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**&color(blue){碑の建つ丘}  オステアの街から北側の郊外にある小高い丘に、蒼いローブを纏った一人の女性が佇んでいた。  眼下には太陽に照らされ眩しく輝く海原が、復興の兆しを見せるオステアの街並みを優しく包み込むように湛えている。街並みからは、崩れた民家を建て直す職人が振るう槌の音色が遠く風に運ばれて心地よい響きを伝え、燦燦と輝く太陽の眩しさに手をかざして空を見上げれば、澄み渡った雲ひとつない青空を真っ白な鳥が弧を描いて飛んでいる。蒼いローブを身に纏う女性の目に映る景色は、彼女が長い間待ち望み、ようやっとの事で訪れた平穏な風景であった。 「先生。あれから随分と経ってしまいましたが……やっとご報告が出来ます」  小高い丘に設けられた石碑の前に立ち碑に手をつくと、ひんやりとした冷たさが石から伝わってくる。アルジュナは石碑に彫られた文字を細い指で上からなぞった。  この石碑は、先の戦乱で死亡した数多の人々が奉られたオステアの戦没者慰霊碑であった。兵士や民を問わず奉られ、台座には常に何かしらの花が添えられている。そのひとつがアルジュナが供えたストックの花で、茎先に重なり合う白い可憐な花弁が黒色の石碑によく映えていた。やや年月を経て苔に覆われだした台座の周りに、花の香りに誘われた蝶がひらひらと舞う。その何気ない動きに心の安らぎを覚え、以前は目深に被るほどにぶかぶかであった師から譲り受けた帽子を脱ぐと、それを石碑の前へと静かに置いた。長く伸びた金色の髪が風に吹かれてなびく。 「あの日、先生達が突然いなくなって、ボク大変だったんですよ。 でも、頑張りました……最初は辛かったけど、頑張って、頑張って」  ルートガルト二区でオステア国は二人の執政を同時に失った。第一執政ラファエルと、アルジュナの師でもあった第三執政ピコックの両名は、死霊に襲われたルートガルトの難民を救済するために異国の地でその命を儚く散らし、国を率いる三執政の内で最後に残されたのが第二執政のアルジュナただ一人。まだ幼さの残る年端のいかない少女が、一国の将兵を纏め上げ民を導くのにどれだけ心を砕いた事か。肩に掛かる重圧に幾度となく杖を投げそうになっては思い留まりながら、懸命に執政として駆けまわった。 「ラザムの使徒と同盟を結んだんです……イオナって人がちょっと怖かったけど。 それとグリーン・ウルスとも手を結びました。ここは可笑しな人達で怖くはなかったけど、大丈夫かなって心配が」  当時の事を思い出して、手で覆った口元からくすりと笑みが漏れる。  少女然としていた以前と違い、アルジュナはどこか大人びた風貌をみせていた。年月が流れ大人へと成長したのもあるが、多感な時期に起きた様々な経験が一層それを促がしたのかもしれない。胸の蕾は僅かではあるが膨らみを見せ、身体全体もやや丸みを帯びて開花する日を待っている。大きかった帽子はちょうどよい具合で、手足がすっぽりと隠れてしまっていたローブも格好がつき、肩口で揃えられていた髪は、いつ頃からか腰のあたりまで届くくらいに伸ばされて蒼いローブの上で踊っていた。 「魔王軍と戦って、何時の間にか魔王がいなくなって……ボク、ちゃんと死霊とも戦ったんですよ。 それから……結局、人間はいつまでもいがみ合ったままだったけれど……」  大陸は様々に入り乱れ、種族の壁や思想の壁という分ち合えない課題を残したまま、ラザムの使徒がその全域を手中に収める容となって戦乱は終息を見せた。各地の復興はラザムの使徒を盟主とした三国同盟の監視下に行われ、荒れ果てた国や街はかつての姿を取り戻しつつある。  ムクガイヤの謀叛から端を発したこの戦乱は、実に多くの種族が平等に犠牲を払う結果となり、様々な命題を含んで生き残った各々に語りかけていた。 「先生、これでよかったんですよね。 平和になったんですよね……ボク、頑張りましたよね」  杖を握る手に僅かに力が篭る。 「褒めてくれますよね……先生。 逢いたいです……先生に……逢いたい」  石碑に崩れるように身体を預けた。最期の別れの時、老いた手で優しく抱きしめ頭を撫でてくれた師の姿が目蓋の裏に甦る。  暫しそのまま石碑にもたれる様に目を閉じていたアルジュナが徐に姿勢を正した。遠くから時刻を告げる時計台の鐘の音が響いてくる。 「もう、いきますね」  頭に帽子を載せると、石碑に背を向けてゆっくりと歩き出す。風が優しくその頬を撫でた。  ふと、誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返る。  石碑の前でピコックがアルジュナに向かい微笑みかけていた――ように感じた。  アルジュナは小さく頷くと、長く伸びた髪をなびかせて碑の建つ丘を後にした。 ---- - ピコック先生… &br() -- 名無しさん (2012-08-04 12:02:22) #comment(size=60,vsize=3) ----
**&color(blue){碑の建つ丘}  オステアの街から北側の郊外にある小高い丘に、蒼いローブを纏った一人の女性が佇んでいた。  眼下には太陽に照らされ眩しく輝く海原が、復興の兆しを見せるオステアの街並みを優しく包み込むように湛えている。街並みからは、崩れた民家を建て直す職人が振るう槌の音色が遠く風に運ばれて心地よい響きを伝え、燦燦と輝く太陽の眩しさに手をかざして空を見上げれば、澄み渡った雲ひとつない青空を真っ白な鳥が弧を描いて飛んでいる。蒼いローブを身に纏う女性の目に映る景色は、彼女が長い間待ち望み、ようやっとの事で訪れた平穏な風景であった。 「先生。あれから随分と経ってしまいましたが……やっとご報告が出来ます」  小高い丘に設けられた石碑の前に立ち碑に手をつくと、ひんやりとした冷たさが石から伝わってくる。アルジュナは石碑に彫られた文字を細い指で上からなぞった。  この石碑は、先の戦乱で死亡した数多の人々が奉られたオステアの戦没者慰霊碑であった。兵士や民を問わず奉られ、台座には常に何かしらの花が添えられている。そのひとつがアルジュナが供えたストックの花で、茎先に重なり合う白い可憐な花弁が黒色の石碑によく映えていた。やや年月を経て苔に覆われだした台座の周りに、花の香りに誘われた蝶がひらひらと舞う。その何気ない動きに心の安らぎを覚え、以前は目深に被るほどにぶかぶかであった師から譲り受けた帽子を脱ぐと、それを石碑の前へと静かに置いた。長く伸びた金色の髪が風に吹かれてなびく。 「あの日、先生達が突然いなくなって、ボク大変だったんですよ。 でも、頑張りました……最初は辛かったけど、頑張って、頑張って」  ルートガルト二区でオステア国は二人の執政を同時に失った。第一執政ラファエルと、アルジュナの師でもあった第三執政ピコックの両名は、死霊に襲われたルートガルトの難民を救済するために異国の地でその命を儚く散らし、国を率いる三執政の内で最後に残されたのが第二執政のアルジュナただ一人。まだ幼さの残る年端のいかない少女が、一国の将兵を纏め上げ民を導くのにどれだけ心を砕いた事か。肩に掛かる重圧に幾度となく杖を投げそうになっては思い留まりながら、懸命に執政として駆けまわった。 「ラザムの使徒と同盟を結んだんです……イオナって人がちょっと怖かったけど。 それとグリーン・ウルスとも手を結びました。ここは可笑しな人達で怖くはなかったけど、大丈夫かなって心配が」  当時の事を思い出して、手で覆った口元からくすりと笑みが漏れる。  少女然としていた以前と違い、アルジュナはどこか大人びた風貌をみせていた。年月が流れ大人へと成長したのもあるが、多感な時期に起きた様々な経験が一層それを促がしたのかもしれない。胸の蕾は僅かではあるが膨らみを見せ、身体全体もやや丸みを帯びて開花する日を待っている。大きかった帽子はちょうどよい具合で、手足がすっぽりと隠れてしまっていたローブも格好がつき、肩口で揃えられていた髪は、いつ頃からか腰のあたりまで届くくらいに伸ばされて蒼いローブの上で踊っていた。 「魔王軍と戦って、何時の間にか魔王がいなくなって……ボク、ちゃんと死霊とも戦ったんですよ。 それから……結局、人間はいつまでもいがみ合ったままだったけれど……」  大陸は様々に入り乱れ、種族の壁や思想の壁という分ち合えない課題を残したまま、ラザムの使徒がその全域を手中に収める容となって戦乱は終息を見せた。各地の復興はラザムの使徒を盟主とした三国同盟の監視下に行われ、荒れ果てた国や街はかつての姿を取り戻しつつある。  ムクガイヤの謀叛から端を発したこの戦乱は、実に多くの種族が平等に犠牲を払う結果となり、様々な命題を含んで生き残った各々に語りかけていた。 「先生、これでよかったんですよね。 平和になったんですよね……ボク、頑張りましたよね」  杖を握る手に僅かに力が篭る。 「褒めてくれますよね……先生。 逢いたいです……先生に……逢いたい」  石碑に崩れるように身体を預けた。最期の別れの時、老いた手で優しく抱きしめ頭を撫でてくれた師の姿が目蓋の裏に甦る。  暫しそのまま石碑にもたれる様に目を閉じていたアルジュナが徐に姿勢を正した。遠くから時刻を告げる時計台の鐘の音が響いてくる。 「もう、いきますね」  頭に帽子を載せると、石碑に背を向けてゆっくりと歩き出す。風が優しくその頬を撫でた。  ふと、誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返る。  石碑の前でピコックがアルジュナに向かい微笑みかけていた――ように感じた。  アルジュナは小さく頷くと、長く伸びた髪をなびかせて碑の建つ丘を後にした。 ---- - ピコック先生… &br() -- 名無しさん (2012-08-04 12:02:22) - アルージーュナかわいい! -- 名無しさん (2020-06-30 22:57:29) #comment(size=60,vsize=3) ----

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