救えるのは僕なんだ。あの零号機とかいうパイロットを救えるのは僕だけなんだ!)



そして歩き始め、走り出し、さらに使徒に向かって突進する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

ハッとなって振り返る使徒サキエル。
それに対してストレートパンチを見舞う初号機。
そして、そのまま走ってきた勢いに任せて強烈なぶちかましを喰らわせる。

ズドドドドドッ……

東京市のビル群をなぎ倒して倒れる使徒。あっさりと零号機から引きはがすことに成功したのだ。
『よくやったわ!すぐそこの収容口まで零号機を運んで!切断された左足を忘れないで!』
そのミサトの指示と同時に、近くのビルと思われていたものの扉が開く。
それはエヴァの射出、収容に使用されるエレベーターであったのだ。

まだ操縦を始めたばかりのシンジには慣れない作業だ。
が、時間がない。モタモタしていては使徒サキエルが立ち上がってこちらに向かってくるだろう。
『来たわ!お願い、急いで!』
言われなくても、と愚痴を言いたいところだが、やっとのことで零号機を担いで収容を終えたシンジ。
そして使徒サキエルに向き直るが、しかし当の相手はようやく立ち上がったばかりだ。
(……来た、というのは……まさか)

ふと、使徒サキエルの背後に目を向ける。すると、見えてきたのは魚のような巨大な影。


ギクリと驚くシンジ。
このままでは、使徒二体を同時に相手をしなければならなくなってしまう。
どうやら、戦自の抵抗はまるで役に立たなかったらしく、最短の時間でここに到達してしまったようだ。
『シンジ君、プログナイフを抜いて!零号機がやったようにコアのみを狙うよ!』
しかし、そんなことを言われても具体的な操作はまだ知らないのだ。
「ど、どうすればいいんですか?」
慌てて聞き直そうとするシンジであったが、
「あっ!!」

ピガッ……ズズーン!!

使徒サキエルから凄まじい閃光が放たれ、それが初号機に直撃する。
真後ろに倒れる初号機。それに迫り来る使徒サキエル。
さらにその背後には使徒ガギエルが居るのだ。
またしても絶望的な状況の振り出しに戻されたかのようだった。

『立って、シンジ君!立つのよ!』
うめきながらシンジはミサトの声を耳にする。
そして見上げてみれば、迫り来る使徒サキエルの巨大な影。
(う……う……うう……)
初号機はともかく、シンジ自身が受けたダメージで打ちのめされている。
初号機と神経接続されている、ということは痛感神経までもパイロットに接続されているからだ。


(た、立たなきゃ……立って、こいつを倒さなきゃ……)
頭を振って、立ち上がろうと必死になる。しかし、初号機よりも自分の体が言うことを聞いてくれない。
(クソッ!このままじゃ……)
その時である。

『惣流アスカ・ラングレー!遅ればせながら只今参上っ!!』
そんな陽気な名乗りと同時に、上空から飛来する赤い影。
『とうっ!!』

……ズシィィィィンッ!!

凄まじい轟音と同時に着地した赤く輝く機体。
それこそがドイツから空輸されたばかりの、惣流アスカ・ラングレーが操る弐号機の登場であった。
最終更新:2007年06月25日 21:01
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