近所にあるその橋は昔からこの世とあの世を繋ぐ場所といわれていた。
そのせいだろうか、幽霊が出るという噂がある。
幽霊を見ると死んでしまうという噂もセット。



まだ小学生の頃、交通事故で死にかけたときに夢を見た。
川のほとりを彷徨っていた。対岸は明るく楽しそうな場所。
けど川は流れが速く、仕方なくうろついていたら現実とは長さは違うが見覚えのある橋に出くわした。
早速渡ろうとしたのだが、橋の真ん中で煙管を片手に美女が通せんぼしていた。
「渡りたけりゃ、通行料」
横柄な態度で煙と共に吹きかけられた事にひるみ、仕方なく財布を捜すが見つからない。
「一文無しは出直してきな」
すごすご引き返し、ふと気が付くと病院で目を覚ましていた。

中学生の頃、風邪をこじらせ死にかけたとき再び夢を見た。
「また来たのか」
橋の真ん中で欄干に腰掛けて、例の女性が煙管をふかしながら呆れていた。
「通行料は持ち合わせてるのかい?」
あの後色々調べてあの世の渡し賃なるものがある事を知ったんで
いつも小銭を持ち歩くようにしていた俺に隙は無かった。いや死にたいわけじゃないんだけど。
「いくらですか?」
「そうさねぇ、ざっと見積もって3億円」
……気が付くと病院だった。



二度も死にかけたせいか、幽霊が見えるようになっていた。
でも普通に暮らしている間、その橋であの女性を見ることは無かった。


大学生の頃、見える事を知っている友人に無理やりオカルトスポットに連れて行かれ、
しっかり取り憑かれ内側に入り込まれてしまった。
酷い頭痛と悪寒に襲われて動けなくなったので責任を感じた友人に付き添われて何とか橋までたどり着いた時。
『渡りたけりゃ、通行料』
頭の中に響く声。橋の歩道の真ん中に朧げに浮かび上がる女性の姿。
友人にもどうやら見ているらしく、小さく悲鳴を上げ硬直している。
「今日は…ちゃんと家に…帰るだけだから…」
何とか声を絞り出し、よろよろと彼女の脇を通りすぎようとした。
『一文無しは出直しな』
がっしと首を掴まれた。
『渡る資格さえ無い奴は、川底に沈んじまいな』
意外なほどの強力でぐいと後ろに引っ張られた。
悲鳴を上げる暇もなく、俺は川に向かって落ちていた。

……そして目を覚ました時には打撲と溺れかけが原因で入院中となっていた。
因みに霊障の方はすっかり収まっていた。


昔、橋を造る時に、人柱として人を生き埋めにすることがあったらしい。
近所の橋も大昔から交通の要所として存在していたらしいし、そんな事があったのかもしれない。



うたた寝をした時に夢を見た。
「渡りたけりゃ、通行料」
欄干に腰掛けて、煙と共にいつもの台詞を吐く彼女。
「当分は渡るつもりは無いよ」
「ならなんでここに来た」
「貴女に逢いたいから」
げほんとむせる彼女。
「…ガキが寝言言ってんじゃないよ」
「寝言といえば寝言だけど本気だよ」
「そうかい、ならせいぜい長生きしな」
そっぽを向いて呆れている彼女。
「死にかけないと逢えないのは大変だから、普通にあの橋の上に出てきてくれると嬉しいな」
「…むぅ…考えといてやる」
彼女の頬が赤く染まって見えるのは気のせいだろうか。
最終更新:2011年03月06日 10:13