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mukugaiya's if part2 - (2023/04/30 (日) 11:23:57) のソース

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王宮の一画。レオーム王朝に仕える宮廷魔術師達の為に誂えられた研究室が並ぶ廊下の一番奥、陽も届かぬ暗がりの中で一際と異質な扉が一つ。この部屋の主は人目などに無頓着であるのか、修復もなされぬままに措かれた酷く汚れと傷みの痕が見受けられる扉は、そこだけ別の世界であるかのように異彩を放っていた。
しいんと静まった室内に木を叩く軽やかな音色が響く。暫し間をおいて、その朽ちつつある扉がゆっくりと開かれた。
「我が君。サルステーネ様からの便りが、ただいま届きました」
開け放たれた扉からは、まるでこの部屋には不釣合いともいうべき美しい女性が姿を現し、これもまた透き通るような美声をもって、主へと伝える。
木目も見事な紫檀造りの机上に、大きく広げられた大陸の地図を食い入る様に眺めていたムクガイヤが、その声に眼鏡をかけたままの顔を上げた。
「うむ。ご苦労」
室内には幾つもの本棚が置かれ、そこから溢れた本の山が足の踏み場もないほどに床に築かれては崩れ落ち、大きな窓には、閉め切られて久しい布地が埃にまみれ、何時掃除の手をいれたのかも判らぬほどに表面を燻らせている。主の性格が十二分に色濃く反映された室内を、ぐるりと見やっては、女性は毎度の如くやれやれといった表情を顔に浮かべる。元ラザムの高位神官ニースルーが彼の下へと身を寄せてから、その仕草はいつもの光景となっていた。
ニースルーが差し出した文を受け取り、封を切る為の短刀を机上で一通り探し終えてから、徐に引き出しへと手を伸ばす。目的の物はそこに仕舞われていた。
「少しは、掃除でもなされたら如何ですか」
「私はそういうのが苦手でね……何処に何があるか、わからなくなっては困るだろう」
「それは、今のままでもあまり変わらないように思えます」
ニースルーは可笑しそうに口元へと手をやると、小さな笑みをこぼす。コバルトの瞳がそれに合わせて揺れていた。見つめれば吸い込まれてしまいそうな、どこまでも澄んだ瞳の色である。彼女の純心さをそのままに湛える煌きから、ムクガイヤは目を逸らすと、手元の文を開き見た。
その文は、彼の腹心ともいえる騎士から届けられたもので、無骨で寡黙な普段の性格からは想像もつかない程の繊細な筆跡で、主が求める情報を克明に記してきている。優秀な男であった。ムクガイヤは彼に全幅の信頼を寄せ、彼もまたその信頼に応えてくれている。巡り合わせとは不思議なもので、魔術師と騎士という、まるで接点のない二人は、幸か不幸か、周囲からの異端者扱いという点では共通し、闇の力を応用した騎士道を貫く男が、その闇に精神を蝕まれ苦しみに喘いでいた折に、救いの手を差し伸べたのがムクガイヤであり、思えば、目の前に立つニースルーとの関係もまた、闇の力によってラザムの教団を追われた彼女が、この地に流れてきたのを目にかけた事に始まっている。
縁とは、まったくに奇妙であるというべきか。
「聖地グリンシャスの件でしょうか」
文を黙ったまま読み進めていた主に、ニースルーが質問を投げかけてくる。
「そうだ。ただ、あそこはどうやら見当外れのようだな。
我々が探している場所ではない。エルフが守護している物は、もっと別の存在であろう」
「では、果たしてどこに……他に考えられる場所は……」
その問いには答えず、ムクガイヤは机上に広げられた地図と文を見比べては指でなぞり、古びた本のページを幾重にも捲りながら、ただひたすらに思案を続けていた。 


ラザム神殿、聖地グリンシャス、シャルバイラ遺跡。
古い文献には、もう一つ、リュッセルの北に遺構が存在していた事が記録されている。しかし、今はその地は既に海の底であり、実物を目で確認する事は不可能となっていた。仮に、文献が正しければ遺構は全部で四つ、大陸を囲むように配置されていた事になる。
ムクガイヤは、地図に描かれた遺構を指でなぞった。
互いを十字の線で結んだ中心に存在するのは、レオーム王朝の王宮がある首都ルートガルト。中原と称される平原にぽかんと穴を開けたように海が広がり、陸から伸びた小さな半島の上に建設された巨大な城砦の光景は、まるでそのものが海に浮かぶ城である。古の時代から、この地には人が住み着き文化の中心地として栄えてきたと伝わっていた。
「まさかとは思い候補からは外していたのだが、な」
ムクガイヤが自然と口から漏らした言葉に、ニースルーが小さな声をあげた。
男の指が指し示す場所、それは首都ルートガルトで止まっていた。
ムクガイヤは眼鏡を外すと、静かに机上へと置いてから喋りだす。
「神剣ラグラントゥーが抜かれ、フェリルのゴブリンは遺跡の秘宝を得たという。
旧世界の支配者とやらが実在するのであれば、その目覚めは近いのかも知れぬ」
「ラザムの神殿にて古い神話を学びました……それは、決して、おとぎ話などではなかったのですね」
「到底、信じられる話ではなかったのだがね。
旧支配者が、我々の足元で息を潜めている可能性があるとは、誰も思いもしないさ」
旧支配者。
それは古い文献や神話、おとぎ話となって現在に語り継がれている名称である。しかし、この大陸に住まう人々は、それをありのままに信じようとはしなかった。無論、ムクガイヤも端から話を信じていたわけではない。魔法の四大元素における理論にも其々の力を司る神という存在はあるが、その神はあくまでも魔法を体系化する上での象徴的な物として捉えられている。古の時代から書物や口伝で語られてきた説話は、途切れ、消え去り、編纂され、様々な思想を含む別の物として構築され、長い年月を経て現在に至る。話の流れは違えど、旧支配者は悪しき具現であり、どの説話であっても最期には必ず世界を滅ぼす神として描かれていた。
ムクガイヤが旧支配者の研究を始める事となったきっかけは、古代魔法文明についての研究が発端であった。各地に点在する旧跡からは魔道に関する文献や道具が数多く発見され、これらを研究材料とするうちに、次第に旧支配者という影が見え隠れするようになったからである。神話の世界を色濃く残したそれらは、彼の研究意欲を多分に刺激し、没頭させるだけの魅力を常に備えては、次々に彼の前へと姿を現していた。
「だが、確証がない……城をくまなく探すか。また、色目で見られるのだろうな」
言い終わってから、自虐的な笑いが込み上げてくる。
ただでさえ宮殿内で毛嫌いされている彼が、旧支配者の神などを語れば、それは酷く滑稽な姿として受け取られるはずである。ついに気が触れたかと後指を指されるかもしれない。ニースルーは、彼女はどう思っているのだろう。ふと、気になったムクガイヤは横目に見やった。
ニースルーは胸に提げた銀色のロザリオを握り締め、目を閉じていた。
信ずる神に祈りを捧げているのであろうか。その祈りは、果たして誰が為であるのか。
ムクガイヤは外套を羽織ると、部屋を後にした。

To be continued 

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- 地図を見直して驚きました・・・ &br()一瞬あとあとさんかななあしさんなのかとw  -- 名無しさん  (2011-03-09 05:16:33)
- すげーおもしろい!  -- 名無しさん  (2011-03-09 15:04:20)
- 続かないのかな????????待ってるよ続き &br()  -- 名無しさん  (2022-02-12 22:03:10)
- いい着眼点だ  -- 名無しさん  (2023-04-30 11:23:57)
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