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**&color(blue){ムームーとメルトア} オステアの街に築かれた防壁の上に、一人の少女が腰掛けていた。 時刻は夕方だろうか、健康そうな肌も夕日に照らされ、美しく染まっていた。無造作に二つに結わいた長い赤毛の髪は、更に赤くなって見える。 僅かに垂れた瞳も、赤い光を反射していた。そして全てが赤く照らされる中、口元にある八重歯だけが、白く光っていた。 低めの背格好も相まって、その少女はどこかあどけなさを残していた。だが、彼女の細い腰の左には、二本の剣が差してあった。 その少女----オステアの留守を任されていたムームーは、遠くに見えるブレア地区を眺めながら呟いた。 「むー、どうなってるのよ・・・」 防壁の外側は一面草原となっており、そこもまた、見事に朱に染まっている。一陣の風が吹き、長く伸びた草木を優しく撫でていく。 遠くに望むブレア西の町は、夕暮れのオレンジ色に染まり、遠目から家々を彩る。 更にその彼方に見える海は、黄金色に輝いていた。波が寄せるたびに、沈む太陽に反射してキラキラと光る。 そんな鮮やかさに一人抗うかのように、遠くの空を真っ黒な烏が一羽飛んでいた。 だが、こののどかな景色とは裏腹に、ムームーの顔色は晴れなかった。 孤立したルートガルトの難民達を救うため、ラファエルらオステア国軍の主力部隊がこの地を出発してから半月、彼女は心休まらない日々を過ごしていた。 守備隊と言っても、その多くを遠征軍に引き抜かれてしまい、今は僅かな兵しかいない。 しかもそのほとんどが新兵である。この戦力で街を守るのは、到底不可能なことだった。 そんな守備隊を任された彼女達にできるのは、敵が攻めてくることがないよう願うことだけだ。 ―――ムレア山地の魔王軍が撤退したとの報が、斥候によってもたらされたのは、その矢先であった。 「何であれだけの戦力をもった軍勢が、急にいなくなるのよ。見間違いだったんじゃないでしょうね?もしそうだったなら、かむわよ。」 傍らにいる士官に問いかける。緑色の髪を持つ、いささか派手な服を着込んだ女性士官は首をかしげた。 「見間違えではなかったと・・・周囲を隅なく探しましたが、悪魔どころか人っ子一人いませんでした。」 「むー・・・」 ムームーはまた唸る。脅威が一つなくなったのは喜ばしいことなのだが、今はそれ以上に不気味さが先行していた。 「2区を取られた報復に来るかと思ったのに、攻めてくるどころか、居なくなっちゃうってどういうことよ。」 敵というものは対峙するのも厄介だが、姿を消されるというのも不安なものだ。もしかしたらラザムに総攻撃を仕掛けたのではないか? だとしたらラザムも無事ではすまないだろう。もしラザムが滅亡してしまったら、暗黒勢力を相手に出来る人間勢力は居なくなる。 それともルートガルト2区へ向かったのだろうか?ならばアルジュナたちが危ない。 ルートガルト2区を開放したものの、迫り来る暗黒勢力を支えきるのは困難と判断され、その地を放棄し難民をオステアに連れてくるという報は、本国にも届いていた。 だが、未だその第一陣すら到着していなかった。もし避難中に襲撃を受けたのなら、難民の護衛で戦力を分断されたオステア国軍はひとたまりもない。 最悪の事態ばかりが脳裏をよぎる。だが、その不安を解消するものも、逆に決定付けることもないままであった。 (まぁ、悩んでばかりもいられないのよね・・・) ムームーは壁から飛び降りる。いつの間に集まってきたのか、防壁の下には兵が集まっていた。皆、守備隊の中では数少ない精鋭達だ。 先ほどまで辺りを赤く照らしていた夕日も、今は西の海に沈んでいる。普段は白く光りだす月も、今宵は見当たらない。 とりあえず、当面の敵は北部に陣取るアルナス汗国だけである。 そこも今は、アルナス人同士の内乱でこちらに攻めてくるだけの余裕はないようだが、それでも油断は出来ない。 ムームーは、これから少数の手勢を率いてブレア方面へと偵察に出かけるのだった。 「でも、ホントに大丈夫なんですか?もし見つかってアルナスを挑発する結果になったら、我々もただでは・・・イタタタタ!?」 緑髪の女性士官は、発しようとした言葉を言い終えることはできなかった。言い終える前に、ムームーが彼女の頭に噛み付いたからだ。 「余計なこと言わない!もし難民を受け入れてる最中に反対方向から攻められたら、どうしようもないのよ。 アルジュナ達が帰ってくる前に、北方が安全かどうか確かめないでどうすんのよ。あんまりゴタゴタいってると、かむわよ。」 「も・・・もう噛んで・・・イタッ!イタイ!ムームーさん、わかりました!わかりましたから噛まないで~」 これから敵陣へ潜り込むというのに、どこまでも賑やかな二人の上官に、周りの兵達は苦笑を浮かべながら付いて行った。 「なによ、これ・・・」 無事に潜入に成功したムームー達を待っていたのは、蛻の殻となったブレア西の町並みだった。 砂漠の民の略奪を恐れ、多くの住民が避難していたのは聞いていたが、今は住民どころかアルナス兵すらいない。 敵がいないか気を使いつつ、光魔法を使い、辺りを照らしてみる。石造りの街道、ブレア地方特有の建物、乗り捨てられた馬車などが闇夜から浮かび上がる。 多少町並みは荒れていたが、これと言って変わった様子はない。だが、やはり人影は見当たらない。 「アルナスも退却したのでしょうか?」 「油断は出来ないわ。もしかしたら近くに潜んでいるのかもしれない。とりあえず、周囲を調べないと・・・」 ムームーがそう命ずると兵たちは一斉に方々へと走り去っていった。 ――― 「報告します。ここから数キロ先に陣を引き払ったような跡があります。おそらくは退却したものかと。」 「こちらも陣跡を見つけました。ただ退却したというより、逃げ去ったかのように物が散乱していました。」 探索に出した兵の報告が次々と入ってくる。そのどれもが、敵兵見ず、周辺には退却の痕跡あり。というものだった。 「どういうことなの・・・」 ムームーは呆然とした。悪魔だけでなく、砂漠の民までいなくなってしまったのだ。 それは今までオステアに隣接していた脅威がなくなったことを意味するのだが、ムームーにはどうもそうは思えなかった。 「なにがおこってるのよ・・・いったいどうして・・・?」 兵たちも顔を見合わせる。皆今の事態が異常だということは重々理解しているらしい それは長く戦場に身を置いていたからこそ判る、理ではない、肌で感じる不気味な「何か」。 誰もいない町並みの静けさが、その感触を一層際だたせていた。 「ブレア城まで行ってみますか?」 女性士官がムームーに尋ねる。魔法の光によって照らされたその顔にもまた、不安の影が見て取れた。 「それはできないわよ。今からブレア城に向かっても、着く頃には夜が明けちゃうわ。」 遠くでは梟の鳴く声が聞こえている。辺りの闇は濃さを増し、空には星明りすら見えない。 もう夜も大分更けているのだろう。この少数の部隊にとって、夜が明け人目につくというのは、それだけ脅威も増すものだった。 また、もともと隠密の専門家でないムームー達にとって、闇夜にまぎれて土地勘のない道を進むのは、あまりにも危険すぎだ。 「それに、オステアの皆はどうなるのよ。私達がいない今、オステアは文字通り無防備よ。」 それもそうだった。ただでさえ手薄なオステアの守備隊から、更に精鋭兵を引き抜いてきてしまったのである。 今のオステアは、僅かな敵勢ですら防ぎきれるかどうか怪しいものであった。 一晩だけならということで偵察にでてみたが、もしブレア城まで行くとしたら、オステアを空ける期間は一日ではすまない。 「仕方ないわ・・・」 総員撤収---ムームーが言おうとしたその時、急に暗闇から声がした。 「ブレア城・・・落ちたよ。」 皆が驚いて声のしたほうに目を向ける。だが、そこには闇しか見えない。 「そこにいるのは誰!?」 ムームーが怒鳴り光を強くとすると、まるで闇から抜け出るように、一人の小柄な少女が姿を現した。 抜けるように白い肌、その肌にあわせるかのように白い髪。さっきまで闇にまぎれていたのが不思議なくらいだ。 「ブレア城は落ちたの・・・汗は逃げ延びたけど・・・汗国は・・・なくなっちゃった。」 少女は淡々と告げた。小さく、ふとしたら聞き逃してしまうような細い声だ。 「あなた、何者?答え様によっては、かむわよ。」 ムームーが声色を強めて少女に聞いた。周りの兵たちも一斉に武器を構える。 だがその少女は、そんなことに臆することもなく 「メルトア」 とだけ呟いた。 「メルトア?」 ムームーが聞き返すと少女は頷いた。どうやらそれが少女の名前らしい。 「ブレア城が落ちたって言ったわね?それってどういうこと?」 メルトアと名乗る少女は変わらぬ細い声でしゃべりだした。 「大汗は負けたの・・・主だった土豪・・・皆、裏切っちゃった。反旗の主犯はアルナスの毒蛇・・・」 メルトアの話はこうだ。アルナス汗国の大汗、ナルディアは本拠地であるアルナス砂漠にて土豪たちの謀反にあった。 そして本拠地であった砂漠を捕られたばかりか、ついにはブレア城まで落とされてしまったというのだ。 そのためナルディアの軍勢は、投降するか逃げるかしたため、このブレア西地区からは誰もいなくなってしまったというのだった。 「・・・その話が本当だとしても、よ」 ムームーが武器を構えたまま尋ねる。だが、メルトアの目には何も映っていない。 「なんであなたが、そんなことを知ってるの?」 「・・・わたしも、汗国にいたから・・・」 その言葉にムームーは改めてメルトアのことを見た。よく見ると、服はボロボロで体のいたるところには傷跡があった。 「汗国でね・・・隠密の仕事をしてたの。だから、他にもいろんなこと・・・知ってるよ?」 ムームーは黙ってしまった。 状況からして、おそらくこの少女の言うことは事実だろう。 だが、今まで対立していたはずの自分たちに、何故そのことを伝えるのだろか?この少女の目的は? 彼女は様々な思いをめぐらせ、黙ってしまった。 「お願いがあるの・・・」 物思いにふけっていたムームーは、突然、メルトアに話しかけられて顔を上げた。 「なによ」 「あなた達・・・オステアの人でしょう? わたしをね・・・オステア国で雇って欲しいの。」 突然の申し出にムームーは驚き目を見開いた。だがメルトアは真剣そのものだ。 「主君の敵討ち・・・ってこと?」 ムームーが聞くと、少し間を置いてから答えがあった。 「それもあるけど・・・オステアはね、わたしの故郷なの。 毒蛇は、間違いなくオステアにも牙をむく・・・だからね・・・わたしは自分の故郷をまもりたいの。」 「オステアに兵を差し向けたのは、ナルディアもそうだったでしょ。何で今更?」 「大汗は分別有る指導者だった・・・だからわたしは、彼女の下を離れなかったの。 でもね、毒蛇は違う。あれが力を持ったら、取り返しのつかないことになる気がするの・・・」 淡々と話すメルトア。だがその話をしているときだけ、変わらぬ表情の中に、強く光る何かをムームーは感じた。 「・・・いいわ。」 ムームーが言った。 「あなたを信じる。今は疑っている程の余裕もないしね。でも、もし騙したりしてたなら、その時は、かむわよ。」 オステアを守る・・・動機はそれだけで十分だった。それに人手不足の今、人材が一人でも多いに越したことは無いだろう。 更に諜報部隊が未熟なオステアにとって、ナルディアの下で隠密を務めたメルトアの仕官は、歓迎すべき出来事だった。 「そういえばまだ言ってなかったわね。」 手を差し出しながらムームーは言う。 「わたしはムームー。よろしくね。」 「よろしくなの・・・」 メルトアがその手をとる。相変わらずの無表情だったが、心なしか、安堵しているかのようにも見えた。 「さて、日が昇る前に帰るわよ。置いてきた守備隊のことも、心配だしね。」 ムームーが軽く伸びをしながら周りの兵たちに言った。 その言葉に、兵たちも頷く。辺りはまだ暗かったが、東の空はほんの僅かだが白みを帯びてきていた。 帰り際、緑髪の士官がムームーに耳打ちをした。 「でも、ホントにいいんですか?彼女が信頼できるかわかりませんし、そもそもムームーさんに雇用権限は・・・イタタタタ!?」 「余計なこと心配しない!人手が足りない現状、贅沢も言ってられないでしょう。 それにオステアを守るっていう気構えがあれば充分なのよ。あんまりグチグチいってると、かむわよ。」 「だからもう噛んで・・・イタッ!イタイ!ムームーさん、すいません!謝りますから噛まないで~」 かくしてムームーの推薦の下、メルトアはオステア国に迎え入れられることになった。 だがこの後、彼女達もまた時代という名の様々な困難に直面することになるのだが、それがどのようなものかは、知るはずもなかった。 ---- - そうそう、こういうノリだよ昔のヴァーレントゥーガ -- 名無しさん (2020-03-17 22:07:15) - 噛んでほしいわ -- 名無しさん (2020-10-03 09:44:40) #comment(size=60,vsize=3) ----
**&color(blue){ムームーとメルトア} オステアの街に築かれた防壁の上に、一人の少女が腰掛けていた。 時刻は夕方だろうか、健康そうな肌も夕日に照らされ、美しく染まっていた。無造作に二つに結わいた長い赤毛の髪は、更に赤くなって見える。 僅かに垂れた瞳も、赤い光を反射していた。そして全てが赤く照らされる中、口元にある八重歯だけが、白く光っていた。 低めの背格好も相まって、その少女はどこかあどけなさを残していた。だが、彼女の細い腰の左には、二本の剣が差してあった。 その少女----オステアの留守を任されていたムームーは、遠くに見えるブレア地区を眺めながら呟いた。 「むー、どうなってるのよ・・・」 防壁の外側は一面草原となっており、そこもまた、見事に朱に染まっている。一陣の風が吹き、長く伸びた草木を優しく撫でていく。 遠くに望むブレア西の町は、夕暮れのオレンジ色に染まり、遠目から家々を彩る。 更にその彼方に見える海は、黄金色に輝いていた。波が寄せるたびに、沈む太陽に反射してキラキラと光る。 そんな鮮やかさに一人抗うかのように、遠くの空を真っ黒な烏が一羽飛んでいた。 だが、こののどかな景色とは裏腹に、ムームーの顔色は晴れなかった。 孤立したルートガルトの難民達を救うため、ラファエルらオステア国軍の主力部隊がこの地を出発してから半月、彼女は心休まらない日々を過ごしていた。 守備隊と言っても、その多くを遠征軍に引き抜かれてしまい、今は僅かな兵しかいない。 しかもそのほとんどが新兵である。この戦力で街を守るのは、到底不可能なことだった。 そんな守備隊を任された彼女達にできるのは、敵が攻めてくることがないよう願うことだけだ。 ―――ムレア山地の魔王軍が撤退したとの報が、斥候によってもたらされたのは、その矢先であった。 「何であれだけの戦力をもった軍勢が、急にいなくなるのよ。見間違いだったんじゃないでしょうね?もしそうだったなら、かむわよ。」 傍らにいる士官に問いかける。緑色の髪を持つ、いささか派手な服を着込んだ女性士官は首をかしげた。 「見間違えではなかったと・・・周囲を隅なく探しましたが、悪魔どころか人っ子一人いませんでした。」 「むー・・・」 ムームーはまた唸る。脅威が一つなくなったのは喜ばしいことなのだが、今はそれ以上に不気味さが先行していた。 「2区を取られた報復に来るかと思ったのに、攻めてくるどころか、居なくなっちゃうってどういうことよ。」 敵というものは対峙するのも厄介だが、姿を消されるというのも不安なものだ。もしかしたらラザムに総攻撃を仕掛けたのではないか? だとしたらラザムも無事ではすまないだろう。もしラザムが滅亡してしまったら、暗黒勢力を相手に出来る人間勢力は居なくなる。 それともルートガルト2区へ向かったのだろうか?ならばアルジュナたちが危ない。 ルートガルト2区を開放したものの、迫り来る暗黒勢力を支えきるのは困難と判断され、その地を放棄し難民をオステアに連れてくるという報は、本国にも届いていた。 だが、未だその第一陣すら到着していなかった。もし避難中に襲撃を受けたのなら、難民の護衛で戦力を分断されたオステア国軍はひとたまりもない。 最悪の事態ばかりが脳裏をよぎる。だが、その不安を解消するものも、逆に決定付けることもないままであった。 (まぁ、悩んでばかりもいられないのよね・・・) ムームーは壁から飛び降りる。いつの間に集まってきたのか、防壁の下には兵が集まっていた。皆、守備隊の中では数少ない精鋭達だ。 先ほどまで辺りを赤く照らしていた夕日も、今は西の海に沈んでいる。普段は白く光りだす月も、今宵は見当たらない。 とりあえず、当面の敵は北部に陣取るアルナス汗国だけである。 そこも今は、アルナス人同士の内乱でこちらに攻めてくるだけの余裕はないようだが、それでも油断は出来ない。 ムームーは、これから少数の手勢を率いてブレア方面へと偵察に出かけるのだった。 「でも、ホントに大丈夫なんですか?もし見つかってアルナスを挑発する結果になったら、我々もただでは・・・イタタタタ!?」 緑髪の女性士官は、発しようとした言葉を言い終えることはできなかった。言い終える前に、ムームーが彼女の頭に噛み付いたからだ。 「余計なこと言わない!もし難民を受け入れてる最中に反対方向から攻められたら、どうしようもないのよ。 アルジュナ達が帰ってくる前に、北方が安全かどうか確かめないでどうすんのよ。あんまりゴタゴタいってると、かむわよ。」 「も・・・もう噛んで・・・イタッ!イタイ!ムームーさん、わかりました!わかりましたから噛まないで~」 これから敵陣へ潜り込むというのに、どこまでも賑やかな二人の上官に、周りの兵達は苦笑を浮かべながら付いて行った。 「なによ、これ・・・」 無事に潜入に成功したムームー達を待っていたのは、蛻の殻となったブレア西の町並みだった。 砂漠の民の略奪を恐れ、多くの住民が避難していたのは聞いていたが、今は住民どころかアルナス兵すらいない。 敵がいないか気を使いつつ、光魔法を使い、辺りを照らしてみる。石造りの街道、ブレア地方特有の建物、乗り捨てられた馬車などが闇夜から浮かび上がる。 多少町並みは荒れていたが、これと言って変わった様子はない。だが、やはり人影は見当たらない。 「アルナスも退却したのでしょうか?」 「油断は出来ないわ。もしかしたら近くに潜んでいるのかもしれない。とりあえず、周囲を調べないと・・・」 ムームーがそう命ずると兵たちは一斉に方々へと走り去っていった。 ――― 「報告します。ここから数キロ先に陣を引き払ったような跡があります。おそらくは退却したものかと。」 「こちらも陣跡を見つけました。ただ退却したというより、逃げ去ったかのように物が散乱していました。」 探索に出した兵の報告が次々と入ってくる。そのどれもが、敵兵見ず、周辺には退却の痕跡あり。というものだった。 「どういうことなの・・・」 ムームーは呆然とした。悪魔だけでなく、砂漠の民までいなくなってしまったのだ。 それは今までオステアに隣接していた脅威がなくなったことを意味するのだが、ムームーにはどうもそうは思えなかった。 「なにがおこってるのよ・・・いったいどうして・・・?」 兵たちも顔を見合わせる。皆今の事態が異常だということは重々理解しているらしい それは長く戦場に身を置いていたからこそ判る、理ではない、肌で感じる不気味な「何か」。 誰もいない町並みの静けさが、その感触を一層際だたせていた。 「ブレア城まで行ってみますか?」 女性士官がムームーに尋ねる。魔法の光によって照らされたその顔にもまた、不安の影が見て取れた。 「それはできないわよ。今からブレア城に向かっても、着く頃には夜が明けちゃうわ。」 遠くでは梟の鳴く声が聞こえている。辺りの闇は濃さを増し、空には星明りすら見えない。 もう夜も大分更けているのだろう。この少数の部隊にとって、夜が明け人目につくというのは、それだけ脅威も増すものだった。 また、もともと隠密の専門家でないムームー達にとって、闇夜にまぎれて土地勘のない道を進むのは、あまりにも危険すぎだ。 「それに、オステアの皆はどうなるのよ。私達がいない今、オステアは文字通り無防備よ。」 それもそうだった。ただでさえ手薄なオステアの守備隊から、更に精鋭兵を引き抜いてきてしまったのである。 今のオステアは、僅かな敵勢ですら防ぎきれるかどうか怪しいものであった。 一晩だけならということで偵察にでてみたが、もしブレア城まで行くとしたら、オステアを空ける期間は一日ではすまない。 「仕方ないわ・・・」 総員撤収---ムームーが言おうとしたその時、急に暗闇から声がした。 「ブレア城・・・落ちたよ。」 皆が驚いて声のしたほうに目を向ける。だが、そこには闇しか見えない。 「そこにいるのは誰!?」 ムームーが怒鳴り光を強くとすると、まるで闇から抜け出るように、一人の小柄な少女が姿を現した。 抜けるように白い肌、その肌にあわせるかのように白い髪。さっきまで闇にまぎれていたのが不思議なくらいだ。 「ブレア城は落ちたの・・・汗は逃げ延びたけど・・・汗国は・・・なくなっちゃった。」 少女は淡々と告げた。小さく、ふとしたら聞き逃してしまうような細い声だ。 「あなた、何者?答え様によっては、かむわよ。」 ムームーが声色を強めて少女に聞いた。周りの兵たちも一斉に武器を構える。 だがその少女は、そんなことに臆することもなく 「メルトア」 とだけ呟いた。 「メルトア?」 ムームーが聞き返すと少女は頷いた。どうやらそれが少女の名前らしい。 「ブレア城が落ちたって言ったわね?それってどういうこと?」 メルトアと名乗る少女は変わらぬ細い声でしゃべりだした。 「大汗は負けたの・・・主だった土豪・・・皆、裏切っちゃった。反旗の主犯はアルナスの毒蛇・・・」 メルトアの話はこうだ。アルナス汗国の大汗、ナルディアは本拠地であるアルナス砂漠にて土豪たちの謀反にあった。 そして本拠地であった砂漠を捕られたばかりか、ついにはブレア城まで落とされてしまったというのだ。 そのためナルディアの軍勢は、投降するか逃げるかしたため、このブレア西地区からは誰もいなくなってしまったというのだった。 「・・・その話が本当だとしても、よ」 ムームーが武器を構えたまま尋ねる。だが、メルトアの目には何も映っていない。 「なんであなたが、そんなことを知ってるの?」 「・・・わたしも、汗国にいたから・・・」 その言葉にムームーは改めてメルトアのことを見た。よく見ると、服はボロボロで体のいたるところには傷跡があった。 「汗国でね・・・隠密の仕事をしてたの。だから、他にもいろんなこと・・・知ってるよ?」 ムームーは黙ってしまった。 状況からして、おそらくこの少女の言うことは事実だろう。 だが、今まで対立していたはずの自分たちに、何故そのことを伝えるのだろか?この少女の目的は? 彼女は様々な思いをめぐらせ、黙ってしまった。 「お願いがあるの・・・」 物思いにふけっていたムームーは、突然、メルトアに話しかけられて顔を上げた。 「なによ」 「あなた達・・・オステアの人でしょう? わたしをね・・・オステア国で雇って欲しいの。」 突然の申し出にムームーは驚き目を見開いた。だがメルトアは真剣そのものだ。 「主君の敵討ち・・・ってこと?」 ムームーが聞くと、少し間を置いてから答えがあった。 「それもあるけど・・・オステアはね、わたしの故郷なの。 毒蛇は、間違いなくオステアにも牙をむく・・・だからね・・・わたしは自分の故郷をまもりたいの。」 「オステアに兵を差し向けたのは、ナルディアもそうだったでしょ。何で今更?」 「大汗は分別有る指導者だった・・・だからわたしは、彼女の下を離れなかったの。 でもね、毒蛇は違う。あれが力を持ったら、取り返しのつかないことになる気がするの・・・」 淡々と話すメルトア。だがその話をしているときだけ、変わらぬ表情の中に、強く光る何かをムームーは感じた。 「・・・いいわ。」 ムームーが言った。 「あなたを信じる。今は疑っている程の余裕もないしね。でも、もし騙したりしてたなら、その時は、かむわよ。」 オステアを守る・・・動機はそれだけで十分だった。それに人手不足の今、人材が一人でも多いに越したことは無いだろう。 更に諜報部隊が未熟なオステアにとって、ナルディアの下で隠密を務めたメルトアの仕官は、歓迎すべき出来事だった。 「そういえばまだ言ってなかったわね。」 手を差し出しながらムームーは言う。 「わたしはムームー。よろしくね。」 「よろしくなの・・・」 メルトアがその手をとる。相変わらずの無表情だったが、心なしか、安堵しているかのようにも見えた。 「さて、日が昇る前に帰るわよ。置いてきた守備隊のことも、心配だしね。」 ムームーが軽く伸びをしながら周りの兵たちに言った。 その言葉に、兵たちも頷く。辺りはまだ暗かったが、東の空はほんの僅かだが白みを帯びてきていた。 帰り際、緑髪の士官がムームーに耳打ちをした。 「でも、ホントにいいんですか?彼女が信頼できるかわかりませんし、そもそもムームーさんに雇用権限は・・・イタタタタ!?」 「余計なこと心配しない!人手が足りない現状、贅沢も言ってられないでしょう。 それにオステアを守るっていう気構えがあれば充分なのよ。あんまりグチグチいってると、かむわよ。」 「だからもう噛んで・・・イタッ!イタイ!ムームーさん、すいません!謝りますから噛まないで~」 かくしてムームーの推薦の下、メルトアはオステア国に迎え入れられることになった。 だがこの後、彼女達もまた時代という名の様々な困難に直面することになるのだが、それがどのようなものかは、知るはずもなかった。 ---- - そうそう、こういうノリだよ昔のヴァーレントゥーガ -- 名無しさん (2020-03-17 22:07:15) - 噛んでほしいわ -- 名無しさん (2020-10-03 09:44:40) - かんで! -- 名無しさん (2022-02-03 18:40:03) #comment(size=60,vsize=3) ----

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