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ローニトークの大冒険 ~はわわ、ここどこですか~」(2023/09/09 (土) 01:23:52) の最新版変更点

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**&color(blue){第一話 『はわわな恐怖と』} &color(gray){このSSは至る所に俺設定が散見し、一部、刺激的かつ暴力的な表現があります。} &color(gray){ご一読の際は十分にご注意ください。} 「ふんふんふ~ん」 木々の合間から射し込む陽の光を全身に浴びて、穏やかな心地に浸るエルフの少女ローニトークは、泉の岸辺にある岩へと腰かけては、鼻歌交じりにスカートの裾を太ももの辺りまでたくし上げ、のんびりと足で水面を切っていた。 時折、エサを期待しているのか、小魚達が足下へとやってきては、彼女の足や指先を突付いて慌てて逃げていく。突かれて、こそばゆい感覚を覚えながらも、清涼な泉の冷たさと、燦燦と降り注ぐ暖かな陽射しに、ローニトークは至福のひとときの中にあった。 ここはパーサの森。エルフ達の住まう集落から少し離れた泉の畔。周囲はうっそうとした森に囲まれ、動物達の鳴き声が響き渡る自然のままの世界。森を渡る風が木々を揺らし、陽の光を無数に煌かせている。 「あ、そうでした。おはなをわすれてましたぁ」 先程、草地で摘んできたシロツメクサの束を手に取ると、鼻歌を交えながら上手に花輪状に編み込んでいく。 風にそよぐ淡い緑色をした長く艶のあるさらさらとした髪の、その頭上で、彼女の特徴ともいうべき両の耳が、鼻歌に合わせてぱたぱたと動いていた。ぴんっと立つ薄茶色の毛と、白くふわふわした毛で覆われた短くも大きさのある耳は、エルフというよりも、それはまるで動物に近い何か、といった方が正しい。ぱたぱたと前に倒れる様は、見事なまでに猫か犬のようである。 現に、ローニトークは少し並みのエルフ族とは違っていた。エルフなら誰もが得意な弓や魔法の扱いにはてんで疎く、おっちょこちょいでドジでまぬけで、といった風に、大よそのエルフ族らしからぬ少女で、周囲からもやや冷ややかな視線でもって見られている。それでも、彼女は気にしないのか慣れっこなのか、笑顔で元気よく日々を過ごしていた。 「エルフォードさまに似あうかな~。あ、食べちゃだめですよぉ」 ふとした拍子に、手元からするりと落ちたシロツメクサの花が泉の水面へと落ち、それをエサと勘違いした小魚が突いている。 慌てて手を伸ばして拾い上げようと腰を浮かした瞬間、体重のかかった足下がずるりと滑った。 「は、はわわわわっ」 何とか体勢を立て直そうと必死に手を宙に泳がせるものの、ローニトークの努力のかいも空しく、その身体は泉へと派手な水音をたてた。 後ろ手に腰を落としたローニトークの、おヘソの辺りまでが水に浸かり、全身に服を通してもなお、泉の清涼な水の冷たさが伝わっていく。 「ひぃん、つめたいです~。わきゃあっ!!」 その冷たさから逃げるように立ち上がろうとして、また足を滑らせた。水中の苔むした石に足をとられて前のめりに転ぶ。 二度の不幸に、全身水浸しになったローニトークが、ようやっとの思いで起き上がると、 「あははははははっ」 と、頭の上から大きな笑い声が降ってきた。 ローニトークが急いで声のする方へ目を向けると、近所に住む年端のゆかぬ男の子のエルフが岸辺からこちらを見やり、見事なまでの大口をあけて笑いながら立っていたのだった。余程おかしいのか、うっすらと目元に涙を浮かべ、お腹を押さえている。 「ほんとっ、ロニトはドジだな!!」 「うぅ、わらってないでたすけてよぉ」 「ったく、しようがねぇな! ほら、手だせよ」  そう言うと、しぶしぶといった表情の男の子エルフは、岸辺からローニトークの方に屈みながら手を差し出してくれたのだが、その手を握ろうとローニトークが近づくと、途端に顔を真っ赤に染めてあらぬ方角へと目を逸らした。何とか、男の子の助けを借り、ほうほうの体で水浸しのローニートクが岸へと上がると、男の子エルフはますます顔を赤く染めて、ぷいと横を向きながらも、たまに視線だけはこちらを見てくる。 「うん? なあにー?」 ローニトークが前かがみに、スカートの水気を切るため裾を絞りつつ男の子へと声をかけると、男の子はただ黙って手を上げ指で指し示す。 どうやらその指は、ローニトークを示しているようだった。改めて自分の姿を確認する。着ている服は水浸しで肌に張り付き、特に薄い生地の部分は、陽射しを浴びて肌が透けて見えていた。胸の辺りは、僅かばかりの膨らみを覆い隠す下着が、形も鮮明に、あられもない姿で浮かびあがっている。 あっ、と思い、そして咄嗟に両手で胸元を押さえ、その場にしゃがみこむ。 「はわわっ……み、みないでよぉ、もう!」 「べ、別に見たくて見てるんじゃねーよ、バカッ!!」 「なんですってぇー。バカっていうほうがバカなんだよぉ」 「はん、オマエまだそんな事いってるのか、んっとにバカだな」 男の子にさんざんに馬鹿呼ばわりされて頭にきたローニトークは、両手をふり振り上げて、 「ううう、うるさぁ~~い!!」 と、駆け出したのだが、濡れた靴底が草地に滑り、あと一歩といったところで、またしても派手に転倒した。 後方で鈍い音を聞いた男の子は、駆けていた足を緩めると、その場でくるりと回転し、後ろ駆けの要領で不様にも地面に潰れるローニトークへと、捨て台詞のひとつでも残してやろうと口を開き、 「へっへーん、ぺちゃぱいロニ……」 と、言いかけたところで、背後の何かとぶつかり、言葉が途切れた。 運悪く、顔から地面に衝突したローニトークが、目に涙をため沁みる鼻を押さえながら、男の子と背後の何かを見定めるために顔を上げ、当の本人も文句でも言おうと振り向いて、そして、同時に叫んだ。 「え、エルフォードさまッ!!」 「いててて……ったく、だれ……え、エルフォード様ッ!?」 ぶつかった相手が、まさかエルフ族の、パーサの森の指導者にあたる族長エルフォードその人であろうとは、つゆも思いもしなかっただろう。 若くして族長の座に就いた稀代の人物。他集落の長老衆をも納得させる程の、人望、見識、勇気に秀でた、まさに完璧な男。そしてなにより美形。 ローニトークは、顔が急激に熱くなるのを感じていた。 「元気なのは結構ですが、今の言葉使いはあまり感心できませんね」 「ご、ごめんなさい……」 古びた本を小脇に抱え、濃緑の長い髪を後ろでひとまとめに束ねた年若いエルフが、口調はあくまでも優しいままに、それでいて有無を許さずといった感じの強い口調で、男の子へと注意を促がす。 急にしゅんと、頭を垂れて萎れてしまった男の子を見て、エルフォードは口元を緩めて優しく微笑むと、片手を男の子の頭に乗せ「次からは気をつけなさい」と、優しい言葉をかけてから背中を押した。男の子はエルフォードの顔を見上げながら小さく頷き、そのまま集落の方角へと駆け、次第に姿が見えなくなった。 後姿を見送っていたエルフォードが「相変わらずのようですが、貴方も少し、慎重に行動なさい」と、ローニトークにたしなめの言葉をかける。 「はぁい……くっしゅん、ううー」 短く応えてから、かわいいクシャミがひとつ。 恥ずかしいと思いながらも、垂れてきた鼻水をずずっと吸い上げ、指で拭い取る。思えば、森を吹く風もやや冷たさを増し、濡れた身体が芯から冷えてくる。寒さにぶるるっと震えた。ふと、エルフォードが手にしていた本を近くの切り株へと丁重に置くと、徐に自身の背に纏う外套を脱ぎ、それを水濡れになり風に吹かれ寒さに震えていたローニトークの肩へとかけてくれる。 「ほら、いつまでもその格好では、風邪をひきますよ」 「あ、ありがどぉうござぁいまずぅぅぅぅ」 エルフォードの温もりの残る外套をぎゅうと握るように掴んだローニトークが、どうしよう、何かお礼は、と考え、先程までシロツメクサの花輪を造っていた事を思い出し、岸辺の岩へと小走りに駆け寄ったが、そこには無残にも、踏み潰されてぺしゃんこになった花の残骸が散らばっているだけであった。彼女が泉に転倒した際に、踏み止まろうとして足で踏んでしまっていたのだ。 無残な姿の花を一厘、拾い上げては落ち込むローニトークの横から、すっと手が伸びたかと思うと、潰れていない原型を留めた花をエルフォードが手にするところだった。 「可哀想に……花も命あるもの。その美しさを損なう事があってはいけません」 そう口にすると、ローニトークが頭につけている金細工で造られたカチューシャに、シロツメクサの花を一厘すうっと差し込む。やがて、水面の水鏡には、金と白色の花で美しく飾られたカチューシャをつけた、赤面したローニトークの顔が映りこんでいた。 「カーン、カーン、カーン」 何処からともなく、断続的に鐘の音が響いてくる。 宵闇に包まれた暗く深い森の中に、いつ消えるともない金属的な響きが木霊する。 鐘の音にまぎれて、がちゃがちゃと、何かが擦れあう音も微かではあるが聞こえていた。耳の利くものが神経を集中させ、そおっと耳をすましたならば、もっと様々な音を如実に聞き分ける事が出来たであろう。 「おおおッー!!おおおッー!!」 人の声が、叫び声が、地響きと共にパーサの森の集落へと、徐々にではあるが、確実に近づきつつあった。 宵の梟がホウ、ホウと鳴いていたが、夜を司るその鳴き声の主も何時しか巣へと戻ったのか、辺りは急に静かとなった。 ローニトークが寝床としている大木は、集落の中でも高い方であり、地上からはかなりの距離がある。ひとり気楽に、それなりに広さがある木作りの小屋に、簡素な調度品をあしらって、自由気ままな生活を送っていたローニトークは、夜具の中でエルフォードの外套に包まって身じろぎをした。 柔らかく艶のある長い髪はひとまとめにされていたが、所々に素直ではない毛が跳ねていて、その寝顔といえば、口の端から涎をたらし、枕に盛大な染みを作り上げている。小顔のわりによく動く大きめな両の瞳も、今は安らかな眠りのためか、たまに、頭にあるふさふさの耳の動きに合わせて、僅かに目蓋とまつ毛が揺れる位で、まさに熟睡といった感じである。 彼女にとって、いつもの夜といったところなのだが、どうも表が騒がしい。 「う~みゅ、うるさいなぁ……」 眉間にややしわをよせ、寝返りをうちながら言葉を吐く。 壁に設けられた、一応の窓らしき物は、月明かり以外の光源を部屋の中へと招き入れていたのだが、当の本人はまったくもって気付く様子もなかった。 パチパチという音に混ざり、稀に一際甲高く、パチンッと何かが爆ぜる音が聞こえてくる。暫くして、黒い煙が隙間から入り込み、もうもうと部屋に充満するにあたって、鼻をぴくぴくとさせたローニトークがようやっとの事で起き上がり、そして、ぼおっとする頭のまま窓へと顔を押し付け、外の様子を伺おうとした。 視界が赤くなる。熱が伝わる。黒い煙が上る。 森が燃えていた。 眠い目をこすりながら、はっきりとしない頭の中で、何事か起きたのかを整理する。しかし、煙い。目が痛い。 「え……? か、かじぃなのです!?」 まさか、と我が目を疑った。森にとって大火は禁忌である。たとえ僅かな火であっても、それは時として大きな災いとなる。その為、エルフ族の者達は火の取り扱いには非常に慎重であった。必要最低限にしか利用せず、また利用したとしても、後始末には常に気を配った。だが、事実、森は燃えている。 ローニトークにとって火事は初めての経験である。かつて大火に見舞われた年長者から、戒めとして聞かされた事はあっても、実際にこの目で見たことはない。 ――本当に木が燃えている。 「は、はわわっ、ど、ど、ど、どうしたらいいんですか」 部屋の中をうろうろと、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと、暫くの間、右往左往していたが、我に返ったように数少ない大事な物を、いわば彼女にとっての宝物を手当たり次第にかき集めると、それを腰に提げた袋へと捻じ込んでから、まとめてあった髪を解き、鏡台に大事に置いておいた花飾りのカチューシャを頭へと付け、エルフォードの外套を羽織ると、覚悟を決めて小屋を飛び出す。 たん、たん、たん、と彼女にしては流暢な身のこなしで、大木を下へと降りていく。途中、下方からは火の粉が舞い上がり、時として、火傷しそうな程の熱気に包まれながら、ローニトークは、なんとか地上へと降り立つ事が出来た。 地上は、まるで地獄絵図といっても過言ではない有様であった。ただの火事騒ぎではなかったのである。 「は、はわわっ……」 鬼のような形相で大振りな刃物を片手に、逃げ惑うエルフ達へと次々に斬りつけていく人間の姿が、ローニトークの目の前に存在した。 腰がくだけたように、へなへなと、ローニトークはその場にへたり込んでしまう。その目の前で、足腰の弱った老エルフが、逃げ惑い、体勢を崩してよろけた拍子に、後ろから迫った人間の閃かせた銀色の光によって簡単に首を刎ね飛ばされた。血飛沫が尾を引きながら、ぽーんっと宙を舞った首が、力なく座り込んだローニトークの前へどさりと音を立てて落ち、転がった。 「ひっ」 思わず口から声にならない声が漏れる。首だけになった老エルフの、断末魔の恐怖の表情が、地面で揺れている。 片刃の湾曲した、血糊でべたりと汚れた刃物を片手にだらりと下げた男が、ローニトークの存在に気付いたのか、薄ら笑いを浮かべてゆっくりと近づいてくる。手を伸ばし、掴みかかろうと、詰め寄ってくる。 「は、は、は、はわわわっ」 腰がくだけた状態で、立ち上がって逃げる事も適わず、ただただ、恐怖心に圧されて後ずさりする。ローニトークが下がれば、男が一歩、また一歩と差を埋めてくる。卑下た笑いをその口元に浮かべ、舌なめずりをして手をこちらへと伸ばしてくる。どんっと後ろに生えていた大木の幹へと、背中があたった。 もう逃げ道がない。それでも、ローニトークは手を動かし、足を動かし、男の手から逃れようと必死になってもがいた。 「ひっひっ、無駄だよ嬢ちゃん」 男が手を伸ばす。もう、逃げれない。ローニトークは恐怖から、その目をぎゅうっと瞑った。 様々な音が木霊する暗闇の中で、ドスッっと鈍い音がひと際、響いた。 どれだけの時間が経ったのだろうか。それは永いようでいて、一瞬であったのかもしれないが、男の手は、一向にローニトークの肌には触れてこなかった。 なにが起きたのか、恐る恐る、目を開けて確かめようとすると、目前に、ローニトークに今まさに掴みかかろうと手を伸ばした男の、その血走った両の眼が、喉元を貫いて飛び出した物体を凝視しているところであった。 「ぐゃっ!!」 叫び声だろうか、喉元を潰され、はっきりとした発音が出来ない男が短く叫ぶ。と、同時に、口から血がばっと飛び散り、ローニトークの頬に音をたててかかった。男は、手にした武器を投げ捨てると、喉元を貫いた鏃を両手で掴み、そして、呻き声をあげながら何処かへと奔りだした。 「うっ、げほげほっ……」 生暖かい血を浴び、そのむせ返るような臭いに、言いようのない気持ち悪さを覚え、胃の内容物が口から飛び散る。 あまりにも現実味を帯びない、その異様としかいえない光景は、ローニトークに痛烈なまでの衝撃を与え、脳裏に凄まじいまでの鮮明さで刷り込まれていく。 「げほっげほっ……はぁ、はぁ、はぁ……うぅ」 世界がぐるぐると廻りだす。 赤い景色、ただ只管に赤い景色。燃える。血が飛び散る。女は犯され、男は虐殺される。子供だろうと大人だろうと、関係なかった。 「ロニトッ……ロニトッ!!」 誰かが身体を揺すっている。辛うじて横目に見やる。それは、泉の男の子だった。 「うぅ、げほっげほっ……な、なにしてるの、は、はやくにげなきゃ……」 「ロニトッ!! おかーさんがっ! おかーさんがっ! 助けてよ、ねえ助けてよ!!」 指差した先には、男の子の母親なのだろうか、半裸に近い格好で血の海の中で斃れている女性の姿があった。こちらを向いて斃れるその横顔には、既に血の気がなく、見開かれた目からは赤い血が涙のように垂れている。男の子の下へと伸ばされた腕は、肘の先辺りで切断され、血が勢いよく飛び出ていた。もはや、息があるのかすらもわからない。 視線を逸らし、ローニトークは首を横に振った。 「なんで!? なんで助けてくれないのっ!! ねえ、お願いだからっ、お願いだから助けてよおおっ!!」 首を横に振る。 「なんでだよ……僕がいじわるしたからなのっ!?」 「むりだよ……わたしじゃ、わたしじゃ、たすけられないよ……。 むりだよ……むりだよ……」 「ひぐっ、ぐすっ、ロニトの、ロニトのバカあッ!!」 男の子はそう叫ぶと、燃え盛る集落の奥へと駆けていった。誰か、他の大人にすがろうと考えたのか、今この状況で、それ程の余裕がある者が、一体どれだけ居るというのか。未だ燃え盛る炎の勢いは衰える事なく、遠くから剣戟の音や、阿鼻叫喚の悲鳴といった、様々な音が森の中を木霊している。 ふらふらと、まるで魂の抜け殻のようにローニトークは立ち上がると、この場から一刻でも早く立ち去りたい、と考えた。もはや、ローニトークにはエルフの戦士として戦うほどの勇気はなかった。元々、大よそのエルフ達のように、弓や魔法が得意というわけでもない。むしろ、不得手である。端から弱者なのだ。どこか遠くの、静かな森に逃げよう、そこで暫くの間は大人しく暮らそう。 思いは固まった、が、まったくの丸腰は怖かった。先の事で、拭いきれぬ恐怖心を植えつけられてしまっている。 耳をぴんとそば立て、周囲の音を、人間の気配を探り、安全を確認してから、こそこそと武器になりそうな物を探し歩いた。さほど労する事もなく、持ち主のいなくなったと思しき短弓と矢筒を得る事が出来た。 ローニトークは、急いで集落から離れるべく 足早に森を駆け抜けながらも、エルフォード様はどうしただろう、と考えた。エルフォードさまの事だ、きっと無事に違いない。また、いつか逢える日がくる。頭の中で色々と考えては、頭につけたカチューシャの花飾りは無事かな、と、今まですっかり忘れていた事を思い出し、手を伸ばして手に触れる花の感触を掴むと、幾分、心が安堵した。 「はわわ、ここどこですか」 闇雲に森の中を駆けたせいで、ローニトーク自身、自分が一体、今どの辺りにいるのかすら、正直わからなくなっていた。 どことなく潮の香りが周囲を漂っている。どうやら、森を抜けて海沿いにまでやって来た事だけは確からしい。思えば、随分と遠くまで駆けてきたものだ。 海岸線と森の境界線は意外とはっきりとしている。一歩足を踏み出せば、そこは直ぐに砂地となる。さらさらとした粒の細かい、肌触りのよい砂の感触。常に森の中で生活をしてきたローニトークにとって、海というのは滅多に目にした事がない未知の領域であった。海岸の砂浜も同じである。 砂浜を物珍しげに歩くローニトークの、植物を編んで作られた靴の隙間から、砂という砂が素足へと入り込み、歩く度に違和感を覚える。 「はわわっ、じゃりじゃりします~」 砂浜に座り込み、靴を脱いで砂を落としては、歩き出し、また座り込み、を繰り返していたローニトークは、面倒になったのか、ついには両手に靴を下げて、素足で歩き出した。砂に埋まる素足の感覚に、当初は戸惑ったのだが、慣れるとなんとも心地がよい。 集落からの緊張の連続で、精神を多分にすり減らしていたローニトークも、ここにきてやや緊張の糸が切れてきたのか、ついには睡魔に襲われだした。気付けば、夜空の水平線が白み始めている。長い夜が、ようやっと終わりを迎えようとしていた。 ひとり寂しく、とぼとぼと海岸を歩いていたローニトークの前に、巨大な一艘の船が姿を現す。 闇に煌く無数のカンテラの灯火が、大きく太く、そして長い数本のマストに、大きな白い帆を畳み抱える姿が、そして、その頂で風に揺れる黒い旗印が、船という存在を初めて目にしたローニトークの好奇心を多分に刺激し、興味を惹いた。 かがり火の焚かれた先には、船の上へと続く縄梯子が、まるでローニトークを誘うように続いていた。 「はわわ、これ、なんですか?」 器用にするすると縄梯子を昇り、素足でとんと甲板の上へと立つ。興味に駆られるまま、あちらこちらを物色して廻るローニトークが、まことに幸運なのは、見張りの船員が何故か皆出払っており、無人の状態で置かれていた事にあるだろう。いや、むしろ彼女にとっては不運だったのかもしれない。何故なら、この船こそが、集落を襲った人間達の、そう、海賊達の船だったからである。 船の一室、暗がりで外套に身を包み、板張りの居心地のよさから、ついうつらうつらと、居眠りをはじめてしまったローニトークの運命という歯車は、この時、既に回りまくっていたのだった。 ---- - こんな事があったのか・・・続き希望 -- 名無しさん (2013-01-05 16:57:48) - これの続きをどこかのサイトで見たのだけど &br()知ってる人居ませんか? -- 名無しさん (2014-03-21 04:31:57) #comment(size=60,vsize=3) ----
**&color(blue){第一話 『はわわな恐怖と』} &color(gray){このSSは至る所に俺設定が散見し、一部、刺激的かつ暴力的な表現があります。} &color(gray){ご一読の際は十分にご注意ください。} 「ふんふんふ~ん」 木々の合間から射し込む陽の光を全身に浴びて、穏やかな心地に浸るエルフの少女ローニトークは、泉の岸辺にある岩へと腰かけては、鼻歌交じりにスカートの裾を太ももの辺りまでたくし上げ、のんびりと足で水面を切っていた。 時折、エサを期待しているのか、小魚達が足下へとやってきては、彼女の足や指先を突付いて慌てて逃げていく。突かれて、こそばゆい感覚を覚えながらも、清涼な泉の冷たさと、燦燦と降り注ぐ暖かな陽射しに、ローニトークは至福のひとときの中にあった。 ここはパーサの森。エルフ達の住まう集落から少し離れた泉の畔。周囲はうっそうとした森に囲まれ、動物達の鳴き声が響き渡る自然のままの世界。森を渡る風が木々を揺らし、陽の光を無数に煌かせている。 「あ、そうでした。おはなをわすれてましたぁ」 先程、草地で摘んできたシロツメクサの束を手に取ると、鼻歌を交えながら上手に花輪状に編み込んでいく。 風にそよぐ淡い緑色をした長く艶のあるさらさらとした髪の、その頭上で、彼女の特徴ともいうべき両の耳が、鼻歌に合わせてぱたぱたと動いていた。ぴんっと立つ薄茶色の毛と、白くふわふわした毛で覆われた短くも大きさのある耳は、エルフというよりも、それはまるで動物に近い何か、といった方が正しい。ぱたぱたと前に倒れる様は、見事なまでに猫か犬のようである。 現に、ローニトークは少し並みのエルフ族とは違っていた。エルフなら誰もが得意な弓や魔法の扱いにはてんで疎く、おっちょこちょいでドジでまぬけで、といった風に、大よそのエルフ族らしからぬ少女で、周囲からもやや冷ややかな視線でもって見られている。それでも、彼女は気にしないのか慣れっこなのか、笑顔で元気よく日々を過ごしていた。 「エルフォードさまに似あうかな~。あ、食べちゃだめですよぉ」 ふとした拍子に、手元からするりと落ちたシロツメクサの花が泉の水面へと落ち、それをエサと勘違いした小魚が突いている。 慌てて手を伸ばして拾い上げようと腰を浮かした瞬間、体重のかかった足下がずるりと滑った。 「は、はわわわわっ」 何とか体勢を立て直そうと必死に手を宙に泳がせるものの、ローニトークの努力のかいも空しく、その身体は泉へと派手な水音をたてた。 後ろ手に腰を落としたローニトークの、おヘソの辺りまでが水に浸かり、全身に服を通してもなお、泉の清涼な水の冷たさが伝わっていく。 「ひぃん、つめたいです~。わきゃあっ!!」 その冷たさから逃げるように立ち上がろうとして、また足を滑らせた。水中の苔むした石に足をとられて前のめりに転ぶ。 二度の不幸に、全身水浸しになったローニトークが、ようやっとの思いで起き上がると、 「あははははははっ」 と、頭の上から大きな笑い声が降ってきた。 ローニトークが急いで声のする方へ目を向けると、近所に住む年端のゆかぬ男の子のエルフが岸辺からこちらを見やり、見事なまでの大口をあけて笑いながら立っていたのだった。余程おかしいのか、うっすらと目元に涙を浮かべ、お腹を押さえている。 「ほんとっ、ロニトはドジだな!!」 「うぅ、わらってないでたすけてよぉ」 「ったく、しようがねぇな! ほら、手だせよ」  そう言うと、しぶしぶといった表情の男の子エルフは、岸辺からローニトークの方に屈みながら手を差し出してくれたのだが、その手を握ろうとローニトークが近づくと、途端に顔を真っ赤に染めてあらぬ方角へと目を逸らした。何とか、男の子の助けを借り、ほうほうの体で水浸しのローニートクが岸へと上がると、男の子エルフはますます顔を赤く染めて、ぷいと横を向きながらも、たまに視線だけはこちらを見てくる。 「うん? なあにー?」 ローニトークが前かがみに、スカートの水気を切るため裾を絞りつつ男の子へと声をかけると、男の子はただ黙って手を上げ指で指し示す。 どうやらその指は、ローニトークを示しているようだった。改めて自分の姿を確認する。着ている服は水浸しで肌に張り付き、特に薄い生地の部分は、陽射しを浴びて肌が透けて見えていた。胸の辺りは、僅かばかりの膨らみを覆い隠す下着が、形も鮮明に、あられもない姿で浮かびあがっている。 あっ、と思い、そして咄嗟に両手で胸元を押さえ、その場にしゃがみこむ。 「はわわっ……み、みないでよぉ、もう!」 「べ、別に見たくて見てるんじゃねーよ、バカッ!!」 「なんですってぇー。バカっていうほうがバカなんだよぉ」 「はん、オマエまだそんな事いってるのか、んっとにバカだな」 男の子にさんざんに馬鹿呼ばわりされて頭にきたローニトークは、両手をふり振り上げて、 「ううう、うるさぁ~~い!!」 と、駆け出したのだが、濡れた靴底が草地に滑り、あと一歩といったところで、またしても派手に転倒した。 後方で鈍い音を聞いた男の子は、駆けていた足を緩めると、その場でくるりと回転し、後ろ駆けの要領で不様にも地面に潰れるローニトークへと、捨て台詞のひとつでも残してやろうと口を開き、 「へっへーん、ぺちゃぱいロニ……」 と、言いかけたところで、背後の何かとぶつかり、言葉が途切れた。 運悪く、顔から地面に衝突したローニトークが、目に涙をため沁みる鼻を押さえながら、男の子と背後の何かを見定めるために顔を上げ、当の本人も文句でも言おうと振り向いて、そして、同時に叫んだ。 「え、エルフォードさまッ!!」 「いててて……ったく、だれ……え、エルフォード様ッ!?」 ぶつかった相手が、まさかエルフ族の、パーサの森の指導者にあたる族長エルフォードその人であろうとは、つゆも思いもしなかっただろう。 若くして族長の座に就いた稀代の人物。他集落の長老衆をも納得させる程の、人望、見識、勇気に秀でた、まさに完璧な男。そしてなにより美形。 ローニトークは、顔が急激に熱くなるのを感じていた。 「元気なのは結構ですが、今の言葉使いはあまり感心できませんね」 「ご、ごめんなさい……」 古びた本を小脇に抱え、濃緑の長い髪を後ろでひとまとめに束ねた年若いエルフが、口調はあくまでも優しいままに、それでいて有無を許さずといった感じの強い口調で、男の子へと注意を促がす。 急にしゅんと、頭を垂れて萎れてしまった男の子を見て、エルフォードは口元を緩めて優しく微笑むと、片手を男の子の頭に乗せ「次からは気をつけなさい」と、優しい言葉をかけてから背中を押した。男の子はエルフォードの顔を見上げながら小さく頷き、そのまま集落の方角へと駆け、次第に姿が見えなくなった。 後姿を見送っていたエルフォードが「相変わらずのようですが、貴方も少し、慎重に行動なさい」と、ローニトークにたしなめの言葉をかける。 「はぁい……くっしゅん、ううー」 短く応えてから、かわいいクシャミがひとつ。 恥ずかしいと思いながらも、垂れてきた鼻水をずずっと吸い上げ、指で拭い取る。思えば、森を吹く風もやや冷たさを増し、濡れた身体が芯から冷えてくる。寒さにぶるるっと震えた。ふと、エルフォードが手にしていた本を近くの切り株へと丁重に置くと、徐に自身の背に纏う外套を脱ぎ、それを水濡れになり風に吹かれ寒さに震えていたローニトークの肩へとかけてくれる。 「ほら、いつまでもその格好では、風邪をひきますよ」 「あ、ありがどぉうござぁいまずぅぅぅぅ」 エルフォードの温もりの残る外套をぎゅうと握るように掴んだローニトークが、どうしよう、何かお礼は、と考え、先程までシロツメクサの花輪を造っていた事を思い出し、岸辺の岩へと小走りに駆け寄ったが、そこには無残にも、踏み潰されてぺしゃんこになった花の残骸が散らばっているだけであった。彼女が泉に転倒した際に、踏み止まろうとして足で踏んでしまっていたのだ。 無残な姿の花を一厘、拾い上げては落ち込むローニトークの横から、すっと手が伸びたかと思うと、潰れていない原型を留めた花をエルフォードが手にするところだった。 「可哀想に……花も命あるもの。その美しさを損なう事があってはいけません」 そう口にすると、ローニトークが頭につけている金細工で造られたカチューシャに、シロツメクサの花を一厘すうっと差し込む。やがて、水面の水鏡には、金と白色の花で美しく飾られたカチューシャをつけた、赤面したローニトークの顔が映りこんでいた。 「カーン、カーン、カーン」 何処からともなく、断続的に鐘の音が響いてくる。 宵闇に包まれた暗く深い森の中に、いつ消えるともない金属的な響きが木霊する。 鐘の音にまぎれて、がちゃがちゃと、何かが擦れあう音も微かではあるが聞こえていた。耳の利くものが神経を集中させ、そおっと耳をすましたならば、もっと様々な音を如実に聞き分ける事が出来たであろう。 「おおおッー!!おおおッー!!」 人の声が、叫び声が、地響きと共にパーサの森の集落へと、徐々にではあるが、確実に近づきつつあった。 宵の梟がホウ、ホウと鳴いていたが、夜を司るその鳴き声の主も何時しか巣へと戻ったのか、辺りは急に静かとなった。 ローニトークが寝床としている大木は、集落の中でも高い方であり、地上からはかなりの距離がある。ひとり気楽に、それなりに広さがある木作りの小屋に、簡素な調度品をあしらって、自由気ままな生活を送っていたローニトークは、夜具の中でエルフォードの外套に包まって身じろぎをした。 柔らかく艶のある長い髪はひとまとめにされていたが、所々に素直ではない毛が跳ねていて、その寝顔といえば、口の端から涎をたらし、枕に盛大な染みを作り上げている。小顔のわりによく動く大きめな両の瞳も、今は安らかな眠りのためか、たまに、頭にあるふさふさの耳の動きに合わせて、僅かに目蓋とまつ毛が揺れる位で、まさに熟睡といった感じである。 彼女にとって、いつもの夜といったところなのだが、どうも表が騒がしい。 「う~みゅ、うるさいなぁ……」 眉間にややしわをよせ、寝返りをうちながら言葉を吐く。 壁に設けられた、一応の窓らしき物は、月明かり以外の光源を部屋の中へと招き入れていたのだが、当の本人はまったくもって気付く様子もなかった。 パチパチという音に混ざり、稀に一際甲高く、パチンッと何かが爆ぜる音が聞こえてくる。暫くして、黒い煙が隙間から入り込み、もうもうと部屋に充満するにあたって、鼻をぴくぴくとさせたローニトークがようやっとの事で起き上がり、そして、ぼおっとする頭のまま窓へと顔を押し付け、外の様子を伺おうとした。 視界が赤くなる。熱が伝わる。黒い煙が上る。 森が燃えていた。 眠い目をこすりながら、はっきりとしない頭の中で、何事か起きたのかを整理する。しかし、煙い。目が痛い。 「え……? か、かじぃなのです!?」 まさか、と我が目を疑った。森にとって大火は禁忌である。たとえ僅かな火であっても、それは時として大きな災いとなる。その為、エルフ族の者達は火の取り扱いには非常に慎重であった。必要最低限にしか利用せず、また利用したとしても、後始末には常に気を配った。だが、事実、森は燃えている。 ローニトークにとって火事は初めての経験である。かつて大火に見舞われた年長者から、戒めとして聞かされた事はあっても、実際にこの目で見たことはない。 ――本当に木が燃えている。 「は、はわわっ、ど、ど、ど、どうしたらいいんですか」 部屋の中をうろうろと、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと、暫くの間、右往左往していたが、我に返ったように数少ない大事な物を、いわば彼女にとっての宝物を手当たり次第にかき集めると、それを腰に提げた袋へと捻じ込んでから、まとめてあった髪を解き、鏡台に大事に置いておいた花飾りのカチューシャを頭へと付け、エルフォードの外套を羽織ると、覚悟を決めて小屋を飛び出す。 たん、たん、たん、と彼女にしては流暢な身のこなしで、大木を下へと降りていく。途中、下方からは火の粉が舞い上がり、時として、火傷しそうな程の熱気に包まれながら、ローニトークは、なんとか地上へと降り立つ事が出来た。 地上は、まるで地獄絵図といっても過言ではない有様であった。ただの火事騒ぎではなかったのである。 「は、はわわっ……」 鬼のような形相で大振りな刃物を片手に、逃げ惑うエルフ達へと次々に斬りつけていく人間の姿が、ローニトークの目の前に存在した。 腰がくだけたように、へなへなと、ローニトークはその場にへたり込んでしまう。その目の前で、足腰の弱った老エルフが、逃げ惑い、体勢を崩してよろけた拍子に、後ろから迫った人間の閃かせた銀色の光によって簡単に首を刎ね飛ばされた。血飛沫が尾を引きながら、ぽーんっと宙を舞った首が、力なく座り込んだローニトークの前へどさりと音を立てて落ち、転がった。 「ひっ」 思わず口から声にならない声が漏れる。首だけになった老エルフの、断末魔の恐怖の表情が、地面で揺れている。 片刃の湾曲した、血糊でべたりと汚れた刃物を片手にだらりと下げた男が、ローニトークの存在に気付いたのか、薄ら笑いを浮かべてゆっくりと近づいてくる。手を伸ばし、掴みかかろうと、詰め寄ってくる。 「は、は、は、はわわわっ」 腰がくだけた状態で、立ち上がって逃げる事も適わず、ただただ、恐怖心に圧されて後ずさりする。ローニトークが下がれば、男が一歩、また一歩と差を埋めてくる。卑下た笑いをその口元に浮かべ、舌なめずりをして手をこちらへと伸ばしてくる。どんっと後ろに生えていた大木の幹へと、背中があたった。 もう逃げ道がない。それでも、ローニトークは手を動かし、足を動かし、男の手から逃れようと必死になってもがいた。 「ひっひっ、無駄だよ嬢ちゃん」 男が手を伸ばす。もう、逃げれない。ローニトークは恐怖から、その目をぎゅうっと瞑った。 様々な音が木霊する暗闇の中で、ドスッっと鈍い音がひと際、響いた。 どれだけの時間が経ったのだろうか。それは永いようでいて、一瞬であったのかもしれないが、男の手は、一向にローニトークの肌には触れてこなかった。 なにが起きたのか、恐る恐る、目を開けて確かめようとすると、目前に、ローニトークに今まさに掴みかかろうと手を伸ばした男の、その血走った両の眼が、喉元を貫いて飛び出した物体を凝視しているところであった。 「ぐゃっ!!」 叫び声だろうか、喉元を潰され、はっきりとした発音が出来ない男が短く叫ぶ。と、同時に、口から血がばっと飛び散り、ローニトークの頬に音をたててかかった。男は、手にした武器を投げ捨てると、喉元を貫いた鏃を両手で掴み、そして、呻き声をあげながら何処かへと奔りだした。 「うっ、げほげほっ……」 生暖かい血を浴び、そのむせ返るような臭いに、言いようのない気持ち悪さを覚え、胃の内容物が口から飛び散る。 あまりにも現実味を帯びない、その異様としかいえない光景は、ローニトークに痛烈なまでの衝撃を与え、脳裏に凄まじいまでの鮮明さで刷り込まれていく。 「げほっげほっ……はぁ、はぁ、はぁ……うぅ」 世界がぐるぐると廻りだす。 赤い景色、ただ只管に赤い景色。燃える。血が飛び散る。女は犯され、男は虐殺される。子供だろうと大人だろうと、関係なかった。 「ロニトッ……ロニトッ!!」 誰かが身体を揺すっている。辛うじて横目に見やる。それは、泉の男の子だった。 「うぅ、げほっげほっ……な、なにしてるの、は、はやくにげなきゃ……」 「ロニトッ!! おかーさんがっ! おかーさんがっ! 助けてよ、ねえ助けてよ!!」 指差した先には、男の子の母親なのだろうか、半裸に近い格好で血の海の中で斃れている女性の姿があった。こちらを向いて斃れるその横顔には、既に血の気がなく、見開かれた目からは赤い血が涙のように垂れている。男の子の下へと伸ばされた腕は、肘の先辺りで切断され、血が勢いよく飛び出ていた。もはや、息があるのかすらもわからない。 視線を逸らし、ローニトークは首を横に振った。 「なんで!? なんで助けてくれないのっ!! ねえ、お願いだからっ、お願いだから助けてよおおっ!!」 首を横に振る。 「なんでだよ……僕がいじわるしたからなのっ!?」 「むりだよ……わたしじゃ、わたしじゃ、たすけられないよ……。 むりだよ……むりだよ……」 「ひぐっ、ぐすっ、ロニトの、ロニトのバカあッ!!」 男の子はそう叫ぶと、燃え盛る集落の奥へと駆けていった。誰か、他の大人にすがろうと考えたのか、今この状況で、それ程の余裕がある者が、一体どれだけ居るというのか。未だ燃え盛る炎の勢いは衰える事なく、遠くから剣戟の音や、阿鼻叫喚の悲鳴といった、様々な音が森の中を木霊している。 ふらふらと、まるで魂の抜け殻のようにローニトークは立ち上がると、この場から一刻でも早く立ち去りたい、と考えた。もはや、ローニトークにはエルフの戦士として戦うほどの勇気はなかった。元々、大よそのエルフ達のように、弓や魔法が得意というわけでもない。むしろ、不得手である。端から弱者なのだ。どこか遠くの、静かな森に逃げよう、そこで暫くの間は大人しく暮らそう。 思いは固まった、が、まったくの丸腰は怖かった。先の事で、拭いきれぬ恐怖心を植えつけられてしまっている。 耳をぴんとそば立て、周囲の音を、人間の気配を探り、安全を確認してから、こそこそと武器になりそうな物を探し歩いた。さほど労する事もなく、持ち主のいなくなったと思しき短弓と矢筒を得る事が出来た。 ローニトークは、急いで集落から離れるべく 足早に森を駆け抜けながらも、エルフォード様はどうしただろう、と考えた。エルフォードさまの事だ、きっと無事に違いない。また、いつか逢える日がくる。頭の中で色々と考えては、頭につけたカチューシャの花飾りは無事かな、と、今まですっかり忘れていた事を思い出し、手を伸ばして手に触れる花の感触を掴むと、幾分、心が安堵した。 「はわわ、ここどこですか」 闇雲に森の中を駆けたせいで、ローニトーク自身、自分が一体、今どの辺りにいるのかすら、正直わからなくなっていた。 どことなく潮の香りが周囲を漂っている。どうやら、森を抜けて海沿いにまでやって来た事だけは確からしい。思えば、随分と遠くまで駆けてきたものだ。 海岸線と森の境界線は意外とはっきりとしている。一歩足を踏み出せば、そこは直ぐに砂地となる。さらさらとした粒の細かい、肌触りのよい砂の感触。常に森の中で生活をしてきたローニトークにとって、海というのは滅多に目にした事がない未知の領域であった。海岸の砂浜も同じである。 砂浜を物珍しげに歩くローニトークの、植物を編んで作られた靴の隙間から、砂という砂が素足へと入り込み、歩く度に違和感を覚える。 「はわわっ、じゃりじゃりします~」 砂浜に座り込み、靴を脱いで砂を落としては、歩き出し、また座り込み、を繰り返していたローニトークは、面倒になったのか、ついには両手に靴を下げて、素足で歩き出した。砂に埋まる素足の感覚に、当初は戸惑ったのだが、慣れるとなんとも心地がよい。 集落からの緊張の連続で、精神を多分にすり減らしていたローニトークも、ここにきてやや緊張の糸が切れてきたのか、ついには睡魔に襲われだした。気付けば、夜空の水平線が白み始めている。長い夜が、ようやっと終わりを迎えようとしていた。 ひとり寂しく、とぼとぼと海岸を歩いていたローニトークの前に、巨大な一艘の船が姿を現す。 闇に煌く無数のカンテラの灯火が、大きく太く、そして長い数本のマストに、大きな白い帆を畳み抱える姿が、そして、その頂で風に揺れる黒い旗印が、船という存在を初めて目にしたローニトークの好奇心を多分に刺激し、興味を惹いた。 かがり火の焚かれた先には、船の上へと続く縄梯子が、まるでローニトークを誘うように続いていた。 「はわわ、これ、なんですか?」 器用にするすると縄梯子を昇り、素足でとんと甲板の上へと立つ。興味に駆られるまま、あちらこちらを物色して廻るローニトークが、まことに幸運なのは、見張りの船員が何故か皆出払っており、無人の状態で置かれていた事にあるだろう。いや、むしろ彼女にとっては不運だったのかもしれない。何故なら、この船こそが、集落を襲った人間達の、そう、海賊達の船だったからである。 船の一室、暗がりで外套に身を包み、板張りの居心地のよさから、ついうつらうつらと、居眠りをはじめてしまったローニトークの運命という歯車は、この時、既に回りまくっていたのだった。 ---- - こんな事があったのか・・・続き希望 -- 名無しさん (2013-01-05 16:57:48) - これの続きをどこかのサイトで見たのだけど &br()知ってる人居ませんか? -- 名無しさん (2014-03-21 04:31:57) - はわわ、のローニトークの元祖かな? -- 名無しさん (2023-09-09 01:23:52) #comment(size=60,vsize=3) ----

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