一人の鬼畜


「うわああっ!」
森のはずれまで薬草採りにやってきたヒュンターはサーペントたちと遭遇してしまう。
驚いて腰を抜かしている彼に血に飢えた毒蛇たちは容赦なく襲い掛かる。
「先生! 危ない!!」
暗い森を駆け抜ける少女の声。それに続いて、火の魔法が投射され、サーペントたちを
焼く。死に至るほどの威力ではなかったが、サーペントたちは苦手とする火を見て一目散に逃げ出した。
「エルアート? こんな森のはずれまで、危ないですよ」
「先生。まずは自分の心配をしてください。モンスター相手に腰を抜かすなんて、情けない」
「いやはや。愛弟子に叱られるとは、私もまだまだですねぇ」
しばし、二人は笑い合う。森の枝葉の間から暖かな光が、二人の間に差し込んでくる。
日溜り。幸せなひとときであった。
「……エルアート。先ほどの火の魔法は、誰に習いましたか?」
「ん~? 自己流ですよ。新しい魔法を開発してたら、火が出たんで、もっとすごいのにできないか
 研究してみたんです!」
「…………。エルアート。火の魔法は今後使ってはいけません。いいですね?
 エルフの身で火の魔法を使えば呪われてしまいます」
いつになく、真剣な面持ちの師に、少女は首をかしげる。呪われる。その言葉の意味が
その時の彼女にはよく理解できなかった。

それから数ヶ月後、ゲルドの一派によるパーサの森への襲撃があった。
「女子供は、高い建物へ! 守り人たちよ、我に続け!」
「エルアート、いけません。貴女は、ここにいなさい」
「だめです! みんな必死に戦ってるのに。私だって魔法を覚えました。足手まといにはなりません!」
事実、彼女はよく戦った。だが、襲撃を予期できなかったせいで、守り人の数が集まらず衆寡敵せぬ
状況となっていく。押し寄せる緑色の戦鬼たちの群れ!
「くっ、私ひとりが呪われたっていい。みんなを守らなきゃ! 火の精霊よ、力を貸して!」
少女の手から火の魔法が放たれる。一発の火球で十人近くもの敵兵が焼死した。
思わぬ使い手に、ゲルドの攻勢が一瞬止まる。その隙を突いて、守り人たちは戦況を巻き返した。

後日、エルアートは族長の下へと呼び出された。
「貴女の働きは見事なものでした。ですが、貴女は禁忌を犯しました。
 よって、貴女を追放しなければなりません」
「!」
「族長。それは余りにも。エルアートはまだ子供。火の魔法が禁忌であることを
 よく教えられなかった私に責任があります!」
「……先生」
結局、族長の下した裁きは覆らず、エルアートは追放された。
故郷を追われ、絶望に打ちひしがれる。
「どうして……。みんなのために私、がんばって戦ったのに……。
 あ、あはははは……。正しいことをすると、こうなるんだ。
 だったら、いっぱいいっぱい悪いことをしよう。あはははは、アヒャヒャヒャヒャヒャ!!
 火が怖いと言うたエルフどもを残らず焼き殺してやるかのう! いや、殺すのは男でも
 だけでよい。女どもは妾の下僕にしてくれる! アヒャヒャ! アヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
その日、一人の鬼畜が生まれた。



  • 火魔法がトリガーだったのか -- 名無しさん (2023-11-30 12:09:33)
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最終更新:2023年11月30日 12:09