セレンとアルティナ


「父上ー!街へ買出しに行って参ります!」
まだ幼いであろう少女が出掛けざまに言った。
ここはリュッセル東より少し北、ちょうどリグナム火山との中間地点に位置する小さな集落。
ここでは手に入らない物も多い為、たびたび街まで出る必要があった。
「ここいらもまだまだモンスターが多い。十分気をつけるのだぞ。」
「大丈夫です!いざとなれば父上から教わった剣術がありますから!」
「まだ剣を持てるようになったばかりのくせに何を言っておる!日没する前に早く言っておいで。」
この少女の名はセレン。ここリュッセルはリューネ騎士団が長らく支配しており、治安を保っている。
しかしその裏では、騎士団と在郷騎士との間に対立が根深く存在しており、在郷騎士の家系の者はリュッセル東、
リュッセル北といった大きな街に住める状況ではなかった。
彼女の先祖が騎士団から追放された事をきっかけに彼女の一族もまた、この地での生活を余儀なくされていた。

(雲行きが怪しくなってきたな・・・。)
黒く澱んだ雲が頭上に見える。不気味なくらいゆったりとした風。セレンは自然と小走りになりながら街へと向かう。
ようやく街が見えてきた。まだ雨が降らない事に安堵しつつ、それでも頭上が気になる。
っとそこに慌ただしく城に向かってかけてく1騎の竜騎士が目に入った。
(あんなに急いでどうしたんだろう・・・。)
ふと竜騎士が来た方角・・・セレンの住む集落がある方向に目をやる。

ドドドドドドドッ!!

けたたましい轟音と共に土煙が立ち上っている。
(あれは・・集落の方向に向かってる!!)
セレンは咄嗟に駆け出した。

「!!」
見た事も無いマンティコアの大群。集落はほぼ全壊。見るも無残な状況であった。
「ち、父上・・」
消えそうな声で呟く。生きている人間がいるとは到底思えない。
セレンはすぐにでも家に駆けつけたかったが、これほどの大群の前にして足がくすみ動けけなかった。
しばらく頭が真っ白になる。気づいたらその場で座りこんでいた。
どのくらいの時間がたったのだろうか。破壊し終わったのかどんどんマンティコア達は別の地へと駆け出していく。
セレンは我に帰り、自分の家へと駆け出した。
セレンの家も当然崩壊していた。そこに目をやると瓦礫の下から人間の上半身が見えた。
「父上!!父上!!父上ーーー!!!」
悲痛な叫びが響き渡る。
「・・・ぅ・・セレンか・・・・。」
「父上!!良かった、生きてる・・!今助けます!」
「ガルルル・・」「ガゥゥゥ・・」
「!!」
さっきの叫び声で残っていたマンティコア達が集まってきてしまっていた。今にも突撃してきそうだ。
「私が守らなきゃ・・私が・・・!」
気持ちとは裏腹に足がすくみ、手が震える。剣を抜く事さえもままならない。
先日初めて剣を習ったばかりでモンスターと戦った事など当然ながら一度もなかった。
「・・・セ、セレン・・・逃げるんだ・・・。」
(私が守らなきゃ私が守らなきゃ私が・・・。)
父の声はすでにセレンには届いていない。
「うぉぉぉぉ!!!」
ドドドドドドドドッ!!
セレンが突撃すると同時にマンティコア達も突っ込んできた。
「・・!」
横に吹っ飛ばされるセレン。瓦礫に衝突する。
「うっ・・。」
頭を打ってしまい意識が飛ぶ。その直前に見えたのは赤い色だった・・・。

「ん・・。」
目を覚ますとセレンはあたりを見回した。
(どうやらベッドで寝てたみたいだ。どこだろうここは。)
「ようやく目を覚ましたか。」
横から声がしたので振り向くと見知らぬ騎士が立っていた。
「・・ここは?」
「ここはリュッセル城。本来ならお前のような者が入れるような場所ではないが、他でもないアルティナ様のご意思だ。」
「・・アルティナ様?」
「な・・お前、アルティナ様を知らないのか?!
とんだ野郎だな・・。今回の暴走マンティコア討伐も指揮されていた。お前もアルティナ様がいなければ今頃亡き者になってたんだぞ!」
「・・・。」
意識が飛ぶ前の事を思い出してみる。前から敵が来てるはずなのに何故か横に吹っ飛ばされた。
(そうか・・・あれで私は助けられたのか・・)
「・・!!父上は?!」
突然の大声にびくっとなる騎士。
「せ、生存者はお前だけだ。」
「え・・・・・・。」
悲壮や絶望に彼女が支配されるのに時間はかからなかった。
(そんな・・そんな事って・・・・。)
(・・・父上・・・・・・・・・・。)
「おい。」
(・・まだ生きていたのに・・・。)
(・・あの時立ちつくしていなければ・・・。)
「おいって。」
(・・あんなモンスター簡単に倒せる力があれば・・・。)
(・・私は無力だ・・・・・・。)
(・・・・・・・・。)
「おいってば!」
「!・・・はい。」
「ったく・・。さっきも言った通りここはお前のような者が居れる場所ではないんだ。意識が回復したならさっさと立ち去れ。」
(そう・・。父上も言ってた。騎士団と関わってはならん、って。)
「分かりました。失礼します。」

夜も更け、冷たい風が吹き荒れる。行く当ても無く、ただただ北へと騎士団から離れるようにセレンは歩いていた。
その足取りは自然と今は無き集落へと向いていた。
(一人に・・なっちゃったな。)
そんな様子を嘲笑うかのように木々はざわめいていた。
(うぅ・・・寒い・・・・。)
(これから・・どうしよう・・。)
そんな事を考えつつ答えもでないまま気づいたら集落についていた。
壊された家屋は綺麗に片付けられ、そこにはお墓が立ち並んでいた。
(騎士団と在郷騎士は対立してるって話なのにこんな丁寧に埋葬されてる・・・。)
(この集落の出である私をお城で休ませてくれたり・・。)
(・・アルティナ様、かぁ・・・。)
引きよせられるように父の墓の前にセレンは向かった。不思議と刻字を見なくても場所が分かる。
「父上。何故私だけ生き残ってしまったんでしょう。」
当然、返事はない。
「父上。私はこれからどうすれば良いのでしょう。」
返事はない。
「ガゥゥゥゥゥ・・・」
「?!」
驚いてセレンが振り向くとマンティコア3匹がこちらを睨んでいた。
(まだいたの・・!に、逃げなきゃ・・!)
(・・・・・・・・。)
(・・駄目。ここで逃げたら皆のお墓が荒らされちゃう。)
(・・助けを呼びに行ってないから騎士団は来ない。)
(・・今度こそ私が守らなきゃ!!)

1匹セレンに突進してきた。
「父上、力を貸して下さい!!」
セレンは父の墓の前に刺さっていた剣を抜いた、と同時に斬りつけた。
「グギャァァ!!」叫びと共に返り血がセレンに降り注ぐ。
(うっ・・。あ、当たった!よし、次!)
振り向くと2匹とも突進してきている。
「いけええーー!」勢いよく斬りつける。
「グギャァァ!!」「きゃぁっ!」
(く、返り血が目に・・・。)
すぐに目を拭き開くと、目の前には最後の1匹が。
「きゃああああ!!」
セレンは思いっきり飛ばされた。
(うぅ・・。痛い・・。)
軋む身体をなんとか立ち上げる。しかし、剣もどこかに飛ばされていた。
(剣が!!くっ・・。)
問答無用に突進してくるマンティコア。セレンとの間には父の墓が。
(このままじゃ父上のお墓が!!)
「だめえええええ!!!!!」

(・・・あれ。)
強く閉じていた目を開くと、何事もない墓と、氷付けになったマンティコアが見えた。
(は、はは・・・魔法うてちゃった・・・。)
かくして辛くも勝利したセレンだった。力尽きたようにその場に倒れこむ。
寒さ、空腹、疲れ、痛み。とっくにセレンの体力は限界を迎えていた。
(父上。みんなのお墓守りました。でも疲れちゃったみたいです。皆の元へ行くのかな・・・。)
それはセレン自身、望んでいるのか、望んでいないのか分からなかった。
(おやすみなさい・・・。)

バサッバサッ「グルル・・」

「ん・・・。」
(あれ・・私は・・・。)
セレンはあたりを見回すとどこか崩壊した自分の家と同じ雰囲気を感じた。
(また、助けられた・・のかな・・)
「っつ・・・。」
(身体が痛む・・。)
「おやおや、身体を起こしちゃいかん。」
奥から老婆の声が聞こえてきた。
「・・ここは?あの・・助けていただいてありがとうございます。」
「ここはリュッセル北近くの集落じゃよ。何しろ世にも珍しい青竜からのお届け者だからねぇ。そりゃ助けん訳にはいかないだろう」
「青竜?」
「そうじゃよ。ここいらじゃライムとよばれておる。
ほれ、そこにある剣と一緒に衰弱しきったお主が送り届けられたんじゃ。
血まみれだったのを見るとその歳でモンスターと戦いおったんかい?大したもんじゃ。」
指差された方を見ると父の剣が置いてあった。血は綺麗にふき取られてる。
「私は・・」
「とりあえず今はゆっくり身を休めるとええ。」
「はい、ありがとうございます。」
(今は・・力が欲しい。人を守る為の力。人を助ける為の力。)
(もう誰かを失う悲しみ、何も出来ない悔しさはもう味わいたくない。)
(今の私は無力過ぎる。他人はおろか自分さえも守れてない。)
(今は力をつけよう。)

それから回復したセレンはこの集落で剣の稽古、時にはモンスター退治にも参加して過ごした。
その成長ぶりは誰しも目を見張る物があった。この頃すでにこの集落内だけではあったが「神童」と呼ばれ始めている。
1年程たったある日の事。
(今日か・・。)
「少しの間、出掛けてきます。」
「今日は東の集落の皆の命日であったな・・。」
「はい、明日には戻ると思います。」
「うむ。ただし十分気をつけるのじゃぞ。確かにお主は強くなった。とは言え油断は禁物じゃ。」
「はい、心得ています。では、行って参ります!!」

1年ぶりの帰郷。本当はもっと早く帰郷したい気持ちもセレンにはあった。しかし、弱い無様なままでは皆に合わせる顔がない。
集落の一員でありながら集落を守る為の戦に参加出来なかった。そんな思いと葛藤してるうちに1年たってしまったのだ。
(モンスターに荒らされてたりしないかな・・。帰ったらお墓綺麗にして、雑草抜いて・・・。)
そんな事を考えながらセレンは向かっていた。
集落がぼんやりと見えるまでの距離まで来た時、セレンは歩を止めた。
(あれは・・赤い竜・・・アルティナ様!?)
セレンの目は遥か遠方のものまでしっかり見える程良い。
この1年アルティナは数々の功績を上げ、それは噂話としてセレンの耳にも入ってきていた。
それらはどれもセレンにとって好意的なものばかりであった。
(アルティナ様・・在郷騎士である私達の集落のお墓参りをなさるなんて・・なんとお優しい・・。)
涙ぐみながらアルティナをみるセレン。数多の感謝を直接言いに行こうか迷ったが、
それでもやはり「自分は在郷騎士である、近づいてはならない存在」という思いから歩を進めずにいた。

しばらく眺めていると墓参りが済んだアルティナは城の方へと去っていった。
感動しつつようやくセレンは歩を進め、集落へと入る。
驚いたことに墓石、その周辺は綺麗に手入れされていた。
(アルティナ様・・・。)
さらに感動を深めるセレンなのだった。


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最終更新:2011年03月22日 20:30