総司令 第弐話

第三新東京市――。

時間はお昼前ぐらいかな。僕はその街に到着した。
父さんが死んだ、と届いた手紙で知らされてやってきたのはいいけれど。
でも肉親、しかも自分の親が死んだときって何をしなきゃいけないんだろう。

正直な気持ち、父さんが死んだからといって悲しい気持ちなんてあるわけがない。
これまでほとんど関わり合う事なんて無かった相手だし。
でもやっぱり僕が喪主で、お葬式とかしなきゃいけないのかな。
遺産相続とか、そういう法的な手続きもあるだろう。

面倒。それだけでしかない。
それだけの想いで、僕は大きな溜息をついた。
もう完全に父さんの周りにいたであろう大人達に依存するつもり。
親を亡くした少年として、とりあえず気遣ってはくれるだろうし、それに甘えていればいいだろう。
でも、そうするだけでも大勢の人達と話をしたりしなきゃいけないだろう。
やはり面倒でしかない。

駅をおりてすぐ、手紙に指示されている通りにNERVという所に電話を入れる。
ハキハキとした受付嬢らしい女性の声で、ここでそのまま待っていろという。
ご愁傷様、を丁寧にした言葉を添えて。
ん、待ち合わせの時間を言ってなかったな。まあいいや。
このまま小一時間ぐらい待たされたとしても、僕は怒ったり苛立ったりはしない。
一人でこうして過ごすことは慣れている。
好きな音楽を聴きながら辺りの景色をじっと見渡す。
それだけでも退屈なんてしないから。

お昼間、ということで駅の周辺は閑散としてる。
それほど開けていない街じゃなく、まばらながらに人通りもある。
買い物に出向いた主婦と、それに付きそう子供達。
中にはスーツ姿のビジネスマンもいる。
ここに学生服姿の連中がいれば、そいつらは学校をさぼっていることになる。
まあ、僕がそうなんだけど。
そうだね。忌引きで学校が休めて小旅行が出来てラッキーかも知れないな。

そんなことを考えていると、一台の車が僕の目の前に止まった。
それが僕の迎えということが即座に判る。
黒く巨大で、フロントガラスまでも全て黒いスクリーン張りで、普通の乗用車にはとても見えない。
そして後部の扉が開いて現れたのは、予想に反して科学者らしい白衣を着た一人の女性。
スーツ姿の父さんの秘書みたいな人が来ると思ってたけど。
そして僕を見るなり、一言。
「碇……シンジ君ね?」

僕が乗り込むと、ゆるやかに車は発進。
運転しているのはサングラスをかけた体格の良い強面の男。
NERVが超法規的な組織とは聞いているし、こういう政府高官に付くようなSPみたいな男もいるのだろう。
見慣れない世界に次第に入り込んでいくような気分。
しかし、それも今回だけだ。
遺産とか、今後の僕の生活費とかそういう話をするまでの関係。
この人達と直接会うのは今回限りだ。ここはおとなしくしてればいい。

一頃、間をおいて僕を迎えた女性は話しかけてきた。
「私は赤木リツコ、よろしくね。突然のことでびっくりしたでしょうね」
「はあ……よろしくお願いします。どうして、父は?」
「事故よ。作業現場の視察中、たまたまヘルメットを脱いでいたところに落下物」
「そうですか」
「あまり悲しんではいないようね。お父さんが亡くなられたこと」
「まあ他人同然の関係ですから、もう顔すら覚えてないぐらいです。むしろ――」
「ん?」
「父さんと一緒にいた皆さんの方が」
「そうね。いうなれば私が一番近しい関係でしょうけど、自分が意外と冷静で驚いているわ。
 それどころじゃない、ということもあるけれど」
「……それどころじゃない?」

その時だった。
遠くからキュラキュラという聞き慣れない音がする。
何だろうと思っていると、遠くから見えてくる黒い一群。いや、大行列。
戦車だ。間違いなく戦略自衛隊の物だ。
その更に遠方の空に浮かぶ幾つもの黒い影。同じく戦自のヘリか何かだろうか。

戦略自衛隊。
かつて世界の人口の半分を失うまでに至った、超小型隕石の衝突による大惨事、セカンドインパクト。
その世界の混乱ゆえ、その平定に挑むために軍事力の増強を踏み切った日本政府。
自衛の枠を越えて世界に進出、いや侵略をも可能とするため再編成された自衛隊、それが戦略自衛隊。
セカンドインパクト後の日本の成長は、その軍事力を背景にしていた、といっても過言ではない。
それがまた、動き出している。また戦争でもするつもりだろうか。
いやでも、国内で戦車が動いているということは、他国からの侵略を迎え撃つためでは――。

「これ、渡しておくわね」
「え? あ、はい。このカードは?」
「NERVのIDカード兼入館証。ウチに出入りするのに必要なの」

受け取ったカードは総金メッキに赤色で「NERV」のロゴがプリントされている。
すでに僕の写真入り。いつ取ったんだろう。
ああ、学生証と同じ物かな。

「これからずっと使うことになるから、なくさないでね」
「ずっと? 一時的な入館証じゃないんですか?」
「そうよ。あなたはこれから――ん、ちょっとごめんなさい。マヤ、ついに来たのね?」
リツコさんは話を区切り、携帯電話を開いて答える。
「そう……そうね、それでいいわ。それじゃ」

電話を切ったリツコさんを待ちかねたかのように、僕は尋ねた。
「あの、えーと、赤木さん。これからって、僕は何かするんですか」
「追々、説明するから。でも、その前にお焼香をする時間ぐらいはあるから心配しないで。
 それと、私のことはリツコと呼んで良いわよ。なんなら、りっちゃんとでも」
そう言って微笑む彼女の背後には、僕達の車とすれ違う戦車部隊の不気味な姿が見えた。

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やがて車は、巨大な車両用のエスカレーター、ともいうべきリフトに乗って地下へと向かう。
行き先は関東地方の地下に広がる大空洞、ジオ・フロント。
そして見えてきたのは、植林された空洞内にそびえる巨大なピラミッドを模した建造物。
それこそがNERV本部、人類再建の要、とか。
噂には聞いていて一度は見てみたいと思ってたけど、今はそれどころではない。

窓から見える雄大な景色はさておいて、僕は落ち着かずに左右に目を泳がせる。
渡されたこのカード――これからずっと使うことになる?
いったい、どういうことだろう。僕と父さんは、単に肉親という関係でしかない。
NERVという組織に関わり合う理由なんて無い筈なのに。
国家事業レベルの組織が僕に何の用があるというのだろう。

「あの、リツコさん。僕は何をするんですか」
「まず、目で見て貰ったその後で。口でとても説明できることではないから」
「はあ……」

具体的な説明は無し、しかしカードは既に用意している。
このカード、既に僕の名前がプリントされている。
説明はその場にいって目で見てから。

イヤな予感がする。
目で見てから、といっても見てしまったらもう引き返せないようなことだったらどうしよう。
得体の知れない不安。
馬鹿馬鹿しい僕の取り越し苦労だったら良いけれど。
それを口にするべきかどうか。
そんなことを模索しながら、チラリと隣のリツコさんの方を見る。

赤木リツコさん。
後から受けた説明によると、何でもNERV本部の技術部部長で科学技術の側面から父さんをサポートしていたという。
父さんと近しい立場の人なら、組織のトップクラスというわけだ。
歳は30歳前後かな。ちゃんと聞いてないけど。
なかなかの美人ですっきりとしたメイクが美しく、金髪に染めていて。
タバコに火を付けながら脚を組み替える間際、白衣の間からチラリとスタイルの良さが伺える。
それに思わず見入ってしまい、「ん?」とニッコリ見返されて、慌てて目をそらしつつ渡された書類を開く。
その書類。頭に入れておいてと渡された「NERVにようこそ」と書かれたファイルの冊子。

なんだか、言葉も交わさず尋ねもしないうちから、見事にはぐらかされたような気がする。
というのも考え過ぎかな。
でも、リツコさんから漂う知的な香りに巻かれて、全てを見透かされているような気分になってしまう。

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「リツコ!」

NERV本部と思わしき所に到着して出迎えたのは、もう一人の女性。
強い口調でリツコさんを呼びつつ、ツカツカとこちらにやってくる。
黒い制服姿で肩には襟章。軍人さんだろうか。

リツコさんは紹介する。
「あの怖い顔をしたお姉さんは、NERV作戦部長の葛城ミサト――」
「ご紹介にあずかってる場合じゃないのよ、リツコ。ついに使徒がやってきたのよ! ん、この子は?」
「この子が今は亡き司令のご子息、碇シンジ君」
「ああ、ご苦労様。ってねぇ……出迎えなんて事務の子にでもやらせておきなさいよ。エヴァの準備は?
 それから、レイは何処にいったのよ。出撃間近というのに姿を見せないし、肝心のあの子が居ないと――」

どうやら、かなりテンパっているらしい。遺族である僕のことは最低限、いやそれ以下の言葉でねぎらっただけ。
そういえばリツコさんもそれどころじゃない、とか言ってたな。
話がよく見えない。なんだろう、シトとかエヴァとか。

しかし、リツコさんは至って冷静沈着に葛城さんをさとす。
「ミサト、落ち着いて。エヴァは準備万端、パイロットがまだなの。これから取りかかるわ」
「取りかかるって、モノじゃないのよ? 司令が亡くなられて、ショックを受けているのは判るけど、でも」
「というわけで、ご子息の出番。今後の計画において、この子が欠かせない存在になる」
「……どういうこと? まさか、ご子息がサード」
「違うわ。この子にエヴァは指一本すら動かせない筈」

エヴァ? 計画? サード?
さっきから聞き慣れない単語ばかり出てくるので訳がわからない。
しかし、これはマズイ話になりそうだ。このままでは僕はとんでもない騒動に巻き込まれてしまうだろう。
知らない間に僕は重要人物にされているようだ。

とにかく、事情を聞いて――いや、下手に話なんか聞かない方が良い。
とりあえず抗議しないと。そして、いますぐ帰りたいと――。

「あの、リツコさん。僕は」
「いいから、こちらにいらっしゃい。まずエヴァから見て貰わなくちゃ。
 ほらほら、のんびりしてるとこのお姉さんに叱られちゃうわよ?」
僕の意志なんか聞かないつもりの様だ。僕の肩を抱いて流れるようにエレベーター前へとご案内。
「ちょっと待ってよ、リツコ。いくらご子息だからって、関係者以外をそんなところに入れちゃ……」
と激しく抗議する葛城さんなんて何処吹く風。

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「巨大ロボット!?」

僕が案内された先。それは巨大な地下格納庫と言うべき場所。
ガチャンガチャンガチャン、という激しい音と共にライトが点灯され、そして僕が見たもの。
それは、アニメか何かで見るような、巨大なロボットの顔。

「そう、これが汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン。通称エヴァ」
「す、すごい……」
「これの開発と運営があなたのお父さんの仕事なの」
「これを父さんが? ま、まさか、僕にこれに乗れと」
「安心して。さっきも言ったけど、あなたに操縦は無理」
「どうしてですか?」
「フフ、乗りたい? でもね、これに乗れるのは限られた人間だけ」
「試してないのに判るんですか?」
「そう。これに乗るための条件は判明していて、事前に判別が可能なの」
などとリツコさんの説明を受けていると、たまりかねたように葛城さんが割り込んできた。

「のんびり説明している暇なんて無いのよ。レイは? いい加減、発進準備させてくれないと困るのよ!」
「今は戦自が主導権をとって頑張ってるんでしょ?」
「戦自なんか通用しないことぐらい、あんたが一番わかってることじゃないの」
「そうね。でも、物には順序がある。この子はここに来たばかりよ? 慌てたって物事は進まないわ」
「だから! いったいその子は何なのよ!」
「というわけで」
と、改めてリツコさんは僕に振り返る。

「さあ、シンジ君。次に行くわよ。さっきのカードを用意して、今度はあのエレベーターへどうぞ?」
と、今度は降りてきたのとは別の赤い鉄の扉へと僕を押しやった。
「さ、そのカードをそこに通して」
「ちょっと待って! その扉は私ですら入れない――」
というミサトさんの憤慨を、エレベーターの扉はピシャリとシャットアウト。

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ウィィィンと、エレベーターは更に地下へと降りていく。
僕は地下を示すBナンバーが更にカウントアップされていくのを見ながら考えた。

どうやら、抵抗しても無駄。
こういう時はおとなしくしておくに限る。抵抗してもねじ伏せられるだけ。
話を全て聞き取り、見せられる物を全て見て、それから考えよう。
僕が出来ること、僕に与えられる選択肢は何か。
そして――。

チン……。

エレベーターが到着。しかし、最深の階ではない。
ずいぶん降りてきたと思ったけど、まだ更に先があるのか。

「落ち着いているわね」
と、リツコさんは僕に囁く。
エレベーターが到着して、僕を案内する道すがら。

「そうですか? かなり緊張してるんですが」
と返答しながら、探偵気分で周囲を見渡す。
この辺りの作りは適当だ。というか、かなり古い。
剥き出しの鉄骨、殺風景な裸の蛍光灯。
それらから見て、あまり人の手が入っていないようだ。

「ずいぶん大人びた話し方をするのね、シンジ君。ため口でもいいのよ?」
「はあ、でも苦手です。普段から敬語しか話さないので、この方が気楽です」
「そう。あまり友達と遊んだりしないのかな」
「まあそんなところです」
「でも、大人達とのやり取りがあり、誰とも話さない訳じゃない、か。
 そして自分を押し殺す自制心がある。フフ、理想的ね」
「……何がですか」
「楽しみにしてらっしゃい。さあ、まずはここから」
と、到着した扉の前で、リツコさんは再びカードを使うように僕をうながす。

ぞくり、と何か妙な物が背筋を走る。
なんだろう。もの凄く嫌な予感がする。
ここに入ったら、もう後には引けない、そんな気が……。

しかしそんな躊躇を味わう暇もなく、扉が――開く!

「え……? うわあああああああっ!」









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最終更新:2009年02月02日 00:09
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