特急 第拾弐話

使徒ゼルエル殲滅の後。
居残っているNERV隊員は自衛隊の協力の元、可能な限りエヴァ2体の整備を行っていた。
しかし本当に何も出来ない。千切られた零号機の腕も、なんともしようがない。
「使徒に飲まれていた隊員の生存確認を急いでいますが……絶望的です。機材などは大半が使用可能」
「そう、判ったわ……」
なんだかぼんやりとした気分でその報告を聞いたミサト。
もはや、感覚が麻痺してしまったのか。
その時、ピーッピーッというアラームが鳴り、新たな報告が告げられる。

『上空から使徒襲来。ここから距離300』
妙に落ち着いた声で、通信機を介してマヤが報告する。ここからそれほど遠くはない。
なんというのか、ずいぶん明からさまな登場だ。まるで、見てください、こっちですよ、と言っているかのような。
その使徒は上空からゆっくりと降下し、そして間もなく地上に降り立つ。

    ズシィィン……

「残る使徒はあと2体。古文書の伝える通りとすればな」
そうつぶやいた冬月。それにミサトが応じる。
「ならば、あれは囮で次が本命?」
「そうだな。2体の使徒で何か手を打つとすればそれしかない。ここからエヴァを引き離すつもりらしい」

その通りだった。その使徒の動きを見れば一目瞭然だ。


「ここから……離れていく?」

  ズシィッ ズシィッ ズシィッ

なんだか滑稽な有様だ。
使徒は、すぐ近くに降りたっておきながら、こちらに来いと言うかのように離れていこうとする。
露骨だ。やることがあまりにも露骨すぎる。
『ここまま進めば、数時間で使徒は別の都市に到着します』
そう通信機から伝えられたが、そんなことは言われなくても判っている。
歩いていけば、たとえ海に向かったとしてもいずれは何処かに行き着いてしまう。

「放置するか?」
冬月のその言葉に、ミサトは振り返って驚いた。
「え?」
「我々はここを守らなければならない。それすらも、残された我々では出来るかどうかも判らないのだ」
「しかし、あれを放置すればどんなことになるか判りません」
「……」
「サードインパクトとまではいかなくとも、かなりの被害が出ることが考えられます」
「囮ではなく人質、か?単純すぎるがために、我々はその手に乗らざるを得ない」
ミサトはしばらく目を閉じて考え、そして決断した。
「急がなければ、ここから更に距離を取ることになります。零号機を残して初号機のみを……」
『待ってください。あの使徒にはコアが二つあります』
通信機を介して二人のやり取りを聞いていたらしいマヤが口を挟んだ。

「それはどういうこと?」
『あのコアを砕かなければ使徒を倒すことが出来ません。それが二つあるんです。ということは……』
「ということは、同時にそれを砕かなければならない。エヴァ一体ではどうにもならない訳ね」
『そうです。恐らく、そうしなければ片方を砕いてもコアそのものを修復する可能性があります』
「これぞ無限機関って訳ね……」
再び目を閉じ、そして導き出されたミサトの結論。
それは、エヴァ2体による2点同時攻撃。

はたして、そんなことが可能だろうか。
ベテラン、と言っても良い零号機パイロットと、つい昨日から乗り始めたばかりの初号機パイロット。
しかも片方のエヴァは大きく破損し、互いのエヴァの能力も違う。
しかし、それしか手は無い。てんでバラバラの二人で同時攻撃を打つしか他に無いのだ。

『やります。私達で……』
か細い声がスピーカーから聞こえてきた。零号機パイロットだ。
「レイ……」
『エヴァ2体でなければあれは倒せない。そうですね?』
「その通りよ。しかし」
『初号機パイロット、エヴァから降りて』

え?とシンジはそれを聞いて驚いた。
シンジだけではなく、それを聞いていたミサト達も。
零号機パイロット、いったい何をするつもりだろう。

お互いのエヴァからエントリープラグがイジェクトされ、そして二人のパイロットが地上に降り立つ。
シンジは少しよろめき、それを近くの隊員が横から支えた。
無理もない。彼がエヴァに乗り始めてから10時間は軽く超えている。
最初にヘリでプラグに乗せられてから、ここにきてやっと外に出られたのだ。
「う、うう……」
思わず、呻き声を上げながら辺りを見渡すと、東の空が少しだけ白んで見えている。
そろそろ明け方だろうか。しかし、実際の所は日の出までだいぶ時間があった。

その薄暗い中で零号機から降り立ったパイロット。
そして彼が見たものは、消え去らんばかりにか細く、はかなげな一人の少女。
(こ、この子は……)
シンジが驚くのも無理もない。
その少女は蒼い髪と深紅の瞳を持つ、この世の者とも思えぬ姿であったのだから。

固唾を飲んで、その二人の出会いを見守るNERVスタッフ。
勿論、彼らにはその少女の姿など見慣れたものであったが、しかしシンジにとっては驚きだろう。
そう考えながらも少しじれったい思いで見守っている。
こうしている間にも使徒はどんどん距離をおいてしまう。一体、彼女は何をするつもりなのか。
「あの……」
何と言っていいか判らないまま、取りあえず口を開いたシンジ。
しかし少女は落ち着いた様子で名乗りを上げる。

「私はレイ。綾波レイ……零号機パイロット……」

「ぼ、僕は、初号機パイロットの……」
「……碇シンジ君?」
「え?ああ、うん……」
「……」

そして、訪れるしばしの沈黙。シンジはどうしたものか、と思わず目を泳がせる。
が、次の瞬間にレイはシンジに身を寄せ、そして腕を回して抱きしめた。
「あ、あの……ッ!」
シンジはうろたえ、そして驚き、心臓を鷲づかみにされたのような衝撃を受ける。
最初は唐突な行動のため、そして次第に少女の柔らかさを身体に感じて、どうしていいか判らなくなる。
「ちょ、ちょっと……あ、綾波!?」
「大丈夫、落ち着いて。私達はこれから一つとなる」
「あの……」
「あなたとなら一つとなれる。私はあの人のために戦ってきた。何もない私にはそれが全てと思っていた」
「……」
「あの人は逝ってしまった。私はそれに続くだけ、そう思っていた。でも……でも、そこにあなたが現れた」
「……」
「あなたが私と共に居てくれるなら、私もまた共に戦い、そして生きていける……」
レイはようやく身体を離して、まっすぐにシンジと見つめる。
「大丈夫。私達なら……大丈夫……」
シンジはその赤い瞳をしばらく眺めていたが、ようやく、そして力強く、レイに答えた。
「判った。ありがとう、一緒に戦おう」


そして、颯爽と初号機に乗り込むシンジ。それを見守っていたNERVスタッフ達もまた、各自の配置へと急ぐ。
「あのシンジ君の顔を見たか?あのやり取りだけで男を奮い立たせるとは、あの子はいい女に育つかもしれんな」
その少し親父臭い冬月の言い回しにミサトは苦笑いだ。
(シンジ君……確かに、ついさっきまでとはまるで顔つきが違う)
何故だろう。あの顔を見ただけで希望の光が差してきたような……
そして、マヤや青葉と共に司令用ヘリに向かいつつ確信した。
(いける……あのシンジ君なら必ず勝てる!)

その一方で。
マヤは何故か二人の様子を見ながら涙ぐんでいた。
「おい、どうした。そ、その、これから出動だぞ?ほら」
その様子に気が付いた青葉は慌ててハンカチのようなものを探り出し、手渡した。
「あ、ありがとう……なんでもないの……」
でも、なんだか心が締め付けられて仕方がない。そんな思いがマヤの涙を誘う。
(お願い、必ず勝って。そして、二人とも無事でいて。そうじゃなければ、私は……)
そして禄に涙もぬぐおうとせず、来るべき戦いのためにヘリへと乗り込んだ。

使徒が地上に降り立ち、歩き始めてから幾らと経ってはいない。走ればすぐに追いつける。
エヴァ2体は共に使徒の元へと向かおうとした、が、
『綾波、ここで待っていて。あいつを連れてくる』
それを聞いたNERVスタッフ達はギョッと驚く。恐らく、綾波レイ一人を除いて。
そして猛然と走り出す初号機は使徒に追いつき、何をするつもりなのか更に追い越してしまった。


そして、初号機から繰り出されるドロップキック!

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!』

     どっごーんっ!!

『よーし、もう一丁!おりゃーっ!!』

     ずどどどーんっ!!

その跳び蹴り2発で、使徒はあっという間に本部跡付近へと吹き飛ばされる。
この緊迫した状況下であるにも関わらず、ミサトは何だかおかしくてプッと吹き出して笑った。
(必死ね、シンジ君。なんだか可愛い)
数多くの戦いと、そして数多くの犠牲を経た後に、こんな愉快な場面があっていいものか。
大きく腕を振ってかけずり回り、零号機を待たせて奮戦する初号機。
そのイカツイ形相がかえって滑稽で仕方がない。
(あはは、さてはレイに惚れたな?)
思わず声を上げて笑いそうになるミサト。

だが、楽しんでいる場合ではない。
改めて気を引き締め、マイクを握ってシンジに命じる。
「シンジ君!それは恐らく囮よ。早く殲滅しないと本命が来る!」


『判りました!綾波!』
『はい!』
恐らくレイには珍しい様子だったのだろう、スタッフ達は少し驚く。
レイの影響ではりきっているシンジに更に感化されたか、
先程までも溶けて消えてしまいそうな彼女が一変して、力強くハッキリとした返答が伝わってきたのだ。
(見てみたい。二人のシンクロ率、そんなものがあるのなら)

そして2体のエヴァは横に並び、使徒と向き合う。
『行くぞぉ!
        うおぉぉりゃぁぁぁぁぁあああああああっ!!
                                          』

       パキーンッ!!

「は、外した?」
「いや、違う!ATフィールドだ。これまでで最大の……」

2体の使徒は突然に現れた壁に阻まれ、あとわずかの所ではじき返された。
もはや物資化したかのような強力なフィールドが使徒の周囲に展開され、視覚で確認できるほどだった。
そして使徒は動かない。持てる力の全てを注いで、防御することに専念しているのだろう。
「クッ……時間稼ぎか」
「このままでは、最後の使徒がここに到着してしまう……ちょっと!だめよシンジ君!」


ミサトはシンジを止めようとするが、しかし初号機はがむしゃらにフィールドに向かっていく。
初号機は以前にそうして打ち破ったように、爪を立ててフィールドを破ろうとしていたのだ。
が、パキーンとその手を弾き返し、近づくことすらままならない。
『くそ、ど、どうすれば』
うろたえるシンジ。急がなければ、続けて現れる使徒が到着して同時に2体と戦わなければならなくなる。
昨日から、この戦いが始まってから、ずっとこの繰り返しだ。
しかし、これに勝てば。更に次の使徒も倒せば全てが終わる。

しかし、そこで奇跡が起きる。
まるでスイッチが切れたかのように、視覚でも確認可能であったATフィールドが忽然と消えてしまったのだ。
「使徒のフィールドが消えた?どういうこと?」
「ああっ!最終隔壁のATフィールドが消えています!いや、これは……アンチAT……」
「相殺している?リリスが手助けをしてくれている、というの?」
「間違いありません!ですが、これでは隔壁が!」

そう、最終隔壁が物理的な防御力を除いて無防備ということになる。
ミサトは慌ててシンジに叫ぶ。
「今よ!そして急いで!」
『判りました!綾波、いくよッ!!』
『はい!』

そして!


『うぉぉおおぉぉぉおおおぉぉぉぉおおおおおおおっ!!!』

気合い十分、意気もピッタリの2体のエヴァが、使徒に向かって殺到する!

  ズガガガッ!!

      ピシィッッ……キュドドドドドドドドッッ!!


爆炎を上げて使徒が吹き飛び、周辺で浮上していたヘリは大きく揺さぶられ、そして辺りが何も判らなくなる。
「うわぁぁぁぁっ!!」
「しょ、初号機は!零号機は無事?」
「ま、まだ不明!計器が全て異常値!」

が、その混乱はほんの束の間だった。
徐々に爆炎が消え始め、次第にエヴァ2体の姿が見え始める。
「綾波……やったね……」
シンジはモニタに映るレイに向かってつぶやいた。
『……どうして笑っているの?』
「え、ああ、アハハ、僕達は勝ったんだよ。だから、そんな時は笑えばいいんだ」
『……』
しばらくレイは考えていたが、ほんの微かにニコリと笑った。


「あ……」
シンジはその笑顔にドキリとする。
そうして彼女の笑顔に見惚れた、そして油断していた、その瞬間。

    ズガッ!!

「え?」
驚くシンジ。
最初は何だか判らなかった。
何が起こったのか、すぐには理解出来なかった。

「あ……あ……ああ……」
だが、次第にシンジは気付き始める。
零号機の胸部から何かが突き出ているのを。
それは一本の腕だった。いや、そんなことは問題ではない。
その突き出た拳が握りしめている物。見覚えのある細長い筒。
「え、エントリープラ……や、止めろ……止めろ!それを離せ!」
そう叫ぶシンジの声が果たして伝わっているのかどうか。無言で零号機の背後に立つ者。
それは、禍々しい姿をした四ツ目の巨人。

「あれは……まさか弐号機!馬鹿な!」
NERVスタッフ達はどよめき、そして驚愕した。


浅間山のマグマの中で使徒と共に倒れた筈の弐号機が、いったい何故ここに居るのか。
今や弐号機は全ての装甲版が剥がれ落ち、使徒アダムのコピーである恐ろしい裸身をあらわにしていた。
それを使徒と、天使に属する者と呼ぶことが信じられない、正に冥界の悪魔の様な……

「止めろ!それを離せ!でないとお前を……お前を!」

            パキン……

「あ……ああ……」
シンジはただ、呻き声を上げるばかり。
その彼の様子を見定めようとしているのか。
弐号機は腕をゆっくりと引き抜き、そして破壊したプラグを真横に放り投げた。
そして、シンジの脳裏に伝わる思念。

(……確か、碇シンジ君、といったかな?)

「……お、お前は……お前は!」

(最後の戦いを始めるよ。さあ、来るんだ。シンジ君)

その思念の主。それこそ正しく最後の使徒、タブリスのものであったのだ。
そして弐号機は後ろを向いて駆け出した。本部跡の、最終隔壁へと通じる巨大な穴へ。


シンジは怒りに震えながら、後に続いて本部跡へと飛び込んだ。

「……許さない!僕は絶対にお前を許さない!」
最終更新:2007年06月25日 21:09
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