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**&color(blue){穹廬奴の再興} ルートガルト国の崩壊は、各地で新たな動乱を告げる出来事となった。 リジャースド率いる旧ルートガルト国第三軍は、参謀スーフェンの進言を受け、リュッセル城へと攻め上りこの地を制圧する。 これを機に、名を新たにリュッセル・オーダーと改めると、彼らは次に、リュッセル北に陣を敷くリューネ騎士団分隊の攻略を目指した。 先の功績で軍師の肩書きを得たスーフェンは、リュッセル北を圧倒的な数の兵で包囲すると、一部が極端に脆弱な布陣を用いて相対した。 当地に篭もるリューネ騎士団軍師ガルダームは、敵のあからさまな陣形を鑑み、すぐに罠であると看破する。 しかし、本隊と分断され数の上で不利な状況は、このまま消耗戦を続ければ無駄に兵を損なうだけであるとの結論に達し、自ら敵の罠に掛かる決断を下す。 自身を囮とし、副軍師ルウェンダーと配下の竜騎士達に敵陣を一点突破させ、セレン率いる本隊へと合流させる賭けに出たのであった。 リュッセル北から一斉に出撃した竜騎士隊の一団は、大した反撃を受けぬまま敵陣を潜り抜ける事に成功する。 一路、パーサの森を目指し、大湿地帯へと向かい飛び去るのであった。  大陸の東方に広がる大湿地帯。  ここにリザードマンの勢力、穹廬奴が存在する。  正確には、存在していた、といったほうが適切であろうか。一度は壊滅の憂き目にあうも、勢力再興を虎視眈々と狙い、時節を窺っていたのである。 リューネ騎士団とラストニ・パクハイトに挟撃された穹廬奴勢は、死に急ぐ単于ゲルニードを説得し思い留まらせ、永らくこの地に潜伏していた。 多くの同胞を失い、散り散りとなった軍を一から纏め上げ、やっと覇を唱えられるだけの兵力が集まりつつあった。 中原の忌々しいルートガルト国は事実上消滅し、宿敵であるリューネ騎士団は大きく兵力を二分され、本隊はラストニ・パクハイトと凄惨な争いを続けている。 まさに、今が好機であった。 「ソルソーン、貴様どうする」  身の丈を悠に超える長弓を背負ったリザードマンの男が、大木の切り株に腰を降ろし、これもまた長大な弓矢の鏃を磨きながら言葉を発する。  ソルソーンと呼ばれたリザードマンは、手にした長剣を鞘から抜き放つと静かに、剣先が地面に触れるほど深く右下段に構え、息を吸う。 暫しの静寂の後、空気を切り裂くような唸り声と共に、勢いよく長剣を斜めに斬り上げた。鋭い音が奏でられ剣風が巻き起こる。 「腕は、落ちていないようだな」  鏃の先を眺めながら、イオードは口の端を吊り上げるように小さく笑う。  鞘に納まる長剣が金属音を響かせる。まるでそれを合図にしたかのように、ソルソーンの前方にそびえ立つ大木という大木が、切口も鮮やかに次々と地響きを立てて崩れる。  彼が長い傭兵生活の末に編み出した一つの剣戟の完成型、飛ぶ斬撃である。彼は、その凄まじい剣戟技を『竜巻扇風剣』とした。 「天魔覆滅……我が宿命に終わりなし」 「そりゃご苦労なこった。で、単于には応じるのか」 「一応はな。イオード、貴様は不満か」 「正直、気にいらんな。弓使いというだけで馬鹿にされる」 「ならば剣をとれ」  イオードは、手にした矢を指で撫でながら鼻で笑った。 「一つ覚えで剣を振り回すか。それこそ馬鹿だな。近づく前に仕留めりゃ楽だろう」  リザードマンの社会では、戦いは接近戦が、特に剣での勝負が、最も美徳として捉えられる独特の価値観が存在した。力の強い者は即ち尊敬される。 弱肉強食を地で行く風潮は、飛び道具等に殆ど頼らず、互いに真っ向から力でぶつかる事こそが強さの証であった。 しかし、幾ら精強なる種族であっても、力関係に個々の開きがあるのは、どの生物でも世の常である。リザードマンにも非力で臆病な者もいる。 そういう者は、周りから弱者として蔑まされ、疎まれる存在になっていた。 イオードは、決してそういう部類ではなかったのだが、旧来の剣だけで雌雄を決する風潮には少なからず抵抗感を覚えていた。 その理由として、彼の兄弟に非力な弟が居たという事もあるが、戦場でひたすらに接近を図り、斃れ逝く同胞達に強い焦燥感を抱いていたのだった。 「後衛殺しか……」  ソルソーンが手にする剣の柄を握り締め、低く唸る。  その様子を見て、イオードは 「べつに拘っちゃいない。向かってくる敵なら誰でも構わんさ」  と、付け足した。 「まあ、穹廬奴を興すならいいだろう。オレも協力はする」  鏃を磨き終え、その鋭さを確認すると、腰に提げた矢筒へと仕舞いこんで切り株から立ち上がった。 まもなく、彼の部下が一堂に集結するはずである。弓の扱いに長けるリザードマン族では極めて珍しい部隊であった。  無事に合流をすると、ソルソーンと共に穹廬奴の決起を祝う場へと歩き出すのだった。  リザードマン族を束ねる単于ゲルニードは、時節到来と読み、ビースト沼と名づけられた地域で穹廬奴の再興を果たした。 湿地帯に息を潜めるように生活していたリザードマン達が、穹廬奴の名を聞き続々と集まってくる。  以前は、主な居住場所である湿地帯を、ほぼ全域に亘って勢力下に抑えていた穹廬奴勢である。その内に秘めた野心は極めて高い。 そして、その野心をくすぐるかのように、今の湿地帯にはこれといった勢力が存在していなかった。  設えられた高台に立ち、居並ぶリザードマン達を見下ろしながら、ゲルニードは声高に唸り叫ぶ。 「グルルルアアアッッ!! 我につづけえッ!! 剣をとれえッ!!」  リザードマン達は応える様に吼えながら、手にした剣を高々と挙げ、打ち鳴らし、地面を何度も蹴る。 唸り声と甲高い金属音、それに地響きが互いに混ざり合い、辺り一帯を包み込む。 異常なまでの熱気が満ち溢れ、触れればすぐにでも爆発しそうな光景に、ゲルニードは満足げに頷くと、さらにその熱を煽ろうとした。 「働きしだいでは氏族の位もくれてやろうッ!!!」  リザードマン族の社会にも階級が存在した。氏族はその中でも、穹廬奴を構成する諸部族の重要な地位を占めている。  熱狂の歓声が渦のように轟く。牙を剥き、口から泡を飛ばしながらリザードマン達が単于ゲルニードを讃え叫ぶ。  その光景を、一人醒めた瞳で静観する者がいた。  線の細い身体つきは、筋骨逞しいこの種族の中では、到底リザードマンとは思えない。だが、濃緑の肌はそうである事を如実に物語っている。  女性――リザードガールとよばれている――のリザードマン族であった。  ゲルニードの後ろに控える小柄な女性は、眉を顰めながら歩み寄った。 「単于、その様な事を軽々しくお約束なさらぬように」  ゲルニードの横から小声で諫言する。 「かまわぬッ! 邪魔をするなチョルチョ」  さらに言葉を続けようとしたチョルチョを手で遮って制すと、ゲルニードは眼下のリザードマン達を鼓舞するため、穹廬奴の優位性を熱く語りだした。  チョルチョはその話には耳を貸さず、今後のことをただ憂いていた。リザードマン族の雄は非常に熱しやすい。そして、極めて好戦的である。 戦は駆け引きがあまりにも多い。昔、穹廬奴にもその駆け引きが得意な男が一人だけ居た。その男を、リュッセル城を奪った一団の中に見た、と風の噂で耳にした。  ――スーフェンが戻ってきた。  穹廬奴にとって切れ者でありすぎた。軍政に反する思想を持っていた。だから、有事が起こる前に処刑すべきだと幾度となく進言した。 結果的には、スーフェンが脱走し中原に亡命したことで、自然と彼の話は立ち消え今では話題にも上がらない。  チョルチョもリザードマン族の中では秀でた方であり、それなりの知識は持ち合わせている。だからこそ、誰よりもあの男の危険性がわかっていた。  ――穹廬奴は旗を掲げた。あの男が怨みを抱いているなら、間違いなく仕掛けてくる。  心中複雑なチョルチョを他所に、ゲルニードは同胞の熱気に中てられたのか、恍惚とした表情を浮かべている。  溜息がチョルチョの口から大きく吐いた。その時、列の後方から、外で見張りに立っていたと思しきリザードマン兵が高台に駆け寄ってくると、大声を張り上げた。 「ウェルン沼に向かって竜騎士の一団が南下中!!」  辺りが急にしいんとなる。  リザードマン達はお互いに顔を見合わせていたが、竜騎士という言葉の響きを聞き、徐々に辺りに殺気が満ちてくる。  口々に殺ってしまえといきり立つ。そして、ゲルニードの一言一句を待つように皆が高台を注視した。  ゲルニードは満足げに眼下をぐるりと見渡すと、大きく息を吸い込み、怒号を言い放つ。 「皆殺しにしろッ!!!」  その一言で、集まったリザードマン達の興奮は頂点に達したようだった。我先にと、手に各々の獲物を引っさげて駆け出す。 「お待ちください単于! よくよくご熟考を」  展開を見守っていたチョルチョは、あまりの事に愕然としながらも、何とかゲルニードを思い留めようと懇願した。 「ええい、うるさいッ!! どけえッ!!」 「ならばせめて、ソルソーンとイオードの到着をお待ちください」 「どけと言っただろうッ!」  両手を広げ目の前に立塞がるチョルチョを、片手を振り上げて強くはじき飛ばす。 ゲルニードに殴打され、高台から落下したチョルチョは腰をしたたかに岩に打ちつけた。それでも痛みを堪え、懸命に立ち上がって行く手を塞ごうとする。  また、容赦なくはじき飛ばされた。 地面を転がるチョルチョの皮膚は、摩擦で擦り剥け、殴打された顔は鼻腔がつーんと沁み、口の中に血の味が広がる。 しかし、チョルチョは立ち上がり、ゲルニードの面前に周りこむ。 「どうか、どうかお待ちを。 いま勢いに押され、策を練らず事を起こせば、せっかく得た機を失いかねません」  早口でまくし立てた。 「くどいッ!!」  ゲルニードは我慢ならなくなったのか、短く叫ぶと、チョルチョの脾腹を手にした剣の柄で一撃した。 「あうっ……単于」  あまりの激痛に視界が暗くなる。薄れゆく意識の中で、脾腹の鈍い痛みを感じながら、宙を掴むように手を伸ばし地面に突っ伏した。  イオードとソルソーンが連れ立ってビースト沼を訪れたのは、ゲルニードが軍勢を率い出立してから暫く後であった。 古くからの部下を率いて合流する予定であったが、どうした事か、ゲルニードはおろか一兵の姿も見受けられない。 二人は訝しみ、辺りを手分けして調べてみると、確かにここに穹廬奴の一軍が集っていた痕跡はあった。  ――どこへ消えたというのだ。  イオードは首を傾げたが、釈然としないまま時間だけが過ぎていく。  じいっとしていても仕方がなく、少し遠くを探ってみようと首を巡らせていた時、地面に血痕のような跡が点々と続いてる事に気付いた。 何かを引き摺ったような跡も見て取れる。不思議に思い、イオードはその跡を辿ってみる事にした。  暫く歩いていると、前方に誰かが倒れているのが視界に収まった。慌てて駆け寄る。  それはチョルチョであった。口や鼻から血を流し、肌もいたるところが擦り傷を負っている。 「チョルチョ!? どうした、何があった!!」  ぐったりとした身体を抱き寄せると、眉目を歪ませながら目を開いた。 「うっ……イオード」 「誰にやられた」 「とめて……」 「同胞達に何かあったのか」 「単于をとめて……おねがい。手遅れになる前に」 「単于がやったのか。くそっ、ゲルニードめ」 「みんなは……ウェルン沼に向かったわ。今頃は竜騎士と戦ってるはず……」 「竜騎士ッ!」  久しぶりにその言葉を聞いた気がする。自然と血がたぎる様な感覚に身体が熱くなる。 「裏にいるのは多分スーフェンよ。気をつけて」  脳裏に、陰険で口数の少ない男の顔が浮かび上がった。  あまり親しい間柄ではなかったが、集まりで幾度か顔を合わせた事がある。相当の切れ者であるとの話も聞いていた。 「わかった。それより怪我は大丈夫か」 「ここで暫く休めば大丈夫だから……はやく行ってあげて」  チョルチョを草陰に運び横にならせると、イオードはソルソーン達の下へと急いで駆け戻る。 先程の話を手短に説明すると、イオードとソルソーンは部下を引き連れ、ウェルン沼へと向かって必死に駆けた。  ウェルン沼では、竜騎士隊の一団とゲルニード率いる穹廬奴勢が、壮絶な戦いを繰り広げていた。  竜騎士隊は、リュッセル北から出立した時よりも少ない兵数で応戦していた。  ウェルン沼の上空付近に差し掛かっとき、遠方から穹廬奴勢が武器を手にこちらに向かってくるのが目に入る。 そこで部隊を二手に分け、少数をニーア沼側の方面に向かわせると、残った半数以上の竜騎士達は、迫り来る穹廬奴勢に対して、果敢に立ち向かっていった。 少数に別れた竜騎士達は、副軍師ルウェンダーを含む、女性騎士達である。そのまま勢いを落とさず、ウェルン沼一帯を飛び越して行く。  それには目もくれず、ゲルニード率いる穹廬奴勢は勢いに任せ、立ち向かってくる竜騎士達へと躍りかかっていた。  リザードマン達は、空を駆る飛竜を相手に、投石をしたり投網を振るったりと、運悪く降下してきた竜騎士へ群がり殺到して次々に斬り刻む。 竜騎士達も巧みに飛竜を操り、距離を保ちながら火球や冷風などを飛竜に吐き出させ、穹廬奴勢を相手に必死に抵抗する。 ガルダーム旗下の部隊だけあり、竜騎士達はリューネ騎士団の一兵士でありながらも、その実力は精鋭中の精鋭を誇っている。 穹廬奴勢を上手く翻弄し、次々とリザードマンの屍の山を築きあげていく。  ゲルニードはただ増え続ける被害に歯噛みした。その身体は既にかなりの傷を受けている。 「くそおッ。何故だ、何故こうもやられるッ」  元々、相性が良いとはいえない相手であった。穹廬奴勢は接近戦に秀でていたが、剣戟を主体とした戦法は、距離をとられると手も足も出せない状態になる。 将として指揮を執るのはゲルニード一人であり、彼の指揮能力は決して劣るものではなかったのだが、やはり両軍には明らかな優劣の差があった。  勢いをかって竜騎士隊に襲いかかったものの、その実、見事なまでに返り討ちに近い状態である。 穹廬奴再興で集ったリザードマン達の半数以上が既に戦死していた。それでも、勇猛果敢なリザードマン兵は、一切攻撃の手を緩めようとしない。 指揮官の命令があるまで、たとえ最後の一兵になろうとも戦い続けるのが、彼らの特徴であり信念なのだ。  このままでは穹廬奴勢が全滅するのも時間の問題だった。  ゲルニードを囲むように戦っていた側近達も、いつのまにか全て戦死している。 「ぐ、ぐわわッ」  足元で火球が派手に爆発する。衝撃で身体が吹き飛ばされた。リザードマンの頑強な身体も、度重なる攻撃に悲鳴にも似た軋みをあげる。 転がりながらも何とか立ち上がると、標的を視界に収め、地面が抉れるほどに強く蹴った。 決して人間には真似の出来ない、到達点の高い跳躍を繰り出す。突然、眼前に現れたリザードマンに驚く竜騎士の首を、刹那に刎ね飛ばす。 そのまま重力に任せて地に足をつけたとき、狙い済ましたかのように矢継ぎ早に火球が襲ってきた。  かわしきれないと咄嗟に判断し、腕を顔の前で交差させ防御の姿勢で耐える。決して背は見せない。  ずどんずどんと鈍い衝撃が身体を奔り、凄まじい熱さに襲われる。  撒きあがった土煙が風で流されると、ゲルニードを囲むように上空から五騎の竜騎士達が見下ろしていた。 辺りには、孤立したリザードマン兵が各個撃破されていく光景が広がっている。軍配はどうやら完全に竜騎士側に上がったようだった。  さしものゲルニードも、長い戦闘で体力の殆どを使い果たしたのか、剣をゆっくりと構え直したが、がくりと膝をついて剣を地面に突き刺した。  上空を旋回する竜騎士のうち、隊長格と思しき男が飛竜の手綱をしごく。 羽を拡げ、首を大きくもたげた飛竜の口腔に、真っ赤な炎の塊が膨れ上がる。  ゲルニードは最期と悟ったのか、ゆっくりと目を閉じた。  かすかな風きり音が響く。  ゲルニードは一向に襲ってくることのない火球に、すっと目を開けた。  どこからともなく飛来した一本の矢が、飛竜の急所を的確に射抜いている。 まっさかさまに地へと落ちた飛竜が立てる地響きが、ゲルニードの腹を激しく揺さぶった。  後に残る竜騎士達が驚いて辺りを見渡す。そこへ瞬く間に飛来した矢が、立て続けに飛竜や竜騎士を射抜き、地獄へと叩き落していく。  ゲルニードの視線の先には、長弓を携えたイオードとその部下達が居並んでいた。  イオードは長弓を手に戦場を駆けた。同胞達を可能な限り救う為である。 竜騎士を目にするや、矢筒に手を伸ばし、矢を番え狙いを定めて引き絞る。彼の手から放たれた矢は、的確に相手を仕留めた。 リザードマンは、人間より遥かに強靭で腕力がある。その長弓から放たれる矢は、空気を切裂きながら真っ直ぐに飛び、飛竜の硬い鱗を易々と貫いた。 そして、例え金属製の甲冑に全身を包んでいようとも、その矢の威力は、甲冑を容易く貫き死を告げる。 臆病者と蔑まされた部下達に、弓の扱い方を一から教え込み、今では貴重な戦力へと育て上げた。その部下達も、次々と竜騎士を撃ち落していく。  イオードは一息つくと、ソルソーンへと目をやる。剣豪の彼らしく、飛竜を踏み台に跳躍すると長剣を一閃し、また次の標的へと飛び移る。 流れるように去った後には、必ず竜騎士の屍が空から降ってくる。甲冑ごと胴が真っ二つに切断されていた。  イオードとソルソーンの援軍によって、穹廬奴と竜騎士の戦況は一変した。 それまで優勢であり、勝利を約束されていたであろう竜騎士隊は、あっという間に全滅したのである。 主を失った生き残りの飛竜が、寂しそうに空を旋回していたが、何処かへと消えていった。後に残るのは両軍の夥しい屍の山である。  座り込むゲルニードの下へ、イオードは歩み寄った。 「単于、これは一体どういうことだ」  ゲルニードは黙ったまま歯軋りをする。  沈黙するゲルニードと向かい合う彼の隣へ、ソルソーンと共に部下達が集まってきた。 「イオード……生き残りは僅かだ」  ソルソーンがじろりとゲルニードに視線を移す。  その眼光は鋭い。 「単于……いや、ゲルニード。大方、貴様はろくに考えもせずに戦ったのであろう」  ソルソーンの詰問に対しても、押し黙ったまま答えない。  その様子をみて、ソルソーンは顔に軽蔑の色を顕わにすると、もう何も語る事もないという風に一人戦場を後にした。  ゲルニードは、去っていくその背を睨みつける。 「やつらは宿敵だッ! 見過すなど出来るものかッ!!」  突然、牙をむき出して大声で吼えた。  「単于、何故チョルチョの忠告を聞き入れなかった。 聞いていれば、この様な被害をださずとも済んだはずだ」  イオードは静かに問う。 「貴様に何がわかるッ。単于である以上、俺は敵に背を見せるわけにはいかぬッ!」 「その為に、これだけの犠牲をだすのか……馬鹿らしい」 「背中に傷を負うことは許されぬッ。穹廬奴なら戦って死ねッ!!」 「もういい……ゲルニード、穹廬奴は終わりだ」  そう告げると、イオードは生き残った者の数を見た。  ――二十もなしか、見事にやられたな。  穹廬奴再興として、各地の湿地帯から集ったリザードマン達は、ただの一戦で壊滅してしまった。 率いる将が然るべく揃っていれば、幾ら精鋭とはいえただの竜騎士相手に、壊滅の憂き目には遭わなかったであろう。 戦死した大勢の同胞達の事を考えると、イオードの胸は締め付けられる思いであった。  ゲルニードへと侮蔑の目を向ける。  生き残ったリザードマン達のうち数人が、この状況でもゲルニードを奮い立たせようと励ましていた。 彼らにとっては、単于であるゲルニードの存在は大きいのだろう。  力なく項垂れるゲルニードと、それに付き従う兵士達の光景は、イオードの脳裏に昔を思い出させていた。  竜騎士との戦い、エルフとの戦い、大いなる力との戦い、みな同じだ。剣を手に、ただがむしゃらに接近戦を試みる。 後に残るのは、いつも大量に転がる同胞達の屍。  ――穹廬奴の歴史は血で綴られている。  まさにその通りだと思った。  何故。という考えが、心の奥底から湧きあがる。  ――何故、何故にそうまでして死にたがる。  穹廬奴だからなのか、リザードマンだからなのか。  竜騎士と聞いて、自身に流れる血がたぎるように、かっと熱くなったのは事実であった。 好戦的な性格を否定はしない。種族の血がそうさせるのであろう。だが、進んで死にたいとは思わない。 長弓を手に戦うのは、その方が楽であるからだった。遠くから狙い済まして放てばいい。わざわざ近づく事もなく相手を斃す事が出来る。  ――我々は不器用な種族なのだろうか。いや、違う。弓や魔法も扱える。  確かに、傍目に見れば粗暴で獰猛とされるリザードマン族ではあったが、全てがそうというわけでもなかった。 土門ジェイクは見識に優れた名将であったし、剣豪ソルソーンは一心に高みを目指す人物である。チョルチョやスーフェンは魔法に造詣深い。 他にも、数多くの心優しい者がリザードマン族の中にいる。  その時、イオードの心に一つの言葉が浮かびあがった。  ――穹廬奴の歴史。  脈々と受け継がれてきた事柄であり、リザードマン族としての生き方ともいえる存在。  死に急いでいるわけではない。同胞達にとって、ただ、それが当り前なだけなのである。 先人達が戦場で剣を手にし、前へ前へと進む事によって、穹廬奴の歴史は紡がれてきた。  ――オレが変わり者なだけかもしれん。  手にした長弓を撫でる。  感慨にふけるイオードの意識を現実へと引き戻したのは、突然あげられた部下の大声であった。  遠く山間に霞むリュッセル城の付近から、黒い影がこちらへと向かってきているのが見てとれる。  新たな竜騎士の一団であった。 遠くの敵を見定める事に長けたイオードの眼が、その中にスーフェンが紛れているのを確認した。 新たな竜騎士の一団は、明らかにこちらに戦意を持って接近してくる。僅かに生き残った同胞達の、穹廬奴の息の根を完全に止める為であった。  踏み止まって戦う姿勢をみせる部下達に、イオードは早く退けと怒号を上げた。 生き残った同胞達が、ゲルニードを伴い木々の深い後方へと急いで退いていく。それを見届けると、イオードは竜騎士の一団へと向き直る。  徐々にその距離が縮まっていく。  イオードは地を蹴った。  駆けながら、手にした長弓で矢を立て続けに射る。ぱらぱらと、不運にも彼に狙いをつけられた竜騎士と飛竜が地に落ちていく。 竜騎士達も、相手がイオードただ一人とみて、数に物をいわせるかのように一斉に群がる。  幾度かの射撃の末に、ついに矢が尽きた。  いままでの彼ならば、数で不利な状況であれば、矢が尽きる前に安全な場所へと退避していただろう。しかし、今度ばかりは違っていた。 右に左にと、竜騎士達の攻撃を俊敏にかわし、その距離をさらに縮める。  飛竜に同乗していたスーフェンと目が合った。  互いの視線が一瞬、交錯する。  イオードは愛用の長弓を投げ捨てると、足元に斃れている同胞の刀を拾い上げ、群がる敵中へと飛び掛っていった。 ---- - ちょw続き早くwwww気になって寝れないです -- 名無しさん (2011-02-14 15:48:20) #comment(size=60,vsize=3) ----
**&color(blue){穹廬奴の再興} ルートガルト国の崩壊は、各地で新たな動乱を告げる出来事となった。 リジャースド率いる旧ルートガルト国第三軍は、参謀スーフェンの進言を受け、リュッセル城へと攻め上りこの地を制圧する。 これを機に、名を新たにリュッセル・オーダーと改めると、彼らは次に、リュッセル北に陣を敷くリューネ騎士団分隊の攻略を目指した。 先の功績で軍師の肩書きを得たスーフェンは、リュッセル北を圧倒的な数の兵で包囲すると、一部が極端に脆弱な布陣を用いて相対した。 当地に篭もるリューネ騎士団軍師ガルダームは、敵のあからさまな陣形を鑑み、すぐに罠であると看破する。 しかし、本隊と分断され数の上で不利な状況は、このまま消耗戦を続ければ無駄に兵を損なうだけであるとの結論に達し、自ら敵の罠に掛かる決断を下す。 自身を囮とし、副軍師ルウェンダーと配下の竜騎士達に敵陣を一点突破させ、セレン率いる本隊へと合流させる賭けに出たのであった。 リュッセル北から一斉に出撃した竜騎士隊の一団は、大した反撃を受けぬまま敵陣を潜り抜ける事に成功する。 一路、パーサの森を目指し、大湿地帯へと向かい飛び去るのであった。  大陸の東方に広がる大湿地帯。  ここにリザードマンの勢力、穹廬奴が存在する。  正確には、存在していた、といったほうが適切であろうか。一度は壊滅の憂き目にあうも、勢力再興を虎視眈々と狙い、時節を窺っていたのである。 リューネ騎士団とラストニ・パクハイトに挟撃された穹廬奴勢は、死に急ぐ単于ゲルニードを説得し思い留まらせ、永らくこの地に潜伏していた。 多くの同胞を失い、散り散りとなった軍を一から纏め上げ、やっと覇を唱えられるだけの兵力が集まりつつあった。 中原の忌々しいルートガルト国は事実上消滅し、宿敵であるリューネ騎士団は大きく兵力を二分され、本隊はラストニ・パクハイトと凄惨な争いを続けている。 まさに、今が好機であった。 「ソルソーン、貴様どうする」  身の丈を悠に超える長弓を背負ったリザードマンの男が、大木の切り株に腰を降ろし、これもまた長大な弓矢の鏃を磨きながら言葉を発する。  ソルソーンと呼ばれたリザードマンは、手にした長剣を鞘から抜き放つと静かに、剣先が地面に触れるほど深く右下段に構え、息を吸う。 暫しの静寂の後、空気を切り裂くような唸り声と共に、勢いよく長剣を斜めに斬り上げた。鋭い音が奏でられ剣風が巻き起こる。 「腕は、落ちていないようだな」  鏃の先を眺めながら、イオードは口の端を吊り上げるように小さく笑う。  鞘に納まる長剣が金属音を響かせる。まるでそれを合図にしたかのように、ソルソーンの前方にそびえ立つ大木という大木が、切口も鮮やかに次々と地響きを立てて崩れる。  彼が長い傭兵生活の末に編み出した一つの剣戟の完成型、飛ぶ斬撃である。彼は、その凄まじい剣戟技を『竜巻扇風剣』とした。 「天魔覆滅……我が宿命に終わりなし」 「そりゃご苦労なこった。で、単于には応じるのか」 「一応はな。イオード、貴様は不満か」 「正直、気にいらんな。弓使いというだけで馬鹿にされる」 「ならば剣をとれ」  イオードは、手にした矢を指で撫でながら鼻で笑った。 「一つ覚えで剣を振り回すか。それこそ馬鹿だな。近づく前に仕留めりゃ楽だろう」  リザードマンの社会では、戦いは接近戦が、特に剣での勝負が、最も美徳として捉えられる独特の価値観が存在した。力の強い者は即ち尊敬される。 弱肉強食を地で行く風潮は、飛び道具等に殆ど頼らず、互いに真っ向から力でぶつかる事こそが強さの証であった。 しかし、幾ら精強なる種族であっても、力関係に個々の開きがあるのは、どの生物でも世の常である。リザードマンにも非力で臆病な者もいる。 そういう者は、周りから弱者として蔑まされ、疎まれる存在になっていた。 イオードは、決してそういう部類ではなかったのだが、旧来の剣だけで雌雄を決する風潮には少なからず抵抗感を覚えていた。 その理由として、彼の兄弟に非力な弟が居たという事もあるが、戦場でひたすらに接近を図り、斃れ逝く同胞達に強い焦燥感を抱いていたのだった。 「後衛殺しか……」  ソルソーンが手にする剣の柄を握り締め、低く唸る。  その様子を見て、イオードは 「べつに拘っちゃいない。向かってくる敵なら誰でも構わんさ」  と、付け足した。 「まあ、穹廬奴を興すならいいだろう。オレも協力はする」  鏃を磨き終え、その鋭さを確認すると、腰に提げた矢筒へと仕舞いこんで切り株から立ち上がった。 まもなく、彼の部下が一堂に集結するはずである。弓の扱いに長けるリザードマン族では極めて珍しい部隊であった。  無事に合流をすると、ソルソーンと共に穹廬奴の決起を祝う場へと歩き出すのだった。  リザードマン族を束ねる単于ゲルニードは、時節到来と読み、ビースト沼と名づけられた地域で穹廬奴の再興を果たした。 湿地帯に息を潜めるように生活していたリザードマン達が、穹廬奴の名を聞き続々と集まってくる。  以前は、主な居住場所である湿地帯を、ほぼ全域に亘って勢力下に抑えていた穹廬奴勢である。その内に秘めた野心は極めて高い。 そして、その野心をくすぐるかのように、今の湿地帯にはこれといった勢力が存在していなかった。  設えられた高台に立ち、居並ぶリザードマン達を見下ろしながら、ゲルニードは声高に唸り叫ぶ。 「グルルルアアアッッ!! 我につづけえッ!! 剣をとれえッ!!」  リザードマン達は応える様に吼えながら、手にした剣を高々と挙げ、打ち鳴らし、地面を何度も蹴る。 唸り声と甲高い金属音、それに地響きが互いに混ざり合い、辺り一帯を包み込む。 異常なまでの熱気が満ち溢れ、触れればすぐにでも爆発しそうな光景に、ゲルニードは満足げに頷くと、さらにその熱を煽ろうとした。 「働きしだいでは氏族の位もくれてやろうッ!!!」  リザードマン族の社会にも階級が存在した。氏族はその中でも、穹廬奴を構成する諸部族の重要な地位を占めている。  熱狂の歓声が渦のように轟く。牙を剥き、口から泡を飛ばしながらリザードマン達が単于ゲルニードを讃え叫ぶ。  その光景を、一人醒めた瞳で静観する者がいた。  線の細い身体つきは、筋骨逞しいこの種族の中では、到底リザードマンとは思えない。だが、濃緑の肌はそうである事を如実に物語っている。  女性――リザードガールとよばれている――のリザードマン族であった。  ゲルニードの後ろに控える小柄な女性は、眉を顰めながら歩み寄った。 「単于、その様な事を軽々しくお約束なさらぬように」  ゲルニードの横から小声で諫言する。 「かまわぬッ! 邪魔をするなチョルチョ」  さらに言葉を続けようとしたチョルチョを手で遮って制すと、ゲルニードは眼下のリザードマン達を鼓舞するため、穹廬奴の優位性を熱く語りだした。  チョルチョはその話には耳を貸さず、今後のことをただ憂いていた。リザードマン族の雄は非常に熱しやすい。そして、極めて好戦的である。 戦は駆け引きがあまりにも多い。昔、穹廬奴にもその駆け引きが得意な男が一人だけ居た。その男を、リュッセル城を奪った一団の中に見た、と風の噂で耳にした。  ――スーフェンが戻ってきた。  穹廬奴にとって切れ者でありすぎた。軍政に反する思想を持っていた。だから、有事が起こる前に処刑すべきだと幾度となく進言した。 結果的には、スーフェンが脱走し中原に亡命したことで、自然と彼の話は立ち消え今では話題にも上がらない。  チョルチョもリザードマン族の中では秀でた方であり、それなりの知識は持ち合わせている。だからこそ、誰よりもあの男の危険性がわかっていた。  ――穹廬奴は旗を掲げた。あの男が怨みを抱いているなら、間違いなく仕掛けてくる。  心中複雑なチョルチョを他所に、ゲルニードは同胞の熱気に中てられたのか、恍惚とした表情を浮かべている。  溜息がチョルチョの口から大きく吐いた。その時、列の後方から、外で見張りに立っていたと思しきリザードマン兵が高台に駆け寄ってくると、大声を張り上げた。 「ウェルン沼に向かって竜騎士の一団が南下中!!」  辺りが急にしいんとなる。  リザードマン達はお互いに顔を見合わせていたが、竜騎士という言葉の響きを聞き、徐々に辺りに殺気が満ちてくる。  口々に殺ってしまえといきり立つ。そして、ゲルニードの一言一句を待つように皆が高台を注視した。  ゲルニードは満足げに眼下をぐるりと見渡すと、大きく息を吸い込み、怒号を言い放つ。 「皆殺しにしろッ!!!」  その一言で、集まったリザードマン達の興奮は頂点に達したようだった。我先にと、手に各々の獲物を引っさげて駆け出す。 「お待ちください単于! よくよくご熟考を」  展開を見守っていたチョルチョは、あまりの事に愕然としながらも、何とかゲルニードを思い留めようと懇願した。 「ええい、うるさいッ!! どけえッ!!」 「ならばせめて、ソルソーンとイオードの到着をお待ちください」 「どけと言っただろうッ!」  両手を広げ目の前に立塞がるチョルチョを、片手を振り上げて強くはじき飛ばす。 ゲルニードに殴打され、高台から落下したチョルチョは腰をしたたかに岩に打ちつけた。それでも痛みを堪え、懸命に立ち上がって行く手を塞ごうとする。  また、容赦なくはじき飛ばされた。 地面を転がるチョルチョの皮膚は、摩擦で擦り剥け、殴打された顔は鼻腔がつーんと沁み、口の中に血の味が広がる。 しかし、チョルチョは立ち上がり、ゲルニードの面前に周りこむ。 「どうか、どうかお待ちを。 いま勢いに押され、策を練らず事を起こせば、せっかく得た機を失いかねません」  早口でまくし立てた。 「くどいッ!!」  ゲルニードは我慢ならなくなったのか、短く叫ぶと、チョルチョの脾腹を手にした剣の柄で一撃した。 「あうっ……単于」  あまりの激痛に視界が暗くなる。薄れゆく意識の中で、脾腹の鈍い痛みを感じながら、宙を掴むように手を伸ばし地面に突っ伏した。  イオードとソルソーンが連れ立ってビースト沼を訪れたのは、ゲルニードが軍勢を率い出立してから暫く後であった。 古くからの部下を率いて合流する予定であったが、どうした事か、ゲルニードはおろか一兵の姿も見受けられない。 二人は訝しみ、辺りを手分けして調べてみると、確かにここに穹廬奴の一軍が集っていた痕跡はあった。  ――どこへ消えたというのだ。  イオードは首を傾げたが、釈然としないまま時間だけが過ぎていく。  じいっとしていても仕方がなく、少し遠くを探ってみようと首を巡らせていた時、地面に血痕のような跡が点々と続いてる事に気付いた。 何かを引き摺ったような跡も見て取れる。不思議に思い、イオードはその跡を辿ってみる事にした。  暫く歩いていると、前方に誰かが倒れているのが視界に収まった。慌てて駆け寄る。  それはチョルチョであった。口や鼻から血を流し、肌もいたるところが擦り傷を負っている。 「チョルチョ!? どうした、何があった!!」  ぐったりとした身体を抱き寄せると、眉目を歪ませながら目を開いた。 「うっ……イオード」 「誰にやられた」 「とめて……」 「同胞達に何かあったのか」 「単于をとめて……おねがい。手遅れになる前に」 「単于がやったのか。くそっ、ゲルニードめ」 「みんなは……ウェルン沼に向かったわ。今頃は竜騎士と戦ってるはず……」 「竜騎士ッ!」  久しぶりにその言葉を聞いた気がする。自然と血がたぎる様な感覚に身体が熱くなる。 「裏にいるのは多分スーフェンよ。気をつけて」  脳裏に、陰険で口数の少ない男の顔が浮かび上がった。  あまり親しい間柄ではなかったが、集まりで幾度か顔を合わせた事がある。相当の切れ者であるとの話も聞いていた。 「わかった。それより怪我は大丈夫か」 「ここで暫く休めば大丈夫だから……はやく行ってあげて」  チョルチョを草陰に運び横にならせると、イオードはソルソーン達の下へと急いで駆け戻る。 先程の話を手短に説明すると、イオードとソルソーンは部下を引き連れ、ウェルン沼へと向かって必死に駆けた。  ウェルン沼では、竜騎士隊の一団とゲルニード率いる穹廬奴勢が、壮絶な戦いを繰り広げていた。  竜騎士隊は、リュッセル北から出立した時よりも少ない兵数で応戦していた。  ウェルン沼の上空付近に差し掛かっとき、遠方から穹廬奴勢が武器を手にこちらに向かってくるのが目に入る。 そこで部隊を二手に分け、少数をニーア沼側の方面に向かわせると、残った半数以上の竜騎士達は、迫り来る穹廬奴勢に対して、果敢に立ち向かっていった。 少数に別れた竜騎士達は、副軍師ルウェンダーを含む、女性騎士達である。そのまま勢いを落とさず、ウェルン沼一帯を飛び越して行く。  それには目もくれず、ゲルニード率いる穹廬奴勢は勢いに任せ、立ち向かってくる竜騎士達へと躍りかかっていた。  リザードマン達は、空を駆る飛竜を相手に、投石をしたり投網を振るったりと、運悪く降下してきた竜騎士へ群がり殺到して次々に斬り刻む。 竜騎士達も巧みに飛竜を操り、距離を保ちながら火球や冷風などを飛竜に吐き出させ、穹廬奴勢を相手に必死に抵抗する。 ガルダーム旗下の部隊だけあり、竜騎士達はリューネ騎士団の一兵士でありながらも、その実力は精鋭中の精鋭を誇っている。 穹廬奴勢を上手く翻弄し、次々とリザードマンの屍の山を築きあげていく。  ゲルニードはただ増え続ける被害に歯噛みした。その身体は既にかなりの傷を受けている。 「くそおッ。何故だ、何故こうもやられるッ」  元々、相性が良いとはいえない相手であった。穹廬奴勢は接近戦に秀でていたが、剣戟を主体とした戦法は、距離をとられると手も足も出せない状態になる。 将として指揮を執るのはゲルニード一人であり、彼の指揮能力は決して劣るものではなかったのだが、やはり両軍には明らかな優劣の差があった。  勢いをかって竜騎士隊に襲いかかったものの、その実、見事なまでに返り討ちに近い状態である。 穹廬奴再興で集ったリザードマン達の半数以上が既に戦死していた。それでも、勇猛果敢なリザードマン兵は、一切攻撃の手を緩めようとしない。 指揮官の命令があるまで、たとえ最後の一兵になろうとも戦い続けるのが、彼らの特徴であり信念なのだ。  このままでは穹廬奴勢が全滅するのも時間の問題だった。  ゲルニードを囲むように戦っていた側近達も、いつのまにか全て戦死している。 「ぐ、ぐわわッ」  足元で火球が派手に爆発する。衝撃で身体が吹き飛ばされた。リザードマンの頑強な身体も、度重なる攻撃に悲鳴にも似た軋みをあげる。 転がりながらも何とか立ち上がると、標的を視界に収め、地面が抉れるほどに強く蹴った。 決して人間には真似の出来ない、到達点の高い跳躍を繰り出す。突然、眼前に現れたリザードマンに驚く竜騎士の首を、刹那に刎ね飛ばす。 そのまま重力に任せて地に足をつけたとき、狙い済ましたかのように矢継ぎ早に火球が襲ってきた。  かわしきれないと咄嗟に判断し、腕を顔の前で交差させ防御の姿勢で耐える。決して背は見せない。  ずどんずどんと鈍い衝撃が身体を奔り、凄まじい熱さに襲われる。  撒きあがった土煙が風で流されると、ゲルニードを囲むように上空から五騎の竜騎士達が見下ろしていた。 辺りには、孤立したリザードマン兵が各個撃破されていく光景が広がっている。軍配はどうやら完全に竜騎士側に上がったようだった。  さしものゲルニードも、長い戦闘で体力の殆どを使い果たしたのか、剣をゆっくりと構え直したが、がくりと膝をついて剣を地面に突き刺した。  上空を旋回する竜騎士のうち、隊長格と思しき男が飛竜の手綱をしごく。 羽を拡げ、首を大きくもたげた飛竜の口腔に、真っ赤な炎の塊が膨れ上がる。  ゲルニードは最期と悟ったのか、ゆっくりと目を閉じた。  かすかな風きり音が響く。  ゲルニードは一向に襲ってくることのない火球に、すっと目を開けた。  どこからともなく飛来した一本の矢が、飛竜の急所を的確に射抜いている。 まっさかさまに地へと落ちた飛竜が立てる地響きが、ゲルニードの腹を激しく揺さぶった。  後に残る竜騎士達が驚いて辺りを見渡す。そこへ瞬く間に飛来した矢が、立て続けに飛竜や竜騎士を射抜き、地獄へと叩き落していく。  ゲルニードの視線の先には、長弓を携えたイオードとその部下達が居並んでいた。  イオードは長弓を手に戦場を駆けた。同胞達を可能な限り救う為である。 竜騎士を目にするや、矢筒に手を伸ばし、矢を番え狙いを定めて引き絞る。彼の手から放たれた矢は、的確に相手を仕留めた。 リザードマンは、人間より遥かに強靭で腕力がある。その長弓から放たれる矢は、空気を切裂きながら真っ直ぐに飛び、飛竜の硬い鱗を易々と貫いた。 そして、例え金属製の甲冑に全身を包んでいようとも、その矢の威力は、甲冑を容易く貫き死を告げる。 臆病者と蔑まされた部下達に、弓の扱い方を一から教え込み、今では貴重な戦力へと育て上げた。その部下達も、次々と竜騎士を撃ち落していく。  イオードは一息つくと、ソルソーンへと目をやる。剣豪の彼らしく、飛竜を踏み台に跳躍すると長剣を一閃し、また次の標的へと飛び移る。 流れるように去った後には、必ず竜騎士の屍が空から降ってくる。甲冑ごと胴が真っ二つに切断されていた。  イオードとソルソーンの援軍によって、穹廬奴と竜騎士の戦況は一変した。 それまで優勢であり、勝利を約束されていたであろう竜騎士隊は、あっという間に全滅したのである。 主を失った生き残りの飛竜が、寂しそうに空を旋回していたが、何処かへと消えていった。後に残るのは両軍の夥しい屍の山である。  座り込むゲルニードの下へ、イオードは歩み寄った。 「単于、これは一体どういうことだ」  ゲルニードは黙ったまま歯軋りをする。  沈黙するゲルニードと向かい合う彼の隣へ、ソルソーンと共に部下達が集まってきた。 「イオード……生き残りは僅かだ」  ソルソーンがじろりとゲルニードに視線を移す。  その眼光は鋭い。 「単于……いや、ゲルニード。大方、貴様はろくに考えもせずに戦ったのであろう」  ソルソーンの詰問に対しても、押し黙ったまま答えない。  その様子をみて、ソルソーンは顔に軽蔑の色を顕わにすると、もう何も語る事もないという風に一人戦場を後にした。  ゲルニードは、去っていくその背を睨みつける。 「やつらは宿敵だッ! 見過すなど出来るものかッ!!」  突然、牙をむき出して大声で吼えた。  「単于、何故チョルチョの忠告を聞き入れなかった。 聞いていれば、この様な被害をださずとも済んだはずだ」  イオードは静かに問う。 「貴様に何がわかるッ。単于である以上、俺は敵に背を見せるわけにはいかぬッ!」 「その為に、これだけの犠牲をだすのか……馬鹿らしい」 「背中に傷を負うことは許されぬッ。穹廬奴なら戦って死ねッ!!」 「もういい……ゲルニード、穹廬奴は終わりだ」  そう告げると、イオードは生き残った者の数を見た。  ――二十もなしか、見事にやられたな。  穹廬奴再興として、各地の湿地帯から集ったリザードマン達は、ただの一戦で壊滅してしまった。 率いる将が然るべく揃っていれば、幾ら精鋭とはいえただの竜騎士相手に、壊滅の憂き目には遭わなかったであろう。 戦死した大勢の同胞達の事を考えると、イオードの胸は締め付けられる思いであった。  ゲルニードへと侮蔑の目を向ける。  生き残ったリザードマン達のうち数人が、この状況でもゲルニードを奮い立たせようと励ましていた。 彼らにとっては、単于であるゲルニードの存在は大きいのだろう。  力なく項垂れるゲルニードと、それに付き従う兵士達の光景は、イオードの脳裏に昔を思い出させていた。  竜騎士との戦い、エルフとの戦い、大いなる力との戦い、みな同じだ。剣を手に、ただがむしゃらに接近戦を試みる。 後に残るのは、いつも大量に転がる同胞達の屍。  ――穹廬奴の歴史は血で綴られている。  まさにその通りだと思った。  何故。という考えが、心の奥底から湧きあがる。  ――何故、何故にそうまでして死にたがる。  穹廬奴だからなのか、リザードマンだからなのか。  竜騎士と聞いて、自身に流れる血がたぎるように、かっと熱くなったのは事実であった。 好戦的な性格を否定はしない。種族の血がそうさせるのであろう。だが、進んで死にたいとは思わない。 長弓を手に戦うのは、その方が楽であるからだった。遠くから狙い済まして放てばいい。わざわざ近づく事もなく相手を斃す事が出来る。  ――我々は不器用な種族なのだろうか。いや、違う。弓や魔法も扱える。  確かに、傍目に見れば粗暴で獰猛とされるリザードマン族ではあったが、全てがそうというわけでもなかった。 土門ジェイクは見識に優れた名将であったし、剣豪ソルソーンは一心に高みを目指す人物である。チョルチョやスーフェンは魔法に造詣深い。 他にも、数多くの心優しい者がリザードマン族の中にいる。  その時、イオードの心に一つの言葉が浮かびあがった。  ――穹廬奴の歴史。  脈々と受け継がれてきた事柄であり、リザードマン族としての生き方ともいえる存在。  死に急いでいるわけではない。同胞達にとって、ただ、それが当り前なだけなのである。 先人達が戦場で剣を手にし、前へ前へと進む事によって、穹廬奴の歴史は紡がれてきた。  ――オレが変わり者なだけかもしれん。  手にした長弓を撫でる。  感慨にふけるイオードの意識を現実へと引き戻したのは、突然あげられた部下の大声であった。  遠く山間に霞むリュッセル城の付近から、黒い影がこちらへと向かってきているのが見てとれる。  新たな竜騎士の一団であった。 遠くの敵を見定める事に長けたイオードの眼が、その中にスーフェンが紛れているのを確認した。 新たな竜騎士の一団は、明らかにこちらに戦意を持って接近してくる。僅かに生き残った同胞達の、穹廬奴の息の根を完全に止める為であった。  踏み止まって戦う姿勢をみせる部下達に、イオードは早く退けと怒号を上げた。 生き残った同胞達が、ゲルニードを伴い木々の深い後方へと急いで退いていく。それを見届けると、イオードは竜騎士の一団へと向き直る。  徐々にその距離が縮まっていく。  イオードは地を蹴った。  駆けながら、手にした長弓で矢を立て続けに射る。ぱらぱらと、不運にも彼に狙いをつけられた竜騎士と飛竜が地に落ちていく。 竜騎士達も、相手がイオードただ一人とみて、数に物をいわせるかのように一斉に群がる。  幾度かの射撃の末に、ついに矢が尽きた。  いままでの彼ならば、数で不利な状況であれば、矢が尽きる前に安全な場所へと退避していただろう。しかし、今度ばかりは違っていた。 右に左にと、竜騎士達の攻撃を俊敏にかわし、その距離をさらに縮める。  飛竜に同乗していたスーフェンと目が合った。  互いの視線が一瞬、交錯する。  イオードは愛用の長弓を投げ捨てると、足元に斃れている同胞の刀を拾い上げ、群がる敵中へと飛び掛っていった。 ---- - ちょw続き早くwwww気になって寝れないです -- 名無しさん (2011-02-14 15:48:20) - イオードやってくるわ -- 名無しさん (2011-02-15 02:33:26) #comment(size=60,vsize=3) ----

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