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 少女は盲目であって、盲目でなかった。
 少女は生まれたときからずっと光という物を知らなかった。だけど何も見えないと言うわけでもなかった。少女は閉じたまぶたを通して外の世界を見ることが出来たのだ。しかしその代わりにまぶたを開けることは出来ず、そして光も見ることは出来なかった。
 しかし他の感覚器官は著しく発達していた。たとえ視力が無かったとしても、少女は指の感覚だけで微妙な凹凸を感じる事ができたし、すぐ近くで何かが動いたかということも風の流れを感じて知ることが出来たのだ。それでもやはり地を踏みしめる少女の足はおぼつかなかった。その為か少女は日常のほとんどを座って過ごしていた。
 でも少女は光が見えない事を悲しんだりしなかった。座っていれば多少の危険は回避できるし、完全に視界が無いわけでもないのだから。それに、生まれた時からこの障害を持っていたのでもう慣れてしまったのだ。

 おぼろげな視界が徐々にはっきりと見えてきた。少女ははっとして自分が眠りから覚めたことを悟った。そして大きく伸びをしようとして手に力を込めてみれば一冊の本を持っていることに気がつく。きっと読んでいる途中で眠ってしまったのだろう。少女はうっすらと苦笑いを浮かべて大きく伸びをした。
 本を開く。
「やぁ、お散歩かい? 随分と考え込んでいる様だけど、君に分からない事なんて珍しいね」
 突然聞こえた声に少女は少し身を竦ませたが、すぐに笑みを浮かべて持っていた本をそっと置いた。少女は自分のすぐ隣に誰かが腰掛ける気配を感じた。少女は視線をわざとその気配のした方と反対の方向に向けた。視界の中では植物が風に揺られている。
 少女は幼いときからとても頭が優れていた。秀才ではなく、天才だったのだ。その為だろう、周りの生き物達は少女にとても優しく接していた。そのおかげで少女は今現在まで生き延びる事ができた、そう言っても過言ではないはずだ。
「貴方は『光』を見たことある?」
 少女はゆっくりと言葉を発した。
「ひかり? ……あぁ、あるよ」
「本当? どういうものなの?」
 その答えに少女は声のした方に身を乗り出した。
 少女の視界に光も無ければ色もない。しかし派手な色ほど白く、そして暗い色ほど黒く示されているのだ。そしてそれは明るさも同様で明るいほど白く、暗いほど黒くなってゆく。しかし光も色も知らない少女にその事が分かる筈も無かった。そして少女は色の存在すらも本の中で少々首を傾げるぐらいで、それだけだったのだ。
 少女の読む本の中で、光は様々な形に変わって登場していた。『花火』や『火』は辺りを燃え照らし、『クリスマス』という日には木を飾り照らし、『照明』は温かい光で人々を包み込んだという。
 本の中の『光』と触れ合っているうちに、少女は現実で光を見たくなったのだ。まぶたを開けば光が見えるに違いない。少女はそう確信を持っていた。しかし少女はまぶたをどうやって開ければいいのかが分からなかった。
「ねぇ、教えて?」
「……でも君はきっと後悔するよ。それでもいいなら、僕がまぶたを開けてあげる。自分で確かめた方が早いからね」
 少女は暫く考え込んだ。光を見たい、その気持ちは強かったのだが突然不安が過ぎったのだ。でも少女は首を振って、不安なんて吹き飛ばしてしまった。
「いいわ」
「いや……そうだ。やはり君があけるべきだよ。ほらまぶたはここにあるよ」
 少女の手はゆっくりと少女のまぶたにへと運ばれた。少女は踊る胸をなんとか落ち着かせようと何度も深呼吸をするが、胸は余計に鼓動を早くさせた。
 少女はつばを飲むと、まぶたを押し上げるようにして手に力を込めた。

「わぁ、凄いっ!」
 少女が今まで見えていた景色には色が着き、さらにはっきりと彼女の目に映っていた。少女は感動のあまり持っていた本を投げ捨てて無数に広がる花畑を駆け抜けた。ときおり走る少女の足を、葉や茎が小さな傷を作っていたが少女は気に留めない。少女は立ち止まって上を見上げる。手をおもいっきり伸ばしてしまえば届きそうな太陽から放たれる眩しい光に少女の目が細くなった。
 雲ひとつ見えない空に上げていた視線を花畑に落とし、少女は目を止めた。花の生える隙間に、小さな穴が見えたからだ。
 少女はその穴に駆け寄り、何かが見えないかと穴を覗き込んだ。
「何か見えたかい?」
「……燃えているわ。全部。しかもその上を沢山の飛行機が飛んで何かを落としているの。どうして助けてあげないのかしら」
 少女は暫く黙り込んだ。穴を通して見える光景に、少女はどこか懐かしさを感じていたからだ。
 少女の後ろでくすりと笑う声が聞こえた。
「あれは君の居た世界なんだよ。知ってた?」
 少女は再び目を閉じてぽろぽろと涙を流す。どうしたんだい?と問いかける声に少女は笑いながら言った。
「ありがとう、光を見せてくれて」

 その言葉に、死神は、うっすらと、微笑んだ。