「オカルトスポットに行ったつもりはありません。友達と一緒に観光地をちょこっと回っただけです」
正座させられている俺。そんな俺の顔面に見事ヒットする片手鍋。
脇で眺めている親友は、またか、みたいな呆れた表情。
「コイツのチキンぶりは知ってるだろ。俺も一緒だったし危ない場所なんて行かねーよ」
言い終わる前に首をひょいと傾げ、何かを避ける親友。
「…え? いやー俺追い払えるほど力持ってないって知ってるっしょ」
今度はなにやらわたわたと弁解を始めた。
最終的には親友はいつもの通り部屋を追い出されるだろうから、俺もドサクサ紛れで逃げよう。


この春から一人暮らし始めた俺の部屋には女の幽霊が住んでいる、らしい。
そして何故か俺は彼女に気に入られた、らしい。
俺はそういうのは殆どわからないのだが、ガキの頃からの親友が実は視える奴で、部屋を視てもらった後で俺にそう説明してくれた。
気に入られた、そう最初に言われた時は本気で引越しを考えた。
親友に相談した理由ってのが、連日のポルターガイストや金縛りや悪夢や酷い倦怠感で、明らかにこれ霊障じゃん!? って言う状況。
悪い意味で気に入られた、つまり取り殺されるんだと思ったがそうじゃないと言う。
「お前に引っ付いてくる悪霊を部屋から叩き出しているだけっぽい」そうだ。
俺が霊を引き付け易い体質だと言うのもその時初めて知った。
昔からしょっちゅう怪我したり貧血で倒れてたが、その大半は霊障だったそうだ。
視えるだけで払えないと説明され、多分危険回避にも可能な限り尽力してくれてたんだろうが、初めて知った真実にちょっとだけ殺意を覚えた。


今日も狂ったように物が飛び交う部屋を二人で何とか脱出した後、近くの自販機で一息。
片手鍋が当たったせいでじんじん痛む部分をさすりながら、缶コーヒーをすする。
「いやー美人にアレだけ嫉妬されて羨ましいね」
「じゃあ替わってくれ」
「いや無理」
部屋に出る幽霊はかなりの美人だが薙刀振り回す女侍っぽい姿らしい。
そしてその姿が物語る通り、かなり気性は激しい。
「でも今回はいつも以上に激しかったな」
「ああうんそうだね」
ややにやついた親友の表情に覚える不安。
「いや、今回は女ばっかり連れて帰ってたからなお前」
目の保養になりましたとかのたまっている所からして、美女だかセクシー系だかに偏っていたか。
そういえば野郎ばかりなのに縁結びの聖地とか回ったな。色情霊とか拾ったか…つか視えてるなら先に言え。
「とりあえず頼まれた通り事情説明はしてやったぞ。後は自分で鎮めろよ」
ぱたぱたと投げやりに手を振ると、親友はとっとと帰っていった。


びくつきながら一人で部屋に戻る。彼女もどうやら落ち着いたらしい、部屋の中は静かになっていた。
散らかった部屋を片付けながら改めて頭を下げる。
「その、ゴメン。俺が色々連れて帰ると君も大変なんだよね。注意はしてるんだけど…」
反応は無い、と言うか、分からない。ううむ、ちょっと怖い。
それでもこの部屋のどこかに彼女がいて、護ってもらっているのは確かなのだから、なるべく笑顔で話しかける。
「もう少し、気をつけるよ。君に迷惑掛けないように」
…しかし毎回この手の台詞を言ってる気がする…。
つい溜息を漏らす俺。
ふと、ひんやりとした何かが顔に触れた気がした。
びっくりして固まっていると、十秒くらいでひんやりした感じは消えた。
ちょっと考えて、さっき片手鍋をぶつけられた所だと気が付いた。そういえば痛みが和らいだ気がする。
「えっと、気遣ってくれたのかな? その、ありがとう」
お礼を言ったら、少し離れたテーブルに何かがぶつかったような大きな音がした。続けてそちらの方角の落ちて散らばったいろんな物が、少々乱暴な勢いで、元の場所に戻っていく。
またなんか怒らせちゃったのだろうか。かなり怖い。
明日親友に聞いてみよう。
最終更新:2012年07月01日 22:57