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名も無きオステアの魔法使い」(2023/10/09 (月) 18:02:59) の最新版変更点

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. 戦争が始まった。 魔王ルーゼルによってトライト王が崩御。王都の有力者達を瞬く間に傘下に加えた宮廷魔術師のムクガイアはゴート三世をルーニック島に追いやり、知識層の解放を唄ってクーデターを起こした。 ここオステアのアカデミーでは、毎日の様に議論が起きている。曰くムクガイアに付いて助力すべきであるとか、いやアレは権力欲に取り付かれた只の俗物であるとか。 「全く、気楽なものだよ。ルートガルトとファルシスの戦には間違いなくオステアも巻き込まれる。アイツ等は何も分かってない」 「うるさい、噛むわよ」 アカデミーきっての武闘派として仲間内で一目置かれている少女ムームーは、落ちつきなくローイス方面の海を見やる。 クーデターが起きる一月前に、賢者ナシュカの教えを乞いに旅立った学友、ルーネンの安否は未だ分かっていない。 人を突き放すような態度を取るムームーだったが、胸の内ではやはり心配で仕方がないのだろう。 「……なぁムームー、俺達でルーネンの奴を迎えに行かないか?お前の魔法剣と、俺の増幅魔法があれば……」 「正気?」 ムームーがこちらを振り返る。 「実戦は授業や訓練とは違うわ。貴方の増幅魔法は確かに強力だけど、時間が掛かりすぎる。……今オステアを出たところで、死ぬのがオチよ」 「でも!何もせずアカデミーに留まっているのが本当に正しい事なのか?……俺は違うと思う。正直、ムクガイアが起こしたクーデターが正しい事なのかは分からない。けど、何もせずにここでただ日々を過ごす事だけは間違ってると思う!」 「それはただの感情論よ。貴方も魔法使いなら、よく考えて行動する事ね」 話は終わりだと言うかのように、ムームーは再び窓から海を眺めた。 「……そうかよ。お前なら付いて来てくれると思ったんだけどな……」 そうして、俺は彼女と別れた。 三方を敵に囲まれたルートガルトは、在野の魔法使い達を戦時徴用するなどして奮戦。悪魔の猛進に耐え、ファルシスを破り、ゲルドを追い返して何とか一時の間を得ることに成功する。 成り行きで魔術師団の端に席を置く事になった俺は、強大な力を誇る悪魔達との泥沼の消耗戦の只中にあった。今更ながらにムームーの忠告を思い出し、あの日の自分の浅はかさを呪った。いつの間にかいつも背後に構えていた弓隊も消えた。 共に戦った魔術師達の数が半数になろうかとしたある日の事、特殊な増幅術を用いて起動した魔法を連射する術式が上の目に止まり、俺と俺の所属していた部隊は王都に呼び戻された。南方からやって来たレオームの軍を懐に引き込んで叩く作戦に参加しろという事らしい。 ……レオームの軍には、成敗された海賊達も加わっているとの事だった。ルーネンは無事だろうか? そんな事を、何処か自分から遠く離れたどこかでうっすらと思った。 その時、俺は何が起こったのか理解できなかった。 レオームの軍勢との応酬を繰り広げていたと思ったら、いきなり背後からの襲撃を受けた。 背中をバッサリと斬られ、息も絶え絶えに振り返ったそこにいたのは、見たことも聞いたこともない異形の兵であった。 何とか作り掛けだった術式を使ってそいつを倒し命からがらに逃げ出してはみたものの、そこはこの世の地獄だった。 死。 その一文字をこれほど強く意識したのは初めてだった。 と、その時。戦場に一条の光弾が走った。レオーム王家に伝わる秘剣、光竜剣だ。彼処に行けば、ゴート三世直属の親衛隊がいる。そこに合流出来れば、何とか助かるかもしれない。つい先程までは忌々しく思っていた敵軍の必殺技は、今や文字通りの希望の光に等しかった。俺は悪運の強かった生き残り達と共に光を目指し、死にもの狂いの逃走を始めた。 殆ど死に体も同然のゴート三世が神職らしき少女を庇い、光竜剣を連射する光景を目の当たりにした時、俺は目の前の事実を上手く認識出来なかった。王を護っている筈の親衛隊など、影も形も有りはしなかった。 「おぉ、友軍の者か……」 ゼェゼェと荒い息を吐くゴート三世に、俺は気圧されて頷かせられていた。 「……すまぬが、イオナを頼む。私はここに残って殿となり、諸君らの退路を作る」 「そんな!なりません!!ゴート様がお亡くなりになるような事があれば、私は、私は……」 すがり付いて泣く少女を説得しようとするゴート三世だったが、少女は少女で頑として聞き入れない。しかし、死霊達はそんな彼等を待つような事はしなかった。 「失礼!」 俺は少女の首を後ろから打って意識を奪い、その身体を背負った。生きる為に死地に置いていく王に出来る、これが精一杯の事だった。 「必ず、生き残って彼女を脱出させます」 「あぁ、頼んだぞ……」 今までのモノより遥かに巨大な体躯をした死霊に向け、ゴート三世は死力を振るって光竜剣を撃った。俺はその光景を眼に焼き付けると、南に向かい走った。 宛にしていたレオームの手勢は壊滅状態で、結局俺達を受け入れてくれたのは海賊達だった。ゴート三世を失って意気消沈したイオナは、少数の者を伴って外海に落ち延びていった。士気の無い者を気遣い、宥めて戦場に立たせるだけの余裕はもうここには残っていなかったのだ。 思いがけず再会したルーネンは、海賊の少女ニーナナスにゾッコンになっていた。水の賢者ナシュカはどうした。 「あぁ、そんなのいましたね、久し振りです」 感動の再会の筈が彼女のリアクションはこの程度で、肩透かしをくらった俺は何とも微妙な気分になった。肩をぶつけたり、背中を叩いたりして冷やかす海賊達に、つい苦笑が溢れる。 だが、そうやって笑っていられたのはほんの一時だけだった。死霊達は瞬く間に勢力を拡げ、ローイス海域にまでその勢力圏を伸ばしつつあった。 海域の首領ババラッカスはコレを迎え撃つ決断を下し、俺は数少ない本職の魔法使いである事を見込まれて左翼に配された。背中の傷がじくじくと痛んだが、気のせいと思い込む事にした。 巨大な死霊“ナイアーラトテップ”の戦闘力は凄まじいの一言に尽きた。地獄の業火や死の冷気を集団で次々と繰り出し、海賊の船団を蟻の群れ同然に踏み潰してしまった。水の賢者の大魔法デリュージと知らぬ間に成長していたルーネンのブリザードで一矢は報いる事が出来たが、他は散々であった。 中央に配された部隊は全滅、右翼に陣取っていたクリンク海軍は大きな被害こそ受けたものの何とかパーサ方面への撤退に成功。俺の所属していた左翼は俺の乗っていた一隻を残し全滅。 フェリル島に向かうか、オステアへ向かうかという決断を迫られたその時、俺はオステアへ向かいたいと熱弁を奮った。背中の傷は、直撃を浴びた訳でも無いのにその存在感をより大きなものとしていた。先は長くないのかもしれない。それだけに故郷へという思いは強く、結局海賊達に折れてもらい、俺は久方ぶりにオステアへ戻る運びとなった。 ピコック先生の死を知らされた俺は、「そうか……」と一言溢すことしか出来なかった。涙もなく、悲しみもなく、ただの事実として、ピコック先生を過去のものとして葬りさった。 そのピコック先生の一番弟子だったアルジュナは、今やオステアの指導者となって采配を振るう立場となっており、ムームーは遊軍筆頭、特に目立たない存在だったメルトアも諜報を取りまとめる立場となっていた。 そんな中、俺は負傷者としてエルティア率いるモンク達の治療を受けていた。あまりの情けなさに、苛立ちばかりが募っていた。 「久し振り」 「あぁ、ムームーか……」 俺は力無く懐かしい顔を迎えた。 「何よその景気の悪い返事は、噛むわよ」 「はは、それもいいかもしれないな……」 俺は適当に返し、天井を仰いだ。 「……結局、ムームーの言う通りだった。ルーネンは普通に無事だったし、それどころか立派に成長して死霊の一角を薙ぎ払ってやがったんだぜ?それに引き換え俺は……戦友を盾にして何とか命を拾うだけが精一杯だった。何が増幅魔法だよ!ちっとも役に立ちやしないじゃないか!」 と叫んだその時、突然ムームーが飛び付いてきて、左腕に歯を立ててきた。断じて甘噛みなどという可愛らしいものではない、本噛みだ。反射で振り払おうとして背中がつり、俺はあまりの激痛に悶えた。 「何、すんだよ!痛いじゃないか!!」 「落ち着いた?」 半ば涙目で睨む俺を、ムームーは腰に両手を当てて見下した。 「ここまで生き延びてこれたのは、間違いなく貴方の実力よ。卑下して沈んでる暇があるなら、貴方自慢の増幅魔法で一人でも仲間を救う努力をして」 俺は自分の耳を疑った。 「……こんな俺でも、誰かの役に立てるのか……?」 「貴方程の実戦経験を持った魔法使いは貴重な戦力よ。特に、死霊に有効打足りうる一撃を浴びせられる魔法使いともなればね」 俺の脳裏にゴート三世の光竜剣と、ルーネンのブリザードが蘇った。そして、俺より劣る実力ながら、悪魔相手に奮戦した戦友達の顔が次々と蘇った。戦う為の気力が、再び全身に行き渡るのを感じる。 「……分かった、もう一度戦場に立つ」 「やっとらしくなったわね」 そう言って微笑んだ彼女は女性ソルジャーに呼ばれ、本営に行ってしまった。残された俺は来るべき戦いを思い、ぐっと右の拳を握った。 「退け!モタモタすんな!!ケツに喰い付かれるぞ!!」 俺はかつての学友の尻を蹴飛ばし、ディープワンの一体に火炎魔法を叩き込んだ。背中の傷跡が激しく熱を帯び朦朧とする意識の中で、俺は友軍を逃がす為に最前線で踏み留まっていた。 「噛むわよ、ムームー剣!」 最期を覚悟する俺の前に、五紡星が光輝く。雑多な死霊を一撃で叩き潰した光はしかし、ナイアーラトテップを沈めるには至らなかった。 「貴方、まだこんなところにいたの!?さあ立って、走って!!」 叫ぶムームーに、俺は右手を掲げて見せた。それは最早原型を留めておらず、死霊の軍勢のそれと大差無い状態に変化していた。 「悪いな……俺はどうも、ここまでらしい。まだ意識があるうちに、出来ることをやりたい。……だからムームーも、もう下がって」 「うるさい噛むわよ!そんなのエルティアが何とかしてくれる、だから!」 「行けよ!!」 俺は叫んで、魔法の詠唱に入った。時間の無駄を悟ったムームーは、「バカ」と一言呟いて退いて行った。俺はそれに満足を覚えつつ、死霊の軍勢に向き直った。 最期の一瞬まで、戦うと誓って。 俺が意識を取り戻したのは戦乱が終結した後だった。俺が倒れたすぐ後にラザムの軍勢が助太刀に現れ、ボロクズのようになって横たわる俺を発見したムームーの部隊によって保護され、モンク達の必死の助命措置によって生き長らえたらしい。俺の悪運も、ここまで来ると呆れたものだ。 死霊を影から操っていた黒幕は英雄ホルスと外海の聖騎士によって倒され、今や最大派閥となったエルフやゲルドの巫女が指導するリザードマン、数をめっきり減らしたドワーフの生き残り。更にはあの悪魔達の一部まで一丸となって、この大陸の復興作業を行っていた。 貴重なA級土魔法を扱える魔法使いとして、俺も復興に駆り出された。右手を失い、左手で杖を突く不便な生活を強いられる事にはなったが、それでも俺は生き残れた事を喜び、余生を人々の為に尽くすことに決めた。 しかし、1つだけ気掛かりな事があった。それは、毎晩夢に現れる黒髪の美女の事だった。 マクラヌスを捜せ、旧き神々を目覚めさせよ……そう美女は、俺に訴えかけてくる。 マクラヌスが何なのかはよく分からないが、その内調べてみるつもりだ。だが、その前に…… 「まずは、校舎の再建だな」 俺は崩れ落ちたオステア・アカデミーの瓦礫を見上げ、そう呟いたのだった。 ---- - おお、もう次の手を…さすがww -- とある使い (2012-07-24 00:07:43) #comment(size=60,vsize=3) ----
. 戦争が始まった。 魔王ルーゼルによってトライト王が崩御。王都の有力者達を瞬く間に傘下に加えた宮廷魔術師のムクガイアはゴート三世をルーニック島に追いやり、知識層の解放を唄ってクーデターを起こした。 ここオステアのアカデミーでは、毎日の様に議論が起きている。曰くムクガイアに付いて助力すべきであるとか、いやアレは権力欲に取り付かれた只の俗物であるとか。 「全く、気楽なものだよ。ルートガルトとファルシスの戦には間違いなくオステアも巻き込まれる。アイツ等は何も分かってない」 「うるさい、噛むわよ」 アカデミーきっての武闘派として仲間内で一目置かれている少女ムームーは、落ちつきなくローイス方面の海を見やる。 クーデターが起きる一月前に、賢者ナシュカの教えを乞いに旅立った学友、ルーネンの安否は未だ分かっていない。 人を突き放すような態度を取るムームーだったが、胸の内ではやはり心配で仕方がないのだろう。 「……なぁムームー、俺達でルーネンの奴を迎えに行かないか?お前の魔法剣と、俺の増幅魔法があれば……」 「正気?」 ムームーがこちらを振り返る。 「実戦は授業や訓練とは違うわ。貴方の増幅魔法は確かに強力だけど、時間が掛かりすぎる。……今オステアを出たところで、死ぬのがオチよ」 「でも!何もせずアカデミーに留まっているのが本当に正しい事なのか?……俺は違うと思う。正直、ムクガイアが起こしたクーデターが正しい事なのかは分からない。けど、何もせずにここでただ日々を過ごす事だけは間違ってると思う!」 「それはただの感情論よ。貴方も魔法使いなら、よく考えて行動する事ね」 話は終わりだと言うかのように、ムームーは再び窓から海を眺めた。 「……そうかよ。お前なら付いて来てくれると思ったんだけどな……」 そうして、俺は彼女と別れた。 三方を敵に囲まれたルートガルトは、在野の魔法使い達を戦時徴用するなどして奮戦。悪魔の猛進に耐え、ファルシスを破り、ゲルドを追い返して何とか一時の間を得ることに成功する。 成り行きで魔術師団の端に席を置く事になった俺は、強大な力を誇る悪魔達との泥沼の消耗戦の只中にあった。今更ながらにムームーの忠告を思い出し、あの日の自分の浅はかさを呪った。いつの間にかいつも背後に構えていた弓隊も消えた。 共に戦った魔術師達の数が半数になろうかとしたある日の事、特殊な増幅術を用いて起動した魔法を連射する術式が上の目に止まり、俺と俺の所属していた部隊は王都に呼び戻された。南方からやって来たレオームの軍を懐に引き込んで叩く作戦に参加しろという事らしい。 ……レオームの軍には、成敗された海賊達も加わっているとの事だった。ルーネンは無事だろうか? そんな事を、何処か自分から遠く離れたどこかでうっすらと思った。 その時、俺は何が起こったのか理解できなかった。 レオームの軍勢との応酬を繰り広げていたと思ったら、いきなり背後からの襲撃を受けた。 背中をバッサリと斬られ、息も絶え絶えに振り返ったそこにいたのは、見たことも聞いたこともない異形の兵であった。 何とか作り掛けだった術式を使ってそいつを倒し命からがらに逃げ出してはみたものの、そこはこの世の地獄だった。 死。 その一文字をこれほど強く意識したのは初めてだった。 と、その時。戦場に一条の光弾が走った。レオーム王家に伝わる秘剣、光竜剣だ。彼処に行けば、ゴート三世直属の親衛隊がいる。そこに合流出来れば、何とか助かるかもしれない。つい先程までは忌々しく思っていた敵軍の必殺技は、今や文字通りの希望の光に等しかった。俺は悪運の強かった生き残り達と共に光を目指し、死にもの狂いの逃走を始めた。 殆ど死に体も同然のゴート三世が神職らしき少女を庇い、光竜剣を連射する光景を目の当たりにした時、俺は目の前の事実を上手く認識出来なかった。王を護っている筈の親衛隊など、影も形も有りはしなかった。 「おぉ、友軍の者か……」 ゼェゼェと荒い息を吐くゴート三世に、俺は気圧されて頷かせられていた。 「……すまぬが、イオナを頼む。私はここに残って殿となり、諸君らの退路を作る」 「そんな!なりません!!ゴート様がお亡くなりになるような事があれば、私は、私は……」 すがり付いて泣く少女を説得しようとするゴート三世だったが、少女は少女で頑として聞き入れない。しかし、死霊達はそんな彼等を待つような事はしなかった。 「失礼!」 俺は少女の首を後ろから打って意識を奪い、その身体を背負った。生きる為に死地に置いていく王に出来る、これが精一杯の事だった。 「必ず、生き残って彼女を脱出させます」 「あぁ、頼んだぞ……」 今までのモノより遥かに巨大な体躯をした死霊に向け、ゴート三世は死力を振るって光竜剣を撃った。俺はその光景を眼に焼き付けると、南に向かい走った。 宛にしていたレオームの手勢は壊滅状態で、結局俺達を受け入れてくれたのは海賊達だった。ゴート三世を失って意気消沈したイオナは、少数の者を伴って外海に落ち延びていった。士気の無い者を気遣い、宥めて戦場に立たせるだけの余裕はもうここには残っていなかったのだ。 思いがけず再会したルーネンは、海賊の少女ニーナナスにゾッコンになっていた。水の賢者ナシュカはどうした。 「あぁ、そんなのいましたね、久し振りです」 感動の再会の筈が彼女のリアクションはこの程度で、肩透かしをくらった俺は何とも微妙な気分になった。肩をぶつけたり、背中を叩いたりして冷やかす海賊達に、つい苦笑が溢れる。 だが、そうやって笑っていられたのはほんの一時だけだった。死霊達は瞬く間に勢力を拡げ、ローイス海域にまでその勢力圏を伸ばしつつあった。 海域の首領ババラッカスはコレを迎え撃つ決断を下し、俺は数少ない本職の魔法使いである事を見込まれて左翼に配された。背中の傷がじくじくと痛んだが、気のせいと思い込む事にした。 巨大な死霊“ナイアーラトテップ”の戦闘力は凄まじいの一言に尽きた。地獄の業火や死の冷気を集団で次々と繰り出し、海賊の船団を蟻の群れ同然に踏み潰してしまった。水の賢者の大魔法デリュージと知らぬ間に成長していたルーネンのブリザードで一矢は報いる事が出来たが、他は散々であった。 中央に配された部隊は全滅、右翼に陣取っていたクリンク海軍は大きな被害こそ受けたものの何とかパーサ方面への撤退に成功。俺の所属していた左翼は俺の乗っていた一隻を残し全滅。 フェリル島に向かうか、オステアへ向かうかという決断を迫られたその時、俺はオステアへ向かいたいと熱弁を奮った。背中の傷は、直撃を浴びた訳でも無いのにその存在感をより大きなものとしていた。先は長くないのかもしれない。それだけに故郷へという思いは強く、結局海賊達に折れてもらい、俺は久方ぶりにオステアへ戻る運びとなった。 ピコック先生の死を知らされた俺は、「そうか……」と一言溢すことしか出来なかった。涙もなく、悲しみもなく、ただの事実として、ピコック先生を過去のものとして葬りさった。 そのピコック先生の一番弟子だったアルジュナは、今やオステアの指導者となって采配を振るう立場となっており、ムームーは遊軍筆頭、特に目立たない存在だったメルトアも諜報を取りまとめる立場となっていた。 そんな中、俺は負傷者としてエルティア率いるモンク達の治療を受けていた。あまりの情けなさに、苛立ちばかりが募っていた。 「久し振り」 「あぁ、ムームーか……」 俺は力無く懐かしい顔を迎えた。 「何よその景気の悪い返事は、噛むわよ」 「はは、それもいいかもしれないな……」 俺は適当に返し、天井を仰いだ。 「……結局、ムームーの言う通りだった。ルーネンは普通に無事だったし、それどころか立派に成長して死霊の一角を薙ぎ払ってやがったんだぜ?それに引き換え俺は……戦友を盾にして何とか命を拾うだけが精一杯だった。何が増幅魔法だよ!ちっとも役に立ちやしないじゃないか!」 と叫んだその時、突然ムームーが飛び付いてきて、左腕に歯を立ててきた。断じて甘噛みなどという可愛らしいものではない、本噛みだ。反射で振り払おうとして背中がつり、俺はあまりの激痛に悶えた。 「何、すんだよ!痛いじゃないか!!」 「落ち着いた?」 半ば涙目で睨む俺を、ムームーは腰に両手を当てて見下した。 「ここまで生き延びてこれたのは、間違いなく貴方の実力よ。卑下して沈んでる暇があるなら、貴方自慢の増幅魔法で一人でも仲間を救う努力をして」 俺は自分の耳を疑った。 「……こんな俺でも、誰かの役に立てるのか……?」 「貴方程の実戦経験を持った魔法使いは貴重な戦力よ。特に、死霊に有効打足りうる一撃を浴びせられる魔法使いともなればね」 俺の脳裏にゴート三世の光竜剣と、ルーネンのブリザードが蘇った。そして、俺より劣る実力ながら、悪魔相手に奮戦した戦友達の顔が次々と蘇った。戦う為の気力が、再び全身に行き渡るのを感じる。 「……分かった、もう一度戦場に立つ」 「やっとらしくなったわね」 そう言って微笑んだ彼女は女性ソルジャーに呼ばれ、本営に行ってしまった。残された俺は来るべき戦いを思い、ぐっと右の拳を握った。 「退け!モタモタすんな!!ケツに喰い付かれるぞ!!」 俺はかつての学友の尻を蹴飛ばし、ディープワンの一体に火炎魔法を叩き込んだ。背中の傷跡が激しく熱を帯び朦朧とする意識の中で、俺は友軍を逃がす為に最前線で踏み留まっていた。 「噛むわよ、ムームー剣!」 最期を覚悟する俺の前に、五紡星が光輝く。雑多な死霊を一撃で叩き潰した光はしかし、ナイアーラトテップを沈めるには至らなかった。 「貴方、まだこんなところにいたの!?さあ立って、走って!!」 叫ぶムームーに、俺は右手を掲げて見せた。それは最早原型を留めておらず、死霊の軍勢のそれと大差無い状態に変化していた。 「悪いな……俺はどうも、ここまでらしい。まだ意識があるうちに、出来ることをやりたい。……だからムームーも、もう下がって」 「うるさい噛むわよ!そんなのエルティアが何とかしてくれる、だから!」 「行けよ!!」 俺は叫んで、魔法の詠唱に入った。時間の無駄を悟ったムームーは、「バカ」と一言呟いて退いて行った。俺はそれに満足を覚えつつ、死霊の軍勢に向き直った。 最期の一瞬まで、戦うと誓って。 俺が意識を取り戻したのは戦乱が終結した後だった。俺が倒れたすぐ後にラザムの軍勢が助太刀に現れ、ボロクズのようになって横たわる俺を発見したムームーの部隊によって保護され、モンク達の必死の助命措置によって生き長らえたらしい。俺の悪運も、ここまで来ると呆れたものだ。 死霊を影から操っていた黒幕は英雄ホルスと外海の聖騎士によって倒され、今や最大派閥となったエルフやゲルドの巫女が指導するリザードマン、数をめっきり減らしたドワーフの生き残り。更にはあの悪魔達の一部まで一丸となって、この大陸の復興作業を行っていた。 貴重なA級土魔法を扱える魔法使いとして、俺も復興に駆り出された。右手を失い、左手で杖を突く不便な生活を強いられる事にはなったが、それでも俺は生き残れた事を喜び、余生を人々の為に尽くすことに決めた。 しかし、1つだけ気掛かりな事があった。それは、毎晩夢に現れる黒髪の美女の事だった。 マクラヌスを捜せ、旧き神々を目覚めさせよ……そう美女は、俺に訴えかけてくる。 マクラヌスが何なのかはよく分からないが、その内調べてみるつもりだ。だが、その前に…… 「まずは、校舎の再建だな」 俺は崩れ落ちたオステア・アカデミーの瓦礫を見上げ、そう呟いたのだった。 ---- - おお、もう次の手を…さすがww -- とある使い (2012-07-24 00:07:43) - ムームー熱いね(ヒューヒュー熱いねの意味) -- 名無しさん (2023-10-09 18:02:59) #comment(size=60,vsize=3) ----

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