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「お、おい弟者。なにもそんなに急がなくても・・・」
そんな俺の掛け声にも耳を傾けず、弟者はさっきと同じ早足で歩いている。俺はつい数十分前に見た悪夢で体力を使ったのか、すでにバテかけていた。ふらふらする足で懸命に弟者の後をついてゆく。なんてけなげなのだろう、俺。
ふいに弟者が足を止めた。それに気づかずかなかった俺は弟者の背中に頭をぶつけた。
「いつっ・・・。どうした・・・?」
後ろから前に回り込み、弟者の顔を伺う。
めったに見ることの無い紅い瞳がじっと空を見ていた。
「いつからだ? 空が灰色だ」
俺も弟者の言葉につられて空を見上げた。
その空は、あの砂漠で見た悪夢ととても似ていて・・・。でも夢の方がもっと色が濃かった。
――あれ?
俺は右手を頭に乗っけた。
夢って、ふつう、すぐに忘れるものなんじゃないか・・・?
確か、まだ千やエメラルドのところで世話になっていたとき、その時もとてつもなく恐ろしい夢を見たはずだ。だが、その夢の内容はわずか半日ですっぱり忘れた。それに、テレビとかでも聞いた事がある。夢はすぐに忘れてしまうものだ、と。
「どうした? 頭なんか抑えて」
「え」
気がつけば、弟者は空を見るのを止めていた。さらに言えば、頭を抱え込んでいる俺を見ている。・・・さっきまでは無視してたくせに。
「なんでもない。とにかく、俺は疲れた!」
そう言い切ってから俺はその場に座り込んだ。
未だに俺達は砂漠をさ迷っていた。いや、弟者の話によれば町まではもうそんなに距離はない、とか。
「・・・何を笑っておる」
上を見上げれば弟者が必死に笑いを堪えていた。
「いや、兄者のわがまま聞いたのここに来てからは初めてだからさ。やっぱどこに行ってもあんたはあんたで変わんないんだなー、て」
長々と言い訳をしたあと、弟者も腰を下ろした。
俺はこの場がしらけてしまいそうだったので、さっきの弟者の話を引っ張った。
「そりゃ・・・変わるわけが無かろうが。俺は俺で、お前はお前だ」
「兄者にはそう見えるんですね、と」
「・・・は?」
「やっぱ、なんでもない」
やっぱ、てなんだ。俺、なにかお前の気にくわない事でも言ったか? つか話題が無くなったじゃないか。どうしてくれるんだ弟者、お前のせいだぞ・・・。
俺は心中で弟者に悪態を吐いているにもかかわらず、弟者は平然と空を見ていた。今、俺の心中にあるものが弟者に聞こえたらきっと殴られるだろうな・・・いや、無視されるかもしれない。なんたって我が弟。敵の拘束から抜け出した男なのだ。
「あのさ・・・お前、どうやって逃げたんだよ。捕まってたんだろ?」
「逃げ出した、つぅよりは助けてもらった、かな」
そういうと弟者は立ち上がった。どうやらこの話題には触れて欲しくないらしい。俺は出かけていた言葉を飲み込んだ。
「なんだ、もう行くのかよ」
そう言ってから俺もしぶしぶ立ち上がる。
「当たり前だろ。もうすぐ町だと言うのに」
それに、行きたがってたあんたが行かなくてどうする、と弟者は最後に付け加えるとスタスタと歩き出してしまった。俺も慌てて後を追う。さっきの短い休息のおかげか、足がふらつく事はなかった。我ながら、回復力は優れているよな。森を走ったときに出来た足のかすり傷も、今じゃすっかり綺麗になっているし。
「なあなあ、弟者。回復魔法ってあるのか?」
「んなもん、知らん」
即答で返された。俺は小さく唇を尖らせ、隠し持っていたFMVの破片を手の甲に当てた。そして、軽く滑らせる。
「・・・っ」
当然のように血が出た。もう既に血が盛り上がってきていた。前を確認するが、弟者は気がついていないらしい。それから俺は、もう片方の手の人差し指でその傷の上をなぞった。すると、傷はあっというまに消えてしまった。出てきたはずの血もなくなっていて、まるで、傷口を取り除いたかのようだった。なぞった指の方を見るが何もない。
「錯覚か・・・?」
目をこすってみるも変わりは無かった。俺は気がつかぬうちに立ち止まっていてようで、弟者に注意されるまで傷があった場所を眺めていた。

 俺がもたもたしていたせいか、弟者はかなりぴりぴりしていた。町に到着しても、弟者は俺の手を握って離さない。それどころか歩くスピードもはやく、俺は何度も転びそうになった。いや、引きずられているといった方が適切かもしれない。
「ちょっと、そこの兄さん方」
 その声を境に、弟者の足は止まった。ついでに、手も離れた。強く握られていたせいか、手首辺りが真っ赤だ。しかし、何度かさすっているうちに、そんなには気にならなくなった。
「はい、何のご用で?」
 俺たちは先を急いでいるんです、とでも言いたげな顔で弟者は男に答えた。
 男が蒼い目を細めると、蒼い目は深みを増し、闇に溶けるような漆黒色の体がさらに目を強調させる。
「ここらへんで、マントをはおった男か女かよく分からない少年を見ませんでしたか?」 
 俺は記憶の糸をゆっくりさかのぼらせてゆくが、そのような人物は思い当たらなかった。たぶん会っていたとしてもそこまで注意が行かなかったと思う。
「いや、見てないな・・・。はぐれたのか?」
「・・・見ていないならいい」
 そういうと男は人ごみの中に入っていった。そういえばこの町、もうすぐ日が落ちるというのに人が多すぎる。とても小さな町だと誰もがわかるほどの大きさしかないのに、こんなにも人がいていいのだろうか。ヴィカンテス――千たちとであった町の半分しかない。いやそれ以下かもしれない。
 人の流れは一方通行だった。ああ、恐ろしい。恐ろしすぎる。今頃ヒッキーの血が騒ぎ出した。
「な、なぁ、弟者・・・。怒っていないのなら答えてくれ・・・。この人ごみは何だ」
「たぶん、星夜際だと思うのだが。つまり星祭。町人がぶつぶつ呟いてた」
「星夜際・・・」
 俺はちらりと空を確認するが、相変わらず空は灰色で星が見えるような気配が全く無かった。
「ある時間になればどんな天気だろうが、晴れて星を見ることができるらしい。まあ、今回はそう上手く行かないような気がするが」
 俺はコクンと頷いた。こんな灰色の空が晴れるとは考えがたい。もし、晴れなかったらこの町の住人達はどんな反応をするのだろうか。空が晴れるように天にいけにえでも送るのか?――いや、流石にそれは無いな。
 弟者に手を離してもらった後も、俺たちは町中を歩き続けた。どうやら宿を探しているらしい。俺も、出来る限りの協力はしようと妙にくらくらする頭を抱えながら町中を見渡す。皆、星夜際のために外出しているのか町中は沈黙に覆われていた。そんなに星夜際が大事な祭りなのだろうか。民家が立ち並ぶところには人の気配が全く無い。
 ふと、町外れに小さく輝く看板を見つけた。バーか何かだろうか。とりあえず俺はそこに弟者を誘導した。
「おい、待てって。どこへ行くつもりなんだ」
 予想通り弟者が足を止めた。俺はあの看板を指差し、あそこに行こうと説明する。
「人気がない町で宿を探すのは難しいと思われ。それに、あそこの人が何か案内してくれるだろう」
「・・・それもそうだな」
 弟者の同意を確認してから、俺たちはまた歩き始めた。そして店の前に立ち、看板の字を読もうとしたがあいにくそこには文字は何も書いていなかった。つまり、白紙。
 嫌な予感がする。人なんていないのではないだろうか。そもそも、こんな所に来て危なくないのか――。
 思考とは裏腹に、俺はドアを開け放っていた。



 ムニエル騒動の後、Rと銀露、そしてシーンと末者は森の近くの町でコマを止めていた。
 相変わらず、末者の様態は良いとは言えないがさっきよりは大分マシになってきていた。けっこうな量の血が流れ出ていたはずなのに末者は銀露の家事の手伝いを始めている。あまりにも早すぎる回復に、Rは唖然と口をあけていた。そこにシーンがささやかなつっこみを入れる。
「女の子が口を開けたまんまにするな」
「う、五月蝿い!」
 それを見て銀露はかすかに笑みを浮かべる。

「銀露さん・・・だよね」
 隣で何十枚の皿を持っていた末者がおずおずと言葉を発した。
「うん、そうだけど」
「いや・・・看病してくれてありがとう。それが言いたかった・・・」
 三次元ではテレパシーが末者の会話手段だったため、言葉を発するのに慣れていないのだろう。ここで末者がテレパシーを使わないのか使えないのか理由は分からないが、どちらにしろ怪しまれないように気を使っているのだろう。それ以前に外見は幼稚園児か小学一、二年に近い子供のはずなのに見知らぬ他人に恐怖感を見せずに手伝いをしていたり、会話を交わしている時点でおかしいと思われてしまうのではないだろうか。
 少なくとも、末者は口下手な兄者を馬鹿にする事が難しくなってきていた。人と話す事がこんなにも大変だったなんて。テレパシーでは考えていた事をそのまま伝える事が出来るのに、それを声に出そうとすると思うようにいかないのだ。
 銀露は末者の子供らしい反応になにか意味ありげな笑みを浮かべると再び作業を開始した。

 仕事を一段落終えた後、末者は空き部屋でぼんやり考え事をしていた。

 随分前に家を飛び出してここに逃げてきたが自分が情けなくなってくる。今、兄者達は何をやっているのだろう。いなくなった自分を必死に探しているのか、それとも前と変わらずいつもの日々を送っているのだろうか。答えは見えている。多分後者だろう。この世界に入るためにいつもどおり扉を開いていたが、いつもよりも複雑なバリアーが張ってあったがために思ったよりも時間を取られてしまった。そして兄者に追いつかれてしまった。慌てバリアーが弱っている適当な所に扉をつなげ、飛び込んだ。それは普通の人間の視力では一瞬の速さなので幻覚だろうと兄者も忘れているはずだ。扉も、強い魔力をもった奴がいない限り見えないようにしたし、まさかあのとろい兄者に強い魔力があるとは思えない。アイツですら歯が立たなかったのだ。だから兄者に開けられるわけがない。

 末者はゆっくり目を閉じた。今までの疲労が一気に襲ってきたのだ。さっきまでは自分自身に暗示をかけ何とも無いように振舞っていたが、その分の疲労も重なり末者を眠りに誘った。


「・・・の話・・・・て・・・・嘘なのか? ・・・・て・・・お・・」
 ようやく眠りにつけるかと思ったその矢先、隣の部屋からかすかな囁き声が聞こえてきた。べつに部屋の壁が薄いわけではない。末者が回りを警戒しているために五感が鋭くなっているのだ。
 末者は目をぎゅっと瞑り、耳に神経を集中させる。なるべく超能力は体に負担がかかるので使わない。それにシーンも超の使い手。同じ能力を操る者同士、互いが近くにいると血が騒ぎ出すのだ。この点でも超能力は使わないほうが良いと結論が出る。
「だから・・・れ・・・あい……ようだ……分かったな?」
 もう少し、もう少しで完全に聞き取る事が出来る。声の高低も大体分かるようになってくる。ほんの少しだけ、耳に自分の力を流しいれた。
 今話しているのはシーン。声のか細さからして末者には知られてはまずいものだと分かる。
「何、何が言いたいの?」
「あぁの・・・早く寝たいんですけど・・・」
 話し相手はRと銀露。二人ともかなり退屈そうだ。その二人の反応にシーンは小さくため息を吐いている。
「だからさっきから言ってるだろ。カケラを集めて来い、って」
 カケラ・・・? 何の事だろう。
 末者は聞きなれない用語に首をかしげた。そしてずっと隠していたペンダントを出現させる。ペンダントの先には何かの尖った破片が結びつかれている。去年、小さい兄者から貰ったものだ。
――ま、まさか・・・なぁ。
 末者は自分に言い聞かせるように思い込むと、足音を立てずに配慮しながらリビングに向かった。そして冷蔵庫を探し当てる。さっき銀露の火事の手伝いをしていたのは家具の位置を確認するため。いずれ、ここを出てゆくつもりだった。他の人には迷惑をかけたくないから。
――ほんのちょっと貰うだけだし・・・別にいいよな・・・。
 末者は冷蔵庫を開けると袋を出現させ、適当に詰め込んだ。これを俗に泥棒という。
 なるべく作業を早く終わらせ、開きっぱなしの窓に向かった。そして三人の居る部屋に通じる廊下へ振り返る。
「・・・ありがとうございました」

 そう小さく呟くと、末者はこの家から姿を消した。


「う~ん・・・皇無遅いなぁ・・・」
 とある夜店。そこでさららは自分の上官を待ちつつ羽休めをしていた。退屈しのぎに来ているマントの手入れをする。自分でもけっこう気に入っているものなのでちりやほこりはなるべくつけたくない。
「コーヒー二つ、お持ちしました」
 コトン、とついさっき頼んだコーヒーがテーブルに置かれる。さららは店員に小さく頭を下げるとマントの内ポケットから小さな袋を取り出す。小さな袋の中には鮮やかな色をした粉。 
「俺には厳しいくせに、自分には甘いんだから。少し悪戯させてもらうよ」
 そう小声で呟やいてからコーヒーに袋の粉を流し込んみ、ティースプーンでよくかき混ぜた。こげ茶色の液体はやや赤みがかった色に変わる。ここは夜店であるため、雰囲気を出すために電灯はあまり使わない。目をこらしでもしない限り、このコーヒーの微妙な色に気がつくことはあるまい。
 さららは粉を入れていない安全な方のコーヒーを少し飲むと再びマントの手入れを始めた。ほつれたところが見つかるといつも持ち歩いている小さな裁縫のセットで直す。しかし、今日は皇無が使うといって半ば無理やり持っていってしまった。おかげでさららはいつもやっている事が出来ないため、かなりストレスを溜めていた。
 静かに店のドアが開いた。
「いらっしゃい」
 カウンターの向こう側に立っているマスターがすかさず来客に決まり文句を言った。
「あの少年といい、また妙な客が来おったな」
「だな。ありゃ多分双子だべさ」
 すぐ後ろで話し交わしている中年ぐらいのおっさん二人がか細く呟いた。さららは思わず何弁だよ、とつっこみを入れたくなったが言葉をのんだ。
 おっさん達が言うとおり、来客は双子と思われる外見だった。いや、きっと双子なのだろう。だが、顔立ちは似ていてもオーラと言うものが明らかに違った。一方はぴりぴりとした気迫があり、もう一方は怯えるような恐怖感を漂わせている。二人は店の端の方に行くとマスターと話し始めた。
――どっかで見たことあるような・・・。
 天才、と呼ばれているさららだが人を覚えたりするのは苦手だった。たとえ、あの二人に見覚えがあったとしても人違いだろう。世界には自分とそっくりな人が少なくても三人はいる、とよく言われている。コーヒーをもう一度口に含むとこっそりと視線を二人に移した。どうやら何か聞いているらしい。さてはこの町の者じゃないな。
 ふいに、ぴりぴりした雰囲気を漂わていた方が立ち上がり店の外に出て行った。ドアの閉まる音を聞いて店にいた客達はぽかんと口を開けている。あちこちからひそひそ声も上がっていた。残された方はおろおろと店中を見渡している。静かで大人げな雰囲気の店がいきなり騒がしくなったんだ。町のものじゃないとこの状況は理解できまい。
 さららはコーヒーを飲み干すともう一度残された方に視線を向ける。するとばっちり目が合った。慌てて目を逸らすさららだが、相手はさららの方にやってきた。
「顔に、何かついていたのか?」
 初対面のやつになんて言葉遣いだ。そう思いつつさららは無視をする。こういうやつとは関わらない方が身のためなのだ。後でとんでもない事に巻き込まれてしまう。
 店の扉が開き、見慣れた顔が入ってきた。すかさずマスターが来客に声をかける。その来客はさららを見つけるとすぐ傍にやってきた。さららは怒りを心のうちに潜めながら安全でないコーヒーを差し伸べた。
「へぇ・・・こいつがお前が探してた少年か」
 さららは思わず噴き出しそうになった。
――な、皇無の知り合いかよっ!
「あ、お前か。あの時は世話になったな。ま、とりあえず座れよ」
「んじゃお言葉に甘えて」
 さららは店員に再びコーヒーを頼むと皇無に差し伸べたコーヒーをじっと見つめた。未だに皇無はコーヒーを手に取ろうとしない。なかなか悪戯が成功しないもどかしさに、さららはそっと唇をかみ締めた。
「どうした? どこか調子でも悪いのか?」
 突然声をかけられたので、さららは飛び上がりそうになった。
――だいたいさっきからなんなんだよ・・・。なれなれしい。
 嫌悪の表情を見せるさららに皇無はにやりと笑みを浮かべる。
「馴れ馴れしいのは嫌いか」
 皇無が笑みを浮かべるたびにさららは身を震わす。皇無の浮かべる笑みは単純な笑いではなく、裏のある笑みなのだ。皇無が座らせた客も若干引いていた。皇無は「これはこれは、いつもの癖でして・・・」と一言。
「で、お前は誰なんだよ」
 かなりイライラした口調でさららは客に問いかけた。さららの気迫に驚いてか、その客は眉間にしわを寄せた。そして困惑の表情を見せた。どうやら答えたくないらしい。そこに皇無が助太刀舟を出した。
「答えたくないなら答えなくてもいいんだぜ。ま、呼び名はこちらで決めさせてもらいますがね。な、さらら」
「え、ま、待て。俺にはちゃんと名前があって、それは兄・・・」
 皇無は「冗談だよ」、と軽く笑い客の肩を叩く。その突然の行為に客はむせ返っている。
 この何とも無い光景にさららはイライラしていた。悪戯が未だに成功していない、というのもあるが幸せそうにしている人を見るのが何よりもしゃくなのだ。
「皇無、早く本題に入ってくれないか。こっちはさっきから待ってるんだ」
 さららの心中に感づいてか、皇無は苦笑いを浮かべながら返事を返す。そして、のどが渇いたのかコーヒーカップに手をかけた。皇無はちらりとさららの様子を伺う。しかし、さららは何の表情も浮かべていなかった。
「そんなに怒るなって。俺がお前の仕掛けた罠にさっさとかからなかったぐらいで・・・」
 突然皇無は言葉を切る。その目には驚きの色がうかがえた。客も小さくだが口をぽかんと開けている。

 コーヒーがかすかに波打っている。
 その異変に気づいたさららも冷や汗を垂らす。
「さらら、お前の能力か?」
「違う。俺は何もやってない」
 さららは周りを見渡す。どうやらこの異変に気がついている人間はこの三人だけのようだ。他の客は愚かにも笑い酒を飲み交わしている。あちこちから笑い、笑い、笑い。これから起こることも知らずにのんきに笑いやがって。
「な、なぁ。なんか変な感じが・・・」
 客が小さく言った。しきりに腕を両手でさすっている。寒いのだろうか、鳥肌が立っていた。
 コーヒーの波がだんだん大きくなって行く。流石にここまでにもなると酒が入っていないほとんどの客がこの揺れに気がづき始める。
「つ、机に潜れっ!」
 誰に対してだろう、客が叫んだ。さららと皇無、それとこの客の声を聞いた他の客は一斉に自分の近くのテーブルに潜った。ほとんどの人がその声に従ったのは、自分の身に危険を感じたからだろう。静かな時間はすぐに終わった。次の瞬間、誰も予想もしないほどの大きな揺れが襲ってきたのだ。建物は大きく揺れ、あちこちからはガラスの割れる音が聞こえる。机が倒れ始め、人間がすべって行く。悲鳴が聞こえ始めた。また悲鳴。悲鳴悲鳴悲鳴――。客の真上で電灯が外れる音が聞こえた。

 また悲鳴。


「・・・なんだ?」
 末者は進めていた足を止める。じっと立っていれば地面がかすかに揺れているのがわかった。――地震だ。
「……最近本当に多いよな・・・」
 そう呟くと末者はまた、何事も無かったかのように進みだした。

――自分を呼ぶ叫び声が聞こえたのは気のせいか。


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