さて朝食が終わり、レイ達はさっそく仕事場へと向かう。
そのレイ達の動きを見れば、一列に並んで歩く様からレミングスを連想したり、
先頭のオリジナルの命令に従い作業を行う、いうなればピクミンを連想する方もいるだろう。
しかし作業を終えて何もすることが無くなると、
その場で立ちつくして呆然とするコピー達の有様を見る限り、
エイジオブエンパイヤというゲームがもっとも的を得ているような気がする。
まあ、そんな元ネタのゲームが判らなければ意味のない例え話はさておいて。
ようするにコピー達では能力的に人間と同じというわけにはいかないらしく、
結局はオリジナルのレイがコピー達の管理に奔走しながら、自分自身も作業に追われる始末。
とても、コピーのお陰で手が足りているとは言い難く、レイ一人が作業しているのに等しい状態である。
それはともかく、レイ達が作業に向かった先を見てシンジは驚いた。
初号機とは別に、もう一台のエヴァが存在したのだ。
「これは零号機。初号機より以前に製造された、いわばプロトタイプ。」
と、レイは解説する。
「これを現在は改良中。それが終われば、初号機と共に戦える。」
「でもさ、綾波。パイロットは?」
「私が乗る。あなた一人に戦わせやしない。それに、どんな使徒が来るのか判らない。
戦力増強をしておくことに、こしたことはない。」
その零号機は初号機とほぼ同じ大きさで、初号機の仰々しい顔とは違ってシンプルな一つ目である。
プロトタイプと言うことであまり作りに凝らなかったのだろう。
だがその他の基本的な構造は大体は同じようだ。
コピー達と共にボルトをせっせと締め続けるレイに、合間を見てシンジは尋ねる。
「こうしてエヴァの整備をして、さらにパイロットもするというの?」
「勿論。エヴァが動いている時に、同時に整備をすることは出来ないから大丈夫。」
「でも、それでは大変だよ。使徒が沢山やってきたら休む暇も……」
その時、レイは作業の手を止めて、何かを思い浮かべるかのように中空を見上げた。
そして語り始める。
「それは大正時代のこと……」
「大正?」
「そう。ある戦闘集団の中に機械工学に長けた技術者が加わっていたの。
その人は戦いにおける能力は低いけど、それでも戦闘に参加しつつ兵器の開発とメンテナンスをこなし、
仲間の命を守るために懸命に励んでいた。」
「……」
「私にはその人の笑顔が一番かがやいて見えた。その戦闘集団の名は帝国……」
「綾波。それ、フィクションだよ?」
「うん、好きなの。香蘭が。」
大まじめな顔でコクリと頷くレイ。シンジはかろうじてその元ネタを知っていたようだ。
「碇君、今日はのんびりしてて。」
そう綾波に促されて、シンジは居間へと戻った。
確かにレイ達の作業を眺めていてもしょうがない。
しかし部屋に戻ってみても退屈だ。テレビはあるけど、その時間は大した番組はやってない。
ふと思い立ち、冷蔵庫を開いてみたのだが禄な材料が入ってない。
とりあえず見つけたのはキュウリが10本。ということは……
そこに、レイ達がぞろぞろと帰ってきた。
「そろそろお昼ご飯にするから。おかずはそれ。」
案の定である。今度はキュウリだけでご飯を食べろというのだ。
ご飯がつがれて、その横にキュウリが添えられた食卓はシンプルで実に美しい。
しかし、箸も取らずにそれを眺めている訳にもいかない。
幸い、基本的な調味料が揃っている。さあ、シンジの出番だ。
シンジはまだ封の切られていない酢の蓋を開けて三杯酢をこしらえ、
薄切りにしたキュウリをそれに漬け込んだ。
「美味しいわ、碇君。」
シンジは喜ぶべきである。
例え、顔色一つ替えずに漏らした褒め言葉であったとしても。
しかし、こんな食生活ではダメだと考えるシンジ。
そんな彼を無理もないと言って良いのか、贅沢だと叱るべきか。
シンジはレイ達に食後のお茶をつぎながら尋ねる。
「あのさ、綾波。買い物に行きたいんだけど近くに店とかある?」
「買い物?」
「うん、服とか大して持って来てないし。あとさ、今日の夕飯は僕がいろいろ作ってあげるよ。」
「そう。お金はあるの?」
「えーと、少しだけなら。」
「待ってて。(携帯電話をピッ)もしもし、お金を届けて。」
「え……?」
誰かにお金を無心する、というのはそれほど不思議な話ではない。
しかし、くれと言えば貰えると信じて疑わないようなレイの頼み方が気になって仕方がないのだが。
それはともかく、シンジはレイに連れられて地上へと昇ったのだが、今度は地上の有様に唖然とした。
「あの、綾波……何も、無いんだけど……」
「昨日の戦闘で壊しちゃったみたいね。」
その通りに地上は瓦礫の山と化していた。
いや、建物が全く残っていないわけではないけど、よく見ると半分しかなかったり根元だけだったり。
それどころか、まったく人の気配が無いのだ。みな逃げ去ったのか、それとも戦いに巻き込まれたのか。
シンジが来たときは車も電車も走っていて、十分活気のある街だったのに。
それがこの有様である。いったい初号機はどれだけ大暴れしたというのだろう。
ある時、レイは空を指さす。
やってきたのは一機のヘリコプター。どうやら戦自のものらしい。
そして何かパラシュート付きの荷物を投下して、そのまま着陸せずに行ってしまう。
シンジとレイがその荷物に駆け寄り開いてみれば、数億もあろうかという札束がギッシリ。
「さあ、碇君。それで買い物を……」
「どこで?」
「……」
「……」
仕方なく、レイ達と十人がかりでその札束の山を地下に持ち帰る。
そしてシンジは悟る。物の価値は人の間に生まれる空想である、ということを。
大切そうに持ち帰る札束が、この陸の孤島では単なるゴミの山でしかない。
流石のレイもとぼけてばかりいる訳にもいかない。
ノートパソコンを持ってきて、シンジがネットショッピング出来る環境を用意してくれた。
支払いは気にしなくて良いから何でも欲しい物を注文しろ、またヘリが届けるから、と。
シンジは夕飯のメニューを考えながら、夢中で注文内容をリストアップしたのだが……
ここで当然ながら疑問が浮かぶ。そして、それをそのままにしておく訳にはいかなくなった。
「ねえ、綾波。聞いても良いかな。」
「何?」
「綾波は一体、何者なの?」
確かにもっともな疑問である。自分と同い年ぐらいで、シンジの小さな頃から養育費を支払い、
自衛隊の指揮権を保有していて、現金でも何でも欲しい物が届けられ、
この街で使徒を迎え撃つために一人で待機し、クローン技術をも手にしてエヴァの管理を司り……
それもたった一人で。
レイは姿勢を正して答える。
「私は……実をいうと人間ではないの。」
「ええ!?」
「あなたに判るような言葉で言うと宇宙人。全宇宙に広がる情報統合思念体……
それは肉体を持たない超高度な知性を持つ情報生命体。
それらより、あなたを観測するために送り込まれたヒューマノイドインターフェース。それが私……」
しかし、シンジは冷静にツッコミを入れた。
「綾波。それ、嘘でしょ。」
「うん、嘘。」
シンジが元ネタを知っていたかどうかは定かではないが、彼の好奇心を打ち砕くことには成功したらしい。
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さあ、お待ちかねの夕食である。
シンジが自信満々に作り上げたのは、大根と豆腐の田楽に味噌だれを添えた物ときんぴらゴボウ。
さらにほうれん草のお浸しにワカメのシンプルなお吸い物。
肉が嫌いと言っていたレイを思ってのメニューだ。
しかし流石にシンジには物足りないので、自分には茹でたソーセージを数本そえた。
「美味しいわ、碇君。」
昼食の時と同じく無表情なお褒めの言葉だ。喜べ、シンジ。
実際、レイ達は献立に不満な様子もなく料理を全て平らげている。
そのことだけでも収穫があったと心で唱えながら、シンジはレイ達と共に後片付けをする。
しかし、シンジにとって最大の不安材料がもうすぐやってくる。
昨夜と同様、再びこの部屋にすし詰めで寝ることを要求されてはたまらない。
が、レイ達が寝る準備をするのを見て驚いた。敷かれた布団は一組だけ。
流石にシンジは疑問に思った。
「あの、綾波?今日はみんな一緒じゃないの?」
「うん、夜は碇君にこの部屋をゆずる。私はこの子達の大部屋で寝るから。」
「大部屋って……それじゃ昨日のは?」
「あなたの歓迎のためのサービス。男の人はハーレムが好きだと思って。」
「……はあ?」
とんでもないことをレイは淡々とした顔で言い続ける。
「でも、あなたは好きじゃないみたいだから今日は一人で寝て。」
「……」
そして今日はきっちり入れ替わりで風呂に入り、
オリジナルはコピー達を引き連れて部屋を出ようとするが……
レイは気を変えたのか、急に振り向いてシンジに告げる。
「やっぱり一人だけ置いてく。気が向いたら使って。」
「あ、あのねぇ、綾波。僕がそんなことをすると思う?」
「して貰わなければ困るの。一緒に生活をしている私を血迷って襲わないように。」
「あ、ああ……そういう意味なんだね……」
思わずシンジは大きな溜息。かなりショックだったようである。
それはコピーを身代わりに置くレイの人格に対してか、あるいは振られたような気分を味わったためだろうか。
しかし、コピーなら自由にしても良いというレイの人格を疑いたくなるところだが。
「昨日は3番と一緒だったから、情が移るのもマズイので今日は4番。明日は5番……」
そんなことを言いながら布団に枕をもう一つポンと置き、改めてレイは部屋を出て行く。
そして布団の隣で正座で待つ「4番」。
シンジは何かに失望した様子で、4番が「ふつつかものですが」とか言い出さないうちに、
もう一組の布団を敷いてそちらで寝てしまった。
最終更新:2007年12月01日 23:22