久しぶりに会った同級生に誘われて、旧友数人で近くの大きな花火大会に行った。
しかし早速後悔。そういう体質だと自覚してはいたのだが。
左腕が重い。
しがみついているのは浴衣を着た十代半ばの結構可愛い女の子、ただし半透明。いわゆる幽霊って奴だ。
俺は気がついていないフリしているのだが、
『アレおいしそう』だの『コレ可愛い』だの俺の腕を引っ張っては主張してくる。
そんな感じで暫く屋台を覗いていたんだが、俺が無反応なせいか幽霊は拗ね始めた。
『あーあ、つまんない。久しぶりに気がついてもらえてるかと思ったのに』
そう言って、文字通り腕にぶら下がりだす。
『やっとお祭りにこれたのに、つまんない…』
寂しそうに俯く幽霊。俺の胸に湧きあがる罪悪感。
いやしかし、幽霊なんぞに気に入られても楽しい事は何も無い。
長年の数々の憑依体験から、悪質な幽霊ほど誘惑が上手いと知っているし――
『私が生きてたらコレってデートみたいな感じだし、キスぐらいしてあげてもいいのにな』
負けました俺。
幽霊の言葉に反応し、思わずちらりと一瞥。にんまりと笑う幽霊と、ばっちり目が会った。


『次は金魚掬い、ノルマ20匹!』
離れて欲しければ楽しませろと脅された俺。財布はがんがん軽くなっていく。
「おっしゃ、金魚は俺が全部掬ってやるぜ!!」
やけくそ気味に盛り上がる俺。ワケがわからないなりに同調して騒いでくれる友人達。
そうこうしていると、花火が上がり始めた。
『花火見るの!もっといい場所にダッシュで移動!!』
「この人ごみで走るのは流石に危険だろ!なるべくいいところへ移動するからちと待ってろ」
急ぐ姿を友達に笑われつつも何とか人の波を掻き分けて、そこそこ見える場所へ移動。
『って、見ーえーなーいー!!』
「痛っ!!」
小柄な幽霊に人垣はちと高かったらしい。幽霊だから他の人の身体に被るし。
だからって足を蹴るな。つま先をかかとで踏みにじるな。
「あーもー」
仕方なく一旦人の少ない所へ移動。不満げにこちらを睨みつける幽霊を、小さい子供にするように抱き上げた。
『!?っんな、や、ばっ!!』
「これなら俺の頭より高くなるから見えやすいだろうが」
『えっ?…え、ああ、おー、そういうこと…』
俺の頭にしがみつきつつ納得する幽霊。
傍から見ると見えない何かを抱えている俺の姿は怪しい事この上ないが、この際仕方ない。
『よーし、も一回見に行きなさい、今度は最前列!!』
「無茶言うな」
調子のいい幽霊にややむかつきつつも、俺も不思議と楽しいと感じ始めていた。


そんなこんなで花火大会は終わり、俺も友達と別れて帰宅した。
『あー楽しかったぁ!』
幽霊連れで。
「…楽しませたら離れるとか言ってなかったか?」
『まだちょっと足りないもん』
意地の悪そうな笑顔でこちらの顔を覗き込む幽霊。
「で、何すりゃいいわけ?」
『うーんとねぇ…』
僅かに残されていた小遣いの使い道は、アイスクリームとファミリー用の花火セット。
「…なぜ花火を見た後で花火をしたがる…」
『いいじゃない、やりたいんだもん』
ほらほらと急かされて、しぶしぶ河川敷の広場に向かい、命じられるままに花火をする。
時々通りかかる人達には深夜に一人でぶつぶつ言いながら花火する寂しい人に見えてるんだろうなぁ…。


「ほらコレで最後だ」
派手めなのから使っていくと最後に残る線香花火の束。うち一つを手に取り火をつけた。
それまでは手持ち花火を振り回せだのまとめて火をつけろだのと騒いでいた幽霊だったが、
どういう風の吹き回しか俺の隣に大人しくしゃがみこんだ。
二人で静かに小さくはぜる花火を見つめる。
『なんだかあっという間だったな』
ポツリと呟く幽霊。
「幽霊やってどのくらい?」
『…今年が初めて』
嘘かホントか分からないが、その横顔はとても寂しそうに見えた。
「そうか…すまん」
『信じたの?バカねー』
「くっ…」
コイツは絶対悪霊の素質がある。
むかついたせいだろうか、細い軸の先でちりちりとはぜていた小さな火の玉がぽとりと落ちた。
「おっと、じゃ次のに火をつけるぞ」
手元の花火に集中したその瞬間。
ふわりと幽霊が抱きついてきて。
「…な」
『――お礼、かな』
頬に軽く押し付けられた唇は、少し冷たく感じた。
『じゃ、ね。バイバイ』
「おい…――」
背を向けて歩き出した幽霊は、こちらを振り返ることなく、空気に溶けるように滲んで消えた。
手に握ったままの火のついた線香花火は、またもや燃え尽きる前にぽとりと落ちた。


『お宮の夏祭りに行こう』
「いやちょっと待て」
そろそろ晩夏に差し掛かる頃、西日の差し込む俺の部屋。
茹だるような暑さにめげず昼寝をしていた俺。
暑さが急に和らいだと思ったら、聞き覚えのある声が響いてきた。
慌てて飛び起き――ようとしたものの、幽霊が俺の腹に馬乗りに座り込んでいたので無理だったが。
『お祭りだよお祭り。ほら隣町のお宮祭り』
ワクワク顔ではしゃいでいる幽霊。
「祭りがあるのは知っている。俺が聞きたいのはお前がここにいる理由だ」
『お祭りイベントのあるところには、私はいつでも現れるのよ』
「答えになってない」
『いいじゃない。貴方と一緒だと楽し…我がまま放題できるから楽しいの、私が』
悪霊だ。コイツは絶対悪霊だ。
まあ今までの悪霊に比べれば、比較的、嫌な感じがしないと言うか。
格好の餌食として目をつけられたかもしれないと思い至っても、ちょっと心が浮かれているのは確かだ。
最終更新:2011年03月06日 10:10