老リザード


「友よ…猛き戦士達よ!雌伏の時は過ぎ、ついに念願の時が来た!」
ビースト沼に存在するリザードの国家、穹廬奴。
予てよりレオーム、リューネと長きに渡り大きな争いを繰り広げてきた彼らが、
集会場に集まり静かに単于ゲルニードの言葉に耳を傾けていた。
「手に入れるのだ!肥沃な土地を持たぬ我等の繁栄を迎えんが為、中央の平原を!」
両の腕を広げ力強く語るゲルニードの言葉を、熱に浮かれた様に
ざわめき聴き入るリザードの戦士達。今にも爆発しそうな程の彼等の興奮を抑える為に、
一度言葉を切り、静かになるのを待つ。静かになったのを見渡し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…倒れる者も出るだろう。愛する者を失う者も出るだろう。
だが、今!人間達が内乱の為に混乱し砦の守りが脆くなった今!
立たぬして肥沃な地を得る事は出来ないだろう!これは千載一遇の機会である!
汝等に問う!
この争乱を越える覚悟はあるか!」
〈我等勇在りし者なり!如何なるものも恐れるに足らず!〉
ゲルニードの掛け声に、
集会場は空を割らんが如き声が、声が、声が、怒涛の勢いでゲルニードへ押し寄せる。
これを真正面から受け止め、押し返す様にび声を張り上げる。
「汝等に問う!
凶刃に友が倒れ、非情なる悪意に親族を踏みにじられようと
折れずに敵を打ち倒す剣たる覚悟はあるか!」
〈我等猛き剣なり!何人たりとも砕く事叶わず!〉
「汝等に問う!
死の間際であっても勝利をその手にするまでは剣を離さぬ事が誓えるか!」
〈我等意思堅き戦士なり!命切れる刹那までも歩み止める事は無し!〉
「ならば私に続け!穹廬奴に勝利を!穹廬奴に悠久の繁栄を!」
〈単于!単于!単于!〉
〈穹廬奴!穹廬奴!穹廬奴!〉
歓声が沼を埋め尽くし、長く遠く響いて行った。


「流石は単于ですね。完全に兵の心を掴んでいます。そうは思いませんか、先生。」
壇上脇の天幕で巫女の少女と老いたリザードマンが歓声に応えるゲルニードを見ていた。
少し興奮した様子の少女に先生と呼ばれたリザードマンは静かに猛る兵を見る。
「みな若い。まだ戦の灯は小さく、近付き利を得んと火を大きくすれば、
たちまち呑まれ甚大な火傷を負う事になる。機は、完全には熟してはいない。」
兵達を見る老リザードの眼は厳しい。
その厳しさは死ぬであろう兵達への悲しみでもあった。
「しかしジェイク先生…火が消えてしまっては意味がございません。
消えれば次に火がともるとも限りません…。」
困ったような少女にジェイクと呼ばれたリザードマンは優しく微笑んだ。
「チョルチョ。
お前もゲルニードもまだ若い。焦るのも判る。
既に火のある対岸へ漕ぎ出した以上最早言っても栓なき事もな…」
少女の頭を優しく撫でる。
ゲルニードを強く信奉する少女の瞳は困惑に満ちていた。
その信奉が如何なる気持ちに起因する物か、まだ彼女は気付いていないのだろう。
そんな少女をジェイクは愛おしく思う。
「お前もゲルニードも…
子のおらぬ私にとっては我が子のようなもの。
いずれ離れてゆくとしても親が子を心配するのは種を問わぬ真理なのであろうな…」
「先生…」
少し寂しげに微笑む老いたリザードマンに、チョルチョはその優しい心を嬉しく思った。
「チョルチョ。私がこの戦で命を落とした時、
あやつを、ゲルニードを支えてやってくれ。」
「そんなまさか!先生はいまだ穹廬奴一の戦士ではございませんか。
命を落とすなんて事はありませんよ。」
「戦場に絶対は有らず。…特に生き死には、な。
…ゲルニードが戻ってきた様だな。迎えんで良いのか?」
「え?あ、はい!行って参ります!」
急ぎゲルニードのもとへ駆け寄る少女。
そんな少女とゲルニードをジェイクは静かに眺める。
(これより先は櫛風沐雨…。私が払える露は如何程か…)
静かな覚悟の下、老リザードは席を立ち、そっと天幕を出て行った。



  • かっこいい -- 名無しさん (2023-04-30 11:18:30)
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最終更新:2023年04月30日 11:18