614 :1/4:2013/02/24(日) 22:28:14.33 ID:fd/MWQSw0
   他県の大学へ入学するのを機に春から一人暮らしをする事にした。
   大学近在のマンションで、好条件の割りに何故かかなり格安の物件があり即決、引っ越した。
   まあ結果は予想通り、毎晩定時に屋上から落ちる人影が目撃されていた曰く付き。

   彼女を最初に目撃した感想は、『虚ろ』だった。
   丁度窓の外に目を向けた時、落ちていく瞬間の彼女と目が合った。
   力の無い目、無表情で、ただ重力に従い落ちていく一瞬の残像を残して消えた彼女。
   何故か怖いという感想ではなく、もやっとした感覚が胸にわだかまった。

   彼女は毎日落ちていった。
   無表情のまま、ベランダぎりぎりを掠めて。
   バイトを始めてからは目にする機会は減ったが、それでも日課や使命のように落ちているのだろうと容易に想像できた。

   あの部屋が一番見えるらしい。
   そして、いつしかその霊に引っ張られてしまうのか、あの部屋から飛び降り自殺をするのだ。
   同じマンションに入居している空気読めない系のバイト先の先輩にそう言われた。

615 :1/4:2013/02/24(日) 22:30:08.15 ID:fd/MWQSw0
   ある日、布団を干している最中に、手を伸ばしたら届きそうだと思い浮かんだ。
   確かこの当たりと手を伸ばしてみる。ベランダの手すりから左程乗り出さずとも届く距離。
   彼女を捕まえてみようかと、思い至った。
   捕まえられると、何の脈絡もなく思い込んだ。

   彼女が落ちてくる時間に、ベランダで待機する。
   ほんの僅かに空気が変わる気配。
   彼女が毎夜なぞる軌跡に手を伸ばす。同時に、ばさばさと服がはためく音を伴い、彼女が落ちてきて。
   掴もうと伸ばしていた俺の手が彼女を掴むのと同時に、彼女が俺の手を、掴んだ。
   腕が、いや肩が、上体が一気に下に引っ張られる。手すりや縄が体に食い込んで、ぎしぎしと音を立てている。
   予想に反して――いや、現実だともっとこう物理的な方程式で言うと何とかかんとかと意味不明のことを思い浮かべながら踏みとどまろうとした。
   思わず、悪態が口を付いた。
   「重っ!!」
   『んなっしっ失礼ねっ!!!!』
   怒声が頭の中に響いたと同時に、掴んでいた手を振り払われた。
   全てが一瞬の出来事だった。
   そしてその日もいつもより僅かに遅れてはいるものの、彼女は落ちて消えた。
   取り残された俺は、呆然と立ち尽くしていた――

616 :3/4:2013/02/24(日) 22:30:56.57 ID:fd/MWQSw0
   ――と、突然部屋の呼び鈴が連続で鳴らされた。ドアを叩く音もする。
   混乱したままの頭で慌てて玄関を開けた。
   『誰が重いのよ誰がっ!?』
   怒鳴りながら飛び込んできたのは、今しがた落ちて消えたはずの彼女だった。
   今まで見たことの無い、明らかに怒ってますという表情で、俺の胸倉を掴まん勢いで近寄ってくる。
   『モデル体型って言われてるのよ? 努力してるの!! 無駄な贅肉なんて今まで一度だって付けたこと無いんだから!!』
   うん確かに、貧nyげふげふん。
   「いやもっとこう、ほら、落ちてくるお姫様はふんわりって言うかこじんまりとベランダに引っかかったり光りながら落ちてきたりその者金色の光纏いて」
   『二次元と混同するな!! 違うネタ混じってるし! ホラ持ち上げてみなさいよ私の事!』
   いや持ち上げろといわれても、幽霊ですし。さっきから俺の足を踏み込んでいるが、重量感覚無いし。
   「さーせんしたっ! 重いといったのは言葉のあやです!! 貴女はとても軽いです!」
   『……なんかその言葉だとまた微妙に引っかかるんだけど、んー、まあ良いわ。じゃあまた明日』
   「はいまた明日」
   嵐の様に騒がしい彼女が玄関から出ようとして。
   『ってちっがーう!!』
   すぐに引き返してきた。どうでも良いけど彼女は裸足なんだけど足拭いてくれとか注意したほうが良いんだろうか。
   『何であなた落ちないの!? 私、力一杯引っ張ったのに』
   「あ、万一落ちては危険なので、部屋のベッドや机や本棚や柱に命綱をくくりつけておきました」
   身体にくくりつけた太綱を引っ張って見せると、彼女は怒りとも何ともいえない複雑な表情を見せた。
   『……こんな対応は初めて……まだまだ私も修行が足りないわ……また明日ね……』
   「あ、でも良く考えたら明日明後日はこの時間はバイトで居ません」
   『……じゃあ、終わるまで待ってる』
   本気で疲れたように手を振りながら、彼女は部屋を出て行った。

   因みに次の日、彼女は俺がバイトから帰るのを、俺の部屋のベランダで本当に待っていた。
   目が合ったので下から手を振ったら明後日の方をぷいっと向いて、『ばかっ!! 今から落ちるんだから、さっさと準備しなさい!!』と言われた。

617 :4/4:2013/02/24(日) 22:32:08.81 ID:fd/MWQSw0
   その日から。
   落ちてくる彼女は明らかに怒っている様な、挑戦的な表情になった。
   俺をベランダから落とそうと、事前に部屋に上がりこんで命綱を緩めてみたりベランダ中に油を塗ったりと色々と試行錯誤し。
   俺は俺で網を張ってみたり、エアクッションを落下点に設置してみたりといたちごっこ。
   そのうち彼女が『ただ待つのも退屈ってだけなんだからねっ』と言いながら夕食の準備をしてくれていたり、外で待ち合わせて食事に行ったり以下略
最終更新:2013年03月30日 22:41