特急 第拾四話

初号機はそのまま動かなくなった。
挙動不審とも見える動きを取った後、弐号機にトドメを刺すと見えた拳を何時までも振り下ろそうとしない。
(……?)
NERVのスタッフ達は首を傾げ、そしていらだち、不安にかられる。
もしや初号機は完全に機能を停止したのか、と。
だが、初号機の微妙な動きをミサトの目は捉えていた。
握りしめた自らの拳を、初号機が睨み付けている様子を。

「もしや……マヤ、弐号機の反応は?」
「かなりレベルが下がっていますが、活動は停止していません。パターンは青、しかしこれは弐号機特有の……」
「副司令、もしや弐号機まで使徒のリサイクルという訳ではありませんね?」
その少し皮肉げなミサトの問いかけに、冬月はすまし顔で答える。
「違う。恐らく弐号機は操られていたのだ。つまり、初号機がいま握りしめているもの。それが……」
「……それが、最後の使徒の本体な訳ですね」
「ええっ!?」
その二人のやりとりを聞いて、マヤは慌ててモニタを見直す。
恐らく何の反応も出ていなかったのだろう。

「副司令、我々は裏をかかれたのかも知れませんね。
 これさえ見ていればいい、と信頼していたレーダーにも映らない使徒。
 それが、我々の主力であるエヴァを逆に利用してここまで到達した。
 それは自らサードインパクトを起こすのではなく……」


「……」
「我々によって蘇生されたアダムの自意識を取り戻し、セカンドインパクトのやり直しをさせること。
 だからこそ、零号機にのみ手を下してシンジ君の怒りを呼び覚まし、この戦いに誘い込み……」
ようするに、ミサトはこう言いたいのだろう。
それ見たことか、策士が策に溺れるとはこのことだ、と。

だが、冬月はすまし顔を崩さずケロリと答える。
「どれほど自陣を食い破られ、どれほどの大駒を犠牲にしようと、歩一枚の差があれば負けではない。
 それが倒される前に我々の王手が届けばそれでいい。
 事を起こすにはリリスを素通りに出来ないはず。もはや彼らには、その時間は残されてはいない」

その時、スッと頭上から光が刺した。その、わずかな間接光が深い本部跡を徐々に照らし始める。
遂に夜が明けたのだ。使徒との戦いが始まってから、遂に丸一日が過ぎようとしていたのだ。
そして、その光の彼方から舞い降りる者。
バサリ……バサリ……と羽根を羽ばたかせ、そして次々と姿を表す禍々しいほどに白い姿。
遂に、エヴァシリーズが到着したのだ。

「はい、こちら!あ……あの、Yes,……Yes,……」
外部からの通信らしい。相手が英語圏の者と見て、マヤは慌てて英語に切り替えて返答する。
どうやらアメリカ支部が相手のようだ。




そのやりとりが終わるのを待ってから冬月は尋ねた。
「どうだ?エヴァシリーズの調子は」
「はい、彼らはパーフェクトと言っています。そして参号機の二の舞は無い、と」
「それはどうかは判らぬが……流石に彼らは、我々に負けじとプライドを賭けていたからな。
 我々が初号機を建造する傍らで、自分達のほうが戦いの主導権を握ると張り切っていた」

初号機が最後の使徒を捕らえ、それが握りつぶされるのを待つばかりとなった今、
もはや、冬月の顔には全ての戦いに勝利したかのような安堵感が漂っていた。

そして、グルリと初号機を取り囲むように9体のエヴァシリーズは着地する。
その連中が手に持っているもの。記憶している者は多いだろう。
それは、かつて零号機が投げたロンギヌスの槍とそっくりの物で、
それこそが、アメリカ支部が用意した最終兵器と言うべき代物であったのだ。

いよいよ大詰めとなった舞台の、その一方で。
初号機、それともアダムと称するべきか。
その彼と最後の使徒タブリスとの間で、様々なやり取りが交錯していた。
自分の身体を握りしめたまま、何時までもとどめを刺そうとしない初号機を怪訝そうに見る使徒タブリス。
彼は小首を傾げて、そして尋ねた。

(どうしたの?僕を消すのではないのかい?)



(お前は……初めからそのつもりで居たな?再び我を目覚めさせ、我にこの世界を滅するために)

(いや、手を下すのは僕でも出来るよ。リリスを封じて僕がリリンの引導を渡す。
 それが、僕に課せられた役目。君がリリンに操られて抵抗するなら、君も処分しろ、とね)

(ならば何故、お前は抵抗しない)

(そうだね。それよりも興味があったから)

(何がだ?)

(かつて、君はあのお方の言いつけ通りに事を起こそうとした。だが、リリスに出会い途中で止めた。
 あのお方も、リリン達もリリスに止められたと思っているようだが、間違いなく君は途中で止めたんだ。
 それは何故?)

(……)

(そして、こうして目覚めた後も、続きをするつもりは無いんだね?それは何故?
 君は彼女とヨリを戻すつもりで居るのかな?彼女が下界へ下ったことをずいぶん怒っていたのにね)





(それを確かめるために、我にワザと捉えられたのか。
 貴様の存在を我が滅すれば、それを確かめることなど出来なくなるぞ。ましてや、彼(か)の者の怒りを……)

(さあ、それはどうでもいいな。僕は異端児だからね。言うなれば)
そして使徒タブリスは笑う。
(確かに僕が握りつぶされちゃったら、後のことを確かめることはできないな。さて、どうしようかな……)

(貴様、我に何を期待している)

(別に何も?)

(とぼけるな。我がリリンの側に味方するなら貴様を握りつぶす。そうでなければ貴様がリリンを滅ぼすからだ。
 貴様は自らの身をもって、俺にカマをかけているのだ。だが……
 我が天に背いて貴様を握りつぶせば、次に彼の者がどんな手を打つか知れたものではない。
 いずれにせよ、リリンの命運は尽きる。リリン共め、貴様らさえ殲滅すれば安泰だと、本気で考えているらしい。
 実に脳天気なものだ。まあ、我の身がどうなるかは、さておいて)

(で、どうするつもり?)

しばしの沈黙が二人の間に訪れる。しかし、使徒タブリスはただ、初号機の決断を待っているだけ。
全ては初号機の、かつて碇シンジと呼ばれた者の決断にかかっていた。
最終更新:2007年06月25日 21:11
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