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彼についてのちょっとした回想」(2020/06/30 (火) 22:57:06) の最新版変更点

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. ――お父さん、見てくださいです。 ――おお、お前は動物に好かれるんだなあ。   犬でも猫でも魔物でも、みんなお前に集まってくる。 ――お父さんも、ほら! ――あ、いや、父さんはいいよ。   ……ほら、動物たちも嫌がっているみたいだし。 ――お父さんは、どうぶつは嫌いなのですか? ――いや、そうじゃないんだ、そうじゃないけど…… ――。 「……それで、私の所に来たわけですか」  事情の説明を聞き終えたギストーは、手に持っていた羽毛製の柔らかい鞭を軽く振った。  周囲を取り巻いていた幼いマンティコアの群れが、それに従って草原へと散らばっていく。  先ほどから彼らにこぞって威嚇の唸り声を上げられ続け、すっかり青くなっていた男が  そこでようやく人心地付いたと言う風に緊張を解き、詰めていた息を大きく吐く。 「動物に好かれる娘のために、自分も動物を好きになりたい……と。そういう事でいいのですね」 「は、はい」  額に浮かんだ汗を拭いながら男が答える。  その間にも周囲に散らばったマンティコアが楽しげに鳴くのを聞いて、驚きに肩がびくりと震える。  鰓の張った顔面は魁偉と言えないこともないのだが、どうにも気の小さい男のようであった。 「ぎ、ギストーさんは高名なビーストテイマーだと聞きました。是非ともその心得を」 「ビーストテイマーねえ」  その評価は、ギストーとしては甚だ心外であった。  そもそもギストーは自らビーストテイマーを名乗ったことなど無い。  魔物は使役するものではなく、心を通わせ共生する友人であると考えている彼にとって、  魔物使いなどと言う称号はむしろ侮辱とすら思える。 「この通り、お願いします!」  とはいえ、それは今は関係のない話。  目の前で頭を下げる男のつむじを眺めながら、ギストーは腕を組んだ。  自分に会いに北の雪国からフェリル島までやって来るような男を無下にはあしらえない。  ギストーと言う男は、生来そうした人のいい性分で損をする性質であった。 「……私はビーストテイマーなどと言うものではありませんが、まあ」  男が語った事情に嘘はないようであるし、そうならギストーにとっては意義のある話だ。  魔物や動物に好かれたい。誰もがこう考え、彼らに歩み寄ってくれたならば  魔物も人間も争い傷つくことなく、平和な関係を築くことが出来るだろう。 「いいでしょう。あなたのお手伝いをさせていただきます」 「では!」  頭を上げた男の表情がぱっと明るくなった。  これはこれで愛嬌のある顔と言えないこともない。 「ええ、教えて差し上げましょう。人間は動物とどう接するべきなのか」 「あ、ありがとうございます!」  男が再び、深々と頭を下げた。 「その前に。私はまだあなたの名前も聞いていないのですが」 「あ、ああ、そうでした。私の名前は――」  こうして転がり込んできた男を弟子に取り、魔物と接する術を教える事になったギストーであったが、  男の修行は遅々として進まなかった。 「ひゃあ!」  牙もまだ生え揃わない、幼いマンティコアに吠えられただけで飛びあがって驚く。  男は兎にも角にも気が小さく、魔物と接する時も及び腰でびくびくしており落ち着かない。  その過剰な警戒を魔物も察しているから、逆に警戒されてしまい敵意を向けられてしまう。  それに怯えた男はさらに警戒心を強め、それが魔物たちをさらに警戒させる悪循環であった。 「こちらが敵対的にならなければ大丈夫ですよ。警戒することはありません」  そう教えるギストーの膝には今もマンティコアが乗ってごろごろと喉を鳴らしている。  ギストーもマンティコアも、お互いまったく警戒していない。彼にとってはごく当たり前のことである。  だが、それが彼にとっては難しい。今も飛びかかって来たマンティコアから脱兎のごとく逃げ出し、  目にも止まらぬ素早さで木の上によじ登って彼らの攻撃を避けるのに必死になっているところだった。 「そそそ、そうは言われましてもですね!!」  枝振りのいい木の太い幹にしっかと掴まって足元で飛び跳ねるマンティコアから逃げる姿は、  どことなく猿に似ている。  やれやれ、と首を振って鞭を軽く振り、その風切り音だけで樹下のマンティコアを引き離したギストーは  尻から草原に落っこちてきた男を見降ろしてすっかり癖になった溜め息を吐いた。 「動物に好かれると言う事は、彼らを受け入れると言う事です。逃げていてはどうしようもない」 「しかしですね、噛まれたら痛い」  痛む尻を撫でながら立ち上がった男は、つばの広い帽子をかぶり直しながらそう答える。  ビーストテイマーにとっての正装であるそうだが、ギストーはそんな事は知らない。 「そもそもあなたには笑顔と言うものが足りないのです。相手の警戒を解くにはまず笑顔からですよ」 「笑顔ですか」  そう語るギストーだが、当の本人はあまり笑顔を見せると言う事はしない性格である。  男もそう思ったから彼の言葉には首を傾げたが、ともかくそれが大事と言われたからには実践するよりない。  足元に付いてきた幼いマンティコアを抱き上げると、ギストーは男の目の前にそれを突き出した。 「ほら、笑顔を見せてあげなさい。それが第一歩です」 「ひゃ」 「怖がらないんですよ。抑えていてあげますから」 「は」  そう言われても怖いものは怖い。笑顔を見せろ、と言われても簡単ではなくて、  結局、男が絞り出したのはいかにもわざとらしい、ひきつった笑顔だけだった。 「か……」 「かっかっかー」  フェリルの夕暮れはゴブリンの遠吠えとともにやってくる。  彼らが住まう西の山岳地帯へと橙色の日が降りていくのを背に、ギストーは難しい顔をしていた。 「……戻ってきませんね」  先ほど、男の尻を追いかけ回していたマンティコアの事である。  ギストーが鞭の一振りで追い払ったあと、すでにかなりの時間が経っているのに戻ってくる気配がない。 「どうしたんでしょう」  追いかけ回された事に恐怖こそすれ、恨みに思うような事が無いのは男の美点であろう。  ギストーと同じく、かのマンティコアを心底から心配している様子で周囲をしきりに眺めまわしている。 「……もしかしたら、遺跡の方に行ってしまったのかもしれません」 「いせき?」 「遺跡です。南にはシャルパイラと呼ばれる旧時代の遺跡がありましてね」  男にとっては初耳の事であった。と言うのも、ギストーはその場所の事を彼には教えずにいたからだ。 「亡者が出ると言う噂があるのです。行かないように言っておいたのですが」 「危険じゃあないですか!」  ギストーの言葉に、驚きに満ちた男の声が飛ぶ。  そればかりでなく、言うが早いか草を蹴ってその体が翻り、南へ向けて駆けだしていた。 「ちょ、ちょっと!」  これには落ち付きのあるギストーも流石に慌てて、男の背中に手を伸ばしたが届かない。 「行ったかどうかは解りません!もう少し待っても……」 「確かめてきます!」  代わりに言葉で引き留めようとするが、あっさりと否定された。  男は気が小さい割に行動の思い切りはやたらと良い。娘のために北の果てからフェリルくんだりまで  ギストーに教えを請いに来たことと言い、一念発起してしまうと周りが見えなくなる性格のようだった。 「無理はしないで、危険だと思ったらすぐに戻ってくるんですよ!!」  そうした性格を理解しているから、ギストーもそれ以上は止めることが出来なかった。  せめてもの忠告を背中に飛ばし、あとは猛烈な勢いで走っていく弟子を心配そうに見送るのみである。 「だ、大丈夫でしょうか」  右腕に飛びついて来たマンティコアに向けて思わず問いかけてしまったが、もちろん返事はない。  夜に近づいてきたフェリルの冷え始めた風が背中を撫でて、老いの迫った肌が小さく震えた。  これは試練だ。  少しずつ暗くなり始めてきた草原を駆けながら、男はそんな風に考えていた。  自分がなぜ動物に好かれないのか、嫌いなわけではない動物とまともに接することができずにいるのか。  その原因が自分の小心にある事を、彼自身も解りすぎるほどに理解していた。  だが、これは生まれ持った気質だから一朝一夕でどうにかなるものでもない。  気の小ささを克服する劇的な切っ掛けが無ければ、そう簡単には治らないだろう。  それでは動物たちと対等に接することなど出来ない。娘のように忌憚なく彼らと触れ合うなど無理な話だ。  娘のためにも、自分自身のためにも、自分はどこかで小心な自分と決別せねばならない。  これはその機会なのだと、男は直感的に理解していた。  夜が近づいてきた遺跡には亡者が彷徨うのだという。真偽はどうあれ、その情報は十分すぎるほどに怖い。  だが、その怖さに負けてはいけない。  もし本当にマンティコアが迷い込んだのなら、自分よりもっと怖い思いをしているはずだ。  彼を助けなくてはならない。恐れ震えている彼を、自分の手で救い出さなくてはならない。  それが出来れば、自分はきっと彼らと正面から向き合うこともできるようになる。  無根拠にではあるが、男はそう確信していた。  だから、少しずつ緑を失ってごつごつした岩場へと変じてきた大地を掛ける足に迷いはない。  どうやら道は合っていたようで、ほどなくして視界の先に崩れた建造物の残骸のようなものが見えてきた。 「……あれかな?」  まだ日は落ち切っておらず、ぼんやりとではあるが周囲の様子が見て取れる。  わずかに文明の臭いを残しながら、しかし完全に朽ち果ててしまった廃墟である。  完全に人の手が入っていない場所より、一度は栄え、今は滅んでしまったこの場所は一層の寂寞があり、  盆地となっているこの場所へ吹きこんでくる風は周辺よりも一回り冷えて感じられる。  寒さばかりの理由ではなく、小さく震えた男はきょろきょろと周囲を見回した。 「いない、な」  目当てのマンティコアだけでなく、亡者の姿も見当たらない。  喜んでいいのか、残念に思うべきなのか。両方の感情を綯い交ぜにした溜め息を吐きながら、少し進む。  亡者の姿はないが、いつどこから出てきてもおかしくない雰囲気である。  しぜん、足の運びもおっかなびっくりになり、風に吹かれて石ころが落ちた音にもびくりと肩が揺れた。 「う、うう」  怖いものはどうしたって怖い。  だが、その怖さに負けて帰ってしまったら、それは完全な敗北である。  そうなれば、自分はもう一生この性格を治すことはできないだろう、という確信があった。  だから背を向ける事はしない。ほとんど意地のようなものだが、男はそれでも足を止めなかった。  それが功を奏したか。 「――?」  風に乗って、鳴き声が聞こえたような気がした。  最近はすっかり耳に馴染んだ、よく知る動物の鳴き声である。 「こっちか!」  鳴き声の方向へ駆け出してみれば、今度ははっきりと甲高いマンティコアの声が耳に届いた。  どうやらギストーの懸念は正しかったようである。彼はこの遺跡に迷い込んで、帰れなくなっていたのだ。  それならば、自分が助け出してやらねば。  その決意を胸に駆けた先にあったのは、もとは神殿だったらしい大きな建造物の残骸。  そして、その奥の床が崩れた後に出来たとおぼしき、底の見えない穴であった。 「ここ……か?」  立ち止まり見下ろした暗い穴の底から、確かに鳴き声が聞こえてくる。  もとから開いていたのか、何かの拍子に床が崩れたのか。  マンティコアはこの穴に嵌まって地下に落ち、戻れなくなったものと思われた。 「入るしか……ない、か」  その決意を固めるにはさすがに少々の逡巡を必要としたが、どちらにせよ入らねば彼を救えない。  ここまで来て、助けることなく背を向けて帰るなどと言う選択肢は最初からなかった。  あとは覚悟を決めるだけで、それにもさほどの時間は必要としなかった。  ここでやらねば。 「――いくぞ!」  気合一声、男の体は暗い穴へと飛び込み、落ちて行った。 「いたたた、た……」  その穴は、思ったよりも深かった。  準備もなくそこに飛び込んだ男は、したたかに尻を打ってしばしの間悶絶する羽目になったが、  とにかく大した怪我もなく着地することには成功したようであった。  上から見た時は漆黒の暗闇であったが、降りてみればなぜか仄かに明るい。  周囲の地形を何となく把握する程度の光はあって、理由は解らないが好都合であった。  尻を抑えながら立ち上がると、あたりをきょろきょろと見回して声を出す。 「おおい、どこだ!」  自分の声が思った以上に反響するのに自分で驚いたが、彼以上に迷子のマンティコアも驚いたようで  甲高い鳴き声がすぐに戻って来た。  それも反響して正確な位置は解りづらいが、すぐ近くにいるようだ。  手探りで壁を伝いながら角を曲がると、さらに明るい場所に出た。 「ここは……」  祭壇、のような場所である。  何が光っているのか、その中央で何かが輝き、それが部屋全体を照らしている。  まぶしくてよく見えないが、とにかく明かりがあるのは有り難かった。  再び周りを見渡すと、今度はすぐにマンティコアの見慣れた尻尾が目に入った。 「いたか!」  喜びを声に出してそちらに駆け寄ると、マンティコアも男に気づいて振り返った。  いつもなら警戒心も露わに男へ爪を立てるきかん気の強い幼獣も、今ばかりは吠えかかりはしない。  それは心細さもあったのだろうが、この状況ゆえに男がマンティコアを警戒したりせず、  また彼を見つけた喜びから満面に笑みを浮かべていたのも理由の一つであったが、男は知らない。  ただ、彼が素直に自分へと歩みよって足元に擦りついてくれたことが無性に嬉しかった。 「よしよし、もう大丈夫だからな……」  その頭を撫でる手にも抵抗はない。  まるでギストーがいつも彼らにしているような具合で、それも嬉しかった。 「さて、あとはどう戻るかだが……」  飛び降りてきた穴は深く、とてもよじ登って戻れる高さではない。  となれば他に出口を探すよりなく、男は周囲をきょろきょろと見回した。  声が降って来たのは、その時である。 「――誰だ」 「と、我々は質問する」  奇妙な声であった。  幼い少女のような線の細い声と、骨太な男性の低く太い声。  それ以外にも、いくつもの老若男女が同時に同じ言葉を発したような音。  赤子の泣き声や犬猫の吠え声までもがそこに加わって、ほとんど雑音に近い異様な音が成立している。  まったくの不意打ちに飛びあがるほど驚いた男は、反射的にそちらを振り向いていた。 「だっ――誰だぁ!?」  質問する声も甲高く震えて実に情けない具合である。  まさか自分たちの他に何者かが存在しているなどとは露ほどにも思わなかった所への不意打ちであるから、  ほとんど魂が消えるほどに驚いた男であった。まともな返事が出来ただけでも奇跡に近い。  しかし、振り返った男の目の前にあるのは奇妙な光源だけであった。  声はそこから響いている。 「――おまえはしっているぞ」 「ひと、と言う生命であろう」 「と、我々は推察する」  幾種類もの声が、鳴き声が、騒音が、無軌道に混じり合った奇態な音。  しかし、実に聞き取りづらい音であるにも関わらず、発している声は男にははっきりと理解できた。  とはいえ、理解できたところで男が混乱の極みにある事は変わりない。  それには一切構わず、声はさらに続いた。 「――何故、此処に来た」 「我々を求めるものか」 「と、我々は確認する」  とりあえず、亡者の類ではないようだ。  今すぐに自分たちを取って食うと言うことも無いらしい。  それだけ解って、ほんの僅かに平静を取り戻した男はそれでも十分に混乱した頭で光を見上げた。 「い、いや、お前たちの事なんて知らない」  彼を助けに来たのだ、と、足下にうずくまるマンティコアを指さして男は答えた。  その返答に、光は水が揺れるように緩く蠢く。その有機的な動きが気味悪く、男の肩がまた震える。 「――知らぬ、か」 「もうそんなに、ときがたったか」 「と、我々は驚愕する」  光の奥には、何か姿があるようだ。  眩しくてはっきりと直視できないが、男にもそれは薄っすらと見る事が出来た。 「お、お前は何なんだ」  その姿が、ゆらゆらと揺らめき変化する。  球体のようであり、二次元的な平面のようであり、その形もまるで定まる様子が無い。  あまりにも非現実的なその光景は、逆に男の思考を少し冷静に引き戻したようであった。 「――われわれは」 「我々はマクラヌス」 「マクラヌスと呼ばれた者たち」 「と、我々は回答する」  複数の声がいくつも重なりあって、ほぼ同時に一つの回答を飛ばしてくる。  猛獣の鳴き声らしき声までが絡まり合ったその音は非常に聞き取りづらいが、  しかしその意味するところは脳内にすんなりと入り込んでくる。それもまた奇妙な感覚を与えてくる。 「意味が解らない」  男としてはそう答えるよりない。  その言葉に、いっそう大きく光が揺らめいた。その様はどこか怒っているようにも思える。  不定形だった形は、少しずつ具体的な形を手に入れつつあるようだ。 「――我々は意志」 「われわれはちから」 「我々は千の命を殺すもの」 「我々は万の命を生み出すもの」  ゆっくりとその形が定まり、逆にそこから発される光は薄らいでいく。  全身が帯びている光が周囲を明るく照らしてはいるが、その眩しさはずいぶんと落ち着いて  目を向けていられないほどの光はすでに発してはいない。 「我々は幾千の呪言」 「我々は幾万の真言」  その姿は。 「われわれは」 「う――」  それを視界に入れた瞬間、 「――!!」  男の脳は、全ての思考を放棄した。 「――意識が消えた」 「彼の魂は、砕けてしまった」 「われわれのすがたが」 「彼を恐怖させてしまった」 「彼は限界を超えてしまった」 「と、我々は理解する」 「――治してやろう」 「そうするのがいい」 「と、我々は賛成する」 「――恐怖によって壊れたのならば」 「これからは、喜びだけを感じればよい」 「そのようにしてやろう」 「と、我々は提案する」 「――われわれは」 「我々は、おそろしいものであるようだ」 「恐ろしくない形をとろう」 「それがよいだろう」 「と、我々は賛成する」  ギストーが遺跡のそばで地に倒れ伏した男を見つけたのは、次の日の朝早くであった。  暗くなっても日付が変わっても戻ってこない弟子を心配して、日が昇ると同時に南へ向かい、  そして赤茶けた大地に腹ばいになって倒れている彼を発見したのだ。  すぐ傍には件のマンティコアがおとなしく座っている。 「大丈夫ですか!」  ギストーはすぐさま駆け寄ると、男の体を抱き起こして体を確認した。  目立った外傷はない。心臓も動いているし呼吸もある。気絶しているだけのようだ。  それを確認してとりあえず安堵の息を吐くと、頬を軽く叩いて体を揺らした。 「……起きてください。何があったのです」  男が目を覚ますのに、さほどの時間はかからなかった。  目覚めた男はギストーの顔を見上げ、横に居るマンティコアを見ると、数度瞬きをして、 「かっかっかー」  笑った。 ---- - 続編希望 &br() -- 名無しさん (2011-02-17 22:29:37) - 凄く面白かった。 &br() -- 名無しさん (2011-02-17 23:34:47) - 最後でやっとヤヌークと気付いた… -- 名無しさん (2011-02-17 23:47:39) - む=ん、おれにはさっぱり、いみがわからんかったよ。 -- 名無しさん (2011-03-04 03:04:35) - ヤヌークがマンティコアを雇用できるわけと、かっかっかーしか言わないわけがわかる -- 名無しさん (2011-03-04 19:07:20) - ヤヌークがマクラヌスをつかって勢力を立ち上げる。 &br()宿将はギストーという空想をした &br() -- 名無しさん (2012-08-04 12:16:03) - 娘ってルヴェンダー・・・じゃないよな出自的に -- 名無しさん (2012-08-04 18:01:25) - 動物に好かれる雪国の少女って言ったら… -- 名無しさん (2012-09-16 15:03:33) - 猫かぶりのカルラ -- 名無しさん (2012-09-16 15:07:37) - これは面白い。 -- 名無しさん (2012-09-16 17:38:54) - すごい面白い -- 名無しさん (2012-10-27 23:02:44) - これすごい。 -- 名無しさん (2012-10-28 04:25:36) - 素晴らしいです! -- 名無しさん (2016-01-15 20:31:38) - オチが怖いな -- 名無しさん (2016-01-15 23:06:19) #comment(size=60,vsize=3) ----
. ――お父さん、見てくださいです。 ――おお、お前は動物に好かれるんだなあ。   犬でも猫でも魔物でも、みんなお前に集まってくる。 ――お父さんも、ほら! ――あ、いや、父さんはいいよ。   ……ほら、動物たちも嫌がっているみたいだし。 ――お父さんは、どうぶつは嫌いなのですか? ――いや、そうじゃないんだ、そうじゃないけど…… ――。 「……それで、私の所に来たわけですか」  事情の説明を聞き終えたギストーは、手に持っていた羽毛製の柔らかい鞭を軽く振った。  周囲を取り巻いていた幼いマンティコアの群れが、それに従って草原へと散らばっていく。  先ほどから彼らにこぞって威嚇の唸り声を上げられ続け、すっかり青くなっていた男が  そこでようやく人心地付いたと言う風に緊張を解き、詰めていた息を大きく吐く。 「動物に好かれる娘のために、自分も動物を好きになりたい……と。そういう事でいいのですね」 「は、はい」  額に浮かんだ汗を拭いながら男が答える。  その間にも周囲に散らばったマンティコアが楽しげに鳴くのを聞いて、驚きに肩がびくりと震える。  鰓の張った顔面は魁偉と言えないこともないのだが、どうにも気の小さい男のようであった。 「ぎ、ギストーさんは高名なビーストテイマーだと聞きました。是非ともその心得を」 「ビーストテイマーねえ」  その評価は、ギストーとしては甚だ心外であった。  そもそもギストーは自らビーストテイマーを名乗ったことなど無い。  魔物は使役するものではなく、心を通わせ共生する友人であると考えている彼にとって、  魔物使いなどと言う称号はむしろ侮辱とすら思える。 「この通り、お願いします!」  とはいえ、それは今は関係のない話。  目の前で頭を下げる男のつむじを眺めながら、ギストーは腕を組んだ。  自分に会いに北の雪国からフェリル島までやって来るような男を無下にはあしらえない。  ギストーと言う男は、生来そうした人のいい性分で損をする性質であった。 「……私はビーストテイマーなどと言うものではありませんが、まあ」  男が語った事情に嘘はないようであるし、そうならギストーにとっては意義のある話だ。  魔物や動物に好かれたい。誰もがこう考え、彼らに歩み寄ってくれたならば  魔物も人間も争い傷つくことなく、平和な関係を築くことが出来るだろう。 「いいでしょう。あなたのお手伝いをさせていただきます」 「では!」  頭を上げた男の表情がぱっと明るくなった。  これはこれで愛嬌のある顔と言えないこともない。 「ええ、教えて差し上げましょう。人間は動物とどう接するべきなのか」 「あ、ありがとうございます!」  男が再び、深々と頭を下げた。 「その前に。私はまだあなたの名前も聞いていないのですが」 「あ、ああ、そうでした。私の名前は――」  こうして転がり込んできた男を弟子に取り、魔物と接する術を教える事になったギストーであったが、  男の修行は遅々として進まなかった。 「ひゃあ!」  牙もまだ生え揃わない、幼いマンティコアに吠えられただけで飛びあがって驚く。  男は兎にも角にも気が小さく、魔物と接する時も及び腰でびくびくしており落ち着かない。  その過剰な警戒を魔物も察しているから、逆に警戒されてしまい敵意を向けられてしまう。  それに怯えた男はさらに警戒心を強め、それが魔物たちをさらに警戒させる悪循環であった。 「こちらが敵対的にならなければ大丈夫ですよ。警戒することはありません」  そう教えるギストーの膝には今もマンティコアが乗ってごろごろと喉を鳴らしている。  ギストーもマンティコアも、お互いまったく警戒していない。彼にとってはごく当たり前のことである。  だが、それが彼にとっては難しい。今も飛びかかって来たマンティコアから脱兎のごとく逃げ出し、  目にも止まらぬ素早さで木の上によじ登って彼らの攻撃を避けるのに必死になっているところだった。 「そそそ、そうは言われましてもですね!!」  枝振りのいい木の太い幹にしっかと掴まって足元で飛び跳ねるマンティコアから逃げる姿は、  どことなく猿に似ている。  やれやれ、と首を振って鞭を軽く振り、その風切り音だけで樹下のマンティコアを引き離したギストーは  尻から草原に落っこちてきた男を見降ろしてすっかり癖になった溜め息を吐いた。 「動物に好かれると言う事は、彼らを受け入れると言う事です。逃げていてはどうしようもない」 「しかしですね、噛まれたら痛い」  痛む尻を撫でながら立ち上がった男は、つばの広い帽子をかぶり直しながらそう答える。  ビーストテイマーにとっての正装であるそうだが、ギストーはそんな事は知らない。 「そもそもあなたには笑顔と言うものが足りないのです。相手の警戒を解くにはまず笑顔からですよ」 「笑顔ですか」  そう語るギストーだが、当の本人はあまり笑顔を見せると言う事はしない性格である。  男もそう思ったから彼の言葉には首を傾げたが、ともかくそれが大事と言われたからには実践するよりない。  足元に付いてきた幼いマンティコアを抱き上げると、ギストーは男の目の前にそれを突き出した。 「ほら、笑顔を見せてあげなさい。それが第一歩です」 「ひゃ」 「怖がらないんですよ。抑えていてあげますから」 「は」  そう言われても怖いものは怖い。笑顔を見せろ、と言われても簡単ではなくて、  結局、男が絞り出したのはいかにもわざとらしい、ひきつった笑顔だけだった。 「か……」 「かっかっかー」  フェリルの夕暮れはゴブリンの遠吠えとともにやってくる。  彼らが住まう西の山岳地帯へと橙色の日が降りていくのを背に、ギストーは難しい顔をしていた。 「……戻ってきませんね」  先ほど、男の尻を追いかけ回していたマンティコアの事である。  ギストーが鞭の一振りで追い払ったあと、すでにかなりの時間が経っているのに戻ってくる気配がない。 「どうしたんでしょう」  追いかけ回された事に恐怖こそすれ、恨みに思うような事が無いのは男の美点であろう。  ギストーと同じく、かのマンティコアを心底から心配している様子で周囲をしきりに眺めまわしている。 「……もしかしたら、遺跡の方に行ってしまったのかもしれません」 「いせき?」 「遺跡です。南にはシャルパイラと呼ばれる旧時代の遺跡がありましてね」  男にとっては初耳の事であった。と言うのも、ギストーはその場所の事を彼には教えずにいたからだ。 「亡者が出ると言う噂があるのです。行かないように言っておいたのですが」 「危険じゃあないですか!」  ギストーの言葉に、驚きに満ちた男の声が飛ぶ。  そればかりでなく、言うが早いか草を蹴ってその体が翻り、南へ向けて駆けだしていた。 「ちょ、ちょっと!」  これには落ち付きのあるギストーも流石に慌てて、男の背中に手を伸ばしたが届かない。 「行ったかどうかは解りません!もう少し待っても……」 「確かめてきます!」  代わりに言葉で引き留めようとするが、あっさりと否定された。  男は気が小さい割に行動の思い切りはやたらと良い。娘のために北の果てからフェリルくんだりまで  ギストーに教えを請いに来たことと言い、一念発起してしまうと周りが見えなくなる性格のようだった。 「無理はしないで、危険だと思ったらすぐに戻ってくるんですよ!!」  そうした性格を理解しているから、ギストーもそれ以上は止めることが出来なかった。  せめてもの忠告を背中に飛ばし、あとは猛烈な勢いで走っていく弟子を心配そうに見送るのみである。 「だ、大丈夫でしょうか」  右腕に飛びついて来たマンティコアに向けて思わず問いかけてしまったが、もちろん返事はない。  夜に近づいてきたフェリルの冷え始めた風が背中を撫でて、老いの迫った肌が小さく震えた。  これは試練だ。  少しずつ暗くなり始めてきた草原を駆けながら、男はそんな風に考えていた。  自分がなぜ動物に好かれないのか、嫌いなわけではない動物とまともに接することができずにいるのか。  その原因が自分の小心にある事を、彼自身も解りすぎるほどに理解していた。  だが、これは生まれ持った気質だから一朝一夕でどうにかなるものでもない。  気の小ささを克服する劇的な切っ掛けが無ければ、そう簡単には治らないだろう。  それでは動物たちと対等に接することなど出来ない。娘のように忌憚なく彼らと触れ合うなど無理な話だ。  娘のためにも、自分自身のためにも、自分はどこかで小心な自分と決別せねばならない。  これはその機会なのだと、男は直感的に理解していた。  夜が近づいてきた遺跡には亡者が彷徨うのだという。真偽はどうあれ、その情報は十分すぎるほどに怖い。  だが、その怖さに負けてはいけない。  もし本当にマンティコアが迷い込んだのなら、自分よりもっと怖い思いをしているはずだ。  彼を助けなくてはならない。恐れ震えている彼を、自分の手で救い出さなくてはならない。  それが出来れば、自分はきっと彼らと正面から向き合うこともできるようになる。  無根拠にではあるが、男はそう確信していた。  だから、少しずつ緑を失ってごつごつした岩場へと変じてきた大地を掛ける足に迷いはない。  どうやら道は合っていたようで、ほどなくして視界の先に崩れた建造物の残骸のようなものが見えてきた。 「……あれかな?」  まだ日は落ち切っておらず、ぼんやりとではあるが周囲の様子が見て取れる。  わずかに文明の臭いを残しながら、しかし完全に朽ち果ててしまった廃墟である。  完全に人の手が入っていない場所より、一度は栄え、今は滅んでしまったこの場所は一層の寂寞があり、  盆地となっているこの場所へ吹きこんでくる風は周辺よりも一回り冷えて感じられる。  寒さばかりの理由ではなく、小さく震えた男はきょろきょろと周囲を見回した。 「いない、な」  目当てのマンティコアだけでなく、亡者の姿も見当たらない。  喜んでいいのか、残念に思うべきなのか。両方の感情を綯い交ぜにした溜め息を吐きながら、少し進む。  亡者の姿はないが、いつどこから出てきてもおかしくない雰囲気である。  しぜん、足の運びもおっかなびっくりになり、風に吹かれて石ころが落ちた音にもびくりと肩が揺れた。 「う、うう」  怖いものはどうしたって怖い。  だが、その怖さに負けて帰ってしまったら、それは完全な敗北である。  そうなれば、自分はもう一生この性格を治すことはできないだろう、という確信があった。  だから背を向ける事はしない。ほとんど意地のようなものだが、男はそれでも足を止めなかった。  それが功を奏したか。 「――?」  風に乗って、鳴き声が聞こえたような気がした。  最近はすっかり耳に馴染んだ、よく知る動物の鳴き声である。 「こっちか!」  鳴き声の方向へ駆け出してみれば、今度ははっきりと甲高いマンティコアの声が耳に届いた。  どうやらギストーの懸念は正しかったようである。彼はこの遺跡に迷い込んで、帰れなくなっていたのだ。  それならば、自分が助け出してやらねば。  その決意を胸に駆けた先にあったのは、もとは神殿だったらしい大きな建造物の残骸。  そして、その奥の床が崩れた後に出来たとおぼしき、底の見えない穴であった。 「ここ……か?」  立ち止まり見下ろした暗い穴の底から、確かに鳴き声が聞こえてくる。  もとから開いていたのか、何かの拍子に床が崩れたのか。  マンティコアはこの穴に嵌まって地下に落ち、戻れなくなったものと思われた。 「入るしか……ない、か」  その決意を固めるにはさすがに少々の逡巡を必要としたが、どちらにせよ入らねば彼を救えない。  ここまで来て、助けることなく背を向けて帰るなどと言う選択肢は最初からなかった。  あとは覚悟を決めるだけで、それにもさほどの時間は必要としなかった。  ここでやらねば。 「――いくぞ!」  気合一声、男の体は暗い穴へと飛び込み、落ちて行った。 「いたたた、た……」  その穴は、思ったよりも深かった。  準備もなくそこに飛び込んだ男は、したたかに尻を打ってしばしの間悶絶する羽目になったが、  とにかく大した怪我もなく着地することには成功したようであった。  上から見た時は漆黒の暗闇であったが、降りてみればなぜか仄かに明るい。  周囲の地形を何となく把握する程度の光はあって、理由は解らないが好都合であった。  尻を抑えながら立ち上がると、あたりをきょろきょろと見回して声を出す。 「おおい、どこだ!」  自分の声が思った以上に反響するのに自分で驚いたが、彼以上に迷子のマンティコアも驚いたようで  甲高い鳴き声がすぐに戻って来た。  それも反響して正確な位置は解りづらいが、すぐ近くにいるようだ。  手探りで壁を伝いながら角を曲がると、さらに明るい場所に出た。 「ここは……」  祭壇、のような場所である。  何が光っているのか、その中央で何かが輝き、それが部屋全体を照らしている。  まぶしくてよく見えないが、とにかく明かりがあるのは有り難かった。  再び周りを見渡すと、今度はすぐにマンティコアの見慣れた尻尾が目に入った。 「いたか!」  喜びを声に出してそちらに駆け寄ると、マンティコアも男に気づいて振り返った。  いつもなら警戒心も露わに男へ爪を立てるきかん気の強い幼獣も、今ばかりは吠えかかりはしない。  それは心細さもあったのだろうが、この状況ゆえに男がマンティコアを警戒したりせず、  また彼を見つけた喜びから満面に笑みを浮かべていたのも理由の一つであったが、男は知らない。  ただ、彼が素直に自分へと歩みよって足元に擦りついてくれたことが無性に嬉しかった。 「よしよし、もう大丈夫だからな……」  その頭を撫でる手にも抵抗はない。  まるでギストーがいつも彼らにしているような具合で、それも嬉しかった。 「さて、あとはどう戻るかだが……」  飛び降りてきた穴は深く、とてもよじ登って戻れる高さではない。  となれば他に出口を探すよりなく、男は周囲をきょろきょろと見回した。  声が降って来たのは、その時である。 「――誰だ」 「と、我々は質問する」  奇妙な声であった。  幼い少女のような線の細い声と、骨太な男性の低く太い声。  それ以外にも、いくつもの老若男女が同時に同じ言葉を発したような音。  赤子の泣き声や犬猫の吠え声までもがそこに加わって、ほとんど雑音に近い異様な音が成立している。  まったくの不意打ちに飛びあがるほど驚いた男は、反射的にそちらを振り向いていた。 「だっ――誰だぁ!?」  質問する声も甲高く震えて実に情けない具合である。  まさか自分たちの他に何者かが存在しているなどとは露ほどにも思わなかった所への不意打ちであるから、  ほとんど魂が消えるほどに驚いた男であった。まともな返事が出来ただけでも奇跡に近い。  しかし、振り返った男の目の前にあるのは奇妙な光源だけであった。  声はそこから響いている。 「――おまえはしっているぞ」 「ひと、と言う生命であろう」 「と、我々は推察する」  幾種類もの声が、鳴き声が、騒音が、無軌道に混じり合った奇態な音。  しかし、実に聞き取りづらい音であるにも関わらず、発している声は男にははっきりと理解できた。  とはいえ、理解できたところで男が混乱の極みにある事は変わりない。  それには一切構わず、声はさらに続いた。 「――何故、此処に来た」 「我々を求めるものか」 「と、我々は確認する」  とりあえず、亡者の類ではないようだ。  今すぐに自分たちを取って食うと言うことも無いらしい。  それだけ解って、ほんの僅かに平静を取り戻した男はそれでも十分に混乱した頭で光を見上げた。 「い、いや、お前たちの事なんて知らない」  彼を助けに来たのだ、と、足下にうずくまるマンティコアを指さして男は答えた。  その返答に、光は水が揺れるように緩く蠢く。その有機的な動きが気味悪く、男の肩がまた震える。 「――知らぬ、か」 「もうそんなに、ときがたったか」 「と、我々は驚愕する」  光の奥には、何か姿があるようだ。  眩しくてはっきりと直視できないが、男にもそれは薄っすらと見る事が出来た。 「お、お前は何なんだ」  その姿が、ゆらゆらと揺らめき変化する。  球体のようであり、二次元的な平面のようであり、その形もまるで定まる様子が無い。  あまりにも非現実的なその光景は、逆に男の思考を少し冷静に引き戻したようであった。 「――われわれは」 「我々はマクラヌス」 「マクラヌスと呼ばれた者たち」 「と、我々は回答する」  複数の声がいくつも重なりあって、ほぼ同時に一つの回答を飛ばしてくる。  猛獣の鳴き声らしき声までが絡まり合ったその音は非常に聞き取りづらいが、  しかしその意味するところは脳内にすんなりと入り込んでくる。それもまた奇妙な感覚を与えてくる。 「意味が解らない」  男としてはそう答えるよりない。  その言葉に、いっそう大きく光が揺らめいた。その様はどこか怒っているようにも思える。  不定形だった形は、少しずつ具体的な形を手に入れつつあるようだ。 「――我々は意志」 「われわれはちから」 「我々は千の命を殺すもの」 「我々は万の命を生み出すもの」  ゆっくりとその形が定まり、逆にそこから発される光は薄らいでいく。  全身が帯びている光が周囲を明るく照らしてはいるが、その眩しさはずいぶんと落ち着いて  目を向けていられないほどの光はすでに発してはいない。 「我々は幾千の呪言」 「我々は幾万の真言」  その姿は。 「われわれは」 「う――」  それを視界に入れた瞬間、 「――!!」  男の脳は、全ての思考を放棄した。 「――意識が消えた」 「彼の魂は、砕けてしまった」 「われわれのすがたが」 「彼を恐怖させてしまった」 「彼は限界を超えてしまった」 「と、我々は理解する」 「――治してやろう」 「そうするのがいい」 「と、我々は賛成する」 「――恐怖によって壊れたのならば」 「これからは、喜びだけを感じればよい」 「そのようにしてやろう」 「と、我々は提案する」 「――われわれは」 「我々は、おそろしいものであるようだ」 「恐ろしくない形をとろう」 「それがよいだろう」 「と、我々は賛成する」  ギストーが遺跡のそばで地に倒れ伏した男を見つけたのは、次の日の朝早くであった。  暗くなっても日付が変わっても戻ってこない弟子を心配して、日が昇ると同時に南へ向かい、  そして赤茶けた大地に腹ばいになって倒れている彼を発見したのだ。  すぐ傍には件のマンティコアがおとなしく座っている。 「大丈夫ですか!」  ギストーはすぐさま駆け寄ると、男の体を抱き起こして体を確認した。  目立った外傷はない。心臓も動いているし呼吸もある。気絶しているだけのようだ。  それを確認してとりあえず安堵の息を吐くと、頬を軽く叩いて体を揺らした。 「……起きてください。何があったのです」  男が目を覚ますのに、さほどの時間はかからなかった。  目覚めた男はギストーの顔を見上げ、横に居るマンティコアを見ると、数度瞬きをして、 「かっかっかー」  笑った。 ---- - 続編希望 &br() -- 名無しさん (2011-02-17 22:29:37) - 凄く面白かった。 &br() -- 名無しさん (2011-02-17 23:34:47) - 最後でやっとヤヌークと気付いた… -- 名無しさん (2011-02-17 23:47:39) - む=ん、おれにはさっぱり、いみがわからんかったよ。 -- 名無しさん (2011-03-04 03:04:35) - ヤヌークがマンティコアを雇用できるわけと、かっかっかーしか言わないわけがわかる -- 名無しさん (2011-03-04 19:07:20) - ヤヌークがマクラヌスをつかって勢力を立ち上げる。 &br()宿将はギストーという空想をした &br() -- 名無しさん (2012-08-04 12:16:03) - 娘ってルヴェンダー・・・じゃないよな出自的に -- 名無しさん (2012-08-04 18:01:25) - 動物に好かれる雪国の少女って言ったら… -- 名無しさん (2012-09-16 15:03:33) - 猫かぶりのカルラ -- 名無しさん (2012-09-16 15:07:37) - これは面白い。 -- 名無しさん (2012-09-16 17:38:54) - すごい面白い -- 名無しさん (2012-10-27 23:02:44) - これすごい。 -- 名無しさん (2012-10-28 04:25:36) - 素晴らしいです! -- 名無しさん (2016-01-15 20:31:38) - オチが怖いな -- 名無しさん (2016-01-15 23:06:19) - >「ひゃ」 &br()こ こ す き -- 名無しさん (2020-06-30 22:57:06) #comment(size=60,vsize=3) ----

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