二人の 第九話

「うわぁっ!……ああ、おはよう……今日も朝から怖いね、君は。」

あれから一週間ほど過ぎた頃。
シンジは穴の空いた六畳間ではなく、エヴァの格納庫で寝泊まりをしていた。
彼が驚いているのは、すぐそこで初号機の巨大な怖面が見おろしていたからである。
もうこの基地の防壁が破られて巨大な穴が空いている状態、
何かあればすぐにでも初号機に飛び乗れるように、という用心であった。

シンジが起床すると、隣りで寝ていた当番のコピーもすぐ起きて洗顔を済ませ、朝食の粥を炊き始める。
添い寝当番の後は、そのまま家事当番という訳だ。更に洗濯物を抱えて奔走するなど大忙しの有様である。
オリジナルのレイは大部屋から残りのコピー全員を引き連れ、シンジに朝の挨拶を済ませる。
そして朝食後はエヴァのメンテナンスを開始。
シンジはといえば取り立ててすることはなく、当番のコピーを手伝うために大部屋の掃除へと向った

しかし最近はそんな忙しさが無くなりつつある。
もう機材の搬入がなく、エヴァに対して出来ることが無くなってしまったのだ。
あれこれとエヴァのテストを行い改良をしようにも、それを行う材料が無ければ意味がない。
することがなくて呆然と座り込んでいるコピー達をほっといて、ひたすらノートパソコンに向かうオリジナル。
エヴァの改良案でも考えているらしく、機材がなければ着手できない設計書を書き貯めては溜息をついていた。

まさに取引先を失い、仕事が無くて暇をもてあます零細企業のような状態である。
幸い電力源は保有しているし、水の備蓄はたっぷりある。
当分は何の収入が無くても生活は出来るだろう。
しかし、問題なのは食事である。幸いにも米と塩だけは大量に備蓄しているが、それだけだ。
シンジは生鮮食料だけではなく保存食や日持ちする材料を購入しておくべきだったと後悔するが、
しかし、そんな後悔は先に立たない。節約のために塩で粥ばかりすする毎日である。
もはやネットからの注文システムは止められているし、地上の街も消失している。
もはや、シンジとレイの基地は正しく陸の孤島と化してしまった。

さて、シンジは何をしているのか?というと、主に暇を持てあましているコピー達と過ごしていた。
言われるがままに何でも言うことを聞くコピー達。
家事当番とその手伝いに当たる数名を除いて、することもなく大部屋で点々と座っている彼女たちを見て、
何か人間らしいことを教えたりすることが出来ないかとシンジは考えたのだ。
おいで、と呼びかけると、コピー達はいそいそとシンジの前に集まってくる。
無表情ながらも基本的にレイは美少女である。その可愛い有様を見てシンジは大いに張り切った。

とりあえず遊んでみようとトランプを取り出したシンジ。しかし、これは失敗だった。
ババ抜きのルールを簡単に説明するとテキパキとこなしていく彼女達の性能は流石だが、
ゲームと言うより作業をこなしているようにしか見えず、
コピー達はトランプのソート技術を完璧にマスターしてゲーム終了。
二枚ペアに揃えて、ご丁寧にも番号順に並べたカードの束にジョーカーを添えて提出されたとき、
シンジはとてつもない空しさを覚えて、コピー達と楽しく遊ぶことは完全に諦めてしまった。

だが、シンジはめげない。今度は奥の手、チェロを引っ張り出してきた。
生活用品を注文する傍らで、ちゃっかりそんなものまで遠慮無く取り寄せていた訳である。
演奏するから聞いてみて、と言うと、コピー達はシンジの前に横一列に整列してペタリと正座で座る。
そんなに構えられては誰だって緊張する。シンジはまたしても止めときゃよかったと後悔するが、
しかし演奏を始めるとコピー達は目を閉じて頭をゆらゆらさせながら聞き入っている。
どうやら効果があるかもしれない。コピー達の揺らぎが完全に同期しているのが気になるけど。

シンジが一曲だけ演奏を終えると、コピー達の他に真後ろから拍手が聞こえてきた。
どうやらオリジナルのレイも演奏を聴いていたらしい。

「そんな特技があるとは知らなかった。音楽はいいわね。」
「い、いやあ、まだまだ下手くそだよ。あんまり演奏できる曲も少ないし。」
「ネットから楽譜が入手できるかもしれない。それで練習すれば良いと思う。時間もあるし……」
「そうだね。で、どうなったの?」
「うん……」
どうやら何かの結果待ちだったらしい。しかし、レイの表情は暗い。

「EU圏は駄目になった。なぜなら、国連艦隊の手によって発見された敵を殲滅したらしい。」
「本当に?」
「戦艦2隻を捨てる結果になったらしいけど。
 しかし、ますます使徒の殲滅にエヴァが必須ではないことが世間に広まりつつある。
 もう国連が私のいうことを聞く理由がない。」

レイは在住している日本を見限り、世界各国に働きかけをしていたらしい。しかし結果は前述の通り。
それ以後も、言うなれば「朗報」が次々と入ってくる。

『浅間山火口で孵化を始めようとしていた使徒の捕獲に試みるも失敗。ただし殲滅に成功。』
『巨大なクモ型の使徒が発生。旧第三新東京市跡地を目指して移動中であったが、
 これをポジトロンライフルで狙撃し殲滅に成功。しかし、その体液により被害は甚大。』
『大気圏外に巨大な使徒が発生。日本の関東平野を目指して落下中。
 これを日米共同で開発した陽電子砲搭載の新鋭戦闘機で、これを撃破。』

それをレイは解説する。
「まぐれとか言うつもりはない。彼らはちゃんと実力で殲滅している。
 ただし、その実力は主に破壊力であり、これまでの勝因は単に運が良かっただけ。」
「運?」
「まず使徒ガギエル。
 戦艦2隻でコアをゼロ距離射撃が出来たのは、たまたま使徒が食らい付いてくれたから。
 浅間山火口の使徒サンダルフォンも同様。
 捕獲を試みた調査艇を飲み込んだのは良いけど、それに送り込まれていた冷気で自滅。
 使徒マトリエルは……それは無防備な姿で溶解液を運んでいた使徒の方が間抜けだったというしかない。
 天空から飛来した使徒サハクィエルについては、見事だと思う。
 ただ、命中精度はかなり低かったようだし、よくぞ戦闘機で保有できるエネルギーで倒せたものだと思うけど。」
「……」

レイは少しだけ眉をしかめながら話を続ける。
「勿論、運の良さも実力の内。このまま彼らが倒し続けることが出来るなら、それに越したことはない。
 ただし、もし彼らが失敗したら最後の砦は補給の断たれた私達だけ。
 補給だけが問題じゃない。私は順々に使徒を倒していき、戦闘の経験が積まれていくことを期待していた。
 いきなり実戦に突入して、果たして私達が満足に戦えるかどうか。」

しかし、シンジは楽天家であるようだ。
「でもさ、綾波。使徒が来て戦うとなれば、いわゆる彼らと共同で戦うことになる。
 戦力としては十分じゃないかな。」
「だと良いけど。でも、使徒の方もこれまでの二の舞は踏まないはず。
 次からはピンポイントでここに来ると思う。碇君、心構えをしておいて。」
「……判ったよ。可能な範囲で訓練をしようよ、綾波。」

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レイがそんな話をしたのが早いか、すぐその夜のことであった。

「ん……むにゃ……あ、綾波……?」
シンジは目を覚ますと、レイとそのコピー達に完全に取り囲まれていた。
そして一斉に手を伸ばして、バリバリとシンジの服を引きちぎり始めたではないか。

「ちょ、ちょっと、何するの!や、止めてよ!」

そうシンジが叫ぶが、しかし彼が完全に丸裸になるまで止めようとはしない。
そして引き裂かれた服を一箇所に積み上げて、ガスバーナーで燃やそうとする。
しかしその服からチラチラと赤い光を放ち、どうやらそれが防いでいるらしくなかなか着火できそうにない。
「あ、あの光はまさか……」
驚愕するシンジにレイは答える。
「ATフィールドね。あなたの服に取り付いたらしい。危ないところだった。」
「ええ!?」
「さあ、プラグスーツに着替えて、エヴァに乗って。使徒を駆除しなくては。」
そう言いながら丸裸で股間を隠すシンジにレイはスーツを手渡す。
その側でコピーの一人が放射能検知器のようなものでシンジの身体をなぞっていく。
身体に取り付いてやしないかと調べているのだろう。

さて、使徒の駆除、もとい殲滅の開始である。
「その壁も全部はがしてしまって。ああ、その床も構わないからどんどん破いて。」
あらゆるところに使徒が感染しているらしく、シンジはレイに指示を受けながら、基地を片っ端から壊していく。
やはりあの穴からだろうか。例の六畳間もまとめてぶち壊すハメになってしまった。
そして一定量の鉄くずやら何やらをエヴァ射出用エレベーターに積み上げる。
「とりあえずそれを地上に持って行って。私も零号機で残りを持って行くから。」
そう指示されるままに、シンジは初号機で地上に向かった。

なんだか年末の大掃除でもしている気分だが油断は出来ない。
気を抜くと使徒に初号機のATフィールドを突破されて、初号機に感染してしまうからだ。

エヴァ用のゴム手袋や割烹着が必要だな、とかシンジは考えながら地下基地の残骸を積み上げていると、
零号機が残りの残骸をもって地上にやってきた。
そしてアンビリカルケーブルを伸ばして残骸に当てて放電を開始。
零号機はATフィールドを中和し、初号機はATフィールドで身を守りながら殲滅を担当。
溶接をしているようにも見えるが、まるでエヴァ2体で焚き火をしているかのような光景だ。
レイが殲滅完了を宣言した後も、まだ赤々と燃え続ける基地の残骸をエヴァ2体で体育座りで眺めていた。

レイは通信モニタ越しでシンジに話しかける。
『基地はなんとか機能できるけど……かなり悲惨な状態よ。
 お風呂場とかも壊しちゃったから、これからの生活が大変……』
「そうなんだ。まあ、仕方ないよ。」
『ごめんなさい……これから先の生活、もっと辛い思いをさせるかも……』
「まあ、なんとかなるよ。コンロとか大部屋の台所にもあったから料理も出来るし、
 それにシャワールームも別にあるから。」
そんなふうに、しみじみと話す二人。

『……碇君。』
「え?」
『もう聞かないの?なぜ、自分を呼んだのか、そして私が何者なのか……』
「うーんと、そうだね……」
『ここから、逃げたいと思わないの……?』

それを聞いたシンジは両手を頭の後ろに回して、うーんと伸びをしながら考えた。
そしてレイに笑って答える。

「どうでもいいよ。こうして綾波達と生活しているのが楽しいし。」
『……楽しい?苦しい生活をしながら、使徒との戦いを待ち続けるのが?』
「うん。君に会うまで僕は独りぼっちだったし。」
『……』
「何故だか判らないけど、僕と一緒に生活して戦ってくれるのが嬉しくてさ。
 その理由とか聞いちゃうと全部こわれちゃいそうな気がして。アハハ……」
『そう……』
「……」

そんなふうにポツリポツリと話をしながら、残骸が燃え尽きるのを眺めている二人。
気が付くと、すでに夜が明けていた。東の空から太陽が昇り始めている。
「徹夜の作業になっちゃったね。そろそろ戻る?」
『待って……あれは?』
「え?」

レイが、というより零号機が指さした先、何かがこちらにやって来る。
「あれは……ジープ?戦自のかな。」
そうシンジが答えた通り、それは戦自の陸戦隊らしい男達を乗せたジープだった。

そしてエヴァから一定の距離を置いたところで停車し、一人の男が降りてこちらに向かってくる。
どうやら交渉役を買って出た代表のようだ。
見た目、隊長クラスにも見えなくもないが、しかし誰かからの使いにしてはラフな雰囲気でもある。

『碇君、少し通信を切るわ。待ってて。』
「え?」
シンジは何かを聞き返そうとしたが、もうすでに通信モニタはプツッと切れてしまった。

なんのために切ったのか。
普通に考えて通信を切る理由はただ一つ。別の相手と通信をするためだ。

それが終わったのだろう。しばらくして、レイとの通信が再開する。
『お待たせ……私が彼らと話してみる。碇君は射出エレベーターの位置に初号機を移動させて待機。』
「うん、判ったよ。でも……」
『あまり心配は無いと思う。使徒の反応は検出されていないし。でも、念のために油断しないで。いい?』
「うん……」

不安げに頷くシンジを見ながら、エントリープラグをイジェクトさせるレイ。
そしてLCLを勢いよく噴出させながら出てきた彼女の腰には、一丁の拳銃が釣り下げられていた。
最終更新:2007年12月01日 23:30
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