魔女の瞳


~イオナ国軍野営地深夜~

エルラム??「思ったよりやるわね。もう予断は許さないわ。」
ハイトローム「本当に殺すのか。冥王が勝てなければそれだけの事だったのではないか?」
エ「貴方!今になって尻込みなの!」
ハ「騎士道だ・・・闇の訪れは歓迎しても、君主サーザイトに弓を引くなど・・・」
エ「貴方の真の君主は誰なの?サーザイトは仮そめの君主でしょうに。貴方は真の君主に弓を引くつもり。」
ハ「それは貴殿が言い出したことだ。」
エ「では正義に仕えたら良いでしょう?それが騎士道の本旨じゃなくて?貴方の正義はどこにあるのかしら?」
エ「さあ、主の言葉に耳を傾けなさい。真実の言葉、真理の囁き、人の知をはるかに超えた絶対者の正義・・・」
ハ「うっ。うう・・・ぐ・・・」
エ「それとも、芥のような小さき存在の屁理屈が貴方の正義だとでも。」
エ「世にこびり付いた垢・・・今こそ浄化のとき・・・正義の言葉と力とに仕えるのよ。」
ハ「・・・うっうう、せっ正義・・・。」
エ「そうよ、正義も真理も騎士道も貴方は手にしているのよ。」
エ「ふふっ、まことの君主にかしずきなさい。貴方の騎士道と共に。」
ハ「はッ・・・はッ。」
エ「次の戦いで、貴方がサーザイトとニースルーを仕留めて。私は無理なの。疑われて・・・だから貴方がやるのよ。騎士道を重んじる貴方は信頼されているもの・・・」
ハ「う・・・」
エ(闇の王が自らを顕示されたと言うのに、闇に属す者を信用するなんて。ヨネアとニースルーのせいで感覚が狂っているのね、お可哀そう。)


ニースルー「サーザイト様、このような所で如何されたのですか?」
サーザイト「とうとう追い詰めましたな、ムクガイヤ殿を・・・いえ、只の躯ですが。」
二「えぇ、必ず討ち取りましょう。世界のためにも。」
サ「世界のためですか。その通りですな・・・」
二「何を考えていらっしゃるのですか?」
サ「ムクガイヤ殿を倒したあと、どうしますか?われわれはルートガルト国の軍を引き継ぎました。このままルートガルトを・・・いや、この大陸を平定し乱世に終止符を打つべきです。」
二「私に異論はありませんわ。」
サ「・・・・・・私には王に仕えることは知っていても、自ら王になる事は考えた事がありません。果たして可能なのか・・・それ以前に勝てなければ悪戯に世を混乱させただけとなりましょう・・・」
ニースルーはハッとした。サーザイトが思い悩み弱気になる事が意外であった。そして、サーザイトが人である――そんな当たり前の事を、今更知ったのである。
二「貴方様以外に誰が居りましょう。ですが、重荷ならばラファエル候に合流いたしますか?」
サ「極限まで混乱しきってしまった今、必要なのは独裁者的で強いカリスマを持ち全てを束ねる力を持つ者です。共和制を目指す彼では大陸を治めるに相応しくありません。少なくとも今この時代には望ましくない・・・。」
二「では、あなたがやるしかありませんわ。私もそれを望みます。オステアはラザムの影響を受け過ぎています。オステアが治めたならばラザムが強い発言力を持つ事は避けられないでしょう。政治とは皇帝至上であるべきなのです。」
サーザイトの目に覚悟の色があることを見取ってニースルーは言葉を続ける。
二「それにチューニッヒやダイナムはどうします?貴方が皇帝を目指さねば、彼らが付いて来た意味が有りませんわ。」
二「この大陸を治めてください。人々の為に・・・・・・」
いずれにせよサーザイトが他の道を選べるはずもない。ニースルーに出来ることは背中を押す事だけである。
サ「その通りですな。貴女にはいつも励まされ、支えられてばかりでお恥ずかしい。」
二「私は、貴方が苦しんでおられる事にすら気が付きませんでしたわ。今も、無責任に焚きつけるばかりです。」
二「貴方は重い荷を負っておられる・・・私に負える荷があるのなら何時でも私に預けて下さい。」
二「・・・・・・」
目を伏したニースルーが更に続ける。
二「人々の為と言いました・・・でも、私が本当に望んでいるのは私のためなのです。」
二「私は魔王召喚に手を貸しました。魔王の召喚はラザムの異端認定要件を満たすほどの悪なのです。」
二「しかし、なぜ悪なのでしょう。ラザムが悪とした本質は悪魔信仰です。クリフォトがセフィロトと対極であるためクリフォトに信仰を向けてはなりません。異端認定要件の制定にあたっては『悪魔召喚をするものは悪魔崇拝者である』という常識ゆえの前提がありました。私は主であるムクガイヤ様に従い、その動機は信仰と無関係だったのです。」
二「そう思っていました・・・でも今この大陸が混乱に陥っているのは魔王とムクガイヤ様の反乱のせい。」
二「そして、ムクガイヤ様は恐ろしい人類の敵となって殺戮と破壊の限りを尽くしている。私はずっとそのお手伝いをしてきたのです。」
二「私は悪です!私が・・・この惨状の!・・・私ッ」
取り乱したニースルーは呼吸も乱れ満足に話すことも出来ない。
サ「ニースルー殿ッ!」
サーザイトの鋭い声にニースルーは我を取り戻した。
サ「落ち着きなさい。大陸の混乱はムクガイヤ殿の所為ではありません。もとより渦巻く野心の中でぎりぎりのバランスを保っていた平和に過ぎません。」
サ「アルナスもゲルドもみな自ら挙兵しました。きっかけだけあれば十分だったのです。」
サ「ムクガイヤ殿のことは残念と言うしか有りません。死霊の法に手を出すなど誰が想像できましょう。それほどの憎悪と怨みにまみれていたとは、誰かと言うならば私こそが気が付くべきでした。」
ニースルーは泣きながらサーザイトの胸にもたれかかる。
二「助けてください・・・私の・・・身勝手な願いなのです。人々の為・・・それも私が私であるための理由でしか有りません。」
二「私は何故いま生きているのでしょう。何故修道院に拾われたのでしょう。捨てられ死ぬだけの乳飲み子だったのに。」
二「私のした事は世界に混乱をもたらし、その責任はこの先如何にしても負いきれません。」
二「償わさせてください。少しでも・・・私の全てを捧げます。必要と有れば命も・・・。」
サ「今は・・・未来を見る事です。これから成すべき事を・・・。」
サ「そして命を軽々しく口に出してはならない。確か貴女の師マグダレナ猊下の言葉でしたかな、『それが深刻な非常時なら、自らを犠牲にして一人の命を助けるより、何が何でも生き残って十人の命を助けなさい』と、神官らしからぬ方と笑って話してくれたではありませんか。」
サ「今はこの言葉を心にとめておきなさい。十人どころか、貴女しか世界を救うことが出来ないのですから。」


~リッチームクガイヤ決戦前~
サ「む、ハイトローム殿か。次の戦いが正念場です。頼みますぞ、貴殿の突撃が無ければ我々に勝ち目は無い。」
ハ「御意。我が命をもって、殿に応えましょう。」
サ「ところで、エルラムには注意しなさい。彼女は闇に捕えられているかもしれぬ。」
ハ「私には分かりかねますが・・・・・・そのような者が軍にいるのは致命的では有りませんか?」
サ「むしろ闇に関わるものは私のそばに置き、監視しておきたいのです。それにエルフの弓は貴重な戦力。我が軍のなんと脆弱なことか、贅沢は言えませぬ。」
サ「後衛は皆エルラムに警戒を怠らぬようにさせています。貴殿は後ろを任せて突撃する身、エルラムに背後を預けないようにしてください。」
ハ「御意・・・・・・」
ハ(サーザイト殿、それは私も・・・監視の対象という事なのですかッ!)

~リッチームクガイヤ撃破後~
エ「キレイ・・・私、流れ星が好きよ・・・・・・澄んだ空に流れる流れ星が。」
ハ「ロマンチストなんだな。」
エ「天球に散らばる星々は人の命の輝きのよう。全て流れ落ちてしまえばいいの。」
ハ「・・・・・・」
エ「それだのに何ということ!あの忌々しい神官め!今回の一件で良く分かったわ。次なる時のためにも送還の術式を行なえる人間は全て始末しなければならない。」
エ「イオナ国に留まりましょう。まずはニースルーを仕留める為に。そしてラザムのイオナも。」
ハ「あぁ・・・判っている。」


イオナ国は大陸を統一した。
戴冠式の日、控え室に水を持ってきた侍女はサーザイトと宰相ニースルーが倒れているのを発見した。
すぐさま神官団が駆けつけたが、既に事切れていた。即効性の毒物による殺害であった事が判明し、宮殿はどよめいた。
サーザイトやニースルーが通常口にするものは当然に毒見を経た後の物である。彼らが飲食物の差し入れを直接口にするとすれば、相当に信用を得ているごく限られた者の筈だからだ。
侍女の話では、部屋に入ったその時に窓から飛び出すヨネアの姿を見たとの事だった。
将軍チューニッヒは選りすぐりの追跡隊を組織しヨネアを追撃させたが、結局幾つかの目撃証言を得たのみで徒労に終わった。
同時にハイトローム、エルラムも行方不明となったが、彼らが共犯であったのか、既に始末されていたのかは分からなかった。
事件はイオナ国第三位のヨネアが皇帝の座を狙って、サーザイト及びニースルーを殺害したと発表された。
帝国は皇帝を含む5人の要人を失い、チューニッヒは人心を掌握する事が出来なかった。
大陸はまたもや混乱におちいったのである。


クイニック地方の小国の騎士ヘンドリクスは、旅の途中でガルガンダ山の麓に到着していた。
樹海の魔女――逢った者は死ぬと言われているが、何かを求める者には道を示してくれるとの噂もある。
一説には150年前の魔王降臨の際に一緒に魔界から来てこの地に残ったとも語られている。
(ばかばかしい。魔界から来た魔女だと。)
だが、魔竜スメーグにさらわれた姫を一刻も早く救出せねばならぬのに、その棲家すら知らないのだ。しかも剣が通らぬのにどう戦うのか・・・
しかし、広い樹海で伝説の魔女を探すのもまた虚無感を覚えずにはいられない。
「・・・・・・いくか」ヘンドリクスは惰性の様に足を踏み出した。
ところが小一時間も歩くと、樹海が開けヘンドリクスは蒼古とした館に辿り着いていた。

錆付いたドアのノッカーを叩き、声を張り上げる。
「ごめん!だれかおりますか!」
ザアッっと木がざわめく。
「どうぞ、開いています。さあ、お入りなさい。」
澄んだ声。ギィっと軋む音を立て扉は開いた。
薄暗い室内。正面の暖炉には火が入っている。側面の書棚には魔道書であろうか、時代がかった書物が並んでいる。
書棚近くには分厚い木のテーブルがあり、入口より対面の椅子に小柄な女性が腰をかけこちらを見ていた。
幼女!?
魔女など何かの間違いだったのだ、樹海の淵の家にでも入ってしまったのだろうと理性は考えたが、既にヘンドリクスは幼女の瞳から視線を離すことが出来なくなっていた。
常軌を逸した場所にいると、魂が叫んでいる。圧倒的な恐怖がひたひたと、そしてひそやかに自分の四肢を包み始めていた。
視界の脇に暖炉の上の飾りが目に入る。嫌悪感・・・いびつな黒い鉄製の棒に何かが飾られているのだが、目を向けたくは無かった。
(今大事なのは目の前にいる魔女なのだから・・・瑣末な事を考えている余裕は無い。)
自分自身に言い聞かせ、飾りは意識の外に追いやった。
そう、余裕が無いことは事実であった。足元から這い上がるような恐怖を、騎士として鍛錬した精神で押し返す。これが心の臓まで達すれば只ならない・・・そう感じたのだ。太平の世にあって死をこんなに間近に感じた事は無かった。理性がか細い反論をしたが、全身の細胞が恐怖の進入を頑なに拒否していた。
「ふふふ、このような所に何の用かしら?」
魔女の声が響く、自分の目的をもう一度意識した事がヘンドリクスの精神に少しの余裕を生んだ。
(自分には使命がある。いや、姫を救いたいこの思い、使命などでは語れないものだ!)
恐怖が、朝もやの様に薄れ始める。
今になってふと気が付く。テーブルに置かれていた2つのカップ。
(私以外に誰かいるのだろうか?)
手前のカップの奥にはスプーンが縦に置かれている。それは自国独特の騎士に対する作法・・・
席について返答しなければならない、急にそのような焦燥感に駆られたが、まとわり付いていた恐怖の余韻が痺れのようにまだ残っており、動くには少々の時間が必要そうだ。
また暖炉の飾りが気になった。魔女から目を離さぬまま暖炉上部を窺がう。飾られているものはエルフの弓と騎士槍だった、いや飾るというよりも串刺しになっているように見える。
騎士の魂とも言うべき騎士槍が串刺しに見える事がこのような嫌悪感を生むのだろうか・・・妙な生々しさを感じるのは恐怖の余韻のせいだろうか・・・
いつの間にか魔女の薄い唇が不敵な笑みを浮かべている。その目は尚も怪しい輝きを増し、もはやヘンドリクスは一滴の唾液をも飲み込む事が出来ない。
パチッ、木のはぜる音がした。暖炉の炎はちらちらと魔女の瞳を赤く艶やかに照らしていた。



  • イオナ国の物語ってこういうSSベースで作られたの?それともイオナ国の物語を読んでこういうSSが作られたの? -- 名無しさん (2020-09-13 17:13:39)
  • イオナ国じゃなくてヨネアのEDじゃない?これ -- 名無しさん (2023-04-30 11:33:48)
  • これつまり
    ・エルラムとハイトロームがサーザイト・ニースルーを暗殺して、飛び出したヨネアが復讐に成功
    ・ヨネアはそのまま隠居
    ・大陸は混乱のあと、小国が分立する形で平和になった(なのでクイニックに小さな国がある)
    ということか? -- 名無しさん (2023-04-30 11:42:47)
  • コーネリーは要領よくどこかの小国の重臣として子孫に継承させてそうだな -- 名無しさん (2023-05-01 22:50:10)
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最終更新:2023年05月01日 22:50