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**&color(blue){グリーン・ウルスとリューネ騎士団の同盟締結における一幕 } 魔王軍とルートガルト軍は北イオナ平原で主力同士の軍事衝突を起していた。 この隙にリューネ騎士団は竜騎士部隊で海を渡り、クイニックをいち早く占領する。 時を同じくして、グリーン・ウルスもクイニックを目指し南ロスウェム雪原を進んでいた。 物語はグリーン・ウルスとリューネ騎士団の同盟締結における一幕である。 「はやく歩くだわさ」 寒風吹き荒れる雪原の上空に甲高い声が響き渡る。 声の主は肌を刺すほどの冷たい風にも怯むことなく、悠長に空を舞いながら、雪に埋もれた街道を歩く娘に文句を言った。 「も、もうむりですぅ……お家にかえりたいですぅ」 全身に雪をかぶりながら、それでも懸命に足を前に進めていた娘が遂にその場に座り込む。 「だから嫌だって言ったんですぅ」 「なに泣き言いってるんだわさ。クイニックの街を押さえないと大変なのはカルラ自身なんだわさ」 「カルラもう歩きたくないですぅ……」 今にも泣き出しそうな情けない顔をしたカルラは、当たり一面の銀世界の中で、何故自分ひとりがこのような目に遭わなければならないのかとその境遇を恨み、 そして、その恨みを今度は空を舞う声の主にぶつけだした。 「空を飛べる人にカルラの苦労はわからないですぅ!」 「文句いわれても困るだわさ。犬ぞり使えってあたしは言っただわさ」 目を真っ赤にして空を睨むカルラに対し、声の主は空でくるりと一回転しつつさらりと返す。 「い、犬はこわいですぅ」 想像したのか、寒さからくるものではない悪寒にカルラは全身をビクッと震わせた。 その様子を面白そうに眺めていた声の主は、カルラの後方を指差しながら明るい声で新たな提案をだす。 「イエティに担いでもらうだわよ。そうすれば楽だわさ」 カルラは首だけを動かして後ろの方を覗き見るようにした。 その視線の先には全身を白い毛で覆われた筋骨逞しい毛むくじゃらの巨大な生物が何匹も列を作り、彼女達の後を笑顔で追ってきている。 「もっといやですぅぅぅっ!!」 全力で、しかも大声で否定されたイエティ達は、その場で崩れるように地面に両手をついてうなだれた。 「まったく手のかかる娘だわさ。よくこれでビーストテイマーを謳っているだわさ」 「それはみんなが言ってるだけですぅ」 手元にある雪を掴むと雪だまにして「えいっ」と声の主に向かって投げつけるが、見事なまでに軽やかにかわされる。 空を舞う少女と暫しそんなやり取りをしていたカルラだったがふと手を叩くと、空を舞う少女を見上げさも明暗が浮かんだと言わんばかりに声を張り上げた。 「カルラいいこと思いついたです。ポートニックがカルラを抱っこするです」 「そりゃむりだわさ。あんたの荷物で手いっぱいだわよ」 さして量もない荷物ではあったが、ふさがった両手を大げさな態度でカルラにみせつけ即答する。 「ポートニックはカルラのこといじめたいんですぅ……きっとそうですぅ……しくしく」 カルラはそう言うと、両手で目元を押さえながら雪原の中に前のめりに倒れ込むが、その目はしっかりと指の隙間からポートニックの様子を窺っている。 それまでくるくると周囲を旋回して話を聞いていたポートニックだが、突然静止すると身体の周囲に風鳴りの轟音を纏いながら、いつまでも駄々をこねるカルラに対して怒ったように声を荒げた。 「もうめんどうだわさ! あたしのトルネードでふきとばすだわさ!!」 「ご、ごめんなさいですぅぅぅ」 そう謝りながら勢いよく立ち上がると、カルラは服に積もった雪を手で払い落としながら遥か彼方まで雪にかすむ街道に顔を向け、また一歩二歩と重い足取りながら歩みを進めるのだった。 「やっぱりむりですぅ、もう歩けないですぅ、しんじゃうですぅ」 カルラは愚痴を何度もこぼしながらも確実に歩をクイニックの街へと進めていた。 ポートニックはカルラを気遣いつつも周囲の変化を見逃さないように注意を払って飛行していたが、ふと前方に見慣れた物を発見したのかすーっと急降下していく。 カルラがその場所にようやっとの思いでたどり着くと、そこには雪だるまと並んで立つポートニックの姿があり、雪だるまは突然カルラの方を向いたと思いきや、飛び跳ねだした。 「ボクピヨン、ヨロシクネ」 変てこな王冠を頭に載せた雪だるまはそう喋ったかと思うと、カルラに覆いかぶさるようにして雪の中に押し倒す。 「お、おもいですぅ……」 なぜか後ろの方で、イエティ達が手を叩いたり胸を叩いたりして何やら興奮した様子で騒いでいる。 「ボクピヨン」 「カルラの事が心配だったみたいだわさ」 「おもいですぅ……」 「ボクピヨン、ヨロシクネ」 「ピヨンも無事でよかっただわよ」 「…………」 雪の重さで気を失いそうになりつつもそう成らずに済んだのは、カルラに覆いかぶさるピヨンをポートニックがイエティ達と起してくれたからであった。 「カルラを大事にしてくださいですぅ」 声にならない声を上げて周りを批難するカルラだが、ポートニックの一言はそんな哀しい思いをかき消してしまう程の衝撃をもっていた。 「――クイニックが占領されただわよ」 「え?」 何を言われたかまったく判断できていない様子のカルラに対して、ポートニックは止めを刺す。 「だからクイニックが占領されただわさ」 「ど、どういうことですぅ!?」 「ピヨンの話じゃ、街中を竜騎士がわんさと飛び回ってたそうだわさ。  先手を打たれただわよ。あたしとした事が……もっとはやくに動くべきだっただわさ」 「そ、それじゃ……カルラの苦労はどうなるんですぅ!」 カルラにとってはクイニックの街よりも、自分が雪原を必死の思いで歩いてきた苦労が無駄になってしまった事の方が大問題のようである。 「どうなるんですぅ!!」 ポートニックの襟を掴むと激しく揺らし問い詰める。 これにはポートニックも空を飛んで逃げるというわけにはいかず、カルラをなだめようと尽力せざるを得なかった。 「お、落ち着くだわさ」 「カルラは落ちついてるですぅ!」 「あたしの話をよく聞くだわさ。まだ望みはあるだわさ」 襟を掴んで揺らし続けるカルラと、頭を揺らされ続けるポートニックの間にピヨンが割ってはいり、やっとの事で両者は距離をとる。 「ボクピヨン」 「そうだわさ、相手はリューネ騎士団だわさ」 「ボクピヨン、ヨロシクネ」 「総長のアルティナは無益な争いは好まない人だわさ、これを利用するだわさ」 「それで、どうするですぅ?」 二人と一体とその他大勢は雪の降りしきる雪原の真っ只中で円陣を組むと、なにやらこそこそと話し合いをしだした。 ポートニックは周りをゆっくりと見渡すと、おもむろに胸をはって喋りだす。 「あたし達が魔王軍と無理に戦うこともないだわさ。もっと適した人達がいるだわさ」 「カルラもお家にかえれるですぅ?」 「そうだわよ。クイニックを諦めれば、それ以上にお得なこともあるだわさ」 「どうしたらいいですぅ!?」 「ここはひとつ――リューネ騎士団と同盟を組むだわさ」 大空を自由に舞う飛竜達も、はじめてその肌に触れる北方の寒気には長い時間動く事が出来ず、いまでは羽をたたんで小さくなりお互い寄り添っている。 その飛竜達の光景を目にして、クイニックの街からやや離れた小高い丘の上で隣に立つ女性へと、ふと男の口から言葉が出た。 「お館さま、寒くはございませぬか?」 「スヴェステェン……二人のときはその喋り方はやめるようにと」 「はっ、いえ、それはさすがに他の者の目がありますので」 お館さまと呼ばれた女性はあたりを見渡すと、誰もいないのを確認してからスヴェステェンの肩に寄り添いその手を静かに握る。 「たまにはいいでしょう……」 「お館さ――」 「今はアルティナよ」 言い聞かすように少し強い口調でスヴェステェンの言葉を制すと、アルティナは身体をあずけてお互いの距離をさらに縮めた。 「雪が綺麗ね。リュッセルの方では降る事など殆どないのに、ここではこんなに」 「アルティナ……」 スヴェステェンはそう口にすると、アルティナの顎に手をやり少し上を向かせる。 二人の瞳がお互いの顔を映し、アルティナは頬を赤く染めるとそっとその瞳を閉じた。 お互いの唇が触れるか触れないかの距離まで近づいた時、二人の後方でわざとらしい咳払いがひとつ。 アルティナとスヴェステェンは寄り添っていた身体を慌てて離すと、実にタイミングのよい邪魔者である友人へと顔を向けた。 「そういうのはプライベートな時間でしてもらいたいですね」 険のある口ぶりに反して、その目は優しさを湛えている。 「どうしましたオーティ」 顔を赤く染めたままのアルティナは冷静を装うと努力していたが、その胸の鼓動は矢のように速いままであった。 「グリーン・ウルスの軍師殿から友好の証にと文が届けられました」 「文ですか、わかりました読んでみましょう」 オーティはアルティナに文を手渡すと、スヴェステェンの横に並んで小声で「すまない」と囁いた。 スヴェステェンは気にするなという様な表情をしたが、その内心は久々の接吻の機会を逃して少し残念な心持でもあり、その視線はアルティナの口元へと自然と吸い寄せられている。 「……なるほど」 「お館さま、文にはなんと?」 アルティナの独り言にスヴェステェンが文の内容を聞く。 「グリーン・ウルスは我々との同盟が望みのようです。私はこれを歓迎したいと思います」 「同盟ですか……。お館さま、グリーン地区は小さな自治区に過ぎません。対等な一国であるとみるのは如何かと」 「私は無駄な争いは避けたいのです。それが同盟ならば喜んで結びましょう」 スヴェステェンは反論をしたが、アルティナの性格を考えるとその決意を揺らぐ事は難しいと判断したのか口をつぐみ、オーティの方へと視線を移す。 オーティも異論はないのか特になにも言わず、すぐに同盟の手はずを整えるべくアルティナに確認をとった。 「では、お館様。三日後にクイニックにて同盟締結の集まりを開くということで返事をあちらに」 「その様に取り計らってください」 オーティの去った後で、スヴェステェンは素直な気持ちをアルティナにぶつけた。 「グリーン・ウルスを代表するカルラという娘、弱腰で常に魔王軍との戦いを避けているそうだ。  同盟を結べは我々は体のいい盾代わりにされるぞ」 「戦う気のない相手を力で抑えつける……私はその様な事はしたくはありません。  何れにしても、魔王軍やルートガルト軍との戦いは避けらないのですから」 「同胞が利用され傷ついても、君は平気だというのか」 「では、無駄な争いで誰かが傷つくのはいいというのですか」 二人の会話は平行線を辿り、お互いに相手の目を見詰め合い一歩も譲らないとする姿勢をみせていたが、先に折れたのはスヴェステェンの方であった。 「相変わらず頑固なヤツだ……」 「ごめんなさい……」 「謝らないでいい。君の方が正しいさ」 そんな事はないと首を振るアルティナを、優しく抱きしめるスヴェステェン。 二人は舞い散る雪の中、互いのぬくもりを確かめ合うようにいつまでも肌を重ね合わせていた。 「返事が届いただわさー!」 雪原にぽつんと現れたかまくらにポートニックの声が遠くから響き渡る。 かまくらの中で火をおこし、さまざまな種類の魚をその火で焼いて次々と頬張っていたカルラの耳にも、無論その声は届いている。 今朝早くにポートニックがトルネードの魔法で巻き上げた大量のかわいそうな魚達は、カルラやイエティの胃袋へと大半が収まってしまっていた。 当のポートニックは後始末をイエティ達にまかせて一人クイニックへと向かっているので、朝食すら食べ損ねているのだが、本人はまったく気にしていない様子であった。 「おかえりですぅ、お魚やけてますぅ」 「魚なんていいだわさ。これをみるだわさ」 カルラが満面の笑みでポートニックの眼前に差し出した串刺しの焼き魚は、無残にもポイと投げ捨てられた。 「ひどいですぅ……」 かまくらの入り口から外へ放りだされた焼き魚をカルラは口惜しげに見ていたが、通りかかったイエティに跡形もなく平らげられるのを見届けると、 瞳に涙を溜めながらも大人しくポートニックの言葉に耳を傾けるのであった。 「同盟締結だわよ! リューネ騎士団と同盟だわさ!」 「ボクピヨン、ヨロシクネ」 「当たり前だわさ。あたしは天才美少女軍師だわさ」 ピヨンの一言に機嫌を良くしたポートニックは、自画自賛の言葉を堂々と言ってのける。 軍師という言葉は、クイニックのリューネ騎士団を訪れたときに初めて言われた言葉であるが、それがポートニックの心を鷲掴みにしていた。 「すごいですぅ、これでお家にかえれるですぅ」 カルラは目を輝かせながらポートニックを讃える。 家に帰れると浮かれるカルラの元へ、ポートニックは以前と同じように衝撃の言葉を投げかける。 「それは無理だわさ。会議で話し合いをして同盟だわさ」 「きいてないですぅ……」 「いま言っただわさ、ちなみに三日後だわさ」 訴えかけるような目をするカルラに対して、ポートニックはさらに無慈悲な言葉を続けた。 「カルラも会議にでるだわよ。場所はクイニックだわさ」 「もう歩きたくないですぅ……」 瞳に大粒の涙を溜めて、精一杯の反抗をしようとするカルラであったが、それはもはやどうにもならない流れである。 唯一の救いは、三日後にリューネ騎士団からの迎えがくることで、寒い雪の中を大変な思いをして歩く必要はなくなった事だった。 ただ、やはり不幸の星の下に生まれたと思しきカルラのことで、迎えに来た竜騎士が目標を見失いかまくらの上に直接降り立ち、その衝撃で崩れた大量の雪に埋もれる事件が起こるのである。 その後―― 初めて飛竜に出逢い、初めて空を飛んだ彼女がどんなことを叫んだかは秘密である。 そしてグリーン・ウルスとリューネ騎士団の間には同盟が結ばれるのであった。 「カルラをあまりいじめないでくださいですぅ」 ---- #comment(size=60,vsize=3) ----
**&color(blue){グリーン・ウルスとリューネ騎士団の同盟締結における一幕 } 魔王軍とルートガルト軍は北イオナ平原で主力同士の軍事衝突を起していた。 この隙にリューネ騎士団は竜騎士部隊で海を渡り、クイニックをいち早く占領する。 時を同じくして、グリーン・ウルスもクイニックを目指し南ロスウェム雪原を進んでいた。 物語はグリーン・ウルスとリューネ騎士団の同盟締結における一幕である。 「はやく歩くだわさ」 寒風吹き荒れる雪原の上空に甲高い声が響き渡る。 声の主は肌を刺すほどの冷たい風にも怯むことなく、悠長に空を舞いながら、雪に埋もれた街道を歩く娘に文句を言った。 「も、もうむりですぅ……お家にかえりたいですぅ」 全身に雪をかぶりながら、それでも懸命に足を前に進めていた娘が遂にその場に座り込む。 「だから嫌だって言ったんですぅ」 「なに泣き言いってるんだわさ。クイニックの街を押さえないと大変なのはカルラ自身なんだわさ」 「カルラもう歩きたくないですぅ……」 今にも泣き出しそうな情けない顔をしたカルラは、当たり一面の銀世界の中で、何故自分ひとりがこのような目に遭わなければならないのかとその境遇を恨み、 そして、その恨みを今度は空を舞う声の主にぶつけだした。 「空を飛べる人にカルラの苦労はわからないですぅ!」 「文句いわれても困るだわさ。犬ぞり使えってあたしは言っただわさ」 目を真っ赤にして空を睨むカルラに対し、声の主は空でくるりと一回転しつつさらりと返す。 「い、犬はこわいですぅ」 想像したのか、寒さからくるものではない悪寒にカルラは全身をビクッと震わせた。 その様子を面白そうに眺めていた声の主は、カルラの後方を指差しながら明るい声で新たな提案をだす。 「イエティに担いでもらうだわよ。そうすれば楽だわさ」 カルラは首だけを動かして後ろの方を覗き見るようにした。 その視線の先には全身を白い毛で覆われた筋骨逞しい毛むくじゃらの巨大な生物が何匹も列を作り、彼女達の後を笑顔で追ってきている。 「もっといやですぅぅぅっ!!」 全力で、しかも大声で否定されたイエティ達は、その場で崩れるように地面に両手をついてうなだれた。 「まったく手のかかる娘だわさ。よくこれでビーストテイマーを謳っているだわさ」 「それはみんなが言ってるだけですぅ」 手元にある雪を掴むと雪だまにして「えいっ」と声の主に向かって投げつけるが、見事なまでに軽やかにかわされる。 空を舞う少女と暫しそんなやり取りをしていたカルラだったがふと手を叩くと、空を舞う少女を見上げさも明暗が浮かんだと言わんばかりに声を張り上げた。 「カルラいいこと思いついたです。ポートニックがカルラを抱っこするです」 「そりゃむりだわさ。あんたの荷物で手いっぱいだわよ」 さして量もない荷物ではあったが、ふさがった両手を大げさな態度でカルラにみせつけ即答する。 「ポートニックはカルラのこといじめたいんですぅ……きっとそうですぅ……しくしく」 カルラはそう言うと、両手で目元を押さえながら雪原の中に前のめりに倒れ込むが、その目はしっかりと指の隙間からポートニックの様子を窺っている。 それまでくるくると周囲を旋回して話を聞いていたポートニックだが、突然静止すると身体の周囲に風鳴りの轟音を纏いながら、いつまでも駄々をこねるカルラに対して怒ったように声を荒げた。 「もうめんどうだわさ! あたしのトルネードでふきとばすだわさ!!」 「ご、ごめんなさいですぅぅぅ」 そう謝りながら勢いよく立ち上がると、カルラは服に積もった雪を手で払い落としながら遥か彼方まで雪にかすむ街道に顔を向け、また一歩二歩と重い足取りながら歩みを進めるのだった。 「やっぱりむりですぅ、もう歩けないですぅ、しんじゃうですぅ」 カルラは愚痴を何度もこぼしながらも確実に歩をクイニックの街へと進めていた。 ポートニックはカルラを気遣いつつも周囲の変化を見逃さないように注意を払って飛行していたが、ふと前方に見慣れた物を発見したのかすーっと急降下していく。 カルラがその場所にようやっとの思いでたどり着くと、そこには雪だるまと並んで立つポートニックの姿があり、雪だるまは突然カルラの方を向いたと思いきや、飛び跳ねだした。 「ボクピヨン、ヨロシクネ」 変てこな王冠を頭に載せた雪だるまはそう喋ったかと思うと、カルラに覆いかぶさるようにして雪の中に押し倒す。 「お、おもいですぅ……」 なぜか後ろの方で、イエティ達が手を叩いたり胸を叩いたりして何やら興奮した様子で騒いでいる。 「ボクピヨン」 「カルラの事が心配だったみたいだわさ」 「おもいですぅ……」 「ボクピヨン、ヨロシクネ」 「ピヨンも無事でよかっただわよ」 「…………」 雪の重さで気を失いそうになりつつもそう成らずに済んだのは、カルラに覆いかぶさるピヨンをポートニックがイエティ達と起してくれたからであった。 「カルラを大事にしてくださいですぅ」 声にならない声を上げて周りを批難するカルラだが、ポートニックの一言はそんな哀しい思いをかき消してしまう程の衝撃をもっていた。 「――クイニックが占領されただわよ」 「え?」 何を言われたかまったく判断できていない様子のカルラに対して、ポートニックは止めを刺す。 「だからクイニックが占領されただわさ」 「ど、どういうことですぅ!?」 「ピヨンの話じゃ、街中を竜騎士がわんさと飛び回ってたそうだわさ。  先手を打たれただわよ。あたしとした事が……もっとはやくに動くべきだっただわさ」 「そ、それじゃ……カルラの苦労はどうなるんですぅ!」 カルラにとってはクイニックの街よりも、自分が雪原を必死の思いで歩いてきた苦労が無駄になってしまった事の方が大問題のようである。 「どうなるんですぅ!!」 ポートニックの襟を掴むと激しく揺らし問い詰める。 これにはポートニックも空を飛んで逃げるというわけにはいかず、カルラをなだめようと尽力せざるを得なかった。 「お、落ち着くだわさ」 「カルラは落ちついてるですぅ!」 「あたしの話をよく聞くだわさ。まだ望みはあるだわさ」 襟を掴んで揺らし続けるカルラと、頭を揺らされ続けるポートニックの間にピヨンが割ってはいり、やっとの事で両者は距離をとる。 「ボクピヨン」 「そうだわさ、相手はリューネ騎士団だわさ」 「ボクピヨン、ヨロシクネ」 「総長のアルティナは無益な争いは好まない人だわさ、これを利用するだわさ」 「それで、どうするですぅ?」 二人と一体とその他大勢は雪の降りしきる雪原の真っ只中で円陣を組むと、なにやらこそこそと話し合いをしだした。 ポートニックは周りをゆっくりと見渡すと、おもむろに胸をはって喋りだす。 「あたし達が魔王軍と無理に戦うこともないだわさ。もっと適した人達がいるだわさ」 「カルラもお家にかえれるですぅ?」 「そうだわよ。クイニックを諦めれば、それ以上にお得なこともあるだわさ」 「どうしたらいいですぅ!?」 「ここはひとつ――リューネ騎士団と同盟を組むだわさ」 大空を自由に舞う飛竜達も、はじめてその肌に触れる北方の寒気には長い時間動く事が出来ず、いまでは羽をたたんで小さくなりお互い寄り添っている。 その飛竜達の光景を目にして、クイニックの街からやや離れた小高い丘の上で隣に立つ女性へと、ふと男の口から言葉が出た。 「お館さま、寒くはございませぬか?」 「スヴェステェン……二人のときはその喋り方はやめるようにと」 「はっ、いえ、それはさすがに他の者の目がありますので」 お館さまと呼ばれた女性はあたりを見渡すと、誰もいないのを確認してからスヴェステェンの肩に寄り添いその手を静かに握る。 「たまにはいいでしょう……」 「お館さ――」 「今はアルティナよ」 言い聞かすように少し強い口調でスヴェステェンの言葉を制すと、アルティナは身体をあずけてお互いの距離をさらに縮めた。 「雪が綺麗ね。リュッセルの方では降る事など殆どないのに、ここではこんなに」 「アルティナ……」 スヴェステェンはそう口にすると、アルティナの顎に手をやり少し上を向かせる。 二人の瞳がお互いの顔を映し、アルティナは頬を赤く染めるとそっとその瞳を閉じた。 お互いの唇が触れるか触れないかの距離まで近づいた時、二人の後方でわざとらしい咳払いがひとつ。 アルティナとスヴェステェンは寄り添っていた身体を慌てて離すと、実にタイミングのよい邪魔者である友人へと顔を向けた。 「そういうのはプライベートな時間でしてもらいたいですね」 険のある口ぶりに反して、その目は優しさを湛えている。 「どうしましたオーティ」 顔を赤く染めたままのアルティナは冷静を装うと努力していたが、その胸の鼓動は矢のように速いままであった。 「グリーン・ウルスの軍師殿から友好の証にと文が届けられました」 「文ですか、わかりました読んでみましょう」 オーティはアルティナに文を手渡すと、スヴェステェンの横に並んで小声で「すまない」と囁いた。 スヴェステェンは気にするなという様な表情をしたが、その内心は久々の接吻の機会を逃して少し残念な心持でもあり、その視線はアルティナの口元へと自然と吸い寄せられている。 「……なるほど」 「お館さま、文にはなんと?」 アルティナの独り言にスヴェステェンが文の内容を聞く。 「グリーン・ウルスは我々との同盟が望みのようです。私はこれを歓迎したいと思います」 「同盟ですか……。お館さま、グリーン地区は小さな自治区に過ぎません。対等な一国であるとみるのは如何かと」 「私は無駄な争いは避けたいのです。それが同盟ならば喜んで結びましょう」 スヴェステェンは反論をしたが、アルティナの性格を考えるとその決意を揺らぐ事は難しいと判断したのか口をつぐみ、オーティの方へと視線を移す。 オーティも異論はないのか特になにも言わず、すぐに同盟の手はずを整えるべくアルティナに確認をとった。 「では、お館様。三日後にクイニックにて同盟締結の集まりを開くということで返事をあちらに」 「その様に取り計らってください」 オーティの去った後で、スヴェステェンは素直な気持ちをアルティナにぶつけた。 「グリーン・ウルスを代表するカルラという娘、弱腰で常に魔王軍との戦いを避けているそうだ。  同盟を結べは我々は体のいい盾代わりにされるぞ」 「戦う気のない相手を力で抑えつける……私はその様な事はしたくはありません。  何れにしても、魔王軍やルートガルト軍との戦いは避けらないのですから」 「同胞が利用され傷ついても、君は平気だというのか」 「では、無駄な争いで誰かが傷つくのはいいというのですか」 二人の会話は平行線を辿り、お互いに相手の目を見詰め合い一歩も譲らないとする姿勢をみせていたが、先に折れたのはスヴェステェンの方であった。 「相変わらず頑固なヤツだ……」 「ごめんなさい……」 「謝らないでいい。君の方が正しいさ」 そんな事はないと首を振るアルティナを、優しく抱きしめるスヴェステェン。 二人は舞い散る雪の中、互いのぬくもりを確かめ合うようにいつまでも肌を重ね合わせていた。 「返事が届いただわさー!」 雪原にぽつんと現れたかまくらにポートニックの声が遠くから響き渡る。 かまくらの中で火をおこし、さまざまな種類の魚をその火で焼いて次々と頬張っていたカルラの耳にも、無論その声は届いている。 今朝早くにポートニックがトルネードの魔法で巻き上げた大量のかわいそうな魚達は、カルラやイエティの胃袋へと大半が収まってしまっていた。 当のポートニックは後始末をイエティ達にまかせて一人クイニックへと向かっているので、朝食すら食べ損ねているのだが、本人はまったく気にしていない様子であった。 「おかえりですぅ、お魚やけてますぅ」 「魚なんていいだわさ。これをみるだわさ」 カルラが満面の笑みでポートニックの眼前に差し出した串刺しの焼き魚は、無残にもポイと投げ捨てられた。 「ひどいですぅ……」 かまくらの入り口から外へ放りだされた焼き魚をカルラは口惜しげに見ていたが、通りかかったイエティに跡形もなく平らげられるのを見届けると、 瞳に涙を溜めながらも大人しくポートニックの言葉に耳を傾けるのであった。 「同盟締結だわよ! リューネ騎士団と同盟だわさ!」 「ボクピヨン、ヨロシクネ」 「当たり前だわさ。あたしは天才美少女軍師だわさ」 ピヨンの一言に機嫌を良くしたポートニックは、自画自賛の言葉を堂々と言ってのける。 軍師という言葉は、クイニックのリューネ騎士団を訪れたときに初めて言われた言葉であるが、それがポートニックの心を鷲掴みにしていた。 「すごいですぅ、これでお家にかえれるですぅ」 カルラは目を輝かせながらポートニックを讃える。 家に帰れると浮かれるカルラの元へ、ポートニックは以前と同じように衝撃の言葉を投げかける。 「それは無理だわさ。会議で話し合いをして同盟だわさ」 「きいてないですぅ……」 「いま言っただわさ、ちなみに三日後だわさ」 訴えかけるような目をするカルラに対して、ポートニックはさらに無慈悲な言葉を続けた。 「カルラも会議にでるだわよ。場所はクイニックだわさ」 「もう歩きたくないですぅ……」 瞳に大粒の涙を溜めて、精一杯の反抗をしようとするカルラであったが、それはもはやどうにもならない流れである。 唯一の救いは、三日後にリューネ騎士団からの迎えがくることで、寒い雪の中を大変な思いをして歩く必要はなくなった事だった。 ただ、やはり不幸の星の下に生まれたと思しきカルラのことで、迎えに来た竜騎士が目標を見失いかまくらの上に直接降り立ち、その衝撃で崩れた大量の雪に埋もれる事件が起こるのである。 その後―― 初めて飛竜に出逢い、初めて空を飛んだ彼女がどんなことを叫んだかは秘密である。 そしてグリーン・ウルスとリューネ騎士団の間には同盟が結ばれるのであった。 「カルラをあまりいじめないでくださいですぅ」 ---- - 熱いねぇ -- 名無しさん (2023-11-27 12:21:02) #comment(size=60,vsize=3) ----

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