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とある女直参竜騎士 - (2020/09/13 (日) 17:11:52) のソース

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突然ですが皆さん、故郷は好きですか? 私は好きです。リュッセルの地は厳しい自然と翼竜たちの恐ろしさで知られていますが、私にとってはかけがえのない愛しい故郷です。
厳しくとも自然は美しく、人々はよい方ばかり。守りたい故郷。この命は故郷とその地に住む人々のためにあると心得ております。騎士の家にて、私は女に生まれました。いずれ当家のためによきお相手を見つけてもらい、嫁ぐことが私の役目と心得ておりました。ですが、あのお方が現れた。私をはじめ、それまで戦場に出ることはもちろん、騎士を名乗ることも許されなかった女性たちの中から若く志高き竜騎士たちが誕生しました。今、私はリューネ騎士団の末席を汚させていただいております。
兵を挙げられたというのに、アルティナ様は他の群雄の方々とは少し異なるお方でした。そのお考えは大きく、崇高で、浅学非才な私には思いつくようなものではなく、お恥ずかしながら衆目の前で私は涙を流してしまいました。騎士として取り立てて頂いた上に、アルティナ様のようなかつてない英雄に仕えられることは無上の喜びです。これより先は、リュッセルの地の守り手として誠心誠意尽くすのみです。

初陣は恐怖でした。実戦で翼竜を駆るのはもちろんこれがはじめて。さらに、下は見渡す限りの青一色。目前の敵はこの世のものではありませんでした。人はそれを悪魔と呼びます。繰り返します、私は恐怖しました。つい今朝まで私に剣と翼竜の御し方を教えてくださった方が一瞬にして落命されました。それを見たのみで、私は、自らの翼竜にしがみつき、戦う前から戦意を喪失していたといいます。その後、どのようにしてリュッセルへ帰ったのかははっきりとは覚えておりません。ですが、目を閉じ、意識も遠のく中で、あのお方の高い声が空に響いていたのを聞いたようでした。
「初陣はしくじる者の方が長生きする」
と、宿将のオーティ様から励ましの言葉をいただきました。末端の兵、それも役立たずの私にはなんと過分な。より一層の努力以外に報いるすべはないと知りました。
次なる戦地は沼でした。アルティナ様は同盟国のパーサの民を救援するために、沼地を越えよと仰せです。私もあれから修練を積みました。穹廬奴と呼ばれるその部族と、リュッセルの騎士たちは過去に少なからず衝突を繰り返しており、その獰猛さはこの耳にも届いております。しかしながら、私たちの後方にはアルティナ様がいらっしゃいます。大義を信じ、進むのみです。訓練のとおり、一定の距離を保ちつつ戦い、折を見て急降下して斬りかかる。私は一体のリザードマンをその戦で討ち取りました。

その時の確かな手ごたえ。同僚たちから賞賛を受けるも、私の心はどこか複雑でした。大義のためとはいえ、私はひとつの命を奪った。あのリザードマンは誰かの息子であり、誰かの夫、誰かの兄であったのかもしれない。私の様子を察してか、先輩の騎士様がこう仰いました。
「命を奪うのが戦争だ。だが、おまえが敵を倒したことで確実に味方は救われている」
迷いは自分のみならず味方も殺す。当たり前のことではありましたが、私は覚悟が足りのうございました。その日、神に赦しを請いました。次の日の戦いで私に声をかけてくださった方は旅立たれ、私は二体のリザードマンを討ち取りました。

騎士団がパーサにたどり着く前に、状況は大きく変わりました。東南の果て、聖地と呼ばれる場所から古代の力が這い出てきたといいます。エルフ族、ドリュアス族、それと外海の旅のお方はそれを大いなる力と呼んでおられました。大いなる力は全てを滅ぼす存在とのこと。にわかには信じ難い話。ですが、それが本当ならばそれを野放しにもできない、とアルティナ様は仰せです。私も戦に従軍いたしました。
初陣では悪魔たちを前に意識を失った私ですが、その戦いで私は思考を停止しました。常識の範囲内ではない、いえ、そもそもそれは戦と呼べるものではありませんでした。遠くからでも見えるその宙に浮かぶ巨像はこちらを向くと、強烈な光を発しました。光に包まれた者たちの多くは一瞬にして蒸発。辛うじて生き延びた私も力なく沼地に落下していくしかありませんでした。 


アルティナ様は大いなる力との戦いに最強の竜騎士であらせられるセレン様と聖騎士・オルジン様を起用なさいました。その戦いは後に伝説となるほどのものであったといいます。リューネ騎士団の中にありながら伝説の瞬間に居合わせることができなかったのは残念な次第でありますが、私は別の任を承りました。リュッセルにて悪魔たちを防げと仰せです。これもまた、重要な使命。
悪魔たちと幾たびも戦ううちに、私も対悪魔戦でお役に立つことができました。瘴気を遠くへ打ち出す動作の間に瘴気に耐えつつ斬り込めば悪魔とて倒せない相手ではない。それが、私が実戦で学んだことです。
悪魔との戦い方も覚えてきた頃、その報せは訪れました。リュッセル城、陥落。私をはじめ、その場の全員が絶句しました。ですが、ただの絶句でなくガルダーム様は策を講じられていたようでした。リュッセル城を陥落せしめたのはリジャースドと名乗る流れの竜騎士だといいます。その悪名は聞いたことがありました。悪しき黒竜と結び、闇に落ちた竜騎士。驚いたことに、その悪名高い男の呼びかけになびく騎士たちがあまりにも多かったのです。これは、リュッセルに古くからある郷士と直参の対立を利用した策であることは明白でありました。さらにそこへパーサ方面から伝令でなく、情報が流れてきました。アルティナ様が亡くなられた。それが本当ならばこの事態も頷けてしまいます。ああ、主よ。

ガルダーム様はそのお考えを私たちにお話しくださいました。その策とは、ガルダーム様が一人で囮となり、私たちを逃がす――というものでございました。この状況ではいかにガルダーム様といえど、お一人では生き残れる見込みはありません。ですが、この場の全員で抗戦しても被害は増すばかりなのも事実。騎士たちの中から一人、また一人とガルダーム様と共にここに残ることを志願する者が出ました。私もその中に歩みでようとしたとき、
「そなたらの気持ち、嬉しく思う。その志あらばこそ、ここは生き延びよ。沼地を越えるという任も決して楽なものではない。私を守る剣あらば、それで他の者を守れ」
嗚呼、なんというお方だ。このような方をお守りできぬとはあまりにも無情。そして我が身の非力を呪わざるを得ません。ですが、ガルダーム様のお気持ちは受け取りました。いずれ、天にてお会い致しましょう。 


沼地を越える騎士たちを率いられるのはルウェンダー様であられました。私はルウェンダー様のお側に侍りました。
「あなた、穹廬奴と戦ったことは?」
ふと、ルウェンダー様が私にお声をかけてくださいました。私は答えます。
「過去に6度の戦いに従軍し、11体の穹廬奴を討ち取りました。ここは彼らの庭。私たちは侵入者です。彼らは容赦なく襲ってくるでしょう」
少し気分を害されたのでしょうか。ルウェンダー様はうつむき加減になり、
「そ、そう。私、穹廬奴はもちろん、実戦らしい実戦なんてやったことなくて・・・・・・。でも、あなたすごいわね。私と同じくらいの歳でもうそんなに活躍してるなんて」
と仰いました。私はこう言いました。
「騎士として剣と竜を与えられれば1体の敵を屠るは当然。私の出た戦いで、私の未熟さゆえに亡くなられた英霊は私の知る限りでも20人を越えます。私は一人前の働きすらしてはおりません」
少し尊大な態度でありましたでしょうか? 私の言葉にさらにルウェンダー様は表情を翳らせてしまいます。
「はあ、やっぱり私ってだめね。もういっそ、あなたに指揮を執ってもらった方がいいかも」
「ルウェンダー様はその才知によって今の地位にまで上り詰めたお方。私のような凡百の者とは別格の方であられます」
その時の私の口は勝手に動いていたように思えます。加えて、
「ガルダーム様が指揮権を委ねられたこと、それがなによりの証拠。毅然としておられませ」
などと畏れ多いことを口走ってしまいました。
「そ、そう。ありがとう。えーっと、あなたの名前は――」
その時、敵が来襲した。敵はやはり穹廬奴。しかし、それまでに私が相手にした者とは違う。わずかばかりの時間で何騎もの騎士が討たれました。私と、古くからの顔なじみの騎士たちは無言でうなずき合い、陣形を変えてルウェンダー様を守りながら戦いました。敵は強い。このまま逃げ切るのは不可能。私と何騎かの戦友が、特攻を仕掛けることで、ルウェンダー様と味方の多くを逃がすことに決めました。なぜか、胸がすっきりしました。ああ、きっとあの方も同じような気持ちだったのかもしれません。
「あなたの名前は――」
味方の騎士の竜に乗せられたルウェンダー様が私に向かっていま一度そう聞かれます。
「お逃げください」
名乗らずに私はそう答るのが精一杯でした。
何体かのリザードマンを倒した後に、私の胸は剣で貫かれる。天地が逆転し、自分が落下していくのがわかる。沼に落ちるのは何度目でしょう。できれば地獄には落ちたくないものです。きっと地獄にはアルティナ様もガルダーム様もいらっしゃらないでしょうし。
アルティナ様、お赦しください。私が大義のために剣を振るえるのは、ここまでのようです。そして、主よ、どうか地に生きる人々に幸あらんことを。この流血が最後のものであらんことを。 

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- 一気に読むほど面白かったです  -- 名無しさん  (2011-02-27 23:49:10)
- 問題は長いということだな  -- 名無しさん  (2011-03-20 00:15:39)
- 短い文章の中で起承転結がありイメージもしやすい、よい作品だと思う &br()目をとおすだけのつもりが本気で読んでしまった  -- 名無しさん  (2011-03-22 13:36:29)
- アルティマイトとか実際あったら超怖いわ  -- 名無しさん  (2012-08-04 11:58:46)
- ↑↑↑これで「長い」って、なろう小説すら読めないじゃん &br()普通に面白いSSだと思う  -- 名無しさん  (2020-09-13 17:11:52)
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