1
始まったのは15歳の誕生日。
真夜中にふと目覚めた俺が見たのは、美人だが無表情の白装束の女が脇に立ってこちらを見下ろす姿。手には手斧が握られている。
呆然と見上げていると、手斧を左足に振り下ろされた。
悲鳴を上げて飛び起き、慌てて確かめるもまるで何も起きなかったかのように女の姿も足の傷も見えなかった。

翌日左足を事故で怪我した。
幸い後遺症もなく完治した。

その日以来、女は夢枕に現れ、いつも無表情のまま俺の体のどこかを切りつける。
そしてその部位は翌晩までに必ず事故や病気で病院の世話になる。


成人式の日、酒の席で何とはなしにその話を親父にしてみたところ。
親父も亡くなった祖父もその女を見たことがあるとか。どうやら家系に憑いているらしい。
『事前にどこが悪くなるか教えてくれるんだからありがたい存在だよな』と親父に言うと、げんなりした顔で『爺さんと同じ事言うなよ』と諭された。
何でも祖父は『女に頭をかち割られた』と苦笑していたその日の昼に脳梗塞で倒れたとか。
『女は悪くなる所を教えてるんじゃない、作り出してるんだ』
渋面で呟く親父。まぁ普通はそう考えるか。

でも俺は、タイプの美人だってのもあるが、彼女が悪いものだとはどうしても思えなくて。
取り憑くからには何か怨みや未練があるんだろうからそれが少しでも鎮まればと考えて、女性好みの菓子や食事など簡単なお供えのような事をしていた。


2
会社の同僚に人数合わせで引っ張り出された合コンで、性質の悪い女に捕まった。
殆どストーカーと化した女に毎日付きまとわれ、夜もろくに眠れなくなる程精神的に参っていた。

ある日、会社前の交差点で女に待ち伏せされた。
にんまりと笑って近づくストーカー女だが、ふと妙なものを見る顔で俺の後ろに目をやった。
釣られて振り向いた俺の目に入ったのは、例の斧女の姿。
振り上げられた手斧が俺の身体に食い込んでいく。その半呼吸後。

全身を襲う凄まじい衝撃。
ストーカー女の悲鳴。
耳障りな急ブレーキと激しい衝突音。
宙を舞う感覚。

落ちていく先に、両手を広げている斧女の姿が見えた。
『起きてる時に見るのは初めてだな』などとぼんやりと考えていた。

運転手の不注意による結構大きな交通事故だったらしいが、幸い死人は出なかったそうだ。
俺も多少の打ち身程度で済んだ。


暫くするとストーカー女は俺の前から姿を消した。
噂で聞いたのだが、酷い事故に何度も遭った末に実家に引き篭もってしまったらしい。
性質の悪い悪霊に取り憑かれたと騒いでいたとも聞いた。

まぁ俺には関係の無い話だ。


3
昨日、親父が電話を掛けてきた。
『一昨日の晩にな、斧女が出たんだ。でもな、持ってたのは毛ばたきだった。それで俺の腹を撫でたんだ。
意味わかんなかったが一応病院行ったら、やっぱり病気が見つかったんだが、何で毛ばたきになったんだろうな…?』
不思議そうな親父の声を聞きながら、俺は先月の事を思い出していた。

その日は同窓会があり、酒が入った上にテンションもかなり揚がっていた。
帰り道にふと思いついた勢いそのままに毛ばたきを購入し、菓子と一緒に供えておいた。
その晩、祭壇代わりにしている小さなテーブルの前に座る彼女の後姿を夢うつつに見た気がする。


因みに昨日の晩、俺の所にも彼女は出たんだが、持っていたのはいつもの斧だった。
親父から毛ばたきの事を聞いた直後だったんで、頭の中で『何で俺のときは毛ばたきじゃないの?』と聞いてみた。
無表情だった顔が微妙に動いて、何だか唇を尖らせて文句を言っている感じだった。
ちょっと調子に乗って『直接指で触って教えてくれてもいいよ』と言ったら斧を持っていない方の手で思いっきり頬を叩かれた。
で、さっきから虫歯が痛み出している。
最終更新:2011年03月06日 09:32