年の瀬を間近に控えたある日、受験勉強で行き詰まってたんで、ちょっと気晴らしに散歩に出かけた。
近所の寂れt…閑静な稲荷神社に立ち寄ったのはただの偶然。誰もいないと思っていたが、小さな社の階段には狐のお面を被った巫女装束の幼い女の子が退屈そうに腰掛けていた。
幼女は俺に気が付くと途端元気に立ち上がり、そして偉そうに腰に手を当て胸を張り俺の前に立ち塞がった。
「わしはこのじんじゃのぬしじゃ。しんじんぶかいそのほうは、とくべつにねがいをかなえてやろうぞ」
……何の遊びなんだか。
「ほれ、はやくもうしてみよ」
まあ現状ぱっと思いつくものは。
「んー、第一志望の○○大学に合格、かな」
「ふむ」
鷹揚に頷く幼女。
「わしにもできることとできないことがあってだな」
溜息つかれつつ横を向かれると、こんな子供に何が出来るものかと最初から思ってたとはいえ、結構ショックだ。
「ほかにはないのか?」
「…そうですねー」
やや落ち込みつつも考える。
「2組のエミリちゃんと両想い」
「…フッ…」
鼻であしらわれましたよくそうムカつく。
「よし、お面とって顔見せてくれ」
「む。わしのすがおをみたものを、わしはころすかあいすかせねばなr」
「何の漫画のパクリだ」
「うむ、ばれたか」
絶対バカにされている。
幼児相手に本気で腹立てるのも大人げないと拳を握り締めて怒りを堪える俺。
「じゃあな」
冷静なフリして手を振りつつ踵を返す。
「なんじゃ、むよくじゃのう。おおそうじゃ、さくらのひとつくらいさかせてやろうか」
追いすがるかなり残念そうな声は、聞き流した。



その後。
なぜか妙に頭の中がすっきりと冴えだした。焦りや雑念が消えたというか。ガキにからかわれて開き直っただけかもしれないが。
お陰で受験勉強は順調に進み、元々ハードルが高すぎて殆ど諦めていた第一志望にも補欠だったが合格出来た。
2組のエミリちゃんは既に両想いの相手がいたんでどうにもならなかったが、密かにモテ期が到来したらしく、何人かから告られた。
そして迎えた高校の卒業式。
(本物の神様だったのかもしれないな…)
ふと見上げた校庭の桜の蕾がふくらみかけているのを見てなんとなくあの幼女の事を思い出した。

その晩真夜中、突然腹の上に何かが飛び乗ったショックで目が覚めた。
「さくらがさいたぞ」
「な、何の用だよ」
耳を打つ聞き覚えのある生意気な声に、うめきつつ何とか声を絞り出す。
「じゃから、けいだいのさくらがさいたからみせてやろうといっておる」
「今何時だと……つか、桜?」
「なんじゃわすれたか?さくらをさかせてやろうといったじゃろう。がんばってはやめにさかせてやったぞ」
小生意気な笑顔でふふんと胸を張る幼女。
その顔を眺めているうちに、ようやく頭が動き出した。
真夜中にどうやってか人の部屋に入り込んでいるお子様。人外の者で間違いないらしいが。
「えっと、桜ってその、大学合格してサクラサクってそういう意味じゃなかったんですか?」
「――っ、いや、し、し、しらぬわ!べべべつにちょっとからかいすぎておこらせたのをはんせいしたからきさまのざつねんをはらってやったりふぇろもんぜんかいなどそんなくだらぬことをしてやるひまはない!まったくないぞ!!」
なんだかやけに力強く否定された。今までの色々な幸運はどうやらこのお子様の力ではなかったようだ。
「と、とにかくいまさらそんなことはどうでもよかろう!さっさとおきてじゅんびをせぬか!」
「はいはい」
幼女に急きたてられて、渋々起きる。
「なかなかみごとにさかせることができたからのう、じっくりかんしょうするがよい」
準備を傍らで待つ間に機嫌を直した幼女は再び得意満面の笑みを浮かべていた。



夜道を急かされ向かった例の稲荷神社。
確かに桜は見事な満開だった。ただし一枝、座布団くらいの範囲だけ。
「夜中に人を叩き起こすほどのものか…?」
「あしたではちりはじめてしまうであろうが」
何を当然の事を聞くのかという態度のお子様。…まあ、たった一輪二輪じゃなかっただけマシと思おう。
「しょうじきなはなし、そのほうにはかんしゃしておるのだ」
今までとは違う静かな口調に驚いて視線を移すと、幼女は真面目な様子でこちらをまっすぐ見つめていた。
「ひとびとにわすれさられ、かみとしてのくらいをうしなうまさにぎりぎりのところであった。
さいわいそのほうのねがいをいくつk…こほん、さくらをさかせてみせたゆえ、かみのままであれる」
「そんなものなのか。神様も大変だな」
「そうなのじゃ。もとははっとうしんだったこのみもおさないころまでたいこうしてしまい」
「見栄は張らなくていいです」
そうやって余計な事言うから信用されないんだと思うぞ。
「ほんとうなのにぶつぶつ…」
不満そうに頬を膨らませるお子様。なんだか微笑ましい。世の父親とはこんな気持ちなのだろうか。
「ま、これからも神様頑張れよ」
しゃがんで頭を撫でてやったらお子様も照れたような笑顔を見せた。

「そうじゃわすれるところであった。ほんだいなのだが」
「?」
「ねがいをかなえてやったのだ、それなりのしゃれいをせいきゅうする」
「いや神様続けられるってそれが礼じゃ」
「それはそれ、これはこれ。よのなかぎぶあんどていく。しゃれいがないのならきさまからそうおうのうんきをとりあげねば」
「何でそうなる!?」
――結局神様は俺の家にしばらく逗留、その間俺は食事やなんやと無料奉仕することになりますた。くそ。
最終更新:2011年03月06日 10:36