二人の 第七話

「使徒ラミエル……よりにもよって、ここであれが来るなんて……」
珍しく、言葉を詰まらせるようなレイの口調。

シンジはモニタに映る正四面体の使徒の姿を見ながら、レイに尋ねる。
「綾波、あれを知ってるの?」
「簡単には倒せない。前回のシャムシエルなどとは格が違いすぎる。」

そのレイの答えになっていない答えが余計に気になる。
まるで使徒を知っているどころか、戦ったことがあるかのよう。
が、とりあえず出撃しなければならないだろう。
「綾波。とにかく着替えてくるね。」
「……」
そう言って駆け出すシンジの後ろ姿を見送るレイであったが、
その直後に、レイとそのコピー達は円陣を組んで頭を寄せた。
さしずめ綾波会議というべきか、これも珍しい光景だ。

そしてシンジが帰ってきた頃には、オリジナルのレイもプラグスーツに着替えていた。
「綾波も出るの?」
「今回は私だけが出撃するわ。あなたはここで待機してて。」
「でも……」
「あれを相手に近接戦闘は通用しないわ。絶対の防御と長距離攻撃を誇る使徒、それがラミエル。
 接近してATフィールドを中和しつつ近接戦闘をするのは無理がある。」

「それじゃ、どうするの。」
「槍を使うわ。遠方からATフィールドを突破して使徒を倒せる武器はそれだけよ。」
「……槍?」
「あなたは出撃準備のまま待機してて。私の失敗した場合はその時に考える。」

そう言いながら手首にあるスイッチをカチリと押すと、シュッと身につけたスーツが引きしまる。
それはエヴァとの神経接続を補助するために作られたもので、
シンジもまた色違いの同じ物を着用していた。
そしてレイは緊張の出撃前のにも関わらず、むしろ優しい口調でシンジに言う。

「大丈夫、私が必ずあなたを守るから。」
「……綾波、失敗しても必ず帰ってきてね。」
そう言うシンジにコクリと頷いて、レイはエヴァの操縦席となるエントリープラグに乗り込んだ。

そして零号機は『槍』と称した巨大な串のような物を手にして、地上へと射出されていく。
その様子をモニタで見守るシンジとレイのコピー達。
地上にたどり着いたレイの零号機が槍を投擲体勢を取ろうとした、その時。
『早い!』
何がどうしたのか、何が早いのか。モニタを通してレイの驚愕が伝わってきた。

「綾波、どうしたの!?うわッ!」
使徒から目も眩むような閃光が放たれ、そしてモニタが真っ白になる。

  ピガッッッ!!
                  キュドドドドドドドドドドドドドッ!!

いったい何が起こったのかシンジにはさっぱり判らない。
しかしモニタの真横にある零号機の状態を表す画面を見れば、
機体の胸部、ちょうど綾波が居るはずである所が赤く点灯ではないか。

シンジは訳が判らないものの、大慌てで側にいるコピー達にむかって叫んだ。
「戻して!零号機を戻して!早く!」
コピー達は即座に端末を叩いて操作する。
幸い零号機は射出用のエレベーターから一歩も動いてはいなかった。

零号機が格納庫に到着すると、コピー達の操作でエントリープラグがイジェクトされる。
その元へシンジは誰よりも早く駆けつけた。しかし、プラグがイジェクトされたものの、ハッチが開かない。
シンジは手動のハンドルに触れようとするが、しかし。
「あ、あ、あつッ!!」
そのハンドル、使徒の閃光により高温で熱せられていたのだ。
後ろに駆けつけたコピーの一人が制止しようとしたが、シンジはそれを乱暴に振り払った。
再びハンドルを握ると、本気で手の肉がじゅうじゅうと音を立てて焼かれていく。
しかしシンジは覚悟を決めて絶対に離すまいと腕に力を込めた。

「ぐ、ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおあああああああああああああッ!!」

シンジはそんな恐ろしいほどの呻き声を上げながらも、遂にハンドルを回しきりハッチを開いた。
「綾波!大丈夫!?綾波ッ!!」
そう叫びながらプラグ内をシンジは覗き込む。

プラグ内にはぐったりとしたレイが顔を伏せている。
が、ようやく顔を上げてシンジの顔を見ると、コクリと微かに頷きかけた。

シンジはレイが無事な様子を見て気が抜けたか、あるいはハッチを開くために全ての気力を使い果たしたのだろう。
そのまま崩れ落ちるように倒れてしまった。

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「う~ん……う~ん……」
居間に敷かれた布団の中でシンジは呻き声を上げていた。
シンジとレイ、これではどちらが戦闘に敗れて負傷したのか判らない。
その布団の周りには7番から10番までのレイのコピー達が並んで座り、看病に当たっていた。
シンジは高熱を出しているらしい。そのおでこには古典的な氷嚢がぶら下げられている。

そこにオリジナルのレイがやってきたのを見て、シンジは何故か謝る。
レイの方は怪我も何もなかったらしくピンピンしていた。
「ああ、綾波……ごめんね。何もしてない僕がこんな……」
「いい。さっきはありがとう。」

「あの、綾波……使徒は……?」
「今だ健在。それについて政府の関係者がこの基地に来ているの。話をしてくるから。」
「あ……」

シンジはそっけなく立ち去ろうとするレイを、思わず呼び止めようとした。
「何?」
「いや……なんでもない……」
「そう、それじゃ。」

流石にレイのあまりの素っ気なさぶりに何か言いたかったのだろうか。
しかし、レイは一目だけの見舞いをしただけであっさりと部屋を出て行った。
それを切なく見送るシンジ。
そんな彼の氷嚢を取り替えたり、焼けただれた手の包帯と取り替えたりと、
シンジの側に張り付いているコピー達はせっせと看病に励んでいた。

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そのままシンジが寝ていると外から何かガヤガヤという声が聞こえてくる。
政府関係者というか軍人だろうか。その口調からかなり怖面の連中らしいことが判る。
しかし、話している内容まではシンジには聞き取ることが出来ないようだ。

だが、もう一つ聞こえてくる妙な音。
シンジが寝ている天井の上から、カリカリカリカリ……

シンジがその音を気にしていた丁度その時、そこにレイのコピー達が担架を持ってやってきた。
どうやらシンジを移動させるつもりらしい。
レイ数人がかりで担ぎ上げられ、シンジは居間の外へと担ぎ出されていく。

そうして担ぎ出された場所はエヴァの格納庫。
油やら何やらで汚れた床の上にシートを広げて新しい布団が惹かれていた。
そこに寝かされながらシンジはオリジナルのレイを見つけたが、なんだか沈んだ表情でうつむいている。
そういえば、政府の関係者とかいう連中の姿が見えない。
もう帰ったのだろうか。

レイはボソリとシンジに話す。
「あのジェットアローンを出撃させるらしいの。」
「……そうなんだ。」
「あなたを一番安全な場所、エヴァに乗せて脱出して貰おうと思った。
 けど……それも出来なくなった。」
「何故?」
「あのポジトロンライフルのエネルギーとするために電力を全て徴収すると言ってきた。
 日本中の全ての電力を集めるらしい。この基地の電力も例外ではない。」

「そんな……でも、エヴァが無ければ使徒は……」
「彼らは失敗しないから問題ないと主張している。
 交渉はしてみたけれど、ここは核融合炉を使った独自の発電を行っている。
 だからここの強力な電力に手を付けない訳にはいかない。作戦場所から一番ちかい発電源だし。」
「……」
「国の名において命じられたらどうしようもない。私は国の名において援助を受けてきたのだから。」

レイはシンジの枕元に座り、吸い飲みでジュースを飲ませてやりながら話し続ける。
「彼らが失敗すれば全て終わり。もはや、成功することを期待するしかない。」
「でも、彼らが成功したら僕達は……」
「そう、立ち退きを要求される。でも、それだけは避けるように交渉するつもり。」

ガリガリガリガリガリガリ……

シンジが居間で聞いていた音。それがだんだん大きくなってきている。
「綾波……あの音は何?」
「使徒。」
「え?」
「ここは幾重にも防壁が張られているけど、あの使徒ラミエルがそれを食い破りつつある。
 それがここに到達すれば全ては終わる。」

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ……

その時、レイはラジオのスイッチをカチリといれる。
どうやら、使徒殲滅の作戦内容が全て放送されているらしい。

『さあ、いよいよ作戦決行となりました。あれ以来、使徒は動きを見せていません。
 おや?配電線にミスがあったようです。司令部より10分の作戦決行時間の延長が……』

シンジはそれを聞いて目を丸くした。
「ちょっと……そんな悠長なことをしてたら、使徒の侵入に間に合わなく……」
「ここの侵入なんてどうでもいいのかもしれない。彼らにとっては。」

ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!

使徒が防御壁を破ろうとする音が更に大きくなりつつある。
シンジ達の居る場所へと近づきつつあるのだ。

「あ、綾波……あの……」
「大丈夫。多分……MAGIと陽電子砲、私の設計通りに造られているのなら。」

そんなふうに余裕で構えるレイ。あるいは、それは開き直りか。

ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!
ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!ガリッ!


この轟音、間違いなく最後の隔壁が破られつつある。
もう駄目か。
ジェットアローンの攻撃は間に合わないのか。
あるいは既に失敗したのか。

シンジは、もはやこれまでかと、顔をしかめる。
そんな思いからギュッと握りしめた彼の拳を、
コピーの一人がそっと両手で包み込んだ。
再び新しい包帯をまき直すために。
最終更新:2007年12月01日 23:25
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