お気楽なほうだと思ってた。けど、プロジェクトリーダーに抜擢されて、あれやこれやと気負いすぎたんだな。
だんだん夢見が悪くなってきた。高いビルとか崖から落ちたり、バケモノに追われたり。
夜中に何度も叫びながら飛び起きたり、だんだん眠れなくなってきた。
眠れないのを幸いと仕事に没頭、そして気絶するように眠り、悪夢を見て飛び起きる日々。
それでもまだ自分の状態を甘く見てた俺は、自宅に帰る時間も惜しいと会社近くのホテルに連泊する事にした。

その部屋はなんとなく雰囲気が重い気がしたものの、こっちも精神的に周囲を観察する余裕なんて無かったし、
霊感無しというか興味すらなかったんで別に気にもしなかった。
その部屋の初日も夜中までデスクでパソコンと向かい合い、そして気絶するように寝て、で、例のごとく悪夢に飛び起きた。
荒い動悸と呼吸を鎮めようと深呼吸を繰り返してたら誰かが何か言ってる気がしたが、夢の続きかと特に気にもしなかった。


次の日も殆ど同じ。深夜すぎまでパソコンと睨めっこ、そしてふらっとしたと思ったら悪夢の中。
バケモノに追いかけられて、無人のビルの中を逃げ惑う。
と、追いかけてくるバケモノとは違う、女の声が響いてきた。
「何これ、最悪!!」
廊下の先から現れた血まみれの女が、俺とバケモノを見て悲鳴を上げていた。
驚いて一瞬動きが鈍った俺、いつものようにバケモノに掴みかかられ――
「でりゃあああぁぁぁぁっっっ!!!」
る直前で、女の飛び蹴りがバケモノの顔面に炸裂!
「逃げるわよ!!」
女と手と手を取り合って、無事ビルの外まで逃げおおせた、という所で目が覚めた。
珍しい成り行きだったなーと呆然としたが、まあどうせ夢だし、特に気にも留めなかった。



更に次の日。
パソコン作業中、背後に誰かの気配を感じた。
振り返ろうと思ったのとほぼ同時にめまい。
すっと後ろから伸びてきた手が俺の目元を覆い隠し――
「ああぁぁぁんもう!!」
夢の続きとは面白い。
俺の背後でもだえるのは昨日の夢の女。その背中にはいつものバケモノ。
今日はホテルの中で女と一緒に鬼ごっこ、そして無事に逃げ切り目覚めました。
「ストレス溜めすぎ!」
目覚める直前の女のセリフが、目覚めたばかりのぼうっとしている頭に暫く響いていた。

女のセリフをきっかけに自分のストレスを自覚した俺。
効率も悪くなるし、独りで何でもやろうと背負い込むのは止めた。
まあそれでもふとした拍子に「自分が、自分が」という気負いが出る。
そのたびに後ろから夢の女の声で、
「ただの十把一絡げ二束三文使い捨てチラシ裏メモ以下スーパー凡人のあんたが
一人で何でも出来ると思ってんじゃないわよバカ」
と響いてくる気がしては、はっと我に返っていた。



今日は早く寝よう。
そう思って連泊三日目は早めにベッドに横たわったものの、眠れない。
ごろごろごろごろ寝返りばかり繰り返して数時間。
ふとベッド脇に人の気配があると思ったら直後に耳鳴り、金縛り。
「んもー、早く寝なさいよ!!」
女の声が聞こえたと思ったら、何かが首を締め付けて。そしてふっと視界が暗転した。

気が付くと俺と目の前には血まみれ女の二人で、どこかの暗い場所に立っていた。
彼女はなぜか俺の首元に手をかけている。
「あのー、近くないですか?」
ちょっとテレながら声を掛けたら女は不思議そうな表情をした後、思いっきり後ろへ飛び退り、
壁に背中をぶつけて、暫くうずくまってもだえていた。
「大丈夫ですか?」
「だだだ大丈夫じゃない!っていうかあなたがへ、へ、変な事言うから!」
「はあ、すみません」
謝りながら辺りを窺う。両端が全く見えない長い廊下の真ん中。人影は他に無し。
「ここどこですか」
「……知らないわよ。私が知るわけないでしょ」
俺の問いかけに顔をしかめたまま答える女。
「痛いんですか?」
「痛いに決まってるでしょ!」
若干逆切れ風味。
慌ててポケットをまさぐると、ハンカチと絆創膏と栄養ドリンクが出てきた。
「どうぞ」
思いっきり呆れ顔の彼女に半ば無理やり栄養ドリンクを飲ませ、絆創膏とハンカチで血まみれの原因の傷の手当をする。
「もう大丈夫そうですね」
「……そんなバカな……」
アニメやゲーム的な完全回復した彼女。さすが夢。彼女はなぜか戸惑っていたが。
「じゃあ出口探しましょう」
彼女の手をとろうとしたらパチンとはたかれたので仕方なく独りでてこてこ歩き出し。
ふっと視界がぼやけたと思ったら、明るくなりつつ部屋のベッドで目を覚ました

その日、プロジェクト成功の見通しが立ったのでかなり気が楽になった。


連泊四日目。明日からは自宅に戻るつもりなので最後のホテルの夜。
相も変わらず後ろから聞こえてくる幻聴に、安眠には蜂蜜ホットミルクがいいと教えてもらい試してみたところ。
昨日よりもかなり早めに眠気が訪れ、ベッドに入るとすぐ意識が遠くなった。
と、この夜も耳鳴りと金縛りに襲われた。
ベッド脇には人影。良く良く確かめればいつもの夢の女。昨日回復したままの元気そうな姿。
「こんばんはー」
声も殆ど出なかったが、彼女には恐怖どころか好意を感じていた俺は、のんびり挨拶。
不機嫌極まりないという表情で見下ろしていた彼女。黙って首元に手を伸ばしてきた。
もしかして。
……共にバケモノと逃げ惑った経験から俺に好意を持つようになった彼女は、昨日の手当てした御礼で、き、キスとかその先とかエロイ夢?
ドキドキしながら目を閉じたら。
「――す、スケベ!変態!!自意識過剰!!!」
考えを読まれたかのような罵声と共に、頬に平手を喰らっていた。
その後は、夢うつつに何人かが枕元で言い争っているような声を聞いた気がした以外は特におかしな夢も見ずに熟睡できた。



自宅に戻った夜。矢張り自宅は落ち着くらしい。床に入るとすっと意識がなくなった。
と思ったら、枕元に彼女が立っていた。
「あれ、こんばんはー」
「……またのんきな顔で……」
しかめっ面の彼女に命ぜられるままに起き上がり、布団の上に正座。
「本当は私がいる部屋にのこのこ泊まりに来たあんたを苦しめてやろうと思ってたのに、
顔色悪いし悪夢にうなされてて苦しそうで心ぱ…ごほん、
あんたの守護霊達弱っちいわだらしないわで予想以上に簡単に取り憑けたんで、
こんなじゃあんたこれからも苦労するに決まってるから私が代わってあげることにしたから。
いや別に心配とか傷を治してもらって感謝してるとかそういうわけじゃないのよただこんな簡単で拍子抜けって言うか退屈しのぎにもならないって言うか、
だから、その、……感謝なさい!」
押しかけ女房という言葉がなんとなく脳裏に浮かんだ次の瞬間、彼女の右ストレートが顔面に炸裂し、俺の意識は闇に沈んだ。

それ以来、幻聴が常に聞こえるようになった。もっともその声には助けられてばかりだが。
肩が重い感覚もある。そして重いと思うと頬をつねられる感覚も追加された。
最近は朝飯や弁当が用意されている事もある。
そして、先日は夢の中で彼女をベッドに押し倒したら意外に素直に以下略
最終更新:2011年07月01日 19:25