ある日、人通りの多い交差点の横断歩道で信号待ちをしていたときの出来事。
 道路の向こう側にも何人か人がいたのだが、そのなかに一人異様な気配をもつ女の子がいた。
 長い黒髪に白いワンピースがよく似合う可愛い娘だったが直感的に彼女が幽霊だと分かった。
 最初は関わりあいたくなくて、信号が青に変わり人の群れが道路を渡り始めると僕もそのなかに混ざり、さり気ない風を装って彼女の横を通り過ぎようと思った。
 しかし彼女の表情を間近で見た瞬間、そんな気は失せてしまった。
 彼女は何かを言いかけていたが、それより早く僕のほうから声を掛けていた。
「大丈夫だよ。僕には見えてるから」
 突然口から出た言葉に彼女はもちろん僕自身が驚いた。
 慌てて横断歩道を渡りきり、その場を離れようとしたが彼女がそうさせてはくれなかった。
「何よっ、大丈夫ってどういう意味!? だいたいあんたに何が分かるの?」
 息を切らせて僕を追い抜くと、振り向くやいなや勢いよくまくしたてる彼女に僕は感じたことをそのまま伝えた。

「ごめん、君がなんだか寂しそうに見えたんだ。ほんと、ごめん」
「何よ、それ。馬鹿にしないでっ! あたし、あたしは別に、寂しく…なんて……」
 彼女の言葉が不意に詰まった。
 その頬に一すじの涙が伝っていた。
「やっ、ちがっ…、うそっ」
「…………………」
 真っ赤になって泣き顔を隠そうとする彼女を、何も言えずに、ただ見つめることしか出来ない僕。
「憶えてなさいよっ」
 やがて唐突にそんな一言を残し彼女はかき消すように消えてしまった。
「……また、明日来るよ」
 僕も一言だけ告げて、その場を後にした。

 その日から今日に到るまで彼女と僕の交差点での待ち合わせは続いている。
 彼女に言わせれば、ただ暇だから仕方なく付き合っているだけ、だそうで“デート”なんて言い方をすると途端に怒りだすのが玉に傷なのだが。
最終更新:2007年03月19日 05:31