一度霊を見てみたい。怖い物見たさ故にそんな思いがあった。
だが俺には心霊スポットに行くような勇気は無い。降霊術なんかも面倒臭い。
が、ついに今日、手軽に霊を見る方法を見つけた。
風呂場で頭を洗いながら「だるまさんがころんだ」と言うだけである。実に簡単だ。
早速風呂に入り、洗髪をしながら一つ息を吸う。
「だーるまさんが、こーろ…」
敢えてゆっくりとその台詞を途中まで言った時。
背後に、気配を感じた。
まさか、本当に霊がでたのか!?
俺は、首をひねって背後を振り返った。
「あぁーーーーっ!」

「うわぁっ!」
先に悲鳴を上げたのは、俺じゃない。
其拠にいた半透明の、着物を着た少女が上げた悲鳴に、俺は驚かされた。
「ねぇ、何で!?何で振り返るの!?」
「…は?」
「ちゃんと最後まで言ってよ!それがルールでしょ!?あんただるまさんがころんだもわからないの!?」
「い、いや…」
少女の霊にまくし立てられ、俺は圧倒されて生返事しか返せない。
「もう、バカっ!やり直しなさいよ!ほら、さっさと前向いて!」
霊少女に前を向かされ、急かされる。
ふつふつと、なぜこんな事になったのか、といった疑問が沸き上がる。
俺の想像と、現実はびっくりするほどかけ離れていた。
「ぼんさんが屁をこいっ!!」
ささやかな復讐として関西風に言うと、ケロ○ン洗面器で頭を叩かれた。
「ま、まじめにやりなさいよーっ!」
「関西じゃこれが普通なんだよっ!」
「いいから早く早くっ!」
「ったく…だーるまさんがー、こーろんだー…?」

最後まで言い切ると、背中に何か軽い物が触れたような感触がした。
取り敢えず洗面器じゃないようだが…
「…何だ?」
「あんたに…霊感が無いから…」

なにを言ってるんだこの霊は?
「私…あんたに取り憑いてから…ずっとこうしたかったんだから…」
「え?」
「こんな風に…簡単な降霊の儀式みたいなのしてくれないと…私あんたにさわれないし…あんたも私が見えないんだもん…寂しかったんだから…っ!」
「……」
言葉が出ない。
霊?に好かれている事よりも、この霊がどれだけ長い期間俺に憑いていたか、想像も付かないからだ。
ひとりぼっちで、ずっと俺の後ろにいたのか…
「…うわっ!」
「バカバカバカバカバカッ!」
シャンプーの付いた頭をぐしゃぐしゃとかき回される。
「テメェなにしやがん…うわっ、目にっ!目がっ!」
「きゃっ、こっち向かないでよっ!下半身隠しなさいバカッ!」

その日の夜、俺は風邪をひいた。
全裸で一時間は霊と戯れてたんだ、当然と言える。
「バカ」
「バカは風邪をひかない…」
「そんなバカに…はい、卵酒」
「…助かる」
そう。
「だるまさんがころんだ」のおかげで、俺から見えるように、俺に触れるようになった霊は、俺の同居人になったのだ。
「別にあんたの為じゃなくて、話相手が元気じゃないとつまらないだけよ」
上半身を起こして卵酒を受け取りながら、憎まれ口をきくこいつを微笑ましく思った。
「なによ」
「可愛いな、と思って」
「…ばか」
ずず、と卵酒をすすり、「うめぇ…」と呟くと、聞こえなかったフリがしたいのかそっぽを向くが、耳が真っ赤になっている。
「有難う…美味しかったよ」
「お礼なんかいいわよっ!それより早く寝なさいよっ!起きてても仕方ないでしょ!」
はは、と苦笑いしながら布団に潜り、目を閉じた。
遠くなる意識の向こう側から、聞いたことのない子守歌が聞こえた。
…この奇妙な同居生活は、いつまで続くんだろうか。
願わくば、ずっと…
最終更新:2007年03月19日 05:56