特急 第六話

少し前、崩壊した第三新東京市の瓦礫の中で。

「助けてくれや!ワシの妹が大怪我しとんねん!おいっ!怪我人やぞっ!」
叫び続ける一人の少年。
破損した初号機の対応に追われるNERVスタッフ達を見つけて、彼は助けを求めて現れたのだ。
「なんだ?あのガキは」
「しかし邪険にするわけにもいかんだろう。おい、誰か避難所に案内してやれ」
「怪我人か。面倒だな、ここにいる医務班はパイロットにしか……あ、赤木博士」
「お疲れ様。子供?その子の年齢は?」
「いや、聞いてないのですが……」
技術部の赤木リツコは、騒ぎを起こしている少年の方をチラリと見る。
背丈はシンジやレイとそう変わらない。その顔立ちは厳しいものではあるが少年の域を出ては居ないようだ。
そして部下に命じた。
「すぐに妹さんをあのヘリで運んであげなさい。彼をこちらへ」

その少年は案内される。そう、参号機の元へ。
「ワシが……このロボットを?なんでや、ワシには見たことも聞いたことも」
「既にエヴァと使徒との戦いは見ているわね。そのパイロットは14歳の子供達」
「ワシと同じ……?」
「そうよ。大人ではダメ、あなたたちのような子供にしかエヴァは操縦出来ない」
「ワシにも出来るっちゅうんか!ワシもあの怪物共と戦えるんか!」
「もし適正があれば、だけどね」


そして。

『奇跡だわ。これほどすぐにエヴァの操縦が出来るなんて』
驚愕する赤木博士。しかし少年はつぶやく。
(当たり前や。妹をあないにした奴らにパチキかましたる。そうせな気がすまんのや。)
そして、見よう見まねで操縦桿を握りしめる。
(それが出来るんなら、象でもライオンでも乗りこなしたる!)
それは彼の精神力か、それとも復讐心、あるいは火事場の馬鹿力なのか。
ともかく参号機は動き出し、戦場へと降り立ち、そしてまっしぐらに走り始める。
「行くで!見とれや、ワシがボコボコにしたるからな!」
そして到達した。使徒サハクィエルの真下へ。
そして両手を伸ばし、もう視界の全てを埋め尽くした巨大な使徒を真っ向から受け止める。
「うぉおおおおおぉぉぉぉおおおぉおおおおぉおおおッ!!」

「参号機!ATフィールドを展開ッ!!」
騒然とするNERV本部。たった今、起動を始めたばかりの参号機が既にその恐るべき能力を発揮しているのだ。
すさまじい落下速度で急降下する使徒がピタリと押し止められる。
が、押されている。強大な質量を受け止めかねて、参号機が今にも押しつぶされようとしている。
「シンジ君ッ!動いて!」
絶叫するミサト。そして参号機パイロットも叫ぶ。
『はよなんとかしろやッ!トドメさせるのはお前だけやぞッ!!』
それを聞いたシンジは何か苦い塊に噛みついたような顔をしていたが……その時!


シンジの父、碇ゲンドウがミサトのマイクを奪い取り、そして一喝!
「シンジ戦え!何をしている!」

「……ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

シンジは絶叫と共にプログナイフを抜き払い、参号機の元へ走り寄る。そして、

ドシッ……

    キュゴォォアアアッッ……!!   ズドドドドドドドドドドドドッ……

「やった!?」
ミサトが叫ぶ。モニタに映し出される崩壊する使徒の姿。
使徒を殲滅したのか、あるいは使徒の自爆か。
はらはらとしながら情況を見守るNERV本部であったが、
「……エヴァ、2機とも健在!」
その報告を聞いて歓声を上げるスタッフ達。

「まだよ、まだ上空に次が居る!」
そのミサトの声にハッとなる本部。
使徒の爆発がやがて収束し、やがて上空にその姿が見え始めている。
巨大な光り輝く羽根をもつ使徒アラエルの恐るべき姿が。


『ワシら、やったなぁ……』
まだ慣れない手つきで通信機を操作し、シンジに話しかける参号機パイロット。
「あ、ああ……」
返事するシンジは、まだ我を取り戻していない様子だ。
『おい、大丈夫なんか?俺は鈴原、鈴原トウジや。お前は?』
「あ、うん。僕は碇、碇シンジ」
そして映し出されたモニタを見る。相手は色違いのプラグスーツを着たスポーツ刈りの少年。
『そうか、よろしゅうな。さっきはきつう言うてスマンかったなぁ』
「いや、いいよ。そんなの」
『まあ、まかしとけや。俺はやるで、妹のカタキは必ずとったる』
「え、死んだの?その、妹さん……」
『ハハ、生きとるけどな。メチャメチャに大怪我しとんのや。もう、まともに生きていくことは……』
「……」

『お前は?』
「何?」
『お前はなんで戦っとんねん』
「……理由?考えたこともなかった」
『理由もなくエヴァに乗っとるんか?』
「いや、僕しか操縦出来ないってミサトさんが……今朝、無理矢理に乗せられたんだ」
『そうか……なら、無理ないわ。ヘタレ言うのも、そらしゃあないこっちゃ』
「え?」


『理由もなく、命賭けろ、ゆうても出来るもんやあらへんからな。いくら人類の危機て言われてもなぁ』
「……」
『地球のために環境保全、とか言うてもピンとけぇへんし。全然できとらんやろ?今の社会は』
「そ、そうだね」
『目の前に自分だけの理由が無いとアカンわ。俺は妹のために戦っとる。お前、そういう相手おらんのか』
「……」

突然、シンジの脳裏に蘇ってくるアスカの言葉。

“あんた、人を好きになったことがないのね。誰かの為に戦うということを知らないのね……”

(僕は……僕にはそんな相手は……)

(友達も居なかった。恋人とか彼女はおろか、家族も……)

(父さん……)

(僕は……母さんが死んで、僕は先生の所に預けられ……そうだ、父さんは僕を見捨てて……)

(父さん……父さんにとって僕はいらない存在……)




『おい、碇?どうしたんや、しっかりせい!』

(でも、こうして呼ばれた。きっと父さんに呼ばれたんだ。僕は父さんに呼ばれたから、こうして……)

(こうしてエヴァに乗っている……ただ、それだけ?)

(それだけ?単なるパイロットとして?ただ、それだけ?父さんにとって、僕は……僕は……)

「僕は……僕は……僕は……ッ!!ああッ!僕はッ!!」

『碇、どないした!クソッ……なんや、この光は!?』
遂に絶叫となり、シンジの声がネルフ本部に響き渡る。
「初号機パイロットに精神汚染が始まっています!このままでは!」
そのオペレーターの報告にミサトは顔を青くする。
モニタに映し出される映像。
それは使徒アラエルが照射する光に照らされ、そして苦悩し身もだえる初号機の姿。
「さ、参号機にライフルを装備させて!鈴原君!あの使徒をライフルでしとめるのよ!早く!」
慌ててミサトは命ずる。しかし、赤木博士が首を振ってつぶやく。
「恐らく通用しないわ。あの使徒にもATフィールドが展開されているはず。副司令?」
「うむ。戦自研に伝えよ、陽電子砲の発射用意。目標、上空の使徒……」

赤木博士の要請に答えて、冬月副司令は命じようとする。しかし、


「違う!その陽電子砲は本部の上空に向けろ!」
冬月の言葉に覆い被せるように命じたのは総司令にしてシンジの実父、碇ゲンドウであった。

「碇!?このままでは初号機がやられてしまうぞ!」
冬月は抗議する。が、
「冬月、お前の読み通りにあれらは陽動にすぎん。今、この瞬間に使徒が本部に来るぞ」
「しかし、碇……」
「言うな、冬月!」
「しかし、初号機は……初号機に乗っているのは……」
「……構わん!直接攻撃でなければ放っておけ!我々が何を守っているか忘れるな!」
「碇……」

そして、そのゲンドウの言葉通りに新たな使徒が現れる。
モニタに表示されたのは幾何学的な八面体の姿をした使徒ラミエルであった。
「あ、ああ……」
嘆息するNERVスタッフ達。そして使徒は早くも本部の上空に位置し、さっそく自分の仕事を始める。

NERV本部は地下にある。
第三新東京市の地下は巨大な地下空洞ジオ・フロント。そこに侵入するとなれば容易ではないはず。
しかし、使徒の備えは十分のようだ。
その八面体の体から繰り出されたのは先端がドリルのようになった長い管。
本体は浮遊したままその管で地面を掘り進み、早くも本部を守る隔壁に届きつつある。


『陽電子砲の発射準備完了、秒読み開始。10,9,8,7……』

本部に伝えられる戦自研スタッフの秒読み。
それが響き渡る中、冬月はジッと苦悶するゲンドウの姿を見ていた。
自らの息子をも犠牲にすることを決断した、苦悶する父親の姿を。
最終更新:2007年06月25日 21:05
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。