特急 第八話

「ここを爆破……ですか!?」
「そんな、そんなことをしては我々は何のために!」
口々に抗議するNERVスタッフ。
しかし碇司令にためらいはない。
「肝心の最終隔壁は通常の爆破では損壊しない!さっさと撤退の準備をしろ!」
スタッフ達は、その一喝で打たれたように走り出す。
その傍らでMAGIのプロテクト作業にしのぎを削りながら、赤木博士は周囲のメンバーに向かって言う。
「この微細な身体の使徒イロウルならば本部の爆破で四散するはず。しかし凄まじい勢いで増殖している」
そう言いながらも、彼女は決してタイプする速度を落とそうとしない。
「急いで。本部の爆破も又、MAGIが司っている。もし、使徒に乗っ取られればそれも出来なくなるわよ!」
しかし、使徒の魔の手は着々と伸びていく。
「メルキオールが乗っ取られました!プログラムを書き換え、更にバルタザールへ侵入しようとしています!」

「さ、最悪だ……これでは爆破することは……」
NERV本部の運営を担うスーパーコンピュータMAGI。
それはカスパー・メルキオール・バルタザールと名の付いた三台のスーパーコンピュータによって構成されている。
恐らく、その一台でも不完全ならば本部の爆破は不可能となるのだろう。
「それは使徒にとっても同じよ。一台が拒否すれば最終隔壁は開かない。けど、時間の問題ね」
そう言って立ち上がる赤木博士。
「工具を持ってきて。私がMAGIの内部から直接操作して自爆決議をさせるわ。早く!」

その一方で、初号機もまた使徒の侵入に悩まされ、追いつめられていた。


   ベキ……ベキ……ベキ……ベキ……

「うわ、あ、あ、あ……」
シンジは思わずうめき声を上げた。
2重らせんで蛇のような姿の使徒アルミサエルは初号機に食いこみ、融合を果たそうとしている。
さらに、使徒に犯されつつあるのは初号機だけではない。
「あ、あ、止めて、止めて、止め……」
なんと初号機の操縦桿を握る腕から、シンジ自身へと浸食を始めていたのだ。
「あ、あ、あああ……ッ!!」

   さびしいの?ねぇ……さびしいんでしょう?

   ねぇ……私と一つにならない?……それは……とてもとても気持ちの良いことなのよ……

   私が側にいてあげる……私がいつまでもあなたの側に……

シンジの身体はおろか、その精神にまでも食い込み始めていた。
使徒アルミサエル、それは子宮の象徴。
脆弱なシンジの心に艶めかしい物腰で身を寄せ、籠絡しようとしている使徒アルミサエル。
しかし、今度はシンジの意識は損なわれずに何とか抵抗しようともがき始めた。
「来るなぁ!僕に近づくな!ああ、や、止めろぉッ!!」
だが彼が堕とされ、使徒に完全に飲まれるのは時間の問題だろう。


(も、もう駄目だわ……参号機、初号機ともに完全に使徒に浸食されている……)
そう苦悶するのは葛城ミサト。
(次々に繰り出される使徒、それらはもはや個体の姿をしていない。そう、最初の使徒アダムのような……)
(我々の考えが甘かったのか。もはやエヴァではとても対応できない姿と手段で我々に挑んでいる)
が、振り返って反省している暇など無い。手を打たなければ。

(エントリープラグの強制イジェクトでシンジ君を救出……そして)
そして、この上は出直すしかない。
そう考えてマイクを握る。もう碇総司令から本部の爆破と撤退が既に発令されているのだ。
しかし、決めかねて戸惑うミサト。
(しかし、ここで初号機を失えばどうなる?本部も失い、この場を使徒に明け渡せば……)
(そうすれば終わり。何もかも終わる。サードインパクトが起きて、その全てが……)

「来たぞ。我々に王手をかける一手があれだ。」
背後に立つ冬月が言う。
モニタを見れば、雲間に浮かぶ巨大な姿がうっすらと映し出されていた。
それをセンサーが捉え、オペレーターは背筋が凍り付く思いで読み上げる。
「新たな使徒です……これまでの最大のエネルギー反応……」
「力の象徴、使徒ゼルエルか。あれではエヴァが完全であっても倒せるかどうか知れたものではないな」

しかし、そのまま使徒は近づこうとせず、空中に浮かんだままだ。
そう、NERV本部の最終隔壁が開くのをジッと待っているのだ。


その時、近くにいたスタッフの一人がフラリと倒れかかる。
それを助け起こして頬をはり倒し、無理矢理に立たせようとするミサト。
「しっかりしなさい!ここを爆破するのよ!急いで!」
「……は、はい」
そしてヨロヨロとしながらも他のメンバーとともに撤退の準備を始める。

「そんな……ここはずっと頑張ってきた場所なのに……」
「泣き言を言うな!俺たちは仲良しクラブじゃないんだぞ!」
「余計なものは持つな!しかし、肝心なものは忘れるな!」
あるものは力尽き、あるものは泣き、あるものは声を張り上げ、撤退に向けて走り出す。
もはやNERVは混乱に落ちた烏合の衆だ。
(ましてやパイロットの二人はずっと戦い通し。使徒と人間、その簡単な精神と体力勝負で我々は……)
やはり無謀な戦いであったか。人間では、やはり使徒に打ち勝つことは不可能なのか。

しかし、尚も力強く抵抗を続ける者はいた。
『く、く……くそぉォ……ぐはぁッ!!』
通信機から聞こえてくる声。参号機パイロットの鈴原トウジだ。
モニタを見れば吐血までしているではないか。もはや、かつての零号機のようにLCLが赤く染まりつつある。
彼は尚も使徒の呪縛に抵抗し、必死で参号機を押さえ続けていた。
「鈴原君!エントリープラグをイジェクトして逃げて!」
『あかんっ!俺がおらんようなったら、こいつにやりたい放題されてまうわ!』
「鈴原君……ッ!」


そして参号機はゆっくりと初号機の方に近づいていく。
やはり駄目か。トウジは参号機を押さえきれず、初号機にとどめを刺してしまうのか。
『貴様ァッ!!そっから出てこいやッ!!』
そうではなかった。むしろトウジの意志が使徒に勝っていたのだ。
参号機は初号機に潜り込もうとする使徒アルミサエルの身体を掴んで、無理矢理に引っ張り出そうとしている。
『来るんなら俺にかかってこんかい!』
トウジがそう怒鳴り散らしたその瞬間、ズルズルッとアルミサエルの長い身体が初号機から引きずり出されていく。

「参号機、グラフ反転!アンチATフィールドを展開!」
「こ、これは!使徒を内部に取り込もうというの!」
誰もが予想もしなかったエヴァ参号機の機能に、ミサトとスタッフは騒然とする。
『も、もう……逃がさへんでぇ……えーと、誰や、ミツコはん?ああ、違うわ……』
『リツコよ。座席の後ろのレバーを引きなさい』
どうやら通信機を携帯していたらしい。司令室を離れて、MAGIの操作に忙しいはずのリツコが苦笑いで返答した。
そして、そのレバーの意味をミサトはかろうじて知っていたようだ。
「リツコ、本気なの!それがどういうことだか知っていて……」
『流石はリツコはん、打てば響くとはこのこっちゃ……よっと』
どうやら、ためらわずにリツコの指示通りの操作をしているようだ。
ミサトは顔面蒼白でトウジに向かって声を張り上げる。
「駄目よ!エヴァを捨てて逃げて!」
『それ、あかんやろ?俺がおらんようなったら参号機は……』
『そうね。鈴原君、許してくれる?』


そのリツコの非情な返答に、トウジは笑って答える。
『あはは……気に入ったでコイツ。やっぱり巨大兵器にゃ自爆スイッチは付きモンやなぁ……』

  キュァァァァァァァァァアアアアアアアアアッ…………

凄まじい勢いで集約される参号機のエネルギー、そしてベキベキとその巨体が形を変えていく。
「臨界点突破ッ!!参号機、コアが砕けます!」
『すまんけど妹のこと、頼むで……それから……』
言い残したいことがあったらしい。しかし、それは間に合わなかった。

   ピシィィッ!!!      キュゴゴゴゴゴゴゴゴ……

「参号機、大破。使徒2体もまた……消滅しました……」
力なく報告をするオペレーター。ミサトはワナワナと体を震わせ、動くことが出来ないでいる。
その彼女に変わって、冬月副司令が号令した。
「地上の各部隊は初号機の補修を急げ!脱出を終えた者は早急に仮の司令部を構築!」
そして、ゆっくりと前に進み出ながら続ける。
「MAGIの操作に当たっている者を除き、全ての者は脱出せよ!急げ!」

スーパーコンピュータMAGIの心臓部。
そこでは腹這いになりながらMAGI内部に潜り込み、端末を接続しようとする赤木博士の姿があった。



「レンチ取って。それから5番の端末を」
「ハイッ!!」
作業を続ける赤木リツコの傍らで、せっせと彼女の手伝いを務める伊吹マヤ。
もうほとんどの者は脱出をはたしている。そこに居るのは二人だけだ。
そして更に。
「もういいわ、マヤ。あなたは地上に早く出て」
「で、でも、センパイは!」
「中国支部のMAGIタイプを今後のNERV運営に当てる。マヤはその準備に当たってちょうだい」
そう言いながらもリツコは端末を操作する手を休めない。
「急いでマヤ、新たな使徒が来ているのよ。私は最後の爆破の操作をしてからここを出るわ」
「……はい、センパイ!」
少し不安げな表情を浮かべながらも、そういってその場を立ち去っていく。

その彼女を見送りつつ、リツコは煙草を咥えて火を付ける。
「なぁんちゃて。フフ、普段ならこんなところで堂々と吸えたもんじゃない……いい加減うるさいわね」
そう言って別の端末を片手で操作する。すると本部中に鳴り響いていた警報が嘘のように消えた。
(ゴメンねマヤ。爆破する人間が逃げられる訳がないでしょ?時限装置を仕掛ける余裕も無いし)
驚くほどに冷静にそう考える赤木リツコ。そして一枚のメモをチラリと目を通して、尚も操作を続ける。
「成る程ね……ありがと、母さん。それにしても……」
こんな情況だというのに、端末を叩き続けるリツコは笑う。
「三位一体のシステムを構築しておきながら手動爆破の方法を残すなんて。面白いわね、母さんって」
そして凄まじい勢いで作業を続けるリツコ。
次々とプログラムを組み上げて起動し、MAGI内部のリレーションを次々と切り離していく。

そんな中。

カツ……カツ……カツ……

もはや静まりかえった本部に響く、男物の靴の足音。
ゆっくりと近づいてくるそれに対して、モニタから目を離さないままリツコは言う。
「あら、司令。逃げ遅れると爆破に巻き込まれますよ?」
「君こそ、ここから逃げるつもりでは無いな」
リツコの元に訪れたのは総司令、碇ゲンドウだった。
「君は最後の操作を残して脱出しろ。俺がやる。今後の戦いで専門職の人員を失う訳にはいかん」
「マヤがいるわ。司令こそ使徒殲滅の責務を捨てて逃げるおつもりですか?」
「逃げ、か」
「死こそ甘美な逃げ道ですわよ。自己犠牲のヒーローなんて私は認めません」
「ならば君は何をしている」
「私はヒロインにはなれませんから。私が操作をする方が早い。ただ、それだけ」
「……そうか」
「まあ一緒に逝くのも悪くないですね。一本どうぞ?」
「ああ……」
リツコの勧めで煙草を咥えるゲンドウ。
繰り返しだが、こんな最中だというのに落ち着いた二人。これまでの激戦が嘘のようだ。
リツコがカタカタと叩くタイプの音もまた心地良い。そして中空に舞う煙草の煙。
まるで全ての戦いが終わって平和の安らぎを得たような、そんな柔らかい空気が漂う。


ある時、ふとリツコが口を開く。
「通信機はそこにあります。どうぞ?」
「何?」
「爆破まであと3分、最後の言葉を。それがあなたに残された役目」
「……」
「そのために、ここに来たのでは無いのですか?」

(そうだ……俺は……)
(この混戦の中、もう総司令などという者はさほど役には立たない……むしろ)
(そうだ、ここで自分の意思を伝えなければ……司令として、何か役割が残っているとすれば……)
(混戦の中、何かを言うことなど出来るものではない。最後の今だからこそ……)
(司令として役割が残っているとすれば……そして、父としての……)

そして、通信機を手にしてスイッチを入れる。
その瞬間、聞こえてくる部下達の声。
『センパイッ!聞こえてますか!まだ脱出しないんですか!センパ……』
それを強引に断ち切り、そして話す。

「シンジ、聞こえるか?」
最終更新:2007年06月25日 21:06
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