バルバッタとゴートⅢ世


「殿下、フェリル城が見えてまいりました。」
先行していた部隊が戻り、進軍部隊の中心部にいる青年へと報告する。
目的地であるフェリルの城は、夕暮れの中で悠然と佇んでいる。
しかし、よくよく見てみればその壁は所々崩れているのが見て取れる。
「ああ、そのようだな。」
レオーム家ルートガルト王嫡子、ゴ-トⅢ世である。
「道中に敵の姿は無し。罠らしきものも見当たりません。」
「よし、このまま進もう。疲れているだろうが、皆に伝えてくれ。」
「はっ!」
兵士達はそれぞれ分かれ他の部隊へと出発の号令を飛ばしてゆく。
「ゴブリン共、流石に怖がって穴蔵へと逃げ帰りましたか。」
ゴートの後ろに控えていた元フェリル総督府武官、テステヌが発言する。
彼はゴブリン達の突然の襲撃で城を守れなかった事をいまだ悔やみ、
同時に彼をそうさせたゴブリンに憎しみにも近い感情を持っていた。
「テステヌ、それはわからんぞ。もしかしたら何か考えがあるのかもしれない。」
テステヌを諌めたのは彼の友人、マクセン。ホアタに住む狩人達のまとめ役である。
「フン、奴らにそんな知能があるものか。所詮ただの獣ではないか。」
テステヌとしては恥をかかされたゴブリンを認めたくないようである。
押し問答を続けていると、力を抑えた風の魔法が飛んできた。
「うわっ」
「うおっ」
「おふた方とも。言い争いなら外でしてくだされ。殿下の目前でございますよ。」
カツカツと杖をつきながら現れたのはドルス。ゴートの側近にして教育係でもある。
今回の作戦を出したのは他でもない、このドルスである。
一度ホアタの南にある平原への侵攻を止め、全軍を二つに分けての2重攻撃を出した。
先発は将軍フィーザレスが行い、戦闘よりも壁の破壊を重点に置いている。
補修が完了する前に、夕暮れにかかる山の影に紛れてゴート率いる部隊を進軍させて
占拠する目的だ。
「何より、皆もうすでに出発の準備が出来ている様子ですぞ。
おふた方も配置についてはいかがか。」
ドルスの言葉を聞いて、二人は慌てて己が指揮する部隊へと戻っていった。
「さて殿下。号令をお願いいたします。」
「うむ。」
ゴートは言葉を受け、進軍準備を終えた兵士達の前に立った。
「皆よく聞け。我々はこれよりゴブリン達に奪われたフェリル城を奪還する。ゴブリン達も、
城を奪われないために激しい抵抗をするだろう。しかし恐れるな!長く我々を退けていた
城壁はすでに先発の部隊によって崩れている!奴らは碌に守る事も出来ないだろう。
勝利は我等が手の内にある!」
兵士達から大きく声が上がる。今まで辛酸を舐めさせられてきたゴブリンの血を待ちわびているのだ。
「それでは行くぞ!総員進軍開始!」
ゴートの号令を受け、それぞれが動き出す。
目指すはフェリル城。フェリル掌握の要である。

「へ、来やがった。」
夕日差し込むフェリル城の一室。バルバッタはゆっくりと登ってくる大軍を見て笑った。
城の中には彼一人。他の皆が既に裏側から脱出してからそれなりの時間がたっている。
ここで少しだけでも足止めすれば戦闘に巻き込まれる心配はなくなるだろう。
今まで彼を支えていたマクラヌスは手元にはない。彼が信じた持つべき男へと既に託してある。
現在、マクラヌスを入れていた袋には昔ポイトライトに貰った煙玉が幾つか入っているのみである。
目を凝らして進み来る脅威を見ると、中に見知った顔が幾つかある。
フェリル党結成前、人里に強奪に下りる度に邪魔をしてきたタフな男
――たしかダルカンと言ったか――、それに城を奪ったときに居た武官と思わしき男もいる。
バルバッタは倉庫に一つだけ残っていた酒瓶を震える手で飲み干し、階段を下りた。
「上に立つならば下の者を守れ。それが上に立つものの勤めと知れ。」
口から出たのは、反発しながらも尊敬してやまない賢者の言葉。
「上に立つものは率先して逃げてはならぬ。仲間の無事を確保するために出来うる最善の手を考えよ。」
いたずらをしては何度も殴られた、フェリルの竜王の言葉。
小さな時から聞いていた、二人の偉大なるゴブリンの話。反発し、反抗してはいたものの
バルバッタは彼らが好きだった。
「ヒャハッ!二人の授業、ろくに聞いていなかったはずだが…なんだ覚えてるもんじゃねぇか。」
剣を抜き放ち、鞘を捨てる。もう鞘を使うことはないだろうとの判断からだ。
「さて、フェリル党洞主バルバッタ。ゴブリン1の大うつけと呼ばれたこの俺様の、
一世一代の晴れ舞台だ!」
そう叫び、バルバッタは城門を開け放った。

「あれは…?」
城まであと少しという所で、フェリル城の門が開いた。
ゴートが目を凝らすと一匹のゴブリンが突っ込んでくるところだった。
「ヒィィィィイイイイイイヤッハァァアアアーーー!」
たった一匹、凄い速度で突っ込んでくる。しかし幾ら辺りを見回しても仲間と思わしき者はいない。
兵士達も驚愕して周りを見回している。何しろ群れで行動するはずのゴブリンが単騎で突っ込んで
くるのだ。周りのどこかにいると考えてもおかしくはないだろう。
軽い混乱を起こしているうちに、バルバッタが投げた岩が二人の兵士の頭を打ち据えた。
一人は当たり所が悪かったらしく、即死している。
「あ、あのクソゴブリン!ぶっ殺してやる!」
兵士達はいきり立ち、バルバッタへと向かって行く。バルバッタはそれを見て、岩を投げつつ走り回る。
しかし、山地荒野で生活してきたゴブリンに、鎧を着込んだ兵士では到底追いつけるものではない。
「弓兵隊!足を止めろ!」」
兵士達が追いつけないのを見て、ゴートはすぐさま弓兵達へと指示を飛ばす。
「委細承知!総員構え!」
マクセンの指示で弓兵が矢をつがえ、引き絞る。
「目標…って、あいつしかいないわな。よおく狙えよ狩人共。…射て!」
多くの矢が鋭い音を立て、バルバッタ目掛け飛んでゆく。
しかしバルバッタは岩場を使って迫る矢から身を隠す。
「第一射、はずれました!」
「慌てなさんな。第二射、構え!……射て!」
「駄目です!当たりません!ぐわ!?」
前に進んでいた弓兵を、飛んできた岩が打ち据える。バルバッタが高所から投げた岩だ。
実際、バルバッタにはまだ一発も矢は当たっていない。
追い詰めるどころか、いきり立って追って来た先行しすぎた兵士を一人一人確実に倒してさえいる。
「なにしている!敵はたかがゴブリン一匹だぞ!」
テステヌが大きな声を上げる。しかし、それでも兵士は追いつく事さえ適わない。
バルバッタ自身の剣の腕は、実はそこまで高くない。では何故ここまでうまく戦っているのか。
答えは今まで使ってきたマクラヌスにあった。マクラヌスにはドレインの能力が備わっていた。
これを浴びた兵士達の力を今までバルバッタは吸収しつづけていた。その為、普通では考えられない程の
レベルにまで短期間でバルバッタは到達している。
「ヒィヤァッハッハァ!おらおら俺様はここだぞ汚物ども!しっかり追っかけてきやがれ!
ちんたら歩いてブタより遅ぇんだよこのトンマ!ケツにウンコでも詰まったのか?ああ!?」
バルバッタの挑発に兵士達はますますいきり立ち、追いつけない鬼ごっこを続けるのだった。

「あのゴブリン、手ごわいな。」
先行したテステヌ達の後方で、ゴートとドルスはじっと戦況を見ていた。
「地形を把握しきっているようですな。なにより山場で走りなれておりまする。あれでは一般兵どこ
ろか弓も当たらんでしょう。あの小汚い挑発も勿論意図してのものでしょうな。」
ドルスも感心した様子でバルバッタを見ている。しかし、焦燥感もなく、余裕の表情である。
「何かいい策はないか?ドルス。」
「枝をへし折るより簡単な事でございますよ。あのゴブリンの進む方向に先んじて兵士達を配置して
ゆけばよいのです。
しかし、気をつけなければ成らないのはあのゴブリンが持っていたあの宝玉の力ですな。」
宝玉、という言葉にゴートは顔を顰めた。
今までの戦いで魔法を使おうとしたときに放たれた宝玉の力でゴートの魔力を根こそぎ奪われた事を
思い出したのだ。麻痺して行動不能になった兵士も多数出た。おかげで何度も退く事になったのだ。
「あれをつかわれる前に決着をつけねばなりませぬな。城の整備の時間もありますゆえ。」
「そうだな…ダルカン!」
「はっ。」
呼ばれてきたのは大柄な男。担いだ巨斧をものともせずに、素早い速度でやってくる。
「兵士を20預ける。あのゴブリンの退路をふさいでくれ。」
「承知いたしました。すぐに止めてみせましょう。」
ダルカンはそういうと、兵士達を置いて山を駆け上っていった。
「…困ったお人ですな。」
「…そうだね。」
ゴートとドルスがそんなやり取りをしている時、バルバッタは山の中腹で岩に腰掛けて兵士を見下ろし、
肩で大きく息をしながらヒャッハハハと笑っていた。
勝つは無理でも疲弊を誘う。
これがバルバッタの作戦だった。全力疾走を繰り返した為に、バルバッタの足も大分ガタ付いてきている。
「大分、兵士が疲れてきてやがるな。この調子なら追撃部隊を出す事もネェだろうな。」
そろそろ頃合かと退こうとした矢先、目の前に大きな斧が振り下ろされた。
「ヒャヒッ!?」
かろうじてかわすバルバッタ。大きく跳んで距離を取る。
「よーバルバッタ、ただのコソドロだったくせに今のをかわすたぁ随分と元気がいいじゃねぇか。」
地面にめり込んだ大きな斧を片手で担ぐ男。フェリルの兵士、ダルカンだ。
先ほどまで腰掛けていた岩が冗談かと思うほどに粉砕されている。
「王子様からの命令でね、しばし足止めさせてもらうぜ?」
そういって突っ込んできたダルカンの攻撃を、バルバッタは剣でなんとかいなしてゆく。
「ハァッハァアア!随分とまぁ上達してんじゃねぇか。面白ぇ、どこまでやれるか試してやるよ!」
勢いを増すのダルカンの猛攻に、バルバッタは逃げる余裕さえ失っていた。

バルバッタにとって永劫とも思えるほど長い時間が過ぎ、互いの武器がはじき飛んだときには
すでにバルバッタは包囲され、剣を突きつけられていた。
肩で大きく息をしながらダルカンはにやりと笑う。
「楽しかったぜ、バルバッタ。しかしもう仕舞いだ。投降しな。なぁに、殿下は優しい方だ。
投降すれば殺しはしないだろうよ。」
ダルカンの言葉に追いついたテステヌが怒りだした。
「投降すれば許すだと!?こんな獣を生かす理由など無い!一体どれだけの兵がコイツに殺されたと
思ってる!第一、コイツがいたからフェリルの平和は崩れたんだぞ!?」
テステヌの怒声に、笑い声が起きた。バルバッタが傷だらけの身体のままに笑っていた。
「ヒャハッハッハ…何がフェリルの平和は崩された、だ。んじゃあゴブリンの平和は何処にある?
人間が来る前のフェリルは平和で無かったとでも言うのか?ゴブリンの平穏を奪った人間が平和とは
笑わせんなよ。」
「こいつ…!」
「止さぬか!」
テステヌが切りかかろうとした瞬間。鋭い静止の声が飛んだ。
「で…殿下!」
現れたゴートに周りの兵士達が姿勢を正す。
ゴートはまず足止めに成功したダルカンを褒め、バルバッタの方を向いた。
「単騎でありながら、凄い戦いぶりだった。戦略的にはこちらの完敗だ。君は誰何だい?」
「…ヒャハッ!人に尋ねる前に名乗れって習わなかったのかい、坊や?」
バルバッタの言葉に兵士達が剣で突こうとするが、ゴートは片手でそれを制す。
「失礼した。私はレオーム朝ルートガルド王トライトⅤ世が嫡子、ゴート三世だ。」
ゴブリン相手にも礼儀を正して、挨拶をするゴートに兵士達が信じられないといった表情をする。
「ヒャハッ。そうかあんたがルートガルトが落ち延びたっていうボンボンか。
俺ぁフェリル党の洞主、バルバッタだ。」
バルバッタの言葉に兵士達は驚愕した。てっきり捨て駒として使われた一般兵だと思っていた相手が
相手の対象とは誰も思っていなかったのである。
「そうか、君が…。他の仲間はどうしたんだ?」
「とっくの昔に逃げ出して体勢を整えてるだろうよ!お前らはまんまとおちょくられて時間を稼がれたって
訳さ、ヒャッハッハ!」
「…なるほど、まんまとしてやられたって訳だ。しかしわからないな。どうして洞主が囮なんてしたんだ?
部下に任せられなかったのか?」
「ハッ!上に立つものは下の者達を守る義務がある!率先して逃げる奴ぁ上に立つ資格なんざねぇんだよ。」
いきり立つ兵士達を制したまま、ゴートは真剣な表情でバルバッタを見つめていた。
かつてムクガイヤが反旗を翻した際、ゴートはドルスとフィーザレスに連れてかれ、ルーニック島まで脱出した。
その為、バルバッタの言葉はゴートの心に深く突き刺さったのだ。

ゴートが何か悟ったような表情をし、兵士達がそちらに気を取られた瞬間を逃さず、
バルバッタは隠し持っていた煙玉を地面へとたたきつけた。
辺りは煙で充満し、視界全て遮られた。混乱した兵士達が何事かと慌てている。
「ヒィャッハァー!」
バルバッタは自分に向けられた剣が突き刺さるのもお構い無しにゴートに向かって突進する。
ゴートの後ろからエアカッターが飛びバルバッタの腕が切り飛ばされ、ゴートの剣が胴体深く突き刺さった。
それでも前に進もうとするが、テステヌが足を切り飛ばして倒れた。
「…どうして、こんな事を?」
「お前が死ねば…リオームの軍勢は維持出来ないだろ。そうすりゃ俺達の悲願が…大フェリルが作れるからな…」
「大フェリル?」
「人間に脅かされる事も無く…ガキ共が餓えて死ぬ事も無く…寒さに凍える事も無く……農耕をして…
少ない食料を仲間内で奪い合う事も無く……皆が笑って過ごせる……そんな楽園を…」
もはやバルバッタの目は虚ろで、何も見えていなかった。
「約束を……チルクが、指導できる……平和好きな…あいつを…王に…」
呼吸は次第に荒くなり、鼻先も乾いてゆく。
バルバッタは残った腕を掲げ、最後に叫ぶ。
「俺は、バルバッタ…フェリル党の洞主。…仲間が平和に暮らせる世界を…任せた…自慢の義弟よ…!」
力を失った腕は地面に落ち、見開かれた目から光が消えた。
死んだバルバッタの身体を怒りのままに切り刻もうとする兵士達をゴートは止め、丁重に弔うように告げた。
「ゴブリンといえども、彼はまさしく王だった。王たるものを、侮辱するな。」
そう言って、ゴートは剣を引き抜きダルカンを護衛に連れて立ち去った。

「やれやれ、殿下はまだ優しすぎますな。」
ゴートが去って、ドルスはテステヌにため息ついでに話しかけた。
煙が充満する中で的確にエアカッターを飛ばしたのは他ならぬドルスである。
「あぁその死骸ですが、切り刻むなり何なりお好きにしなされ。そうでもせんと兵士達の気も収まらんでしょう。
何。殿下には丁重に葬ったと伝えるゆえ安心なされ。」
その言葉を聞いて、兵士達がわっと群がりバルバッタを死体を切り刻み、踏み潰してゆく。
ある者は笑いながら、ある者は泣きながら、怒りながらのその光景の中に、テステヌの姿もあった。
ドルスはその光景にちらりと目を向けただけでゴートが去ったほうへ歩いてゆく。
「人間も悪魔もゴブリンも、一皮むけば地獄の鬼が住んでおる。しかし殿下がそれを知るのはもっと先の方がいいの。」
こうしてバルバッタの戦いは終わった。奇しくもまだ体力のあった兵達も死体潰しに体力と時間を割いていた為、
追撃部隊が編成される事は完全に避けられた。計らずもバルバッタは自分の全身を以って仲間を助けた事となったのだった。



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最終更新:2011年02月10日 21:33