戦争の勝利に沸きあがり、日比谷では焼き討ちもあったという。
そんな喧騒とは無縁の、静謐とした屋敷の中に僕はいる。

広いホール。高い天井とほの暗い灯が影をつくる。
影は・・・ひとつだ。
「さあ。この前教えたようにやってごらんなさい」
「・・・はい」

前に立つ姉の腰に手を回し、腕を取る。
僕のリードでダンスが始まった。蓄音機が動き、音楽を奏でる。

「そう。もっと腰をよせて」
僕の動きにあわせ姉は揺れる。長い髪が薄明かりに照らされて舞う。
「もう少し早く。そうよ」

僕は少しだけダンスに関しては,才能があったらしい。
姉は満足げに僕の動きに合わせている。
「いい子ね。うまくなったわ」

だが・・舞う影はひとつ。


静かに曲が終わりを迎え、広いホールはまた静寂を取り戻した。

「いい子ね。この様子なら、大丈夫でしょう」
姉が身を寄せたまま、うっすらと微笑んだ。
「・・・はい」

すこしはにかんで頷く。褒められるのは、嬉しい。

「何をしているっ」
静かなホールに叱咤の声が響いた。・・・父だ。
軍国の機運にかぶれ、華族たる何かを失いかけている。
前に姉は侮蔑していた。姉の顔から笑みは消えてしまう。
「・・・一人で踊っていたのか。薄気味悪い奴だ。部屋に戻って勉強しなさいっ」

「・・・・いくわよ」
僕にしか見えない姉は、僕の掌中から抜け出るとひとり歩き出した。
「・・・はい」
「早くなさい」「早く戻りなさいっ」

部屋に戻り、ベッドに座るよう促された。
頬を掌で包むと顔を上げられる。
「いい。貴方はこの家の当主になるの」
「・・・」
「目をそらさないで、私を見なさい」
「・・・はい。姉さん」

姉は僕を見つめる。その眼差しはどこまでもまっすぐで、清冽だった。
最終更新:2011年03月08日 19:17