【泰葉直撃インタビュー】激動の1年(下)(産経新聞)

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【泰葉直撃インタビュー】激動の1年(下)

オトシマエつけてまわった日々

2008.12.30 19:00

 2008年、激動の1年を送った歌手の泰葉さん(47)。現在は「最高のエンターテインメントになる」と自信をみせる30日の「ハッスル・マニア2008」(有明コロシアム)に向けたトレーニングの日々を送っています。10月の自身のブログに端を発した一連の騒動について、「1日1日がオトシマエつけてまわる日々だった」と振り返る泰葉さん。ブログやリング、そして今後の活動について、そのインタビューを今回もノーカットでお届けします。(聞き手 産経デジタル・大野正利、堀川亮子)


--「ハッスル・マニア2008」の会見では、(ハッスルの「高田モンスター軍団」を率いる)高田総統に挑発されてリングに上がることになりましたが、事前に打診はなかったのですか

 「まったくなかったですね」


--不安はありませんでしたか

 「もちろん不安はありましたが、それも想定範囲内でした、そんなたやすく歌えるか、と。なにかあるだろう、と。だから会見のやり取りは『ああ、これがそういうエンターテインメントだったのか』と、そこでわかりました

 あと何週間ありませんという状態で『落語やりたい』といって、じゃあやります、そしてさてそこでできますかって言われたら、ムリですよね。今回の私のハッスル参戦も、それと同じですよ。『なに素人がいってんの』ってことになりますから。そしたら何かみそぎがあってしょうがないでしょってことになりますから」


--じゃ、会見で高田総統が挑発したことは…

 「そう、『やっぱり来たかっ』と思いました。また会見での高田さんがすばらしかったから、すごくうれしかった。振り方がエンターテインメントだった。うれしかったですよ。

 だから私の試合のストーリーについてのデスカッションも激論ですよ。真剣勝負ですからね」


--有明コロシアムという大きな会場で初めてのプロレス。怖さは

 「会場が大きい、小さいで怖さはないんです。いろんな舞台を踏んでますので。

 弟のパレード(2005年の林家正蔵さんの襲名パレード)も16万人という人を動員させていただいたので、人に対する怖さというのはないんです。何が怖いかというと、皆様のお金とそして年末という大切な時間をいただくことへの、お返しがどうしたらできるのか、これが怖いです。歌のステージだけなら自信はあるんですが…。

 ハッスルをDVDやビデオで見ましたが、これまでとはぜんぜん違うものを、と思ってます。これまでのハッスルには歌手の方が出ていないので、歌手としてどうじゃ、もし勝って歌うんならどうするか、そして試合のクライマックスというべき『テッペン』に、どう持っていくのか…。

 歌のときもステージングするときはテッペンにもっていくのにどうするか考えてますので。曲順も


--コンサートといっしょの部分もある

 「でも相方さんがいるのは初めてだから。漫才と思いなさいとのアドバイスもいただきました。私はいつも1人の落語スタイルが多いので、ハッスルで初めて掛け合いをやることになります。

 でも面白い。間合いが面白い。私の中にはなかった、人と何かやるというのがなかったですから。

 挑戦はやるべきだ、と思いました。

 チャンスの神様って前髪しかない、ってよくいいますよね。私はそれを心がけてます。『来た』っと思ったら、バッとつかみます。後ろには髪はない、っていいますよね。今回のハッスルは、私のとってすごいチャンスなんですよ」


--ハッスルの会見で、ボコボコにしたことがあるという話をしておられましたが

 「弟です。小さいころ、弟2人、とくに正蔵となんですけど、すごいケンカして、ボコボコにしました。毎回勝ってました。

 でも、正蔵とはある時期から抜かされちゃったんですけど、。小学校4、5年までは私が勝ってました。もともと体を動かすのは嫌いではなかったんです。でも、この1年間、私はヒョロヒョロでした。いろんな違うパンチ、バッシングというパンチを受け続けていたので。体も心もヒョロヒョロでしたが、今回は強くなります。いいチャンスです」


--バッシングといいますと、ブログの炎上ということもありますが、ブログで心情を綴ることについて、今どうお考えですか

 「はい、ブログをやってなかったら私は廃人になっていたと(テレビ番組の企画で行った)プロファイリングでも言われました。ブログにああいう書き込みをしたことは、もう仕方なかったことでしょうと。ただ迷惑をかけたことは反省しなさい、といわれましたけど、仕方ないと。

 私はそれは反省するんですけど、やったことは後悔はしていないです。

 傷つけたことはお詫びします。でも、あれをしていなかったら次の自分がいなかったので、なんていうかな、そういう自分も認めてあげないと自分がかわいそうだと思います。私もすごいボロボロになりながら闘ってました」


--ブログではいくらでもカッコつけることができると思うんですが、思い切って書かれましたね

 「心を裸ン坊にしてしまいました。そこまで書かなければ、(心の安定は)ちょっと保てませんでしたね。もうしょうがいない、噴火してしまいました。ブログがあったので生きていられた、という感じです。ブログに命を助けられました。やっちゃいましたけど。

 ブログがあったので、無意識の部分がどんどん出ちゃったんですね。かわいそうだったね、私が。

 あのころのブログは今はかわいそうで見られません。何年かたったらもう一度、見てあげたい。もう残ってないんですけど…、何か見る機会があったら見てあげようと思いますけど、お墓に仕舞ってあげようかな。

 かわいそうだった、ホントにかわいそうだった。よくがんばりましたといってあげようと思います。責めてばっかりじゃ、かわいそうだった。でもそれが(新曲『お陽様にほほえんで』に込めた)『許してあげよう、自分の心も』というフレーズになったんでしょうね」


--2月に刊行された書籍「海運離婚」(小学館)では書ききれなかった

 「1日1日が決着の日だったんですね、オトシマエつけてまわっていた。自分に心や人とのオトシマエの日々でした。だから2月に出した本では追いつかない。

 ブログというものが発明されてなかったら、どうなってたんでしょう、私は。ブログに助けてもらいました。

 本は離婚について腑に落ちない部分を掘り起こそうというテーマでやったので、そこはそこの時点で掘り起こせたのですが、もっと先の深層心理のところにまでは落ちてない。まだまだ無意識下のところにいっぱい隠れてたんですね。そでがブログで出てきた。

 でもブログで無意識下の部分を暴露することはお勧めしません。よっぽどバッシングの覚悟がある方でないとやられますよ。耐えましたもん、大変でした」


--共感の声もあったのでは

 「共感の声が寄せられたのは、今やっとですよ、ハッスルに参戦することが決まってからです。みんな言ってもいいなという雰囲気になって…。それまで私のこと応援しているというと、まわりにボコボコにされてるみたいでしたから。

 だから、ハッスル参戦でずいぶん『ガンバレ』っていう声が実際に届いてきました。言ってもいいな、という空気に変わったな、ということを肌で感じます」


--新曲、ハッスルに続き、やってみたいことは

 「昔学園祭の女王だったので、これは来年、復活します。学園祭は23、4歳のころよりもっとパワフルになると思います。前はメロディ中心、今は言葉で行けますからね。

 すごいでしょうね。想像しただけで興奮する。歌だけでなく、学生さんとのやり取りも楽しみです。自分の言葉を持ったんですね、私が。詞じゃなくて、自分の心を表現する手段をもってしまいましたね。20年前を思い出すと、特に男子校でのライブは面白かった。体育館が揺れましたから。ウォーって歓声で。その場に戻れると思うと、ウレシイ。ぜひ戻りたいです」


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