「写真を撮ってあげようか」
お寺の片隅でぼんやりしてたら、オジサンがカメラ構えて近寄ってきて、さらにやたら馴れ馴れしく声を掛けてきた。
『何?』
「俺はこの寺公認の撮影カメラマンで、七五三とかご祈祷とかのお客さんにサービスの一環で格安で写真撮影してるんだよ」
『ああ、ロリコンなんだ』
「…違うって…」
『わたし、オジサン相手にしてる暇ないの。じゃあね』
困ったように肩を落とすオジサンに軽く手を振りわたしはその場を立ち去った。

正直なところ、わたしはとても困ってた。
何でこんな古臭いお寺にいるのかが分からない。どうしても思い出せない。
それだけじゃない。お寺の外に出ようとしても、どこにもいけない。気が付くと、お寺の境内の片隅に佇んでいる。
そんな感じでもう何日も、何日も。どれだけの時間か分からないくらい長く過ごしてる。
困りごとはもうひとつ。例えば今はどうやら七五三の時期みたいで、綺麗に着飾った子供と親がちょくちょく訪れる。
夏ならお盆。秋とか春にも結構人は増える。
けど誰も、わたしに気付いてくれない。
気付いてくれたのは、今のところ――あの変なオジサンだけ。


毎日お寺のあちこちで写真を撮ってるオジサン。
こっちから声を掛けるのは負けたみたいで悔しい。
なので、ある日視界に入るぎりぎりのところにオジサンに気付いてないフリして立ってみた。
でもその時のオジサンは、他の誰かを探しているようで、とうとう私の方に来てはくれなかった。

「写真を撮ってあげようか」
優しく、能天気に明るい声。聞きたかった筈の声。
でもタイミング最悪。寂しくて寂しくて耐え切れずに、でも誰かに見られるのはちょっと癪だったので寺の裏に回りこんでこっそり泣いていたのに。
『女の子はナイーブなのよ!もうちょっと、状況とか見て考えなさいよね!』
「う…ごめん」
小さくなってカメラを下ろすオジサン。わたしはわたしで八つ当たりしちゃったと気が付いて、ちょっと気まずい。
「どうしようかな。落ち着くのあっちのほうで待ってようか?」
『…ここでいい…』
表の方をうかがうおじさんの背中にしがみつき、顔を埋める。
暖かい背中になぜかすごく安心して。暫くの間涙が止まらなかった。


「写真を撮ってあ」
『他に言うこと無いのかなー』
一瞬言葉に詰まったものの、七五三参りの親子に対して再び営業トークを始めるおじさん。
おじさんの背中に向かってベーと舌を出し、わたしは境内の散策に戻る。
オジサンとこの写真は出来がいいらしく、口コミで結構人気。
でもわたしのことはまだ撮らせてあげないんだからね。
最終更新:2011年03月06日 10:19