既に、初号機は周囲を完全にエヴァシリーズに取り囲まれていた。
このままジッとしていれば、その者達は初号機、そして弐号機も共に手を下すことだろう。
如何に初号機が使徒アダムそのものだったとしても、果たして勝ち目があるものかどうか。
そして、初号機が下した結論。
やがて初号機はわずかに握りしめた拳をゆるめて、使徒タブリスを解放した。
(いいのかい?僕が手を下して、リリン共を滅ぼしても?)
(ハ!これ以上、下らぬ事を抜かすな。その貴様の姿は何だ?
何故、リリンと同じ姿をする必要がある。)
(いや、この場に辿り着くための手段として……)
(違う。貴様は天に住まうことの退屈さに飽きたのだ。
そしてリリン共の住む世界に興味を引いたため、その姿形でこの下界に紛れることを選んだのだ)
(それは誰に言ってるの?それは君自身のことじゃないかな)
そう言いながらも、クスクスと使徒タブリスは笑う。
(そうかも知れぬ。お前の言う通りに、再びリリン共に引導を渡す気は我にはない。
それは貴様も同じ事だ。本当に貴様は手を下すつもりがあるのか?
その気があるなら、やってみせろ。俺は咎めん。好きにしろ)
(そして、僕に下駄を預けるというわけだね。あのお方の怒りを買っても良いというの?)
(さあ、知らぬ。もはや、どうでもよい。
間もなくかつてはアダムと呼ばれた我は消え、一人のリリンの子として生き、そして死ぬだろう。
その方が詰まらぬ天界で暇を潰すよりも幾らかマシだ)
(アハハ、やっと本音を吐いたね)
(うるさい。貴様も同じ事を考えているのだろう)
(そうだね……では、また。といっても、元のリリンの姿に帰れば、もう君は君自身でいなくなってるんだね)
(そうだな。もはや、目覚めることもあるまい。この肉体が完全に滅ぼされた後となれば)
(最後に一つだけ。好きなの?彼女のことが)
(……フン)
その様に初号機は吐き捨て、その様子をクスクスを笑いながら使徒タブリスは消えていく。
その去り際に一言だけ。
(僕はカヲル、渚カヲル。また会おうね、碇シンジ君)
そして次の瞬間。
ズガァァァァッ!!
遂に初号機の拳が弐号機に目掛けて振り下ろされ、胸部の赤いコアを粉々に砕いてしまった。
それは誰の目にも最後の使徒を討ち果たしたように見える。しかし、
(……?)
ミサトは眉をしかめた。いや、ミサト一人ではないだろう。
何かを握りしめていた初号機、そして永すぎる静止状態。
むろん、使徒アダムとタブリスのやり取りを聞くことの出来るはずもないのだが、
いったいその初号機の長すぎる沈黙に何があったのか。それ誰にも判らぬ深い謎となってしまったのだ。
握りしめていたと思われる、そこに居たとのではないかと思われた姿無き最後の使徒。
初号機は弐号機共々、その息の根を止めたのだろうか。
事を終えて立ち上がる初号機を、9体のエヴァシリーズが取り囲む。
禍々しい白い機体の手に握られているロンギヌスの槍。それこそが初号機にとっての処刑道具であるのだ。
使徒アダムへと立ち返った初号機。果たしてどうするつもりか。
己の生存を望み、阿修羅となって戦い、この場を切り抜けるのか。
だが。
「ああッ……!!」
次に初号機がとった行動を見て、その場にいるNERVスタッフ達は驚愕した。
その場に直立して大きく腕を広げ、無抵抗の意志を示したのだ。
降伏?いや、エヴァシリーズによって行われる処刑を、自ら望んで受け入れようとしているのだ。
「……シンジ君ッ!!」
ミサトは思わず叫んだ。初号機の死はシンジの死をも意味するからだ。
そして、冬月副司令の方に振り向く。
「副司令!このままでは……」
「君の言いたいことは判る。最後の使徒が本当に殲滅されたのか、それがまったくの不明だ」
「では!」
「だが、もう遅い。エヴァシリーズは誰の制御も受けていない。完全自立で任務を遂行するだけの兵器だ」
エヴァシリーズは更に間合いを詰めて右手に槍を構え直す。
もはや初号機は抵抗しないことを確信しているかのようだ。
そして、一斉に槍の切っ先が初号機に向けられる。
初号機は何を思ったのか。
その顔が、僅かではあるがニヤリとした笑みで歪められたように見えた。
「あ……」
その時、ミサトは目を見張り、何かを見つけて声を漏らした。
そして何を思ったのか、ヘリを飛び出して走り出し、エヴァ達の足を浸している水辺へと着衣のまま飛び込んだ。
「ミサトさんっ!!」
思わず叫ぶマヤ。しかし、あっという間の出来事で誰も静止することが出来なかった。
ミサトが見いだした物。
それは、初号機の胸部からしたたり落ちた、なにやらドロリとした一滴。
そして。
ドシィッ!!
ドシッ! ドシッ! ドシッ!!
次々とエヴァシリーズが持つ槍が繰り出され、初号機の身体が貫かれた。
そして九本の槍が天に向かって高々と抱え上げられる。
それの意図するところは何か。
天に捧げられた生け贄のつもりか。あるいは神に対する挑戦状か。
しばし、そうしていたエヴァシリーズであったが、
やがて槍が一斉に引き抜かれ、
ズシャァァァァァァッ!!
足下の水面に叩き付けるようにして、もはや遺体となった初号機が下ろされた。
「初号機の……反応消失……」
つぶやくようにマヤが報告する。
スタッフ達に重くのしかかる沈黙。そして複雑な思いにかられる。
これでよかったのか。
これで全てが終わったのか。
使徒を本当に全て殲滅したのか。
人類の危機は本当に免れることが出来たのか。
その答えを待たずにエヴァシリーズが最後の勤めを果たそうと、新たな動きを見せ始めた。
「あ……何を……」
「おい!あいつらを止めろ!本当に戦いが終わったのかどうか!」
「そんな、どうすればいいんだ!あいつらの制御はこちらでは……」
「アメリカ支部か?おい誰か……」
が、もう遅かった。
それぞれが手にした槍の向きを変え、自分達の胸部へと突きつけたのだ。
全ての使徒の反応が消え、記録されている使徒の数が消化されたと判断された今、
使徒のコピーである自らを処分する最後の指令を遂行しようとしているのだ。
そして、それは確実に行われた。
ドスッ…… ドスッ…… ドスッドスッ……
「う……わ……」
彼らが目にした狂気のような光景、そして思わず漏らされた誰かのうめき声。
9体のエヴァシリーズが全て、自ら手にした槍を持って、自らのコアを貫いたのだ。
そして、それらも完全に機能停止し、全てのエヴァシリーズは彫像のように立ちつくしていた。
使徒を殲滅した後に残るであろう脅威、使徒のコピーであるエヴァをも全て抹消されなければならない。
E計画の最終原則であるそれは、確実に行われた。
最後の使徒が生き残っている可能性を残して。
全てのNERVスタッフ、そして副司令たる冬月をも、
もはや何も判断できず、ただその場に立ちつくしていた。
が、その沈黙を破るものが一人。
ザバァ……
「けほ……けほ……」
ヘリが着地していた場所のすぐ近くの水辺から、何者かがよじ登ってきた。
ミサトであった。
最後の力を振り絞って水辺からよじ登り、そして何かを引きずり上げた。
「ちょ、ちょっと誰か手を貸してよ!」
その一喝で、スタッフ達が息を吹き返し、慌てて手を差し伸べる。
彼女が持ち帰ったもの。
それは何やらドロドロしたものに包まれた碇シンジの姿であった。
「……医務班。すぐに容体を調べろ」
ようやく冬月が命じて、スタッフ達は一斉に動き出す。
この戦いの顛末。
果たして本当に人類は勝利を得たのか。本当に使徒を全て殲滅し得たのか。
それは誰にも判らなかった。
そして、これから何をすべきかも誰にも判断しかねていた。
今はただ、碇シンジの蘇生だけに誰もが手を尽くすばかり。
とりあえずは、それしかない、と。
やがて、すっかり明るくなった上空から聞こえてくるヘリの音。
自衛隊機、あるいは報道関係者のものもあるだろう。
やがて、早速にマイクとカメラ片手のマスコミが詰めかける。
彼らは、そして世界各国は信じ切っているのだろう。
もはや、全ての戦いは終わったのだと。
『昨日の早朝より、第三新東京市周辺に突如あらわれた巨大生命体「使徒」は……』
荒れ果てた現場に到着し、あわただしく報道を始めるアナウンサー。
その彼こそが、つい昨日の朝に戦いの幕開けをシンジに告げたアナウンサーその人であった。
こうして使徒との戦いは24時間をもって幕を閉じた。
最終更新:2007年06月25日 21:12