昔、友人と4人で海岸でキャンプした時の話。

浜辺にテント設営して、近くで焚き火とか花火で遊んでた。
途中から何か海の方から嫌な、気配っていうのか、そんな感じがして。
他の皆も同じみたいで、いつのまにか焚き火の後ろに隠れる感じで皆で海の方を窺ってた。そしたらさ。
波の音や動きとは違う何かが、真っ黒なものがいるのが分かった。それがこちらに近づいてきているのも。
ゆっくり近づいてくるそれが、四つん這いの人の形をしているのがわかっても真っ黒なままで、人間じゃないってわかって。
でも自分を含めて全員固まったように動けないままそれを見つめていた。
だんだん近づいてくるそれは、何かぼそぼそ言っていた。
焚き火で照らされたのに真っ黒なままのっぺりした顔面に、ぶつぶつ呟いている口のとこだけ穴が開いて動いているのが分かる距離になって、何言っているのかがやっと分かった。
『さむい、うみのそこ、さむい……さみしい、ひとり、さみしい……くらい、ずっと、くらい』
頭の中は真っ白になってた。逃げようとかそんな考えも浮かばないくらいパニクってたんだと思う。
『にんげん、にんげん、にんげん……いち……にい……さん……――しぃ』
『しぃ』のところで、俺らに向かってまっすぐ進んで来ていたそいつの片手が、俺らの前の焚き火に踏み込んだ。
そのせいで燃えていた薪が跳ね上がって、派手な音を立てつつ火の粉を上げた。
それで全員がやっと我に返って、悲鳴を上げて逃げた。

その晩はちょっと離れた所にあったコンビニで皆で震えながら過ごした。
深夜から大雨が降り出して、結局次の日はずっと大荒れの天気だった。
翌々日、皆で恐る恐るテント張ってたところに戻ってみた。
高波とか暴風とかでその辺りは物凄く荒れたらしい。テントは無くなってて、流木やゴミでぐしゃぐしゃになっていた。
誰も口にはしなかったけど、テントが無くなったのは、本当に天気のせいだけなんだろうか。


口に出来ない疑問はもう一つ。
真っ黒なアイツが焚き火に手を突っ込む直前、『しぃ』の前に、『せぇのっ』って気合を入れたのが聞こえた気がする。
でもきっと気のせいだよな。
あんなバケモノが、わざと焚き火を崩して俺らを驚かして逃がすようなまねしないよな。偶然だよな、うん。
最終更新:2012年12月02日 07:17