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血も涙も、故郷(ここ)で乾いてゆけ

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血も涙も、故郷(ここ)で乾いてゆけ ◆MobiusZmZg


 生命をもつかのように鼓動する無機質、ノア。
 数奇な運命にある者たちを殺し合いに喚び、理不尽の渦に叩き込んだ異形。
 自分たちだけではなく、すべての世界に生きる人間を無に帰そうとしている、異次元の存在。
 下手をすれば知らないうちに人を滅ぼしていたかもしれない、奴だけは絶対にゆ゙ る゙ ざ ん゙ !


 ――と。
 こんな思いは、ここにいるほぼ全ての人間が感じるものに違いあるまい。
 戦闘狂や殺人狂なら千載一遇の好機と見ようが、そんな輩だって、今さら悔い改めたりなどしないだろうから。
『しかし……許さんと叫んでみるのは簡単だったが、具体的には何をどうすればいいんだ……?』
 だが、ここに再びしゃがんでしまった僧侶は、あいにく前述のどちらにも当てはまらない。
 殺し合いの場にいることを自覚しなおすにつれて、正気に戻ったニムの視線は下へと降りていた。
 硬質な胸当ての奥にある鬱屈とした気持ちをのぞきこむようにして、深く、長く、息をつく。
 色々あったけれど私は元気でいられた今、こうなったのは全部ノアのせいでいいとは思うものの――

 異次元から神さえ呼び出し、それを殺した者を打倒する?
 首輪という枷をつけられ、アリアハン大陸に縛られた自分たちが?
 なにを、どうやって、……この、城下町の風景から浮き上がる姿と変じた自分が……。

 許せないと思ったノアが、自分たちとのあいだに築いた格差は、考えるほどにニムの中で大きさを増した。
 拉致された時点から積まれた不利の山。あれをひっくり返して一矢報いるためには、一体どうすればいいのか。
 不本意ながら手に入れてしまった魔人の体。その胸許にやった右手に力が入り、水着の生地がきしむ。
 僧侶であるニムにしてみれば祓うべき対象に他ならない悪魔のそれであろう体から――
 なにか、光を思わせる力を感じるほどに、彼女の手はこまかく震えた。
 ああ……ありえん。この姿だけは本当にありえん。ちょっとカッコいいと思った自分の神経が一番ありえん。
 煮え切らない心へ追い討ちをかけるように、鋭さを増したニムの聴覚を、瞬間破壊の音がついた。
『メラゾーマっ!?』
 空気を引き裂き、かき乱してゆくのは、幾筋もの火球が呼んだ熱風である。
 相手に逆巻き叩きつけられる火炎のうねりは、故郷において勇者とともに旅した彼女も慣れ親しんでいた。
 巨大な火球が収束したのは、道具屋からは少し遠い場所。アリアハン城下の南にある、閑静な一角だ。
 城下町の南西にて、昼下がりの陽光に石造りの白さをさらず民家は、

「勇者様」

 骨製の盾で火球をいなした少年、勇者アルスの生家で間違いない。
 そして……こちらからは影になっていて見えないが、魔法使いの正体にも、もと僧侶にはあたりがついた。
 叩き上げの戦士から転身し、呪文を修めた女性。精霊ルビスの命にて集められた、“勇者の仲間”。
『ああ、そうだ。あんな近くで、真正面から呪文を打ち込むなんて、普通だったら考えない』
 呪文使いを隠す、勇者の家の間取り。自分たちのいる城下町の広さ。後衛としての戦い方。
 様々な分野における知識の断片が、ニムの脳裏に、自分とも親しくしていた仲間の変貌を織り上げていく。
 いいや、案外、変貌ではないのかもしれない。二十四時間のあいだに誰も死ななければ、全員が死ぬらしいのだから。
 知識のために生き、知識を活かそうとしたサマンサなら、全員の首を絞める最悪のルールを忘れはしないだろう。
 知識の使い方を知っているサマンサなら、ルールを解除するために、自ら悪者になる可能性は考えられる。

『でも、だからって勇者様、それも不意討ちに失敗した相手を狙ったりするものか?
 それに、“ルール”は今の時点で……とっくに、意味が無くなっちゃってるんだけど……』

 だが、世界のすべてを知ろうと願う女性にも、見落としがあるのは世の常だ。
 邪教のそれとしか思えない風景を現出させたにも関わらず安らかな老人の死に顔――
 “二十四時間以内に死亡した参加者”である人間に視線を落としたニムは、奥歯とともにほぞを噛む。
 彼らからは少し遠い場所にある事実を、伝えるならば今をおいて他にない。それは彼女も分かっていた。
 ここに繰り広げられているの戦いは無駄だと、自分は知っている。事実を知るものには、それを受ける義務がある。
 それは、ゾーマ復活の事実を受けて立ち上がったニム自身が証明しているはずだ。
 分かっている。ああ、分かっているとも。旅に出る前からして、教会には懺悔に訪れる人が絶えなかったように、ここで嘘をついたとして、ここで逃げ出したとして……それは、自分だけは忘れられないことだから。
 自他ともに、この見落としを指摘しない選択は苦味を残すと分かっているのだ――
 分かっているのだけれども。それが分かっていたとしても、それでも残るものはあった。


「ハ、ハハ……かつての仲間に、かぁ。
 自分の仲間に“問答無用で襲いかかられる”って、どんな気持ちになるのかな?」


 自嘲まじりのつぶやきは、僧侶の口の中でだけ響く。
 アルスを見つめるニムの胸には、ひとつの楔が打ち込まれていたのだ。
 すでに死した老人によって魔人と化した姿を見た瞬間、ニム自身にさえ、変異した肉体は受け入れがたい。
 漆黒のスーツに、緑の胸甲。虫の複眼を思わせる赤い瞳が、顔の半ば以上を覆っている頭部。亜人種のような風貌。
 これが人間からかけ離れた――スライムのような魔物であれば、あるいは友好的に接することも出来ただろう。
 しかしながら、これは人型。人でありながら異質であることが分かる外見(そとみ)であるがゆえに、殺し合いに招かれた“人間”は……先ほどのニムのように、“人間である自分との違い”のほうに注目してしまいかねない。
 それが勇者とその仲間であるとはいえ、人死にがからんでくるなら、なおさら自分の異形は警戒の火種となりうる。
 サマンサあたりは、“老人が他殺体ではない”と気付いた瞬間、アルスを焚き付けることさえするかもしれない。
『ありえん。いや、もうありえちゃってるか……いま、ここで』
 アルスとサマンサが相争う現状を見るに、自分が割り込むことへのためらいはさらに強まった。
 自分には力がある。それが分かっているのに、振り上げたい拳があるのに、だから、ニムは力をふるえない。
 拳も、足も、口許さえも動かせない。その代わりであるかのように、背筋のふるえが全身に降りてくる。
 緊張だけが高まっていく濃密な時の中――どれほど、呼吸ばかりを繰り返していただろうか。
 偶然のように、身を翻したアルスと目が合った瞬間、ニムの肩から力が抜けた。

「あ、ぁあ。ゃ――イヤだ……ッ!」

 弛緩の原因は、希望ではなく、絶望。
 この距離からでは、アルスの表情までは視認できない。だからこそ、ニムには想像することができる。
 アリアハン王の援助を固辞して、たったひとりで魔王バラモスを倒した勇者アルス。
 そんな側面からは及びもつかない柔らかさで“勇者の仲間”を迎えた彼と、仲間と過ごした日々。
 在りし日の“平穏”を想像できるからこそ、彼女は膝の上に世界があるかのように、視線を落としているのだ。
 すでに思い出となった時間さえも、この交錯で喪われてしまいかねない可能性に思い当たってしまったから――!
 あれほど強く燃えていたノアへの怒りにしても、いちど彼女が落ち込んでしまえば最後、胸からかき消える。
 姿さえ変わった現在に支えを持てず、未来に保証などなく。その上で、過去をも奪われてしまったならば。

 ぽっかりと開いた胸の空白に、たったひとりの自分は、耐えられるはずもない。
 たとえ、この場所から逃げ出すことで、自分がたったひとりとなる状況を招き寄せるのだとしても。

 ニムにはアルスの、人の本質を見透かすかのような瞳が怖かった。
 すべての色彩を秘めて黒い、純真そうな双眸に、これ以上見られたくなどなかった。
 逃げなきゃ。せめて、正体がバレないようにしなきゃ。現実逃避をやめても後ろめたさが追いかけてくる。
 でも、それだって、ここにある扉を開いてしまえばおしまいだ。
 アリアハンで雑貨を扱う道具屋は、あんな儀式を見せられてなお沈黙を保っていたのだから。
 ここには誰もいない。誰とも会わない代わりに、誰かを恐れる必要だってなくなる。



「あなた、どうしてこちらに来たんです?」



 だのにどうして、今になってこうなるのだろう。
 色々な意味で手遅れになって初めて、道具屋の戸口で、自分は、人と。
 純朴そうな顔に風格のようなものを漂わせる子どもと、鉢合わせてしまうのだろう。
 そしてなによりも、……いったい、どうして、

「だって、私、こんな見た目じゃ勇者様に――
 ウェディングドレスで殺し合い? 血の婚礼ってカビの生えた古典でしょ(苦笑)」

 どうして自分は、別け隔てのない瞳の色を見て取るがはやいか、ツッコミにまわってしまうのだろうか。
 白に赤がよく映える。真紅の短剣を握る手は、袖にあしらわれたレースが複雑な陰影でもって装飾されている。
 例の老人も怪しい姿をしていたが、こちらの場合は純白なだけに、かえって異様、異質な雰囲気があった。
「……人に語り継がれる古典だからこそ、カビの生える余地もあるのです。
 それに、あなたがそれを言いますか? もとは聖職者であると見受けたんですけど」
 不機嫌そうにツッコミ返した彼女は、腰に当てた片手の肘をニムに突き出すようにして立ち位置を主張する。
 痛いところをつかれてしまった僧侶は一瞬ひるんだものの、はっとして口許に手をやった。
「もとは……って、あなたッ! 見ていたなッ!?」
 逞しい体つきに反して、なよやかなものが残る仕草は、おそらくニム自身が見ても胸が悪くなるだろう。
 気まずいものを覚えて腕を外すものの、しかし、少女は動じた様子もない。
 腰から手を外して、道具屋の戸口の脇に開いた明かり取りの窓を迷いなく指差してみせる。

「ええ、ええ。私は、ここから一部始終を見てました。
 せっかく道具屋にいたんですから……ここで錬金の材料を探そうというときに、あなたが“変わる”ところを。
 すべてが終わったあと、あなたは少しのあいだ固まっていて。玉座を取り出したあとに」
「わーわーわー! 分かった! 分かった! 分かったことが分かったから!」

 平然と続いた説明の後半部を、僧侶は大きな身振り手振りでかわした。
 まさか見られていたとは。いや、水着姿は現在進行形で見られているのだが、それでも直面したくないものはある。
 “それにしても、人間も錬金の材料として扱えるだなんて思いませんでしたね”。
 なにやら不穏な響きの言葉を聞かなかったことにしたニムの目を、少女は真っ直ぐに見据えた。


「でも、私にだって分かります。今の姿なら、あなたはいつも以上の力を出せるはずです。
 どうして、それで勇者様とやらのもとに向かわないのか……どうも、私には理解できませんね。
 それとも――あなたの信じる方は、見た目だけで反応を変える程度の人物だとでも言うのですか?」


 言葉が放たれるともに、彼女の眼光は見据える、から、見下ろす、の中間へと遷移した。
 子どものそれからかけ離れて鋭いものとなった両の目は、ニムの肩にも届かない高さにもかかわらず、峻厳とした風情をただよわせる。孤独を孤独と思わない孤高な輝きからは、人を統べる者に特有の風格さえ感ぜられるようだ。
 言葉に詰まっても関係ない、とばかりに、微笑を浮かべた少女は僧侶の脇をすり抜けようとする。
 硬質な音は、後ろ手に閉めた扉が開いた証。それはつまり――

「……あなたは、そう思えて当然だと思う。私がどうやって変わったか、見ていたんだから。
 でも、いくら努力したって、経緯を知らない相手には伝わらない。この事実じゃなくて、私の感じた怖さが伝わらない。
 いくら努力しても報われない時があるっていうのは――仲間が。今さっき、呪文を使った魔法使いが言ってたことだ」

 この少女が、ニムの側から消えてしまうということ。
 孤独を噛み砕ききれない彼女は、だから、矢継ぎ早に言葉を放っていた。
 相手と背中合わせになったままで、それでも、少女の注意と興味を惹きつけようと舌が動く。
 自分の目指すものがあるとも、無いとも知りたくない。“これ”が報われないとは、思いたくないのだと――
 悟りの書を突き返したサマンサの寂しげで強い眼光が、アルスと敵対しているだろう今でも鮮やかに浮かんできた。
 そうだ。いくら自分が努力しても、この少女はいなくなってしまうかもしれない。その公算は高いと言えよう。
 けれど、なんの努力もせずに報われないと嘆いていては、道理が通らないのだから。

「私も、あまり人の事は言えませんけど――」

 ニムの視界に、昼下がりの陽光が大きく射し込んだ。
 けれど、そこに伸びる少女の影は、まだ遠ざかりはしない。
 彼女なりの全力を叩きつけた言葉に、動きを止めた少女もまた改まった様子で応じる。

「人は鏡。今、逃げ出してきたあなたも、誰かの鏡でいるはずです。
 私だってそうですよ。私が“その程度”に堕してしまえば、私が愛しく思うダーリンも同じ評価を受けてしまいます。
 ……そんな未来を嫌うと決めたなら、あなたは“この先”、一生努力し続けるしかないでしょうね」

 振り向いた僧侶の視線の先で、小さな背中が大きく見えた。
 風格。先刻も思い浮かべた単語が、堂々たる立ち姿と合致する。
 自分の口にした言葉の重さにひるみもせず、力むこともない、彼女は本当に見た目どおりの子どもなのか。
 分からないことは多いが、努力し続けると言ったなら、本当に、彼女はそうするだろうとニムには感ぜられた。
 だからこそ、ダーリンとやらも彼女に惹かれたのだろう。そこに気付かれたのだから、彼女も相手を愛するのだろう。
 ダーリン。舌の上で響きを転がし、いとおしむようにつむがれた単語には、それほどの思い入れがこもっている。
 聞きにまわっていた相手にも、炎のごとくに熱い思いが、魂の震えが伝わってきた。
 ――こうまで努力に胸を張れたなら、報われるかもしれないと感じるほどにだ。

「ごめん。伝わらないっていうのは訂正する。でも、あなたは……すごいな」
「もう、フランでいいですよ」

 なんといっても、私は天才ですから。
 “この先”に肩を並べると決めたニムの脇から、フランの言葉は鮮やかに伝わってきた。

 *  *  *

「どうやら、あては外れたようですね――」

 “勇者様”。
 眼前に立つアルスの背筋をくすぐるように、サマンサは言葉を操った。
 誰がなにを許さないと思ったのか。男のものと思われる声は、届かなくなって久しい。
 斧を棍棒と盾で避け続けていた少年は、防戦の合間に路地の向こうに視線を遣ったが……結果は見ての通りだ。
 一匹狼の看板を取ってみれば寂しがり屋であった勇者よりも、どこか眼光に揺らぎがみえる、彼は黙っている。
 返答も出来ないほどに、助けを乞うても応えのなかった現実に、仲間が裏切った事実に対して、少年は失望していた。
 かつての自分も覚えたことがある失望の訪れを、技の冴えで遅れをとる彼女は好機と見て取る。
「けれど、ずいぶん今さらではありませんか? 故郷においても、同じことだったでしょうに。
 貴方がいくら背負ってみても、民草は何も返さなかった。バラモスを打倒するとき、仲間を増やすことを固辞したあなたに、それでもと付いて来る者はいなかった。ゾーマが復活し、ルビス様の声が世界を渡るまで……あなたは、たったひとりで戦っていた」
 挑発に並行して術式への集中を行いつつ、魔法使いはくすくすと笑ってみせた。
「なぜ、今になって、あなたは“それ”に堪えられないのです?
 大魔王よりも、あのノアとやらは、より身近な脅威であるというのに……。
 すべてが終わっても喜びの声はない。それだけで、勇者の息子は戦意をくじかれるものですか!?」
 体ではなく心をむしばむ毒を、たっぷりと含ませた言葉のつらなり。
 その語尾を鞭のようにしならせ、強く打ち据えた瞬間、アルスの肩がびくりと跳ねた。
 緊張と不安を顕して固まった四肢は、余計な力がこもっているがために、とっさの動きを封じてしまうだろう。
 そんな状態に陥っていても、相手は魔王を単騎で倒してみせた勇者だ。
 念には念を、入れねばなるまい。

「バイキルト!」

 ある意味では魔法使いの鬼札と言える強化呪文を、サマンサは結びの句とともに綾なした。
 もとは戦士であった彼女の膂力に魔力が上乗せされた結果、手のなかにある得物が軽く感じられる。
 破壊力と引き換えに、均衡をとることに苦心するはずの斧の返しすら、手首を繰るだけで制御出来るだろう。
「それなら、なおさら容赦など出来ません。絶望して動かない旗印など、周囲の誰にも求められなどしないッ!」
 振りかぶった斧を逆落しにする一瞬、サマンサにはその言葉が計算か本気か分からなくなった。
 星に選ばれた者のことなど、自分は信じない。あらかじめ定まった天運が人を動かすことなど、信じない。
 三日月を思わせて冴えわたった斧頭が、条件反射でとびすさった勇者の胸を割らんとして唸りをあげる。

 その刃は別の刃によって、軌道の中途で受け止められた。

「ああ、ドレスが汚れてしまいそうですが、仕方ありませんねえ……。
 ちょ~っと私の気に入らない論調が聞こえてきたので、無理を言って割り込ませていただきました」
 神速との形容が至当であろう得物の持ち主は、音もなく。
 いいや。音を後ろに置いてきたかと思わせるほどの速度をもって、サマンサの懐に飛び込んでいた。
 斧にこもった力の向きを一点でずらして流させた得物は、刃に真紅のともった短剣である。
 その背後に感じたのは、黒き異形がつむいだ魔力。皮肉といおうか、魔人のみせた力は、聖職者のそれだ。
「まさか……ピオリム?」
 魔力の波の正体に行き着いたサマンサの眉の片方が、とんがり帽子の影で吊り上がった。
 彼女ではなく人影に対して鷹揚にうなずいたフランは、素早い手首の返しで短剣をひらめかせる。

「しかし私は、あなたのような人間の血に塗れる趣味もありませんので。
 ですから、“侵入禁止”だろう異次元か、そもそも“侵入できない”壁の中で、悔い改めてもらいましょうか」

 力ではなく、技。技を織るのは、様々な物質に対する知識。
 人体の動きを知悉したフランの刃は、精緻な重心の移動をもって、サマンサの斧を再びいなした。
 バイキルトによる攻撃力の上昇に伴った直線的な軌道が、彼女の読みを後押ししている。
 次の一瞬。グローブに包まれたサマンサの手首に、軽い音を立てながら、サラマンダーの峰が“乗った”。
 得物を持つ腕に対する攻撃は、至難。手首を打つのではなく乗せるに留めたのは、こちらの動きが見えているから。
 戦士としての経験から、その事実を理解出来る魔法使いは、忌々しさのにじむうめきを噛み潰す。

 では、彼女は、一体“どれ”に属するのか。
 思考が止まらない。致命と出来る一撃を中途で止められるということは、よほどいい腕をしているのか。
 止められるほどの実力があると宣誓し、挑発できるほどに豪胆な神経を有しているのか。
 あるいは、好機を逃したあとの事を覚悟して、このような行動を選んだというのか。
 加速の呪文の加護を受け、つかず離れずで直接攻撃に必須である重心の移動を牽制し続ける少女――
 名も知れぬ天賦の才の持ち主は、サマンサに向けて不敵に微笑んだ。


「もっとも、その枷が生に時間を許せばの話ですけどね!」


 “ディメンド”。
 詠唱の結びとされた一句は、高らかな響きをもって天へと流れてゆく。
 その術式は、アルスやサマンサたちの住まう世界に存在する呪文のひとつとよく似ていた。
 魔法おばばのような魔物が得意とする呪文。相手を戦闘領域から別の場所に転移させてしまう魔法、
 瞬間移動呪文、ルーラ。その変奏であるところの、バシルーラに。


 ……あるいは、相手を光の彼方に消し去るニフラムにも似ているだろうか。
 彩度をなくしてモノクロームへと遷移する輝きは、フランと相対するサマンサを包むように放たれた。
 閃光を前に、アルスの視界は生理的な涙に揺れ、瞳の黒目がきりきりと絞られていく。


 そして、視界の確保された瞬間。
 彼らの前には一体の像が現れ、その存在を主張していた。
 砂とも金属とも知れぬ無機質の塊は、先ほどまでここに立っていた者そっくりに象られている。
 まつ毛のように細かなパーツまで形成していた無機質が砂と崩れる、幻想的などとは言いも敢えぬ超現実。
 めまいを覚えてしまいそうな光景が表すのは、たったひとつの厳然たる“結果”だ。

『今のは……魔法、反射!?』

 若き錬金術士、フランシーヌ・グローリアス・ヴィクトリア・ルドルフ2世。
 詠唱に代表される行動もなしに次元転移の術式を跳ね返されてしまった、天才少女。
 果たして彼女は、天賦の才ゆえにあやまたず、一分の隙もなく――今。




 壁の中にいる。




 *  *  *

「……最初に言っておきましょうか。
 これはマホカンタによるものではなく、この斧に刻まれた魔法文字とやらの力よ」

 武器の長柄を構える女性の瞳が、“魔法”という単語を口にすると同時に細まった。
 うっとりとした艶麗な響きは、結びに近付くにしたがって、線の細さが残る男声へと変わってゆく。
「ひとつの賭けではあったけれど、その間に、私は“こう”させてもらったわ」
 視界を回復したアルスの目の前では、もう一人の“アルス”が笑みを浮かべていた。
 相手の姿を写し取ると同時に、その能力までもを同一のものとする呪文に、彼はすぐに思い当たる。
 モシャスと呼ばれる搦め手でもって、サマンサがその身を変じたのだ。

「“サマンサ”! よくも……よくもフランをッ!」

 魔法使いの背後にて、彼女の名を呼ぶ漆黒の男。
 サマンサを知る、僧侶とおぼしき者の姿を、風に散る砂が彩っていた。
 壁の中身と入れ替わった少女の体積に等しい無機質は、彼の出で立ちを汚すことで、汚した相手に人間味を付与する。
 だが、アルスの目の前に立ちはだかるサマンサには、そうした様子が見えることはけしてない。
 この日、初対面の相手から二度までも名を呼ばれてしまった彼女は、それでも笑みを崩さなかった。
「私の名前を知っていて、僧侶の呪文を使う。ということは……ニムか、それとも、バニー・ガールさんかしら?
 “超一流”が使うパルプンテの応用にしては、おかしな姿になったものだわ」
「ニムのほうだ。バニー・ガールなら……もっと、彼女とよからぬ方向に発展している」
 ただ、ルーンアクスの鏡面に映り込んだ異形の姿を一瞥した魔法使いは、あくまでアルスに注意を向ける。
「ともあれ、これで最初の目的は達成されたわ。あとは二十時間強を使って、私のやり方でノアに抗う方策を練るだけ。
 けれど、誰かにかばわれてしまうような者が体力を温存したままで生き残っても、後々困ってしまうかもしれない――」
 フラン。名前でさえ、今、ひとづてに知っただけの“誰か”。
 子どもとしか思えなかった少女に身をもってかばわれていた勇者は、その言葉に痛みを覚えた。
 みぞおちから胃に刺し込むような、体の芯にあるなにかを揺さぶる衝撃を前に、巧まずして眉根が寄ってしまう。
 ……この状況は、なんだ。鏡写しの自分が、自分ではない何者かの思いを乗せて、眼前で口を開いている。
 超現実的な光景も、二度続いて目の当たりにしたなら衝撃だって薄れるものだろうに。

「つまりはそういうことよ、勇者様。
 ルビス様の命で集められた仲間――私だって、こんな状況に陥れば、あなたを容易く裏切った。
 あなたがどれだけ背負おうとも、私も、他の誰かも、あなたを背負うことはない。
 先ほど触れた“喜びの声”だけで満足出来ていたというのなら、あなたは本当に幸せな方でしたわ」

 そうであるものだと、アルスは全力で信じたかった。
 非対称にゆがんでいく口許。瞳が細められるにつれて、力の入る涙袋。唇の合間でひらめくのは、薄い舌。
 自分が、こんなにも悪意に満ちた表情を浮かべられるものだと、思いたくはない。
 それに――

「それでもだ。それでも、俺は背負い続けるしかない」

 自分の選択を嘲笑されたくらいで根底から折れてしまうような人間だと、思われたくはない。
 これが自分ひとりだけならば、あるいは、一面の事実を認めて殺されても諦められたことだろう。
 だが、今は違う。サマンサが自分を嘲笑うことは、自分をかばった少女までもが貶められることに等しい。
『やっぱり――俺も、親父の息子なんだ』
 ここで、ひとりきりの自分が折れていたとしても同じだ。
 ただひとりで旅をしてきた自分が、ここで折れてしまっていたなら。
 自分は自身の手でもって、今の自分を形づくった勇者オルテガの――父の名を汚すことになってしまう。
 ひとりですべてを背負おうとした父を笑うことなど、気が付けば同じ道を歩んでしまった自分にさえも出来ない。
 サマンサの斧がひらめく。自分の力のほどをその身に叩き込んである勇者は、棍棒と組になった盾を刃に打ち付けた。
 死ねない。まだ、ロシェに言いたいことさえ、おぼろな形しか見せていないのだ。
 死ねない。まだ、自分がありたいかたちさえ、おぼろな影しか見いだせないから。

「俺が選んだんだ。それなら、いつか、肩を並べてくれる誰かが――」


 ああ、そうだ。袈裟懸けが受け止められた。
 ひとりの俺が、肩を並べてくれるのを待つんじゃない。反撃をかわす。
 言葉を待つよりも先に、ほんのわずかな違和感でも、問いただしてみるべきだった。
 その扇はなんですか? 時おりのぞく殺意は、誰に向けていたものですか?
 ほんのわずかな恐怖や不安でも、誰かに伝えておくべきだった。斧。受け止める。反撃の機を見極める。
 俺は、ずっと寂しかった! ひとりでしかいられないように仕向ける、自分の心が一番怖かった!
 きっと、誰にでもよかったんだ。此処に来て気がつく前に、誰かに言っておけばよかった。言えていたらよかった。
 けれど、こちらを見つめる両の眼が、赤く赤く輝いている。まだ手遅れじゃない。そんなふうに、何かを伝えてくる。
 それはたぶん、正しいことだ。自分のなかにある何かに気付けるなら、手遅れじゃない。まだやれる。集中する。
 ロシェに会った時と同じだ。何かに気付けたときに初めて、俺のなかの時間は動きだしたんだと思うから。
 始まったばかりで全部投げ出すなんて、あんまり勿体無くて、情けないじゃないか――


「ちゃんと、誰かを抱きとめられるようになるまで。
 俺は、彼女を! きみも! お前も! ……背負い続けてみせるッ!!」

 つたない思いのたけをぶちまけると同時に、アルスは一歩前へ踏み出した。
 悪霊を散らすニフラムの光が、盾を構えていた左手から奔流のようにほとばしる。
 水色の光は柔らかな余韻を残していくものの、至近で黙視したなら陽光を直に見ることに等しいだろう。
 先ほど、斧が術式を反射したさまを見られたがゆえの“捨て札切り”は――斧を振りかざすサマンサとて封じられない。
 もともとニフラムの呪文には影響され得ない生者の視界をこそ灼いた閃光はすぐに、青空へと散乱してゆく。
 そして、魔法使いの逃げの一手である透明化の呪文……レムオルへの封じ手を、アルスは身を削って作り出した。
 先刻、ロシェに作られた腕の裂傷にあえて力を込め、体内を拍動する血液を彼女の体に振りかける。
 今のサマンサには、その様子が見えない。対面にある自分のことも、彼女の背後に迫っているものも。

「だからッ!」

 勝負が決まった、その時。涙を流したのはアルスの側であった。
 ただひとすじの透明な流れ。落花を受ける水のごとくに頬をつたった水滴に、赤いものがわずかに飛ぶ。
「俺はきみと一緒に行く。俺はひとりじゃない、まだ間に合うっていう、きみの思いを信じてみる。
 だから、俺は俺と“きみたち”のやったことを、“アルス”として背負う!」
 サマンサの背後から貫手を放ち、胸の中心を貫いた者は漆黒の、されど輝かしき人型の影であった。
 かつては僧侶であったのだろう魔人に向けて、勇者は自身こそが胸を衝かれたかのような声でもって宣誓する。
 その言葉を証明するがごとく、彼は力を喪ったサマンサの肉体を、肩から外したマントで受け止めた。
 ニムが体を離すにつれて、防寒のために厚くしてある布地は紫から朱に染まり――

「分かりました、勇者様。いや……“アルス”。
 今はこんな姿だけど、女僧侶だった、ニムです。今後ともよろしく」

 勇者という肩書きではなく名前を呼んだニムは、血を払った右の手首から先を差し出した。
 人外の膂力でもって水分は落とせても、血の臭いまでは拭いきれない彼女の手は……あたたかい。
 見知らぬはずの手のぬくもりを懐かしいと感じる一方で、アルスは地に横たえたサマンサの骸に目をやる。
 彼女とともにいたフランの姿をかたどっていた無機質の固まりは、すでにして空へ還ってしまった。
 穏やかな昼下がり。陽のぬくもりは、知らず城下町に立つ者に安堵の思いを抱かせそうだ――。

「だけど、アルスは泣きたい気分だろうね」
「いや。人間、寂しいときは誰でもひとりなんだって」

 夢で言われた覚えのある精霊の言葉を復唱しかけて、少年は口を閉ざした。
 だけど。字面だけで考えれば繋がらない台詞の間隙に隠されたものは、いったいなんだ。
 虫を思わせるマスクに覆われたニムの、赤い視線が、うるさいほどに彼女の意志を伝えている。
 ここでサマンサの命を奪ってしまったことで、自分の未来も、彼女の今も、どこかが錆びついたのだと。
「ああ、いや。――今はもう、ひとりじゃないんだよな」
「ええ、そういうこと。そうじゃないと私だって困る」
 サマンサとは仲間であったらしい彼女の涙は、無機質な流線を描く仮面に隠されているのだろうか。
 アルスの信頼に、自分自身を懸けて応えた僧侶の顔こそ見えないが、思いは伝わる。
 勘違いでも、この際かまいはしない。理不尽な経緯で孤独を強いられかけた、彼女の思い――
 孤独を知るがゆえに、誰かと寄り添いあいたいと感じる胸の動きは、身に染みて分かるような気がした。

 何も抱えることなく、ひとりで死ぬのは、今も怖い。
 だから。ふたりで、出来ることなら皆で、一緒に生きたかった。
 ひとりでは抱えられないものも、ふたりでなら支えられる、分け合える。
 そんな思いが触れ合って生まれる魂の交歓は、たったひとりの命を燃やすに値する。

「これは?」

 その思いを後押しするかのように、いつしか、黒と金に彩られたスズメバチが彼らの間を飛んでいた。
 無機質ながら、幾度刺しても抜けないと聞く針を見ても腰を引こうと考えられないほどに、滞空する虫は美しい。
 陽の光を照り返すその姿を『誇らしそうだ』と感じたアルスの左腕に、瞬間、黄金の環が巻き付く。
 まるで、もともとひとつのパーツであったかのように、不思議に余計な重量を感じさせることもない――
 かつて“完全調和”を目指した男の携えたザビーゼクターは今、勇者アルスとともにあった。
「……ああ」
 物理的なそれではなく、選ばれることの重みをこそ噛みしめた少年は、黒髪を揺らしながら瞑目する。
 当たり前のことなのだろうが、バラモスを倒しに向かった時の自分には、もう、けして戻れないと理解したために。
 選ばれたことに疑問を呈さずして荷を抱えるには、自分は、これまで置きざりにしてきた情を、知りすぎてしまったのだ。
 ロシェやサマンサの言葉が鈍い楔となって胸に残っている今は、この重みをひとりで堪えることなど辛すぎる。
 けれど、人の姿を失くしてしまった彼女。表情のない仮面と視線を合わせてみれば、しっかりした首肯が返った。
 背中を押してくれるような。背中を支えてくれるような。
 万感を込めた無言の動作が、“返ってくる”。
 力強いニムの姿を目にした少年の胸に、冬の水面を思わせて冷たかった騎士の自嘲が沁みた。
『本当に。思い出を美しいままで守ることも、夢に向かっていくことも、そのために本気を出すことも……』
 彼やサマンサの行為には、滑稽なものなどなにもない。
 おのが全力を注ぐ対象があることは、アルスには真から素晴らしいと思えた。
 こんなにも美しい記憶が胸にあるなら、これほどに優しくも強靭な思いが重なるのなら、きっと。
 “この先”で肩にかかるであろうどんな重みも、今の自分は最後まで支え続けていけるに違いない。
 そして、ロシェやサマンサの思いを実感するほどに、彼らを受け入れられない自分は、ああはなれないとも感じる。

 二人の裏を見た自分は、彼らを思い出にしたくない。
 敵意であれ好意であれ、いちど思いをつなげた記憶を、思い出で終わらせたくない。
 だからといって、思いを貫くために戦えても、積極的に他人のそれを踏みにじるのはごめんだった。
 自分の腕で輝く蜂のように、時には命すら賭けねばならない針を使う時は、やみくもであってはならない。
 けれど、サマンサをニムに殺させたようなことを、二度繰り返す気もない。


 いったい、どれほどの感情を、胸の中に押し込めてきたのだろう。
 自分の根っこから溢れ出す思いは、なかなかにわがままで、融通が利かないようだ。


 “ロシェやサマンサのようにはならない”。
 相手を否定するだけなら簡単だが、ニムがいるからこそ、自分は“その先”を考えていける。
 彼らは、殺すべき自分に向かって言葉をつむぎ、互いに敵意を固めることで決意の強さを表していた。
 自身の敵意に敵意が返ってくることを承知で、彼らは彼らの舞台に立とうとしたのだと、今なら理解がかなう。
 それなら。彼らを見た自分は困難を前に折れないことで。転んでもなお立ち上がってみせることで、覚悟を示そう。
 どれほど命を落としてもバラモスを打倒した時と同じに、自分のわがままを貫いてみせようではないか。

 そのためならば、自分を重く打ち据えた言の葉も、血も、涙も。
 遠い故郷にも吹いていた、穏やかな風に散らして――


 今、この時と場所をこそ、全力で駆け抜いてやりたかった。


【D-3/アリアハン・城下町/午後】
【アルス(男勇者)@ドラゴンクエスト3】
[状態]:裂傷複数(処置済み)、MP消費(中)、疲労(大)、やや失血
[装備]:クギバット@モンスターハンター、ルーンアクス@魔界塔士、
 ザビーゼクター&ザビーブレス@仮面ライダーカブト
[道具]:基本支給品×2、不明支給品×0~4
[思考]:ひとりで死ぬのは、怖い。だから、一緒に生きていく
1:まずは、ニムのことを信じたい。信じてみせる
2:思いを守るために、他者への敵意を示すような手段は選びたくない
[参戦時期]:ゾーマ復活後。アレフガルドに到達している
[備考]:バラモスをひとりで打倒しています。バニー・ガールの名前を知りました。

【ニム(女僧侶)@ドラゴンクエスト3】
[状態]:悪魔化(魔人 ブラックライダー@真・女神転生3)
[装備]:あぶない水着@DQ3
[道具]:基本支給品×2、カマエル@DQ9、サウザーのバイク@北斗の拳
[思考]:全部ノアの仕業だ! ゆ゙ る゙ ざ ん゙ !
1:アルスと行動したい。だがこの姿だけは……やっぱりありえん(泣)
2:アルスが自分たちのことを知らない……? おのれノア!
[参戦時期]:ゾーマ復活後、アレフガルドに到達している
[備考]:男盗賊やサマンサとともに、のちのアルスの仲間になっています(26話参照)。
 魔人 ブラックライダー@真・女神転生3のスキルが使用可能になりました。

※サラマンダー@DQ9、ウェディングドレス@DQ9は、フランの体とともに壁の中へ埋まりました。
 フランがどこの壁の中に埋まったかは、後続の書き手さんにお任せします。


 *  *  *


 ――闘いの終結より、少し前。
 城下町に見えた人々の心が刻む影を、一匹のスズメバチが俯瞰していた。
 統率。蜂の女王たるマスクドライダーシステムが要求する資格にほど近い思いの波を、ここに見つけたがゆえに。
 共感か、あるいは傷の舐め合いか。それでも彼が求めてやまぬものは、紛れもない“調和”と“平和”だ。
 未熟。強い光の作り出す影に飲まれかねない少年の姿から連想した単語を、蜂は静止を保つ羽ばたきのなかで咀嚼する。
 それはつまり、彼には伸びしろがあるということ。救いようがあるということ。なによりも――。
 彼には同じ血を分けたも同然である人を、人として認めている。孤独を抱えたがゆえに、他者の尊さを理解している。
 ゆえにこそ、人の姿を捨てた魔人と彼とのあいだには、共感が生まれ得るのだろう。

 いまだあどけなさを残す少年と、異形のマスクドライダー。
 ふたりの間に響いているものは、つたなくも深い言葉(メロディ)と同調(ハーモニィ)。

 彼らが行き合った結果、フランという少女は壁の中で命を落とし、サマンサと名乗った女性は倒れた。
 かつての資格者が目指したパーフェクトからは遠い結果を出してなお、少年は瞳と“仲間”から光を喪わせない。
 倒れてしまった者の、異形の者の思いを背負ってみせるとの宣誓は、スズメバチにも真から響いたものだ。

 だから、蜂は――
 ザビーゼクターは、あどけなさを残す瞳を潤ませている少年をこそ選んだ。
 ここから先、彼の心がいかように遷移していくかは、少年ではないゼクターにも、少年自身にも読めないだろう。
 だが、人を統率する資格を自身の前で顕してみせた彼が、自分の意に沿う存在であり続けるかぎり――――
 群れを統べるべく生まれた蜂の女王は、隣人に光をもたらさんとする勇者アルスと、ともにある。


【フラン(クラッズ・錬金術士・女)@剣と魔法と学園モノ。 死亡】
【サマンサ(女魔法使い)@ドラゴンクエスト3 死亡】
【残り 36人】


042:才にあふれる――(愛にあぶれる) 投下順に読む 044:Tarot No.XX
041:消せる痛み、消せない痛み 時系列順に読む 051:剣客、吐血に斃れる。
014:はるかなる故郷 アルス 059:ライダークロス 隣り合わせの灰と青春(前編)
030:魔人転生 ニム
014:はるかなる故郷 サマンサ GAME OVER
017:怒りの錬金術士 フラン GAME OVER



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