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文房具第8話

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◆pIrIQ8gGz.


ベッドの下、佇む奴に声を掛ける。背後から、だ。

「なあ、糊よ。おまえはこのゲーム、どう思う?」

「何だ穴開け爺か探したぞ。まだ壊れていなかったとは真剣に意外だ地獄に堕ちろ。
 ついでに答えるがこんな壊し合いはどうでもいい。私が壊したいのは貴様だけだ……ケンちゃんには悪いが、な」

相変わらず刺々しい奴だ。
思えば、この部屋に来た一年前からそうだった。
……まあ、当然かもなあ。
なんせ、奴の親父―――先代の糊を再起不能にしたのは、自分なのだから。

些細な諍いだった筈のあれが決闘にまで発展し、糊が再起不能から廃棄処分になったのが一年前。
その直後にこの部屋に来た糊。開口一番、
「貴様が親父を壊したって爺か……何時か同じ目に合わせてやるから覚悟しておけ。そしてこの言葉を決して忘れるな」

それからというもの、週に一度は決闘を申し込まれ、それをあしらう生活が続いた。
成長していく糊をどこか頼もしく思っていた所にこの事件だ。

「……なら糊よ。いっそ今、ここで―――

―――――決着、付けるか」

「……ああ、そうしよう近付くことを許可する―――遺言は?」

「け、若者が年寄りに対して何偉そうな口利いてやがる。
 ああ、それとな、俺は支給品は使わねえ。ハンデって奴だ感謝しとけ」

デイパックを投げ捨て、固い感触を踏み締め攻撃に備える。
糊が、右の拳を振り上げた。

「それが―――それこそが驕りだと言うのだ黙って沈め御老体―――!! 」

一撃、随分と速い。
……腕を上げたな。
しかし対応は可能。横っ飛びに避ける。
勢いを殺せず壁に突っ込む糊。その背中に一撃を叩き込もうとした、が―――


右足を上げた糊。ベッドの足を蹴り付けるかに見えたそれが、まるで地面を踏むように踏み込んだ。
続けて左足、右足、左足。地面と平行に柱へ足を付ける。
避けられた拳はベッドの足に着弾。

「……相変わらずそんな真似が出来んのかテメエ……先祖は爬虫類か何かか?」

糊が持つ異能。四肢の末端から発する接着力によって、垂直の壁、そしてたとえ天井であっても自由自在に歩き回る。

「ふん、何度見ても頭の悪い能力だな貴様のそれは。限り有る資源を跡形も無く消失させるなど世界に対する侮辱も甚だしい」

糊の視線の先には、自分の右拳。
正確に言えば、それの命中によって柱に作り出された風穴だ。
『穴あけパンチ』、素材も何も関係無く、孔を打ち抜くことを可能とする拳。

「羨ましいか?受けても死ぬぞ気ぃつけろ―――!! 」

床を蹴り跳躍。腰を捻り右手を突き出す。
命中する寸前に身を引く糊。

「当たらなければどうという事は無いと気付けこの馬鹿が―――!! 」

振り返る。
その右手には、銀に輝く巨大な拳銃があった。
黒々と開いた銃口はまるで闇そのものを固めたようで。
足を肩幅に開き両手で銃把を握り体の正面へ。手本のような射撃姿勢。

虚無が咆哮した。

直撃。
文房具の中でも特に硬い、金属製の肩フレームが強烈に歪む。

呻きを押し殺し着地。襲い来る次弾を避けんと跳躍。柱を歩き頭上に移動する糊。
立て続けに響く銃声。放たれる三四五六七八九十連弾。
自分の能力は、拳を当てねば何の意味も無いものだ。
直上、身長の倍ほども上には届かない。
ならばまずは、

……引き摺り落とす!!

左の掌へ意識を集中。そこに開いた孔から弾き出す。
高密度に圧縮され弾丸と化したそれは、先程抉り取った木材だ。
穴あけパンチが高い貫徹力を発揮出来るのは、打ち抜いた部分をその身の裡に取り込むが故。

木材の弾丸が糊の腿、分厚いビニールの皮膚に食い込んだ。
失墜した糊が受身を取り離脱。
溢れ出す粘性の液体が、瞬く間に固まり傷を塞ぐ。

「……何だそれは答えろ爺」

傷によって乱れた呼吸。その合間からの問い掛け。

「ああ、こいつは見せてなかったなぁ。
 ―――切札は隠しとくもんだ。覚えとけ」


右肩の痛みを堪え、蓄えた全てを吐き出すように連射。
打ち落とさんと放たれる大口径弾。空中に舞う金色の薬莢。
八つの弾丸が二つの鉄弾と激突し運動エネルギーを相殺。
糊が十二発の装弾数を撃ち切った弾倉を交換。僅かな隙。
細かく刻むステップで一挙に距離を詰め、そして左拳を握り締め―――

―――放つ。足首から腰の捻りを通し加速した拳。

地面を転がって逃げる糊。置き去りにされた銃を喰い破る。

「―――逃がすかよ!! 」

爪先で地面を噛む。全身運動による拳技の連携。
右の直突き。肩が痛むが無視。

だが、その拳は停止する。
否、何かを―――不可視の壁を殴ったかのような手応えがあった。
危険を感じ飛び退る。刹那、

「……確かにな。
 良いことを言ったな。褒めてやる―――奥の手は隠してこその奥の手だ!! 」

一挙に距離を詰めてくる糊。そして翻るその左手。
直感。防御に掲げた左腕。強烈な衝撃―――斬撃、金属の皮膚が破られる。

理解した。

「そいつがテメエの奥の手って奴か……? 」

糊は、空気に触れれば固体化する。
ならば、それで武装することも可能だ。

恐らく空気と同等の屈折率を持った糊。それを剣か何かへ成形した武器。
……厄介な……!!
見えない武器、というのはそれだけで強い。間合いが把握出来ないからだ。

もう一撃、腕と手首の動きから斬撃のラインを見切り、避け切れないと判断。
バックステップ。柱に背がつくまで後退。だが、肩口を切り裂かんと迫る幽かな煌き。
……長え!?
理解、掌からの糊による生成ならば長さの調整など容易い。
右拳を振り上げライン上に割り込ませる。
衝撃、肩に激痛。だが拳に傷は無い。

「俺の拳も切れねえのか……随分と貧弱な奥の手だな、ええ? 」

剣身の半ばを打ち抜かれた刃が切断面から白濁する。
はっきりと視認できる刃は、幅広の西洋剣のそれ。

「貴様の拳が異常だと言わせてもらおうか爺……一体何で出来ている? 」

地面に投げ捨てられる剣。こちらに向けられる右手。
それが構えているのは、恐らく今の一瞬で再生成したのだろう長剣。
静止した状態で、そこにあると分かっていれば辛うじて見える。

「硬いってだけで充分だ。それ以外は俺が知った事じゃねえ―――!! 」

一気に片をつけてやる!!
地面を蹴り飛ばし加速――――出来ない。
手首、肘、肩、喉、胸、腹、腰、腿、膝、脛、足首―――全身が前から押し止められている。

「まさか、テメエ……」

失策だ。
銃を捨ててから、奴は一切右手を使っていなかった。
その意味、拘束の為の布石。

「……貴様の敗因は二つ。
 私の切り札―――その内一種類を見ただけで看破したと思い込んだこと。
 そして、私がわざわざ左手で剣を使っていたその理由に気付かなかったことだ」

糊の右手。その五指から伸びる輝き。

「……糸、か」

言った瞬間に右手が閃き、それが急激に引かれた。
柱へと。まるで磔刑の罪人のように縛り付けられる。



―――勝った、な。

だが気は抜かない。指先の感覚で全ての糸の状態を同時に確認する。
その数、実に四百五十八。
切れ掛かったものや狙った箇所から外れたものは即座に回収、再構成。
半年前から鍛錬を重ね、つい先日、どうにか実戦レベルにまで完成した技だ。

「け、この程度で勝ったと思ってんじゃねえだろうなあ?
 忘れんな。俺の左手は―――」

糸が十数本単位で一挙に撓む。
弾丸。この姿勢から撃てるとは予想外だが、この糸は極めて強靭。その程度で切れることはない。
奴の表情は驚愕を超え、諦観に達していた。

「――は、二つあるんだがな。言っても良いかよ? 」

「何……? 」

『何』が二つ―――だと?
その問いを押し潰す言葉。

「まず一つ。何で今すぐ止めを刺さねえ?」

「『疑問』が二つ―――か。冥土の土産だ答えてやる。
 そうだな……感傷、だ」

強敵を打破した喜びと、打破してしまったという虚無感。
その二つが釣り合っている。
だから―――この時間は無為そのものだ。

「二つ目、テメエは油断している。
 今、俺の左手について全く警戒してねえだろ?」

『疑問』ではない!?
猛烈な悪寒。一歩だけ後ずさる。

「何を……何を言っている貴様―――!? 」

なら何だ? 奴は何を話している―――!?

「知りてえか? なら教えてやんよ。
―――二つ、あるんだよ。

 テメエの―――――――――『敗因』は―――!!」

奴の左手が火を噴いた。
比喩ではない。尋常ではない衝撃と熱に耐え切れず、糸が悉く断ち切られる。

「火……私の銃弾か!!」

銃を壊される直前、私は弾倉の交換を行った。
銃弾がぎっしりと詰まったそれは、奴の体内に取り込まれていたのだろう。
弾頭を弾き出す為に必要な、炸薬と雷管も込みで。

だが、それでもこちらの有利は揺るがない。

懐に潜られたとしても、こちらには伸縮自在の武器があり、奴の左腕は既に限界。
至近距離での火薬の炸裂。指先には感覚すらあるまい。
そして強力な粘着力を持つ自分の掌、それに掴まれれば、外すことはほぼ不可能だ。回避不能の投げ技。
何より、彼我の距離は奴の踏み込みを以ってして二歩。それでは遅い。
不要な糸を選別、全て破棄し、左手の剣を防御に構える。
それだけの行動が出来る時間だ。
更にもう一手、張り巡らせた糸は蜘蛛の巣のように広がっている。
指先の操作によって一挙に跳ぶことを可能としている。

だから、それを行った。
右手の糸を一挙に切り離す。

だが―――左手を持ち上げるよりなお早く、顎に何かが叩き付けられる衝撃。

意識が飛んだ。
そして、額に打ち込まれた、それよりも遥かに強い一撃。
ビニールの皮膚がビニールの肉がビニールの骨がビニールの脳がビニールの眼球が削り取られる感覚と共に、私の意識は消失した。

ただ、強烈な敗北感だけを残して。



「馬鹿野郎が……!!」

吐き捨てる。
頭部をごっそりと削り取られた糊の死体に対して、だ。

何故、自分が攻撃を届かせる事が出来たのか。
簡単だ。

束縛が解けた瞬間、奴は後方に跳んでいた。
攻撃は届かない。何かを投擲しようにも、自分は素手が信条だ。

だが、掴み取れるものならあった。
激痛のみを発し続ける自分の左腕―――――高硬度の鉄塊が。

肩口に右拳を叩き込み、左の手首を掴み取り投擲。
全力の一投は、奴の顎に吸い込まれる様に直撃。

一挙に接近し、額を握った拳で打ち据えた。

「……何で、テメエは……」

後悔を言葉にせんとするも、カタチを得られないそれは、大気へと溶けて消え去った。

【穴あけパンチ】
 [状態]:左腕は肩口から欠落、疲労、虚無感、傷多数。
 [道具]:支給品一式、不明支給品
 [行動方針]
  1.虚無感だけ。悲しい、そして空しい。
  基本.殺し合いに乗るかどうかは決めていない

【のり】 死亡確認

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