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**&color(blue){五彩の旗}  北方の地に古くから建つグリーン古城に、彩り鮮やかな五彩の旗が掲げられた。  公国の成立を祝う群衆が、積もる雪を黒く染め、英雄の登場を今か今かと待ち望んでいる。  古城のバルコニーにひとりの影が立つ。群衆は次々に歓声を上げた。 「グリーン公国万歳! カルラ様万歳!」  手に振られた旗が陽に閃き、打ち上げられた花火が高々と弾けた。  戦乱の大陸を平定し、首都ルートガルトにて公国の樹立を宣言したカルラは、故郷であるグリーン古城に凱旋を果たした。  雪原に住まう民はカルラを真の英雄として歓迎し、こぞって彼女を讃える式典に参列したのである。  バルコニーから姿をみせたカルラに、人々は惜しみない賞賛の声を送った。 「な、なんか恥ずかしいですぅ」  眼下に広がる人波にカルラは戸惑い後ずさる。 「なに言ってるだわよ。あんたが出ないでどうするだわさ」  背中を押され元の場所に送り返された。この日の為に、魔法で特別に造られた拡声器の前に飛び出る。  極度の緊張で喉がからからに渇いていた。 「え、ええと、カルラですぅ」  上擦った声が響いた。群衆はカルラの声を僅かでも聞き逃さぬように、急にしいんと押し黙る。静寂が古城を包み込んだ。 「き、今日は、カルラのために……集まってくれて、 あの……その……あ、ありがとうですぅ」  たどたどしい挨拶の言葉が拡声器から響き渡る。  カルラは言葉に詰り、長い沈黙が訪れた。  恥ずかしさと緊張で、頭が真っ白になっていた。それでも、何かを言わなくては、伝えなくてはと思う心は強くある。  以前のカルラであれば間違いなくこの場から逃げ出していただろう。だが、英雄として成長した彼女には何かが芽生えていた。 「なにをいえばいいか、カルラわからないですけど…… これだけは……これだけは、云えると思うですぅ」  一度、言葉を区切る。そして、力強く前を向くと大きく息を吸い群衆に語りかけた。 「戦乱はおわりました。もう、誰も傷つかないですぅ。 だから……だから、憎しみを捨てて、手を携えて欲しいですぅ」  多くの種族が争い、血を流し、憎しみあった。  この傷痕は、たとえ争いが終結しても、互いの溝として深く、長く、両者の間に残る事であろう。  忘れろというには余りにも都合のいい話だった。それでも、前に進む為には必要なのだとカルラは思う。カルラは残された生涯を平和の為に捧げようとしていた。  城下に集った群衆は皆押し黙り、静けさが辺りを支配する。カルラの言葉は、いずれは大陸中へと流布される。年端のいかぬ若い主にどこまでの器があるのか。  大陸平定の後、さらに困難な道を自ら選択した少女に、人々はかける言葉を見失っているようであった。  カルラは静かにバルコニーを後にする。  ――やっぱり無理なのですぅ。  自室に引篭もろうと廊下を歩くカルラの前に、ポートニックが珍しい客人を伴い待ち伏せていた。  客人はもはや敵意もないのか、カルラの真正面に立つと淡々と口を開く。 「還るに還れんのだ……嫌われ者は辛いものだな。 ……貴殿の望みに手を貸してもよい。まあ、魔族の力を必要とするのならば、だが」 「フン、私は別にどっちでもいいのだわ。勘違いされても困るのだわ」 「わたしは……その……」  魔族の雄、パルスザン、ドラスティーナ、シャルロットは、三者三様にカルラへと言葉を投げかけた。  魔王ルーゼルの死後、人間に対する意識の違いから同族間で激しい争いを繰り広げた彼らは、カルラの姿勢に思う処があるのだろうか。  カルラは彼らを嫌いになれなかった。魔族は苦手だが、どこかその瞳に哀しい色を常に湛えている彼らの姿は、下手な人間よりもよほど心を許せる気がしていた。  申し出に嬉しく思いながらも、何と返答すればよいか困っていると、廊下の先から素っ頓狂な声が上がった。 「魔族め! 大陸の平和は私が守る!」  叫ぶが早いか、声の主は腰に差した剣を勢いよく引き抜くと、正眼に構えてじりじりと距離を詰めてくる。  その後ろを小走りに駆け寄ってきた女性の神官が、剣を構える男とカルラ達を見比べると、呆れたような顔をして男に言った。 「ホルス様、何をしているのですか」 「性懲りもなく魔族が現れた。私が責任をもって退治する!」  ラザムの使徒を率いたホルスとイオナは、魔族を相手に一進一退の攻防を続け両者は宿敵といった間柄だったが、それも既に過去の話である。  しかし、血気盛んな若者は気が逸っているようで、仕方なしという風な表情をみせたイオナが目を瞑ると、手にした杖でホルスの後頭部をしたたかに強打した。  廊下に鈍い音が響く。白目を剥いたホルスが床に崩れ落ち、その背後でイオナは口元に手を当て乾いた笑いをあげていた。 「おほほ……カルラ様、はしたない所を御見せいたしました。 ラザムもカルラ様のお手伝いを、可能な限りさせていただきますわ。では、失礼」  気を失うホルスの襟元を掴み、ずるずると引き摺りながら廊下を辞していく。  その一連の事に、魔族の三者は互いに顔を見合い唖然とした表情を浮かべていた。  カルラはポートニックに促がされる容で、唖然としているパルスザンに恐る恐る近づくと、震えながらその手を握った。 「あの、み、皆さんの力も、か、か、貸してくださいですぅ」  嫌いではないが、魔族は怖い。臆病で内気な性格は、英雄と称される今でも見事に健在であった。  パルスザンは手を重ねると、双瞳を優しく細めて微笑む。魔族であっても、その感情は人と似通っているのであろうか。  徐にドラスティーナが手を差し出し、二人の上へと重ねてから、正気づいたかのように顔を真っ赤に染めて言い訳を述べる。 「べ、別に、暇だから手伝うのですわ。そう、光栄に思うといいのですわ」  ゆっくりとシャルロットが手を重ね、最期にポートニックがそれを包むように手を添える。 「商談成立だわさ」  損得勘定の好きな彼女らしい喩えであった。  魔族達の帰り際、パルスザンの傍らを付従うシャルロットがカルラを振り向いた。その鋭い眼光が背筋も凍るような冷たさで突き刺さる。  ――ま、魔族は怖いですぅ。  何故か例えようのない恐怖を刷り込まれた気がした。  魔族が去った後、自室に向かおうと歩き始めたカルラの歩を、廊下に響く賑やかな一団の声が遮った。 「なんだと、このトカゲ男」 「抜くか、犬」 「上等だ、フェリルの竜王の名は飾りでない事を教えてやろう」 「ほざけ。リザードマン族が単于、ゲルニード様が直々に相手をしてやる」  二匹の筋骨逞しい化け物が、隆々と波打つ肉体を激しくぶつけ合いながら荒々しく廊下を歩いてくる。その足先は、どうやらカルラの方を向いているようであった。 「ひっ……」  思わず引き攣った声が口から漏れた。急いでポートニックの姿を探すが、どこへ行ったのか影も形もない。  膝が震え、腰が砕けたようにがくりと支えを失ったカルラの身体は、惨めにも床へと崩れ落ちてしまう。座り込んだカルラの眼前に二匹の化け物が立ち並ぶ。  下から仰ぎ見るカルラの表情は傍目にみれば、恐らく今にも泣き出しそうで、口元をひくひくと歪めた実にみっともないものであっただろう。  そのカルラをじろりと二匹の獣の目が同時に捉えては、口を吊り上げて涎を引きながら牙を覗かせた。 「た、た、た、たすけ、たすけてですぅ。命だけはとらないでですぅ」  あまりの恐怖に、見栄も何もかもをかなぐり捨て、床に這い蹲り目を閉じ一心に懇願した。 「美味そうな小娘だ。どれ、ひとまず休戦といくか」 「そうだな。腹も減った事だ、半分に斬って喰らうか」 「か、カルラを食べても美味しくないですぅ」 「それは喰わねばわからぬ」  硬い毛に覆われた大きな手が、カルラの腕を掴む。そのまま力任せに立ち上がらされた。きっと頭から齧られてしまうのだろう。カルラの脳裏に凄惨な自分の姿が浮かび上がる。  ――ああ、カルラは不幸の星の下に生まれてるのですぅ。  しかし、一向に待っても食べられる気配はない。恐る恐る目を開けてみると、二匹の化け物は可笑しそうに腹を抱え低い声で笑っていた。隆起する筋肉がそれに合わせて大きくうねる。  こうしてみると、怖ろしいと思った二匹の化け物はどこか愛嬌のある顔をしていて、鋭い目を細めて牙を剥き出しに高らかに笑う様は、先ほどの印象からは幾分ましに思えるのである。それでも、カルラにしてみれば畏怖の存在には変わりない。 「何が可笑しいのですか、ゲルニード様」  巨体の影に潜んでいたチョルチョが、尻尾を揺らしながら問う。 「なに、小娘をからかって遊んでいたまでよ。のお、竜王」 「ハッハッハ。この娘がグリーン公国の主とはな。実に面白い」  未だに笑い続けるフェリルの竜王に、背後から現れたチルクが茶々を入れた。 「ルルニーガさんも、案外に人が悪いですね」  カルラの眼前に居並ぶのは穹廬奴がリザードマン族、ゲルニードとチョルチョ。そして、フェリルがゴブリン族、チルクとルルニーガであった。  状況を飲み込むのに暫しの時間がかかったが、ようやっと自分が遊ばれていた事に気付くと、カルラは急に恥ずかしくなって顔を背ける。 「悪ふざけが過ぎたようで申し訳ありません。 今日ここに参りましたのは、グリーン公国の、貴方の意思に賛同した故です」  チルクが丁寧な口調でカルラに述べ、ゲルニードを促がした。 「儂は気が短い。嫌なら首を横に触れ。即座に刎ね飛ばす」  カルラは首がとれるのではないかと思う程に、勢いよく縦に振った。  それを見て、満足気にゲルニードが口元を緩める。脇で一部始終を見守っていたルルニーガが徐に口を挟んだ。 「それは脅迫というのではないか、トカゲ男」 「なんだと。犬の分際で儂に盾突くか」 「その一言、聞き捨てならんな」  二匹の化け物は、互いに肩を怒らせぶつけ合いながら、来たときと同じように荒々しく去っていく。その後をチョルチョが長い尻尾を揺らしながら健気に付き従う。  後姿を見送るカルラの表情を汲み取ったのか、チルクが小声で囁いた。 「あの二人、ああ見えて、実は仲が良いのです。 最近、そう思うようになりました。種族の壁は、我々が考える以上に薄いのかも知れません」  チルクの言葉に耳を傾ける。ゴブリン族のこの男もまた、カルラと同じ平和を願う一人なのだろうか。別れの言葉を告げて辞する背中を、カルラは見つめていた。  人間族、魔族、リザードマン族、ゴブリン族、ドワーフ族、エルフ族。  戦乱で互いに傷つけあった種族間の壁は、目にこそ見えないが、確かにそこに存在していた。その壁はどれ程に高く厚いのか、カルラには想像もつかない。それでも、確かな一歩を感じる。  分厚く聳え立つ壁に、小さなひびを入れることが出来た気がした。 「カルラも君主らしくなっただわよ」  何時の間にかポートニックが横に居る。  長年の親友であり、苦楽を共にした戦友であり、そして大事な家族である。 「もっと褒めるですぅ」  カルラは嬉しくて、ついそんな事を口にした。 「偉いだわさ。カルラは英雄だわさ」  ポートニックが微笑んだ。  グリーン公国君主カルラの夢は、願いは、白い雪のように純粋だった。  雪の街。  宵の寒空の下、寝静まった民家の一室。僅かに開いた扉から漏れる一筋の灯りに足をとめた。  明々と灯る暖炉の炎に照らされて、薄暗い部屋に椅子がひとつ浮かび上がる。その椅子に身体を預けた少女の呼吸が、上から被る毛布を穏やかに揺らしている。  柔らかな羽毛が詰められた枕に半ば顔を埋め、口から垂れた涎が白い生地に染みをつくる。少女は、幸せそうな寝顔をしていた。 「照れるですぅ……えへへ」  身じろぎをしながらそんな寝言を呟く。その拍子に毛布が床に滑り落ちた。 「まったく、なんの夢をみているのだわさ」  物音を立てないように、落ちた毛布を拾い上げ少女の肩までかけ直す。  暖炉に照らされた少女の寝顔は、清廉な白い肌の美しさがひときわ際立っていた。  その頬に軽く口付けをする。唇に触れる柔らかな感触。 「寝ているときだけは、素直だわさ」  唇を離し、少女の淡い金色の髪を指で梳いた。指の合間を金色の川となって流れる。  幸せそうに眠る少女が夢見る光景を想い描きながら、扉を静かに閉めて部屋を後にする。  北方の地に今宵も止まぬ雪が降り積もる。 ---- - ホント素晴らしいわ -- 名無しさん (2011-08-24 21:06:46) - これはEDにしたいくらい素晴らしいよ。 -- 名無しさん (2012-08-04 14:23:34) #comment(size=60,vsize=3) ----
**&color(blue){五彩の旗}  北方の地に古くから建つグリーン古城に、彩り鮮やかな五彩の旗が掲げられた。  公国の成立を祝う群衆が、積もる雪を黒く染め、英雄の登場を今か今かと待ち望んでいる。  古城のバルコニーにひとりの影が立つ。群衆は次々に歓声を上げた。 「グリーン公国万歳! カルラ様万歳!」  手に振られた旗が陽に閃き、打ち上げられた花火が高々と弾けた。  戦乱の大陸を平定し、首都ルートガルトにて公国の樹立を宣言したカルラは、故郷であるグリーン古城に凱旋を果たした。  雪原に住まう民はカルラを真の英雄として歓迎し、こぞって彼女を讃える式典に参列したのである。  バルコニーから姿をみせたカルラに、人々は惜しみない賞賛の声を送った。 「な、なんか恥ずかしいですぅ」  眼下に広がる人波にカルラは戸惑い後ずさる。 「なに言ってるだわよ。あんたが出ないでどうするだわさ」  背中を押され元の場所に送り返された。この日の為に、魔法で特別に造られた拡声器の前に飛び出る。  極度の緊張で喉がからからに渇いていた。 「え、ええと、カルラですぅ」  上擦った声が響いた。群衆はカルラの声を僅かでも聞き逃さぬように、急にしいんと押し黙る。静寂が古城を包み込んだ。 「き、今日は、カルラのために……集まってくれて、 あの……その……あ、ありがとうですぅ」  たどたどしい挨拶の言葉が拡声器から響き渡る。  カルラは言葉に詰り、長い沈黙が訪れた。  恥ずかしさと緊張で、頭が真っ白になっていた。それでも、何かを言わなくては、伝えなくてはと思う心は強くある。  以前のカルラであれば間違いなくこの場から逃げ出していただろう。だが、英雄として成長した彼女には何かが芽生えていた。 「なにをいえばいいか、カルラわからないですけど…… これだけは……これだけは、云えると思うですぅ」  一度、言葉を区切る。そして、力強く前を向くと大きく息を吸い群衆に語りかけた。 「戦乱はおわりました。もう、誰も傷つかないですぅ。 だから……だから、憎しみを捨てて、手を携えて欲しいですぅ」  多くの種族が争い、血を流し、憎しみあった。  この傷痕は、たとえ争いが終結しても、互いの溝として深く、長く、両者の間に残る事であろう。  忘れろというには余りにも都合のいい話だった。それでも、前に進む為には必要なのだとカルラは思う。カルラは残された生涯を平和の為に捧げようとしていた。  城下に集った群衆は皆押し黙り、静けさが辺りを支配する。カルラの言葉は、いずれは大陸中へと流布される。年端のいかぬ若い主にどこまでの器があるのか。  大陸平定の後、さらに困難な道を自ら選択した少女に、人々はかける言葉を見失っているようであった。  カルラは静かにバルコニーを後にする。  ――やっぱり無理なのですぅ。  自室に引篭もろうと廊下を歩くカルラの前に、ポートニックが珍しい客人を伴い待ち伏せていた。  客人はもはや敵意もないのか、カルラの真正面に立つと淡々と口を開く。 「還るに還れんのだ……嫌われ者は辛いものだな。 ……貴殿の望みに手を貸してもよい。まあ、魔族の力を必要とするのならば、だが」 「フン、私は別にどっちでもいいのだわ。勘違いされても困るのだわ」 「わたしは……その……」  魔族の雄、パルスザン、ドラスティーナ、シャルロットは、三者三様にカルラへと言葉を投げかけた。  魔王ルーゼルの死後、人間に対する意識の違いから同族間で激しい争いを繰り広げた彼らは、カルラの姿勢に思う処があるのだろうか。  カルラは彼らを嫌いになれなかった。魔族は苦手だが、どこかその瞳に哀しい色を常に湛えている彼らの姿は、下手な人間よりもよほど心を許せる気がしていた。  申し出に嬉しく思いながらも、何と返答すればよいか困っていると、廊下の先から素っ頓狂な声が上がった。 「魔族め! 大陸の平和は私が守る!」  叫ぶが早いか、声の主は腰に差した剣を勢いよく引き抜くと、正眼に構えてじりじりと距離を詰めてくる。  その後ろを小走りに駆け寄ってきた女性の神官が、剣を構える男とカルラ達を見比べると、呆れたような顔をして男に言った。 「ホルス様、何をしているのですか」 「性懲りもなく魔族が現れた。私が責任をもって退治する!」  ラザムの使徒を率いたホルスとイオナは、魔族を相手に一進一退の攻防を続け両者は宿敵といった間柄だったが、それも既に過去の話である。  しかし、血気盛んな若者は気が逸っているようで、仕方なしという風な表情をみせたイオナが目を瞑ると、手にした杖でホルスの後頭部をしたたかに強打した。  廊下に鈍い音が響く。白目を剥いたホルスが床に崩れ落ち、その背後でイオナは口元に手を当て乾いた笑いをあげていた。 「おほほ……カルラ様、はしたない所を御見せいたしました。 ラザムもカルラ様のお手伝いを、可能な限りさせていただきますわ。では、失礼」  気を失うホルスの襟元を掴み、ずるずると引き摺りながら廊下を辞していく。  その一連の事に、魔族の三者は互いに顔を見合い唖然とした表情を浮かべていた。  カルラはポートニックに促がされる容で、唖然としているパルスザンに恐る恐る近づくと、震えながらその手を握った。 「あの、み、皆さんの力も、か、か、貸してくださいですぅ」  嫌いではないが、魔族は怖い。臆病で内気な性格は、英雄と称される今でも見事に健在であった。  パルスザンは手を重ねると、双瞳を優しく細めて微笑む。魔族であっても、その感情は人と似通っているのであろうか。  徐にドラスティーナが手を差し出し、二人の上へと重ねてから、正気づいたかのように顔を真っ赤に染めて言い訳を述べる。 「べ、別に、暇だから手伝うのですわ。そう、光栄に思うといいのですわ」  ゆっくりとシャルロットが手を重ね、最期にポートニックがそれを包むように手を添える。 「商談成立だわさ」  損得勘定の好きな彼女らしい喩えであった。  魔族達の帰り際、パルスザンの傍らを付従うシャルロットがカルラを振り向いた。その鋭い眼光が背筋も凍るような冷たさで突き刺さる。  ――ま、魔族は怖いですぅ。  何故か例えようのない恐怖を刷り込まれた気がした。  魔族が去った後、自室に向かおうと歩き始めたカルラの歩を、廊下に響く賑やかな一団の声が遮った。 「なんだと、このトカゲ男」 「抜くか、犬」 「上等だ、フェリルの竜王の名は飾りでない事を教えてやろう」 「ほざけ。リザードマン族が単于、ゲルニード様が直々に相手をしてやる」  二匹の筋骨逞しい化け物が、隆々と波打つ肉体を激しくぶつけ合いながら荒々しく廊下を歩いてくる。その足先は、どうやらカルラの方を向いているようであった。 「ひっ……」  思わず引き攣った声が口から漏れた。急いでポートニックの姿を探すが、どこへ行ったのか影も形もない。  膝が震え、腰が砕けたようにがくりと支えを失ったカルラの身体は、惨めにも床へと崩れ落ちてしまう。座り込んだカルラの眼前に二匹の化け物が立ち並ぶ。  下から仰ぎ見るカルラの表情は傍目にみれば、恐らく今にも泣き出しそうで、口元をひくひくと歪めた実にみっともないものであっただろう。  そのカルラをじろりと二匹の獣の目が同時に捉えては、口を吊り上げて涎を引きながら牙を覗かせた。 「た、た、た、たすけ、たすけてですぅ。命だけはとらないでですぅ」  あまりの恐怖に、見栄も何もかもをかなぐり捨て、床に這い蹲り目を閉じ一心に懇願した。 「美味そうな小娘だ。どれ、ひとまず休戦といくか」 「そうだな。腹も減った事だ、半分に斬って喰らうか」 「か、カルラを食べても美味しくないですぅ」 「それは喰わねばわからぬ」  硬い毛に覆われた大きな手が、カルラの腕を掴む。そのまま力任せに立ち上がらされた。きっと頭から齧られてしまうのだろう。カルラの脳裏に凄惨な自分の姿が浮かび上がる。  ――ああ、カルラは不幸の星の下に生まれてるのですぅ。  しかし、一向に待っても食べられる気配はない。恐る恐る目を開けてみると、二匹の化け物は可笑しそうに腹を抱え低い声で笑っていた。隆起する筋肉がそれに合わせて大きくうねる。  こうしてみると、怖ろしいと思った二匹の化け物はどこか愛嬌のある顔をしていて、鋭い目を細めて牙を剥き出しに高らかに笑う様は、先ほどの印象からは幾分ましに思えるのである。それでも、カルラにしてみれば畏怖の存在には変わりない。 「何が可笑しいのですか、ゲルニード様」  巨体の影に潜んでいたチョルチョが、尻尾を揺らしながら問う。 「なに、小娘をからかって遊んでいたまでよ。のお、竜王」 「ハッハッハ。この娘がグリーン公国の主とはな。実に面白い」  未だに笑い続けるフェリルの竜王に、背後から現れたチルクが茶々を入れた。 「ルルニーガさんも、案外に人が悪いですね」  カルラの眼前に居並ぶのは穹廬奴がリザードマン族、ゲルニードとチョルチョ。そして、フェリルがゴブリン族、チルクとルルニーガであった。  状況を飲み込むのに暫しの時間がかかったが、ようやっと自分が遊ばれていた事に気付くと、カルラは急に恥ずかしくなって顔を背ける。 「悪ふざけが過ぎたようで申し訳ありません。 今日ここに参りましたのは、グリーン公国の、貴方の意思に賛同した故です」  チルクが丁寧な口調でカルラに述べ、ゲルニードを促がした。 「儂は気が短い。嫌なら首を横に触れ。即座に刎ね飛ばす」  カルラは首がとれるのではないかと思う程に、勢いよく縦に振った。  それを見て、満足気にゲルニードが口元を緩める。脇で一部始終を見守っていたルルニーガが徐に口を挟んだ。 「それは脅迫というのではないか、トカゲ男」 「なんだと。犬の分際で儂に盾突くか」 「その一言、聞き捨てならんな」  二匹の化け物は、互いに肩を怒らせぶつけ合いながら、来たときと同じように荒々しく去っていく。その後をチョルチョが長い尻尾を揺らしながら健気に付き従う。  後姿を見送るカルラの表情を汲み取ったのか、チルクが小声で囁いた。 「あの二人、ああ見えて、実は仲が良いのです。 最近、そう思うようになりました。種族の壁は、我々が考える以上に薄いのかも知れません」  チルクの言葉に耳を傾ける。ゴブリン族のこの男もまた、カルラと同じ平和を願う一人なのだろうか。別れの言葉を告げて辞する背中を、カルラは見つめていた。  人間族、魔族、リザードマン族、ゴブリン族、ドワーフ族、エルフ族。  戦乱で互いに傷つけあった種族間の壁は、目にこそ見えないが、確かにそこに存在していた。その壁はどれ程に高く厚いのか、カルラには想像もつかない。それでも、確かな一歩を感じる。  分厚く聳え立つ壁に、小さなひびを入れることが出来た気がした。 「カルラも君主らしくなっただわよ」  何時の間にかポートニックが横に居る。  長年の親友であり、苦楽を共にした戦友であり、そして大事な家族である。 「もっと褒めるですぅ」  カルラは嬉しくて、ついそんな事を口にした。 「偉いだわさ。カルラは英雄だわさ」  ポートニックが微笑んだ。  グリーン公国君主カルラの夢は、願いは、白い雪のように純粋だった。  雪の街。  宵の寒空の下、寝静まった民家の一室。僅かに開いた扉から漏れる一筋の灯りに足をとめた。  明々と灯る暖炉の炎に照らされて、薄暗い部屋に椅子がひとつ浮かび上がる。その椅子に身体を預けた少女の呼吸が、上から被る毛布を穏やかに揺らしている。  柔らかな羽毛が詰められた枕に半ば顔を埋め、口から垂れた涎が白い生地に染みをつくる。少女は、幸せそうな寝顔をしていた。 「照れるですぅ……えへへ」  身じろぎをしながらそんな寝言を呟く。その拍子に毛布が床に滑り落ちた。 「まったく、なんの夢をみているのだわさ」  物音を立てないように、落ちた毛布を拾い上げ少女の肩までかけ直す。  暖炉に照らされた少女の寝顔は、清廉な白い肌の美しさがひときわ際立っていた。  その頬に軽く口付けをする。唇に触れる柔らかな感触。 「寝ているときだけは、素直だわさ」  唇を離し、少女の淡い金色の髪を指で梳いた。指の合間を金色の川となって流れる。  幸せそうに眠る少女が夢見る光景を想い描きながら、扉を静かに閉めて部屋を後にする。  北方の地に今宵も止まぬ雪が降り積もる。 ---- - ホント素晴らしいわ -- 名無しさん (2011-08-24 21:06:46) - これはEDにしたいくらい素晴らしいよ。 -- 名無しさん (2012-08-04 14:23:34) - 既にEDになってる -- 名無しさん (2013-01-05 22:45:59) #comment(size=60,vsize=3) ----

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