とある兵士


その黒い騎士は自らの剣を掲げ持つ。黒塗りの大剣に瘴気が纏わりつく。振り下ろされる刀身。黒い竜の姿をしたそれは、
燎原の火のごとく広がりレオームの兵たちを飲み込む。
何十もの兵が黒い炎に焼かれて死ぬ。生き残った者たちもほとんどが瘴気に中てられて動けない。そこへ、容赦なく暗黒騎士たちが襲い掛かる。
それは現世に現れ出でた死神のようであった。闇の加護を受けた剣は重装甲の鎧をも紙のように切り裂く。
「踏みとどまれ」
兵たちのうちのいずれかが叫んだ。その声の主もまた、他の兵と同じ運命を辿るが、彼は五体を盾にしてサルステーネの突撃を止めて見せた。
犬のように忠実であるというレオームの兵たちの死に様である。犬と罵られようとも、彼らは構いはしない。
彼らは信じている。自分が死んでもレオーム王家さえ無事であれば妻子は守られる、と。
立ったまま絶命するその兵から剣を引き抜くと、サルステーネは遠くを見やる。
追撃は失敗。死して主君を守った彼らを手厚く葬ってやりたいと彼は思った。
だが、それはできない。彼らは旧体制の遺物として、敗軍の将兵として衆目に晒される。
敵に余計な情けを抱く前に、彼は任務失敗の報せを自ら主君に届けるため、馬を走らせた。
これが後で<とある兵士>が人づてに聞いた彼の父の死に様である。

前略。親愛なる母上へ。
お元気ですか。私は元気です。今、私は父上の遺命に従い、ゴート三世殿下の下で働いています。
私のような若輩者がレオーム軍の正規兵を拝命いただけたことは男子としての最高の誉れに
ございます。父のような立派な兵(つわもの)となるべく、日々修練に励んでおります。
そちらの様子はいかがでしょうか。王都近辺では逆賊・ムクガイヤの暴政により民は苦しんでいる
と聞きます。一刻も早く、殿下と共に帰還し王都を逆賊から解放できるよう願っています。
では、母上お体に気をつけて。早々。


「坊主、戦場は初めてか?」
壮年の男が<とある兵士>に声をかけた。使い込まれた軽鎧と剣、顔にまで傷のあるこの男は歴戦の勇士といった感じである。
「はい。自分の名は…」
「名乗らなくていい。いちいち覚えるのも面倒だ。おまえは、俺の隊に配属らしい。
 俺はおまえらの隊長さまだ。この顔をよく覚えとけ」
横柄な態度に<とある兵士>は萎縮するも、その顔はしっかり覚えた。

その日の戦場で、彼の隊が任された場所はさほど重要な場所ではない。
末端の部隊の末端の新兵。それが<とある兵士>の今の身分である。
ソルジャーたちは円盾を合わせて密集隊形を取る。いくつもの盾を合わせたそれは
歩く壁であった。それは投石を防ぐ。人間同士の戦いならば矢も受け止める。
だが、魔法は防ぎきれない。運悪く氷の槍や火の玉に捉えられた兵は無残に死に絶えていく。
<とある兵士>は運良く魔法が当たらないところを進んだ。
「今だ!」
隊長の号令で兵たちが一斉に散る。静から動への瞬間。そこを目掛けて、火の玉が投げ込まれる。
効力射だ。何人もの兵が焼かれる。それでも兵たちは進む。ゴブリンたちはその迫力に一瞬気圧される。
剣の間合いに入った者から順に剣を振り下ろしていく。斬るというよりは叩くといった感覚であった。
貧弱なゴブリンたちは人間たちの剣を受け止められない。
<とある兵士>もまた、無心に剣を振り続けた。剣を振らねば死ぬ、そう思ったからだ。
気がつけば、わずかな隊の仲間のみが生き残り、自分は敵味方の骸にまみれていた。
敵を屠ったような覚えも、味方を守ったような覚えもない。
彼の隊の隊長もまた物言わぬ屍となっていた。
自分よりも優れた人物が虫のように死んでいった。なぜ自分のような未熟者が生き残れたのか。
いや、今はただ。生き残れた。そのことにのみ感謝したい。

戦場以外でも兵士の仕事は多い。<とある兵士>は巡回の任務に就いていた。
ゴブリンから奪還した村々を見て回る。多数の靴跡が残されている。これは、略奪の跡である。
略奪があった家には火が放たれている。それは、ゴブリンの手によるものではなかった。人間が人間から略奪をしているのだ。
中原の、しかも豊かな土地で生まれ育った<とある兵士>には人間が略奪をする意味がわからなかった。
人から物を盗ることはいけないこと。それをやれば、罰を受ける。真面目に働いたほうがいい。彼はそう思って生きてきた。
なのに、この地の人間は平気で略奪を行っている。他の村を見て回ると、略奪の現場に出くわした。
<とある兵士>は正義感から止めに入った。
当然のように罵声とともに握り拳と刃が飛んでくる。略奪をしていたのは、レオームが現地で徴用したフェリル人の兵であった。
<とある兵士>は仲間の兵に殺されのだ。
それからしばらくして、彼の母親のもとへは、ただその名と共に『フェリル地方で戦死』
とのみ記された手紙が届けられた。



  • プレビューは大事だ -- 名無しさん (2011-02-06 20:19:24)
  • ↑??なんのことかな。なんか変な所あった?
    いや、ヴァーレンの世界はますます深くなるな。 -- 名無しさん (2011-02-13 00:38:11)
  • 改行おかしくね!? -- 名無しさん (2011-02-13 00:41:54)
  • 改行修正ありがとうございます。 -- 名無しさん (2011-02-14 11:45:43)
  • 現実のVTでのソルジャーの弱さも含めて哀愁がある -- 名無しさん (2020-06-30 22:56:16)
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最終更新:2020年06月30日 22:56