特急 後日談A

後日談(A)

(おーいっ!)

  どんっ……    どんっ……

(誰か!誰か、近くにおらんのかっ!おーいっ!)

  どんっ どんっ どんっ どんっ

(誰か!頼むわ、こっから出してくれ!コイツをこじ開けてくれや!おーいっ!!)

  どんっどんっどんっどんっどんっどんっどんっどんっどんっどんっどんっどんっどんっ!!


「何だ?このでっかい筒は?」
「おい、触るな。不発のミサイルとか、危ないモノだったらどうする?」
「判らん……なんか、さっきから中から声がせんか?」
「もしや、宇宙から投げ下ろされた……」
「宇宙人が関西弁しゃべるかよ。ほら、誰か警察でも呼んでやれ」
「あ、ああ。しかし……なんだこれ?」



NERV本部跡地。

「え?……ええ!?」
ある連絡を受けて、素っ頓狂な声を上げたマヤ。
ようやくシンジの身柄を医務班に引き渡し、現場の整理もそこそこに休息を取っていたNERVスタッフ達。
なかばグッタリとしながら自衛隊の介抱を受け、久方ぶりのまともな食事を口にしていた彼らであったが、
そのマヤの悲鳴にも似た声に一斉に振り向いた。

「マヤ、いったいどうしたというの!まさか新たな使徒が!?」
「い、いえ!実はその、鈴原トウジ君のエントリープラグが双子山付近で見つかったと……」
「はぁぁ??あの子、三号機と共に吹っ飛んだはずじゃなかったの?」
驚愕するミサト。彼女だけでなく、それを聞いていた周囲のスタッフも又、開いた口がふさがらない。

「じ、実は言うと、不完全ながら自爆と同時に強制イジェクトする機構が組み込まれていた筈なんです。
 でも、本当にエヴァを爆破してテストする機会もなく、運が良かったら助かるっていう程度のもので」
「う、運の良い子……」
「恐らく、爆破の衝撃でそこまで吹き飛んでしまったのでしょう。
 今、自衛隊の工作員が救出に向かっているそうです。なんて運の良い……」

そのやり取りを聞いていた周囲のスタッフや自衛隊達は口々に言い合う。
あの自爆したはずのパイロットが生きていたって?ああ、あの関西弁の新顔か。
一体何処まで運が良いんだよ、と……


そんなふうに話し合う彼らは、まだ微妙なものではあったが笑顔を浮かべつつあった。
戦いが終わったという安堵感。それが彼らの間にうっすらと漂い始める。
本当のところは、厳密に言えば、全てが終わったわけではない、と言わざるを得ないはずなのだが、
そんな彼らを見守りながら、最後に残った最高責任者である冬月は黙って手渡されたコーヒーを口にした。

そして、この場の収集に引き続き、戦いの顛末を整理しなければならない。
当面は、全ての使徒を殲滅し得たと判断されていたのだが、
しかし、初号機の最後の挙動に不審があると言わざるを得ず、それが最後に残った課題となってしまったのだ。
計画通りなら、NERVは戦闘終結と同時に解散となるべき所が、
使徒の襲来が再び巻き起こることを警戒して、規模を縮小しながらも存続することとなった。
世間に対しては安心させるために使徒は全て倒したと公表してNERV解散を宣言した上で、
名前と形を変え、そして社会の影にひそむ調査団として。

「老兵は去るべし、と言うわけだ。後はよろしく頼むよ。」
そういって軽い荷物を片手に冬月は、仮ごしらえの新生NERV本部から立ち去ろうとしていた。
そんな彼を、葛城ミサトは最後の引き留めをする。
「どうしてもいかれるのですか?NERV再構成のために力を貸していただきたかったのですが」
「なに、心配はいらんよ。後は科学者達の仕事になるだろうし、君も時期が来れば去るといい。
 君のような軍人上がりには似合わない仕事だ。」
「ならば、なおのことです。大学教授を務めておられた副司令なら適任では……」




「世界のわずかな変化を神の啓示と恐れてビクビクする仕事なんて、私はゴメンだよ」
「はぁ……では、これからどうなさるのです?」
「大学に戻るよ。経済学でもやるかな?以前、碇にそうすべきだとからかわれたこともあった」
「国連から生き残ったパイロット達と同様に、かなりの報奨金がおりるはずです。
 あるいは、もうお楽をなさってもよろしいのに」
「それも良いがな。しかしこの使徒との戦いを経て、人類はあまりに疲弊しすぎた」
「成る程、それで経済学をと?」
「役に立つかどうかはわからんよ。でも、我々がこれからすべきことは、そういうことじゃないのかね?」
その冬月の言葉に得心がいったらしいミサトは、カツンと敬礼した。
「その副司令のお考えに経緯を表します。ご健闘を、冬月教授」
「ありがとう。恐らくは、もう最後の使徒は現れないよ。なんとなくではあるがね。ところで……」
「はい?」
「そろそろ彼らの見送りの時間じゃないのかね?私は行けなくて申し訳ないが」
その時、ビリビリと何かが鳴り響く。慌てて懐を探るミサト。
どうやら、彼女を呼び出す携帯電話のコールらしかった。
「いっけない!それじゃ、失礼しますね……ごめ~ん、思いっ切り飛ばしていくから……」
冬月への挨拶もそこそこに部屋から飛び出して、電話の相手に謝るミサト。
そんな彼女を苦笑いで見送りながら、冬月もまた部屋を後にした。

「そんで?お前はまだNERVに捕まっとるっちゅうわけか?」
「いや、ずっとじゃないんだ。定期的に健診を受けたりすればいいだけなんだって」



そんなやり取りをしている鈴原トウジと碇シンジ。
生き残ったエヴァパイロット達は、NERVに在籍しながらも一旦は解放されることになった。
しかし、全てのエヴァ機が処分された今、彼らに出来ることなど在るはずもないのだが。
ともかく、トウジとシンジがそんな話をしながら歩いているのは空港のロビーだった。

トウジといえば、あれほどの窮地から生還したにもかかわらずに元気いっぱい。
背中に巨大なリュックを背負い、そして空いた両手で押しているのは、
小さな女の子がちょこんと座っている一台の車椅子だった。
どうやら使徒の襲来で大怪我をした妹らしいが、だいぶ回復しているようだ。
トウジとシンジのやり取りをあどけない笑顔で聞いていた。

シンジは最後にトウジに尋ねる。
「これから、どうするの?」
「とりあえず大阪に居てる親類を当てにするしかあらへんわ。なんというても、わしゃ中学生やしな。
 なんぼNERVから奨学金とか貰えるゆうても、保護者抜きで生活させてもらえそうにないんや」
「そうだね……」
「こいつも大阪のええ病院にいれてもらえることになったし、当分はこいつのリハビリに専念や」
「そうか。大変だね」
「それはお前も一緒やろ?」
「え、あの」
「なに、うろたえとんねん。ま、あんじょう仲良うしいや、二人とも。ほしたら、元気でな」
「……うん」


「手紙だすわ。年賀状だけでええから、たまには連絡くれや」
「うん。元気でね、トウジ」
「おう!お前らもな!」
その時であった。

   すっぱ~んっ!!

何者かが、シンジの頭を思いっきりはり倒した。
「こらぁッ!なに勝手にお別れモードに入ってんのよ!そこの浪速ッ子!私の見送りせずに帰るつもり!」
そんなふうに元気いっぱいに怒鳴り散らしているのは、
初号機に砕かれ半壊状態の弐号機の中から奇跡的に生還を遂げた、惣流アスカ・ラングレーであった。
「しゃーないやないか!俺の飛行機の方が飛ぶの早いんや!」
「なァにいってんのよ!この関西人は!
 エヴァパイロット最初の犠牲者をそんなに粗末にしていいと思ってるの?この罰当たり!」
「ああ?犠牲者ゆうても、こうしてピンピンしとるやないか!」
「ンなこと、お互い様でしょ?」

そんな二人をおどおどしながら仲裁するシンジ。
「……よしなよ。みんな見てるよ?それにトウジ。もうすぐ飛行機、飛んじゃうよ?」
「うわっホンマやっ!てめェのせいやぞ!おい、思いっきり飛ばすからしっかり掴まっとれや!」
そう妹に声をかけつつ、挨拶もそこそこに大急ぎで搭乗手続きへと駆け出した。
その二人の愉快な喧嘩を見ていた周囲の人々にクスクスと笑われながら。


「まったくもう……失敬しちゃうわね。ほら、バカシンジ。見送りについてらっしゃい」
どちらが失敬なのか、まったくもって判らないところだが。
そんなこんなで、シンジ達は国内線のカウンターを後にして、今度は国際線の方へと向かう。

「ぷっはぁ~っ」
威勢良くビールを飲み干し、クシュッと缶を握り潰したアスカは、苦笑いでシンジの方に向き直る。
「ざまぁないわね、まったく。使徒の大半は私が倒すつもりで張り切ってたんだけど」
「え、いや……ハハ……」
シンジは、悪びれもなくビールを軽く飲み干す彼女に苦笑いだ。
見るからに未成年のアスカであったが、気迫だけは三人前。
売店の売り子もその気迫に圧倒されたか、何も言えずにおかわりのビールを手渡すばかり。

「私はね。小さいことからエヴァパイロットとしてだけに育てられてきたの。
 人類の命運を賭けた戦いで、その勝敗を決するのはお前の才能だと、
 そう吹き込まれて育てられてきたの。だから私は自信満々だった」
「うん……」
「けど……どうしてかな。何故かしら、私はこの戦いで死ぬのだと、そうとばかり思ってた。
 何故だろう、勝って生き残るイメージっていうのが浮かばなかったの」
「……」
「ずいぶん以前からそのことに気が付いていた。そして空しくなって……怖くなって……
 そう考えるようになって、私のシンクロ率は下がる一方。でもね?」
「え?」


「好きな人が出来たの。私の初恋。NERVドイツ支部の人で、もちろん私の一方的な憧れなんだけどね」

アスカは少し照れ笑いをしながら、缶ビールの口をプシュッと開く。
「スカした感じがするけど、本当に大人の男性って感じで。倍ほど年齢差があるから、当たり前なんだけどね」
「へぇ……」
「私が再起できたのはその人のお陰。私が負けたら人類も滅び、この人も倒れる。
 そうだ、この人のために戦おう。そして、この人のために私は死ぬんだって……」
「……」
「なんだかね。恋に恋する乳臭い女の子って感じで、今から考えると恥ずかしい」
「いや……そんなことないよ。そういうの、大事だと思う」
「……て、あんた。本当に判ってていってんの?」
アスカはそう言って、からかうようにシンジの鼻っ柱をつまんだ。

「さ、そろそろ行くわ。それじゃ末永くね、お二人さん。あんたたちが本物だと祈ってるわよ」
そのアスカの言い回しに、どう答えたらいいかうろたえるシンジ。
「え、いや、あの……」
「よかったらドイツに遊びにいらっしゃいな。ドイツの本物のモルトビールは最高よン♪」
「あ、あはは……」
「それじゃね♪」

そういって明るく楽しく、アスカは人混みに紛れて去っていった。



やがてアスカは飛行機に乗り込む。座った席はもちろんファーストクラス。
そして貫禄タップリに足を組み、機内サービスを軽くあしらいながら離陸を待つ。

飛行機の行き先はもちろんドイツ。
しかし、目を閉じた彼女が目指す行く末は?
それは果てしなく広大な草原か、荒れ狂うばかりの大海原か。
アスカはその大いなる風を胸一杯に吸い込み、そして希望の笑顔で顔を輝かせた。
「さあ、アスカ。全てはこれからよ。私は生きいてる。私は生きているのだから」


そして……


二人の同僚を見送ったシンジは帰路につく。
一言、自分の連れに声をかけて。

「さあ、病院に帰ろう?」
「……うん」

シンジの問いかけにひっそりと答えたのは、
トウジの妹と同様に痛々しい姿で車椅子に座っている綾波レイであった。



トウジ、アスカに引き続き、奇跡の生還を遂げた綾波レイ。
弐号機にエントリープラグを握りつぶされ、もはや生還は絶望的と見えた彼女であったが、
どのような幸運が働いたものか、なんとか一命を取り留めたのだ。

しかし無傷という訳にはいかず、片足を丸ごと失うという代償が彼女に課せられた。
シンジはそんな彼女の車椅子を押しながら、そして何を話して良いものかととまどいながらも、
ポツリ、ポツリと声をかける。

「綾波、どこか痛む?」
「平気……」
「そう。えっと……気分が悪いとか、そういうことはない?」
「大丈夫よ……心配しないで……」
「う、うん……なんなら、寝ててもいいよ。僕が送っていってあげる」
「ありがとう……でも、大丈夫だから……」
「うん……」

何を話して良いものか。
世間話もままならず、共通する話題もなく、ひたすら彼女の身体を気遣うしかなく、
それもまた、しつこくなっては気まずい、と遠慮がちになってしまい……

そんな気まずい雰囲気の中、シンジはひたすら車椅子を押すばかり。



「綾波、えっと……」
「……ん?」

「もう、切られた足って痛くないの?あ、さっきも似たようなこと聞いたね。ごめんね」
「ううん、いいの。ありがとう……平気だから……」
「そ、そう……」

「あ、あのさ、綾波」
「……ん?」
「片足無くっても、大丈夫と思うよ。杖をついて歩けるようになるかも知れないし」
「……そうね」
「義足とかもあるし、両足無くったって車の運転とかする人もいるんだし」
「そうね……一人でも大丈夫ね……」
「え、ああ、いや、その……」

「あのさ、綾波」
「……うん」
「あの……その……」
「……」

その時、向こう側からドヤドヤとやって来る一群がある。
それは伊吹マヤ、日向、青葉、そして葛城ミサトらのNERVスタッフのメンバーであった。


「あーあ、もう飛行機いっちゃったか」
「しょうがないわね。とりあえず、シンジ君達と合流して帰ろっか」
「どこにいるのかなぁ。車椅子だから目立つはずだし」
「携帯を持たせてあるから、連絡とってみるわね。んーと」
「あ、あ、ミサトさん、ちょっと待ってください」
「ん?マヤ、どうしたの」
「ちょ、ちょっと、みんなも隠れてください。こっちへ」
「ええ?」
「ほら、あそこ」
そうしてマヤが指さした先。そこには困り顔のシンジと、そして。
「ほら……レイのあんな笑顔は初めて……」

車椅子を後ろから押しているシンジには判らないのだろう。
実を言うと、レイはシンジの会話を実に楽しんでいたのだ。
とまどうばかりのシンジを、少々意地悪くからかいながら。
そしてシンジが何を言い出そうとしているのか、判っているような口ぶりで。

「あの、綾波。病院はどう?」
「大丈夫……看護師さん達、とても親切だし……」
「そ、そう。よかった」
「だから大丈夫よ、碇君……心配はいらない……」
「そ、そうだね、あの……」


「綾波、あの……」
「……」

もう何も言うことも無くなり、話も尽きて。
後は、シンジの覚悟を待つばかり。
……覚悟?

「綾波……その……」
「……うん」
「退院したらさ……その……」
「……」
「その……」

その時、レイはシンジの手を振り払うようにして車椅子を操作し、
そしてシンジの真正面に向き直り、真っ直ぐに相手を見上げた。

「碇君?」
「え……うん」
「私は、このまま治療を続けても、立って歩けるようになるか判らないの」
「え、あ、うん……」
「それに車椅子の生活にも慣れていない。退院してもリハビリに専念しなくちゃならない」
「うん……」


「碇君……」
「……」
「それでも……いいの?」
「え……?」
「今の私には一人で出来ないことが沢山あるわ。専門の人について貰わなきゃ当分は無理……」
「うん……いや、綾波。だからさ」
「着替えるのもコツを覚えなきゃいけないらしいし……手伝ってくれるの?」
「ま、まあ確かに、そろ、男の僕が着替えは……」
「転んだら大変だから……一緒にお風呂に入ってくれるの?」
「え、ええ!?いや、その」
「碇君。私はたまにあなたに会えたら、それだけで嬉しいから。それだけで……」

その彼らの背後で見守る野次馬、もといマヤやミサト達。
急に様子を変えてレイがシンジに向き直った様子を、固唾を飲んで見守っていた。
まるで、使徒との戦いが再現されたかのような有様で。

やがて、しばらくの沈黙の後にシンジはレイの前に跪いた。
「その……綾波……」
「……」
「綾波が構わないなら……」
「……」
「構わないなら……僕に手伝わせてよ」


「…大変よ?今の私では」
「綾波が構わないなら……そ、その、お風呂も手伝うし……その……」
「それは何故?」
「え、その……」
「お父さんに託されたから?」
「いや……いや、違う。君とは約束したじゃないか。一緒に頑張ろうって」
「あ……」

その言葉にキョトンとなってシンジを見つめる綾波。
「そうだよ。頑張ろうって約束したじゃないか。君も僕と声を揃えて」
「そ、そうね。そうだったね……」
「ほら、それでさ。ずっと一緒にってさ……あれ、そんなこと言ったっけな?」
「……うん」
「えーと、何時だったかな。そうだ、あの何とかって使徒を倒す前に」
「うん……使徒イスラフェルね……」
「僕達は大丈夫だって。そして君の手を握ってさ。それで……」
「そうね……そうだったね……」

そして僅かに顔を背けて横にあるショウウィンドウの方を見た。
そこに写る二人の姿。
(変わらない……私達はあの時のまま……)



「さあ、とにかく病院に戻ろう」
「うん……」
シンジは改めてレイの背後に回り込み、再び彼女の車椅子を押し始める。
そして、レイはようやく堪えていた涙を流し始めた。

その様子を、はるか広報からじっと見守っていたマヤは思わずつぶやく。
「どんな苦境にあっても、ただ二人で居られればそれでいい。それだけで幸せな二人……」
「♪あなたは~もう~忘れたかしら~ってか?」
そんな合いの手をうつ青葉に、ミサトはクスリと笑わずにはいられない。
そういえば、使徒イスラフェルは音楽を司る天使だったな、と。

この先、どんな困難が待ち受けているか判らない。
しかし、彼らの行く先の幸せを祈らずにはいられない。

そんな想いを自らの夢に託すようにして、
マヤ達は人混みに紛れていく二人の行く末を、いつまでも見守っていた。

(完)
最終更新:2007年06月26日 03:36
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